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三年生編 第100話(7) [小説]

「元気になるのはいいことよ。でも、元気が過剰になる
と、欲があふれるようになる。欲をコントロールできなく
なる。そういうことなんじゃない?」

「欲、かあ」

「でもね」

母さんもがばっと卵とじを取り分けて、それを豪快に口の
中に放り込んだ。

「欲がないと、人は死んじゃう。多い方が、ないよりは
ずっとましよ」

「えーっ?」

実生がぎょっとしたように母さんの顔を凝視する。
母さん、どこ吹く風。

「そりゃそうでしょ。生きることすら欲なんだから。生存
欲」

そりゃそうだ。

「うーん……」

複雑な表情で、箸を止めた実生が卵とじを見下ろしてる。

「ほとんどの人は、むしらないとあふれちゃうくらい欲を
持ってんの。なくなることなんか心配しなくてもいい。で
も欲が足んない人は、欲深い連中に自分を食い荒らされて
しまうの。そうされたくなかったら、ニラを食べてちゃん
と補充してね」

「うへえ」

実生が慌てて卵とじをかき込んだ。わははっ!

「いっちゃんは、足りてるの?」

母さんが、僕にも突っ込んできた。

「うん? 僕は、自分に欲が足りないと感じたことはない
かなー」

「ほー」

「ただ」

「うん」

「そいつを、うまく使えてないとは思うけどね」

◇ ◇ ◇

人を好きになること。
その人を独占したいと思うこと。
それも欲だ。
自分も相手も殺すことがあるほどの、ものすごく強い欲。

でも、その欲がなければずっと独りでいなければならな
い。
独りでいたいというのも欲なんだろうけど、その欲を満た
そうとすればするほど、他の欲の居場所がなくなる。

最後は……生きていたと思う欲すら追い出してしまうのか
もしれないね。

ものすごく慎重だった素美さんを、思い切った行動に駆り
立てるほどの強い強い恋心。
その欲の強さ、重さにたじろいでしまったのは確かだ。

でも、その一方で。
素美さんのアクションに、すごく安心している自分もいる。

欲を自分の中に閉じ込めてしまった、穂積さんや弓削さん。
欲がないわけじゃなくて、外に出す方法を見失ってしまっ
てるだけだと思う。

出口がない欲がどこにも動かせなくなって、冷えてどんど
ん固まってしまうのを絶望と共に見つめること。
それは、ものすごく苦しい。ものすごく辛い。

欲を閉じ込める。
そうせざるを得なかった時期を体験してる僕は、そしてお
そらくはしゃらも。
穂積さんや弓削さんの直面している危機が、人ごとに思え
ないんだ。

だからこそ。
その欲をきちんと出してあげられた素美さんのチャレンジ
が、今まさに実を結びつつあること。
それが、本当に嬉しく感じる。

穂積さんや弓削さんの欲が解放できるかどうか、まだ見通
しが立っていない。
でも、穂積さんも弓削さんも、ちゃんと生きてるんだ。
生きてる限りチャンスはある。
抱え込んだ欲をちゃんと出してあげられるチャンスが。

弓削さんには、今まさにそのチャンスが来てる。
そして、穂積さんにもこれから必ずチャンスが来るだろう。

だって、穂積さんを取り巻く状況は、あの頃よりずっとよ
くなってるんだもん。
その良くなってるってことから、穂積さんが目を逸らして
るだけだと思う。

どこかで目が外に向けば。
きっとそこで潮目が変わるよ

「そうだなー。穂積さんに面会出来るようになったら、ニ
ラでも持ってくかあ」




nira.jpg
今日の花:ニラAllium tuberosum

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コメント 4

ぽちの輔

今、咲いてますか?
昨日はスミレの花を見ました。
得したような?気持ち悪いような?^^;
by ぽちの輔 (2020-11-22 06:22) 

JUNKO

ニラの花って本当に可憐ですよね。
by JUNKO (2020-11-22 12:32) 

水円 岳

>ぽちの輔さん

コメントありがとうございます。(^^)

お話に合わせての植物設定なので、ニラの花を撮ったの
は九月末です。(^^;;

ただ今年は妙に暖かいせいか、いろいろな花が狂い咲き
してますね。
うちでも、今頃になってペンタスやらアゲラタムやら
満開になってて。うう。

by 水円 岳 (2020-11-23 22:36) 

水円 岳

>JUNKOさん

コメントありがとうございます。(^^)

野菜の花はどれも魅力的ですよね。
ニラはこぼれだねでも増えるので、こっそり畑の隅で
咲いてたりします。(^^;;

by 水円 岳 (2020-11-23 22:38) 

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