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ちょっといっぷく その198 [付記]

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 本編を三話だけ進めました。最初は第98、99の二話の予定でしたが、一つ追加して区切りよく100話までアップしました。
 今年の本編アップはここまで。続きは来年になります。
 残りはしばらくてぃくるでしのぎます。


 ◇ ◇ ◇

 進めた三話をさらっと総括します。
 いずれも小ネタでしたが、重要人物の近況が混じりましたね。


 第98話。
 二年生編後半で、主人公のいっきを食ってほとんど主人公化していた片桐先輩。久しぶりの登場でした。校則の縛りを受ける高校生から、縛りのない大学生になっての、まさかのパンキーなスタイルでの大変身。いっきとしゃらはぶっ飛んだでしょう。
 でも、日浦準規と婚約しているみえりにとって、大学生活の間は唯一実家と準規の制約が全くかからないゴールデンタイム。抑え込んできた自分を解き放つ時間は絶対に必要でしょう。特に奇異なことはないと思います。
 そして、片桐家に跡取りの長男誕生。親が子供の将来に幸あれと願ってつける名前の由来を、みんなで考えるという一コマでした。


 第99話。
 久しぶりにでかい偏頭痛の発作に見舞われたいっき。平日の昼間に家に帰ることで、やがて来る生活変化を予見することになりました。ずっと続くように見えた高校生活も、残りわずかなんですよね。
 そして、レンさんも久々の登場。依存癖の強いレンさんの苦闘はまだ続いているんですが、病院勤務が肌に合ったレンさんは、今上げ潮の状態です。そこにどつぼってしまったままの穂積さんが倒れ込むと共倒れになりかねない。レンさんの警戒心は当然でしょう。いっきは、そこに少しだけブレークを入れました。

「穂積さんは、まだよくわからないレンさんを信用なんかしないよ。でも、他に誰もいないから。それだけ」

 冷たい言い方かもしれません。でも、自らもまだ足下が不安定ないっきは、もっと不安定なレンさんに「穂積さんを助けてあげてほしい」とは言えないんです。接触の機会を確保する。いっきができることはそれだけですし、それで十分でしょう。

 穂積さんに関しては、今後まだ紆余曲折があります。


 第100話。
 この話は本当に小ネタ。いっきがレンさんと穂積さんのことをしゃらに伝え、しゃらから佐々木さんと素美さんの一発逆転劇を聞かされて大喜び。という、それだけなんですが。
 いつの間にか時間は流れているんですよ。いっきとしゃらだけでなく、その周辺の人々にも。話の流れから取り残されがちな小さなエピソードをきちんと位置付けておきたい。そのための一話になっています。

 ◇ ◇ ◇

 で、定番化させるつもりでコマーシャル。(笑

 アメブロの本館で十年以上にわたって書き続けて来た掌編シリーズ『えとわ』を電子書籍にして、24集全てアマゾンで公開しました。第1集だけ300円。残りは一集400円です。kindke unlimitedを契約されている方は、全集無料でご覧いただけます。(^^)/


 えとわ


 第25集の刊行は、来年前半になると思います。


 ◇ ◇ ◇

 このあと、またしばらくてぃくるを続けます。ご容赦ください。m(_"_)m


 ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽にコメントしてくださいませ。

 でわでわ。(^^)/




kks.jpg


「レッドカーペットの上を歩くのは名誉なことだが、グリーンカーペットの上を歩くことに意味があるのか?」

「うざいなあ。がちゃがちゃ言うなら歩くなよ。気持ちいいだろ。それだけさ」




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三年生編 第100話(7) [小説]

「元気になるのはいいことよ。でも、元気が過剰になる
と、欲があふれるようになる。欲をコントロールできなく
なる。そういうことなんじゃない?」

「欲、かあ」

「でもね」

母さんもがばっと卵とじを取り分けて、それを豪快に口の
中に放り込んだ。

「欲がないと、人は死んじゃう。多い方が、ないよりは
ずっとましよ」

「えーっ?」

実生がぎょっとしたように母さんの顔を凝視する。
母さん、どこ吹く風。

「そりゃそうでしょ。生きることすら欲なんだから。生存
欲」

そりゃそうだ。

「うーん……」

複雑な表情で、箸を止めた実生が卵とじを見下ろしてる。

「ほとんどの人は、むしらないとあふれちゃうくらい欲を
持ってんの。なくなることなんか心配しなくてもいい。で
も欲が足んない人は、欲深い連中に自分を食い荒らされて
しまうの。そうされたくなかったら、ニラを食べてちゃん
と補充してね」

「うへえ」

実生が慌てて卵とじをかき込んだ。わははっ!

「いっちゃんは、足りてるの?」

母さんが、僕にも突っ込んできた。

「うん? 僕は、自分に欲が足りないと感じたことはない
かなー」

「ほー」

「ただ」

「うん」

「そいつを、うまく使えてないとは思うけどね」

◇ ◇ ◇

人を好きになること。
その人を独占したいと思うこと。
それも欲だ。
自分も相手も殺すことがあるほどの、ものすごく強い欲。

でも、その欲がなければずっと独りでいなければならな
い。
独りでいたいというのも欲なんだろうけど、その欲を満た
そうとすればするほど、他の欲の居場所がなくなる。

最後は……生きていたと思う欲すら追い出してしまうのか
もしれないね。

ものすごく慎重だった素美さんを、思い切った行動に駆り
立てるほどの強い強い恋心。
その欲の強さ、重さにたじろいでしまったのは確かだ。

でも、その一方で。
素美さんのアクションに、すごく安心している自分もいる。

欲を自分の中に閉じ込めてしまった、穂積さんや弓削さん。
欲がないわけじゃなくて、外に出す方法を見失ってしまっ
てるだけだと思う。

出口がない欲がどこにも動かせなくなって、冷えてどんど
ん固まってしまうのを絶望と共に見つめること。
それは、ものすごく苦しい。ものすごく辛い。

欲を閉じ込める。
そうせざるを得なかった時期を体験してる僕は、そしてお
そらくはしゃらも。
穂積さんや弓削さんの直面している危機が、人ごとに思え
ないんだ。

だからこそ。
その欲をきちんと出してあげられた素美さんのチャレンジ
が、今まさに実を結びつつあること。
それが、本当に嬉しく感じる。

穂積さんや弓削さんの欲が解放できるかどうか、まだ見通
しが立っていない。
でも、穂積さんも弓削さんも、ちゃんと生きてるんだ。
生きてる限りチャンスはある。
抱え込んだ欲をちゃんと出してあげられるチャンスが。

弓削さんには、今まさにそのチャンスが来てる。
そして、穂積さんにもこれから必ずチャンスが来るだろう。

だって、穂積さんを取り巻く状況は、あの頃よりずっとよ
くなってるんだもん。
その良くなってるってことから、穂積さんが目を逸らして
るだけだと思う。

どこかで目が外に向けば。
きっとそこで潮目が変わるよ

「そうだなー。穂積さんに面会出来るようになったら、ニ
ラでも持ってくかあ」




nira.jpg
今日の花:ニラAllium tuberosum

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三年生編 第100話(6) [小説]

いろいろ考え込んじゃって、勉強に今いち集中出来なかっ

けど、昨日の分も取り返さないとならない。
午前中いっぱいは机に向かった。

「うー、腹減ったー」

母さんは、今日シフトに入ってなかったはず。
昼飯が当たるかな?

のたのたとリビングに降りたら、醤油系の匂いが部屋いっ
ぱいに漂っていた。

「へー、晩ご飯以外に和食は珍しいかも」

鼻をひくひくさせていたら、やっぱり鼻をひくひくさせな
がら実生が降りてきた。

「お醤油の匂いだー」

「うん。昼に和食は久しぶりだよな」

とか。
話しているとことに、母さんが複雑な表情で登場。

「あれ、どうしたの?」

「いや、裏の河野さんの奥さんから、採れ過ぎちゃったか
ら少し手伝ってくれって言われたんだけどさー」

「へー、野菜?」

「そう。ニラをいっぱいいただいたの」

「わ! ニラかあ」

うちは、全員ニラ、ネギ、ニンニク系は大好き。
臭いの全然平気軍団なんだよね。
でも、母さんの表情が微妙ってことは、もらった量がめっ
ちゃ多いんだろう。

「茹でて冷凍するにしても、ある程度は今日明日で使って
減らさないと」

「そんなにいっぱいもらったの?」

「牛や馬に食べさせるくらいある」

「げー」

いろんなメニューにニラが侵入してきそう。

「で、昼はニラの卵とじね」

「わあい! 大好きー」

実生がはしゃいだ。うん。僕も大好き。全然問題なし。

「いいねー」

「夜はニラギョウザ。あんたがたも包むの手伝ってね」

「うーい」

「ねえ、お母さん。焼くの? 水餃子?」

「焼くわ。水餃子だと、それだけでお腹いっぱいになっちゃ
うし」

「わあい! わかったー」

一ヶ月ずっととかならあれだけど、一日くらいニラたぷり
のメニューなら全然おっけー。

ダイニングテーブルの上には、ほかほかと湯気を立ててる
出来立ての卵とじがたっぷり。
うん、たまにはこういうお昼ご飯もいいよね。

「ねえねえ、お母さん」

実生が、テーブルに着くなり母さんに質問を投げかけた。

「なに?」

「ニラってさ、精がつくからお坊さんが食べたらだめなん
だっけ」

「そうなんじゃない? ニンニクとかもそうでしょ」

「ふうん。精がつくってのがよく分かんないんだけど」

「元気になるっていうことよ」

「ええー? お坊さんは、元気になっちゃだめなの?」

「必要以上には、ね」

「うーん……」

実生にはぴんと来ないんだろな。


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三年生編 第100話(5) [小説]

素美さんのことから離れて、自分をチェックしてみる。
変化が欲しかった僕は、自分で変化を作ったし、その変化
をこなせてきてると思う。
……そう、『こなせてる』なんだよね。

変化に挑んではいるよ。後込みはしてないつもり。
でも、それが本当にチャレンジかどうか自信ないんだ。

守るべきもの。壊すべきもの。
チャレンジで身につくこと、失うもの。
まだまだ僕にはわからないことばかりだ。

「はあ……」

ただ。
黙っていても変化はする。
そして、変化させられるよりは、変化を力に変えたり、楽
しんだ方がいいよね。

きっと素美さんも、考え方をそんな風に切り替えたんじゃ
ないかな。

いつまでも変化に挑まず、それどころか変化に翻弄され
て、どんどん危険水準に近付いてる悪い例が二つ。
しゃらのお兄さんと長岡さんのお兄さんだ。

いきなり海外に飛ばされることになった長岡さんのお兄さ
んは、変化というにはあまりにえげつない大波をかぶっ
ちゃった。
変化に一切逆らわないで、ただその運命に乗っかってどん
ぶらこと流されてきたしゃらのお兄さんは、自我を激しく
すり減らしちゃった。

望ましい変化と望ましくない変化がある。
だからこそ、ただ一方的に変化を受け入れるだけじゃ、自
分自身が劣化しちゃうと思うんだ。

特に、しゃらのお兄さんは厄介だよ。
今、タカにど突かれど突かれしながら働いてることは、何
もお兄さんのためになっていないと思う。
命令されてしょうがなくやってるだけ。機械と同じ。
強制労働が嫌だって反発する、その気力すらないってこと
なんだもん。

だから、こらあかんとタカが手を引いた途端に、どこかに
またどんぶらこと流れていくだろう。
それで……本当にいいのかなあ?

もうサポーターはいないよ。どこにもいない。
ヤクザにすら役立たずって言って見放されてるのに、どこ
に自分の置き場があるの?

人の憐れみとか善意をあてにするなら、それがないと生き
てけないっていう演技くらいは必要だと思うんだけど、そ
れすら出来てない。
しゃらは……兄貴の将来なんか、考えたくもないだろうな。

挑んでるけど、なかなか変えられない出来損ないの自分。
でも、僕もしゃらもまだ諦めてない。アクションしてる。
だから、全体としてはいい変化の波に乗れてるんちゃうか
なあと思う。

いつか。
今でなくてもいいけど、いつか。
しゃらの兄貴もそう考えてくれればいいなと、心底そう思
う。

「そうじゃないと、しゃらがかわいそうだよ。全部兄貴の
とばっちりなんだからさ」



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三年生編 第100話(4) [小説]

しゃらの口調に強い不安が混じった。
素美さんのお父さんは、りんの親父みたいな横暴なタイプ
ではないと思うけど、自分の子供はしっかりコントロール
したいっていう感じだったから。
まだ短大出たばかりでいきなり……っていうことに、強い
不安と不満を持ってそうだし。

親じゃなくたって、僕らだって心配だよ。
元々は男性恐怖症に近かったんだしさ。うーん……。

「まあ、僕らは推移を見守るしかないよ。外野が余計なヤ
ジを飛ばすわけにはいかない」

「うん、そだね。だから情報提供だけ」

「らじゃ。あ、そうだ」

「なに?」

「明日、何か予定入ってる?」

「ううん、なにもないよー」

「県立大のオープンキャンパスがあるんだ。一緒に行かん?」

「行くーーーーっ!」

ちょっと微妙だったしゃらの口調に、どかあんと熱が入っ
た。

「行く行く行く行く行くーーーーーーっ!」

「だはは! 天気良さそうだし、僕の第一候補だからさ。
気合い入れてこようと思って」

「そだねっ!」

「じゃあ、明日の朝、出る時にまた連絡する」

「うん! ここから大学までどれくらい時間かかるの?」

「駅から一時間半くらいかなあ。県北だから、田貫市から
は結構離れてるんだ」

「そっかあ」

「じゃあ、そゆことで」

「うん! また夜に電話するね」

「ほい」

ぴ。

「ふう……」

むー、なんというか。
確かにおめでたいことだとは思うんだけど、大丈夫なんか
なあ……。

素美さん、やっとハタチ越したばっかじゃん。
社会経験て言っても、一年かそこらでしょ?
ましてや農家の嫁。重労働なんだし、近所付き合いとかも
濃そうだし、あの引っ込み思案で男性恐怖症の素美さんに
務まるんだろうか。ううう。

心配だけど、だからと言って僕らに出来ることもないし。
大きな揉め事にならなきゃいいなって、祈るしかない。

ただ……。

「そっか。二年の間に動いてる。変化してるってことだよ
ね」

僕らガクセイにとっては、在学期間が決まってるから毎日
が変化の繰り返し。いやでも変化しちゃう。
オトナになったら、その変化は緩やかになるのかなあと思っ
てたんだ。何の根拠もなく。

とんでもない!
でっかい変化ばっかじゃん!

五条さんや会長、宇戸野さんには子供が出来て、家族が増
えた。それは、ある程度予測出来た変化。
うん、やっぱりねって感じ。

でも……。

佐々木さんと素美さんは違うよね。
佐々木さんの農場でのバイトで出会いがあって。
付き合いが始まって、素美さんが振られて。
そこから素美さんが盛り返した。
まだ最終決着はついてないんだと思うけど、今もまさに変
化の真っ最中だってこと。

素美さんが、変化を望まない慎重姿勢を最後まで崩さな
かったら。振られたところで全部終わりだったはず。
でも、素美さんは変化に挑んだんだ。

動かされる自分を捨てて、行動する自分に作り直す。
家族から反対されても芸能界に入ったお母さんの勇気と決
断を、そのまま引き継いだって感じだ。

うーん、そういうところは親子って似るのかなあ。

「むー」



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三年生編 第100話(3) [小説]

「それだけ、穂積さんが激しく孤立してるってことさ」

「あ、なるほど。そっかあ……」

今穂積さんが抱えている、どこにも頼れる人がいない絶望
的な孤独と不安。
同じ不安を、僕もしゃらも経験してる。だから、穂積さん
の心境がすっと理解できてしまうんだ。
それがいいことなのかそうでないのか、わからないけどね。

「まあ、どっかに接点は必要だと思う。レンさんは、それ
は理解してくれたはず。レンさんが対応してくれるとして
も、いきなり色っぽい話になんかならないよ。まずは様子
見。お見舞いからでしょ」

「だよねえ。今までずっと面会謝絶だったんでしょ?」

「そう。本当に状態が悪かったみたいで」

「大丈夫かなあ……」

「僕も心配なんだ。ただ」

「うん」

「待ってるだけじゃ、転換点はこない。そして、穂積さん
もそれはわかってると思う」

「そっか。穂積さんなりに、エスオーエス出したってこと
なんかなあ」

「僕はそう思ってる。だから、そこからでしょ」

「そだね。元気になってくれるといいけどなー」

「うん」

「あ、そだ。いっき」

「なに?」

しゃらの本題は僕の様子見じゃないんだろう。
なにか別ネタがあると見た。

「昨日りんから電話があってさー」

しまったあああっ!!
親がリコンしたってことをしゃらに流しといてくれって、
りんに頼まれてたんだ。大ちょんぼ。ううう。

「親のことでしょ?」

「うん……」

「ごめん。最初にりんから電話があって、しゃらにも事情
説明しといてくれって頼まれてたんだ。ごめん」

「いや……びっくりはしたけど、わたしもなんとなく……」

だよな。
プロジェクトの方で、僕より濃くやり取りしてるんだから、
りんの態度からなんとなく気配を嗅ぎ取ってたんだろ。

でも、しゃらの関心事はそっちじゃなかったみたい。

「りんからの電話で、とんでもないこと聞いちゃったの」

「は? 親の離婚のことじゃなく?」

「違う。そっちは、りん的には解決済みみたい」

さもありなん。
でも、とんでもないことって? うーん、なんだろ?

「爆弾ニュース?」

「間違いなく巨大爆弾」

「うーん、りんからの爆弾ニュースか。なんだろ? うー
ん……」

「おめでたいことなんだけどね。本当に喜んでいいのかど
うかって」

!!
ピンと来た。

「もしかしてっ! 素美さん、一発逆転っ?」

「あたりー。さすが、いっき。勘いいね」

「うわあ! でも、親が全力阻止するんじゃ……」

「うん。まだすっきり解決ではないみたい」

「そっかあ」

「でも、慎重な素美さんが、しかも一度ふられてるのにそ
こから盛り返したってことは、もう引き返せない状況なん
だと思う」

「うがあ。すげえ……」

「りんも、びっくりしてたわ。まさか、あそこまで思い切
ると思わなかったって」

「そっか。りんにも内緒にしてたってことか」

「うん」

「そらあ……間違いなく本気。まじってことだな」

「だと思う」

「じゃあ、あとは関係者の説得、かあ」

「関係者っていっても、素美さんの親だけでしょ?」

「そう。でも、お父さんがものすごく囲い込んでたからな
あ」

「そうなんだよね。大丈夫かなあ」



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三年生編 第100話(2) [小説]

「そ、そんなあ」

「まあ、伯母さんの気持ちも分からんでもないんだけどさ」

「どゆこと?」

「伯母さん、今は弓削さんのことで頭がいっぱいなんだよ」

「あ……」

「ケアをする人にとっては、よくなる転換点と悪くなる転
換点、そこを見抜けるかどうかがすっごい大事なんでしょ」

「そっかあ。弓削さんには、今そのよくなる方が来てるっ
てことか」

「うん。弓削さんの抱えている悪条件を解消していくなら、
潰せる悪条件はタイミングよく潰していかないとならない」

「そうだよね……」

「ケアスタッフが入れ替わっちゃうからね。それまでに、
弓削さんが変化についていけるよう鍛えないとならないか
ら」

「入れ替わるって?」

「そうなるじゃん。りんは上京するし、妹尾さんも期間限
定だからさ」

「あああーっ! そっかあ!」

「うん、弓削さん本人じゃなくて、周りがヤバいんだよ」

「げー」

「そしたら、施設でケアを受けてる穂積さんからは意識が
それちゃうんだ」

「……どして?」

「変化がないからさ」

「変化……かあ」

「そういう病気だから、しょうがないんだけどね」

「うん……」

「穂積さんの両親が、穂積さんをケアする態勢を整えたか
らさ。伯母さんとしては、身内なんだからこれからはあん
た方がやってっていう感じなんでしょ」

「……出来るの?」

やっぱりね。
僕ほどダイレクトじゃないにしても、しゃらの口調からも
懸念がにじんでる。

「無理だよ。穂積さんをあんなにしちゃったのは、両親な
んだから」

「だよねえ」

「いくら、二人が思い切って方針を変えたっていっても、
穂積さんがそれを認めることはないと思う。弓削さんがへ
こんじゃったのと同じだよ」

「うん」

「今弓削さんが上げ潮なのは、自分を取り巻く人たちが自
分と全然つながりがないから。最初がゼロからスタート出
来るからなんだ」

「分かる。警戒しなくてもいいもんね」

「なの。地獄の鬼が、出家して仏さまになったから俺を信
用しろって言ってもさあ……」

しゃらの苦笑が漏れて来た。
過激なたとえだけど、実態もそんなに変わらないと思う。

「それが、レンさんとどう絡むの?」

「穂積さんの両親が、レンさんに泣きついたんだよ」

「えええーーっ?」

僕だってわけわかんなかったんだから、しゃらにはもっと
わからんだろなー。



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三年生編 第100話(1) [小説]

9月19日(土曜日)

レンさんと長話したこともあって、今朝は十時近くまで爆
睡。
いつもなら容赦なく母さんが叩き起こしに来るんだけど、
昨日激しい偏頭痛でゾンビになってたのを見てるから、配
慮してくれたみたいだ。

模試とかを入れてないって言っても、それは僕の都合。
コンディションがよくなれば、受験勉強の方も追い込んで
いかないとね。

「ふうっ……」

ベッドから上体を起こして、机の上の携帯を見る。

「着信なし、と」

昨日の夜、いつもならしゃらからの定期便が来る時間。
レンさんとずっと長話してたから、つながらなかったと思
う。
しゃらはいらいらしてただろうな。
頭痛のことがあったから無理に問い詰められることはない
だろうけど、機嫌はよくないだろう。

「ううー、めんどくさ」

それでも、頭痛が治まったことは連絡しておかないとなら
ない。
頭痛のことで、頭痛のタネが出来ちゃうって、どうよ?

思わず苦笑い。

しゃあない。かけようと思って携帯を手にしたところで、
どんぴのタイミングでしゃらからかかってきた。
やっぱりなー。

「うーす、おはー」

「おはよー。頭痛はどうだった?」

「昨日のはしゃれにならなかった。病院行って、イミグラ
ン注射してもらったんだけど効きが悪くて」

「うわ……」

「結局丸一日潰れてた。早引け、正解だったわ」

「そっかあ……。あ、昨日の夜、誰かと電話してた?」

やっぱり突っ込みが入ったか。

「レンさんとね」

「あ、そうなんだー。元気だった?」

「レンさんは元気だよー。レンさんは、ね」

「……」

しゃらが、僕の発言の裏を探ってる。

「もしかして、高瀬……さん?」

「いや、そっちじゃなくてね」

ふう……。

「オフ、ね」

「……うん」

「伯母さんが、穂積さんを放り出しちゃったんだよ」

「えええーーーーっ?」

しゃら、絶句。



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三年生編 第99話(12) [小説]

「ええと。僕が思うに……ですけど」

「うん」

「レンさんのことはよく分からないけど、二回のクリパ
で、なんとなくいいイメージを持ってる」

「ええ」

「でも、お互いの深い事情は分からない。その分からな
いってことが、穂積さん的には気楽なんじゃないかな」

「……」

「ある程度友達期間の長かった人には、今はどうしても会
いたくないんでしょう」

「どうしてですか?」

「見せたくない今の自分の姿を、前の快活な時と比べられ
てしまうから」

「それは私でも同じだと……」

「ううん、レンさんの事情は穂積さんが『ある程度』知っ
てる。二回のクリパでレンさんに自分の使用前、使用後を
見せてるから、自分を無理に隠したり、膨らませたりしな
いで済む。それに過去にいろいろあったのは共通なので、
穂積さんは、自分を一番下に置かなくて済むんです」

「なるほどなあ」

「まあ、ご両親は、穂積さんの状態が少しでも上向くきっ
かけが欲しいってことだと思う。何もかも、レンさんに押
し付けるってことには絶対になりませんよ」

「そうですか?」

「はい。なにせ」

「ええ」

「穂積さんのお父さんにとって、高瀬の系統は自分が社を
失う元になった最大最悪の敵。本当なら、どんなことが
あってもレンさんになんかアクセスしませんよ」

「あ! そうか」

「それだけ、穂積さんの状態がよくないってこと。そし
て、ご両親の意識がちゃんと穂積さんの方を向いてるって
こと。僕なら、そう考えます」

「すごいなあ……」

「え? なにがですか?」

「いや、そういう心理を読めるっていうのが」

力一杯苦笑いしちゃった。

「こんな能力、要らないんですけどね」

「は?」

「人を信じられなくなると、読心の力は自然に身に着い
ちゃいますよ」

「うわ! そういうことか」

「僕には、相手のよくない感情や隠した企みが見えちゃう
んです。そういう読みは、どうしても相手から嫌がられま
す。間違いなく友達が減ります」

「げー」

「本当に厄介ですよ。カウンセリングとかを仕事にしてる
人が信じられないです。僕には絶対に無理」

「ううーん、お上手ですけどねえ」

「あはは。会話のネタにするくらいで、もうお腹いっぱい
です」

「いや、お話させてもらってだいぶ事情が判りました。ま
あ、一度お見舞いして話してみましょう。あんまり構えす
ぎない方がよさそうですね」

「僕はそう思います。すごく退屈してると思うから、普通
に雑談でいいんじゃないですか?」

「それになら付き合えるかな」

「僕らも情報が欲しいので、お見舞いの時の様子をまた教
えてください」

「分かりました。お時間を取らせてしまって、すみません」

「いいえー。話してる間に、すっかり頭痛が治まりました」

「わははははっ!」

屈託のないレンさんの笑い声が耳元に賑やかに響いて、僕
は心の底からほっとする。

「では、これで失礼します」

「おやすみなさーい」

ぷつ。

「うん」

高瀬さんのお屋敷を出たばかりの頃。
レンさんには、冬の厳しい寒さをじっと我慢するサザンカ
の雰囲気があったんだ。

あれから二年経って。
レンさんは、きちんと自分を出すようになってる。
寂しいということ。何でも受け止めることはできないとい
うこと。問題を抱えた人と触れ合う不安。
何も隠さずに、ちゃんと僕に伝えた。

優しさと誠実さはそのままに。
明るさと屈託のなさを新たに身につけて。

少しごつごつした無骨な印象は変わらないけど、花の造形
がずっと賑やかになったような気がする。

それは……ストケシアにちょっと似てる。
アスターやヤグルマギクよりもごつく、でもアザミほど
刺々しくなく、たくましく大地に根を張り、でも花の印象
は優しい。

そうだよね。
きっと穂積さんにも再起のチャンスはあるよ。
そして、レンさんがそのチャンスを作ってくれると思うん
だ。

だってそれこそが、藤崎先生がレンさんに伝えたかったと
だろうから。

『生きていれば、チャンスは必ずあるの』




stok.jpg
今日の花:ストケシアStokesia laevis


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三年生編 第99話(11) [小説]

「レンさんは、今自力で自分の生き方をしっかり仕切って
る。依存のいの字もないです。僕の方が、まだふらふらで
すよ」

「あはは。そんなことないでしょう」

「でもね」

「はい?」

「穂積さんは、今誰にも依存できない」

「ええ」

「それなら、まず誰かに依存させるところから始めない
と、いつまでも原点から動けない。伯母の失敗は、そこだ
と思うんです」

「……」

「迫害のない落ち着いた静かな環境は、心の傷を癒すため
に必要なんでしょうけど、それだけでは立って歩き出す推
進力にならない。最初は誰かが手を引いてくれないと最初
の一歩が出ない」

「うーん」

「一生面倒を見ろなんてことにはなりませんよ。でも、接
点がないと、どうしても今の状態からは前に出られない。
最初のきっかけだけは作ってあげられないかなあと」

レンさんが、黙り込んでしまった。
どうしても、穂積さんにすがりつかれて共倒れという最悪
のシナリオがちらついてしまうんだろう。

僕は、去年のクリスマスの時のことを思い出す。

「あはは。レンさん。たぶんね、レンさんも穂積さんに
とっては敵側にいます。だから、今は余計な心配はいらな
いと思う」

「え? 私が敵……ですか?」

「そう」

それは、レンさんにとって全く予想外だったんだろう。
そして、僕にはよく分かるけど、レンさんにはすぐに理解
できないかもしれない。

「去年のクリパの時。レンさんが、自分の再起の取り組み
をみんなに披露したでしょ?」

「あはは。若造が何を偉そうにって感じでしたね」

「そう。そのレンさんの話が、穂積さんには負け犬は黙っ
てろに聞こえるんです」

「げ……」

「追い込まれてる人の精神状態って、普通と違うんです
よ。僕も一時ぎりぎりの状態だったから、穂積さんの気持
ちがよーく分かる」

「……」

「だから、レンさんが、大丈夫なんとかなるって励ました
ことが全部裏目に出ちゃった」

「そんな……」

「いや、レンさんのせいじゃないです。穂積さんの方の問
題。でも、その問題を穂積さん自身が解決できないなら、
コミュニケーションの取り方をやり直す必要があるんです」

「あ、そうか。それで……敵って」

「そう。最初からレンさんに倒れこむなんてことは、絶対
にありえないです。まず、レンさんが自分にとって信頼で
きる人かどうかを慎重に探るはず」

「ええ」

「穂積さんの求める基準を満たせなかったら、レンさんも
アウト。ご苦労様でしたでオワリ」

「それなら……なんで私なんですかねえ」

話が元に戻っちゃった。


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