SSブログ

三年生編 第99話(12) [小説]

「ええと。僕が思うに……ですけど」

「うん」

「レンさんのことはよく分からないけど、二回のクリパ
で、なんとなくいいイメージを持ってる」

「ええ」

「でも、お互いの深い事情は分からない。その分からな
いってことが、穂積さん的には気楽なんじゃないかな」

「……」

「ある程度友達期間の長かった人には、今はどうしても会
いたくないんでしょう」

「どうしてですか?」

「見せたくない今の自分の姿を、前の快活な時と比べられ
てしまうから」

「それは私でも同じだと……」

「ううん、レンさんの事情は穂積さんが『ある程度』知っ
てる。二回のクリパでレンさんに自分の使用前、使用後を
見せてるから、自分を無理に隠したり、膨らませたりしな
いで済む。それに過去にいろいろあったのは共通なので、
穂積さんは、自分を一番下に置かなくて済むんです」

「なるほどなあ」

「まあ、ご両親は、穂積さんの状態が少しでも上向くきっ
かけが欲しいってことだと思う。何もかも、レンさんに押
し付けるってことには絶対になりませんよ」

「そうですか?」

「はい。なにせ」

「ええ」

「穂積さんのお父さんにとって、高瀬の系統は自分が社を
失う元になった最大最悪の敵。本当なら、どんなことが
あってもレンさんになんかアクセスしませんよ」

「あ! そうか」

「それだけ、穂積さんの状態がよくないってこと。そし
て、ご両親の意識がちゃんと穂積さんの方を向いてるって
こと。僕なら、そう考えます」

「すごいなあ……」

「え? なにがですか?」

「いや、そういう心理を読めるっていうのが」

力一杯苦笑いしちゃった。

「こんな能力、要らないんですけどね」

「は?」

「人を信じられなくなると、読心の力は自然に身に着い
ちゃいますよ」

「うわ! そういうことか」

「僕には、相手のよくない感情や隠した企みが見えちゃう
んです。そういう読みは、どうしても相手から嫌がられま
す。間違いなく友達が減ります」

「げー」

「本当に厄介ですよ。カウンセリングとかを仕事にしてる
人が信じられないです。僕には絶対に無理」

「ううーん、お上手ですけどねえ」

「あはは。会話のネタにするくらいで、もうお腹いっぱい
です」

「いや、お話させてもらってだいぶ事情が判りました。ま
あ、一度お見舞いして話してみましょう。あんまり構えす
ぎない方がよさそうですね」

「僕はそう思います。すごく退屈してると思うから、普通
に雑談でいいんじゃないですか?」

「それになら付き合えるかな」

「僕らも情報が欲しいので、お見舞いの時の様子をまた教
えてください」

「分かりました。お時間を取らせてしまって、すみません」

「いいえー。話してる間に、すっかり頭痛が治まりました」

「わははははっ!」

屈託のないレンさんの笑い声が耳元に賑やかに響いて、僕
は心の底からほっとする。

「では、これで失礼します」

「おやすみなさーい」

ぷつ。

「うん」

高瀬さんのお屋敷を出たばかりの頃。
レンさんには、冬の厳しい寒さをじっと我慢するサザンカ
の雰囲気があったんだ。

あれから二年経って。
レンさんは、きちんと自分を出すようになってる。
寂しいということ。何でも受け止めることはできないとい
うこと。問題を抱えた人と触れ合う不安。
何も隠さずに、ちゃんと僕に伝えた。

優しさと誠実さはそのままに。
明るさと屈託のなさを新たに身につけて。

少しごつごつした無骨な印象は変わらないけど、花の造形
がずっと賑やかになったような気がする。

それは……ストケシアにちょっと似てる。
アスターやヤグルマギクよりもごつく、でもアザミほど
刺々しくなく、たくましく大地に根を張り、でも花の印象
は優しい。

そうだよね。
きっと穂積さんにも再起のチャンスはあるよ。
そして、レンさんがそのチャンスを作ってくれると思うん
だ。

だってそれこそが、藤崎先生がレンさんに伝えたかったと
だろうから。

『生きていれば、チャンスは必ずあるの』




stok.jpg
今日の花:ストケシアStokesia laevis


nice!(51)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー