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三年生編 第89話(2) [小説]

「アガチスの他は見ないのかしら」

「しゃらとしては、他にもいくつか見たいとこはあると思う
よ。でも、今はちょっと時間の調整が厳しいよな」

「あ、お母様のことがあるからか……」

「そう。その日にならないと、お母さんの体調が読めないみ
たいで」

「お辛そうね」

「本当は病院でもう少し療養した方がいいらしいんだけど、
仮住まいの間は……ね」

「確かにね。あと一ヶ月くらいの辛抱ね」

「うん。そこまでなんとか乗り切らないとさ」

「御園さんは、進学の見込みはどうなの?」

「微妙」

「……」

「お金の問題より、受験回避出来るかどうかがほんとにボー
ダーライン上みたいで」

「あ、推薦狙いかー」

「お母さんの面倒を見ないとならない以上、一般入試はめっ
ちゃきついわ。なんとか学校推薦取りつけないと」

「なるほどなー」

「一学期の期末は、いろいろアクシデントが重なった影響で
今いちだったみたいで」

「お兄さんのこととかいろいろあったものね。じゃあ。それ
を二学期でどれだけ挽回出来るか、ね」

「そう。三年の二学期は中間がないから、一、二年より早く
実施される期末の成績が最後の勝負になるの」

「ううー、プレッシャーはんぱなさそう」

「推薦て言っても、決して楽じゃないってことはよく分かっ
たわ」

「結果はいつ頃分かるの?」

「早ければ年末もしくは年明け早々だって。高校側で推薦者
のリストを作って、向こうに打診。向こうの選考をクリアし
たら、面接があって確定。そういうことみたい」

「そうか……勝負ねえ」

「あいつ、いろいろあるのを堪えて堪えてここまでたどり着
いてるんだ。努力が実るまでもう一息なんだよ。頑張って欲
しいな」

「そうね。あんたは?」

「これから追い込みさ」

「気を抜かないようにね」

「当たり前だよ」


           −=*=−


とは言っても。夏休みの間ずっと勉強勉強で、頭の中が飽和
寸前になってる。時々は息抜きしないと根性が保たない。

いつも気晴らしに出かける場所じゃなくて、しばらく行って
なかったところに行ってみようかな。

桂坂で館長さんと話すのもいいかなーと思ったんだけど、行
けば必ず悪魔の話になりそう。それじゃ、頭が空っぽになん
ない。

「お、そうだ。県博に行ってみよう」

ジェニーに絡んじゃったから足が遠のいてたけど、施設とし
てはおもしろいなーと思ってたんだ。
一人でじっくり展示を見て、集中出来るし。

場所が場所だけに、私服では行けない。
制服に着替えて家を出た。
天気が安定してるから、少し遠いけどちゃりで行こう。

「県博ねえ。お昼は?」

「向こうで食べてくる。県博の近くにファミレスがあるんだ」

「そっか。気をつけてね」

「ほい。出まーす」

「いってらさい」


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三年生編 第89話(1) [小説]

8月29日(土曜日)

「やれやれ」

夏休み明けの一週間をなんとか乗り切って、体が少し学校通
いに慣れてきた。

遊び倒しても勉強三昧でも、やっぱり長い休みの間は学校に
通ってる時とはペースが違う。
朝早く起きなくても済むし、夜は遅くまで起きていられちゃ
う。
そういう不規則な時間の使い方をずるずる引きずると、学校
に通う時の生活リズムにすぐ戻らないんだ。

まじめに学校に通ってる僕らでもそうだから、ブランクが出
来ちゃったさゆりんは、どういうプランに乗るにしてもこれ
から生活リズムを作るのがしんどいと思う。

そうは言っても、今はそれどころじゃないだろうな。
この前僕が提示した選択肢のどれをとっても、楽ちんすー
すーってことは絶対にありえない。

自力で行動を起こすのはまだ無理にしても、誰かが作ってく
れたプログラムに乗るからイージーってこともないんだ。
どうしても精神的、肉体的な負荷がかかるから。

さゆりんにとっては、試練よだなあ……。

「ふわああっ」

でっかいあくびを噛み潰しながらリビングに降りたら、母さ
んがダイニングテーブルの上に何かを乗っけて、それを熱心
に調べてた。

「はよー、母さん。それなに?」

「分かんないから調べてんのよ」

「ふうん。もらったの?」

「いや、お隣の鈴木さんが、お子さんを連れてピクニックに
行った先に生えてたんだって。調べてくれないかって言われ
てさ」

「へえー。なんか柔らかそうな草だね」

「そう。最初はヘンルーダかなあと思ったんだけど、花が白
いのよね。ヘンルーダは黄色」

「匂いは?」

「同系統じゃないかなあ。ちょっと薬っぽい匂いがする」

くんくんくん。あ、確かに。

「園芸植物じゃなくて、野草なんじゃないの?」

「あ、その可能性もあるのか」

「僕の図鑑、持ってこようか?」

「助かる」

一度自分の部屋に戻って、ハンディ植物図鑑を取ってくる。

それをぱらぱらめくった。
ヘンルーダに姿形や匂いが似てるってことは、同じ科なん
じゃないかなあ。ええと、ヘンルーダはミカン科、と。

「あ、こいつちゃう?」

僕が指し示したページを見て、母さんがぽんと手を叩いた。

「そう! これだわ。マツカゼソウ、か」

「初めて見たなー」

「だよね」

名前が分かったところで、母さんの草への興味は薄れたみた
いだ。花は地味だし、ちぎった茎だけじゃ植えることも増や
すことも出来ないだろうし。
鈴木さんに名前の報告が出来れば、それで満足なんだろう。
でも母さんの鳥頭なら、すぐに名前を忘れちゃいそうだけ
ど。うけけ。

「ところで、いっちゃん。今日は御園さんと出かけないの?」

「しゃらは今日、友達とアガチス女子短大のオープンキャン
パスに行ってるんだよ」

「あ、そうかー」

「先週ひどく腹壊してずっとダウンしてたから、大丈夫か
なーと思ったんだけど、根性で治したらしい」

「あはは! さすがね」

「まあなー」

「いっちゃんは、一緒に行かないの?」

「あのさー、女子大に潜入すんのはいくらオープンキャンパ
スでも無理だって」

「女装すれば……」

「だあほっ!」

ったく。このハハは。



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