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三年生編 第104話(4) [小説]

会長が、手にしていたヤブガラシのつるをぽきっと折り曲
げた。

「わたしたちが手にするものも、そうだと思うな。そうな
ればいいなあと願っていっぱい努力しても、そのほんの一
部しか実らない。でも」

両手を腰に当てた会長が、自分の家の庭をぐるっと見回し
た。

「実らせる努力と生命力を失ったら。そのほんの一部すら
実らなくなるからね」

ぞっ。

すっと振り返った会長に、がっつり警告された。

「後輩にもうバトンを渡したのなら、プロジェクトはもう
アルバムに貼ったら? いつきくんは、プロジェクトから
得られる実りは十分収穫したと思うよ」

◇ ◇ ◇

会長の最後の一言は、本当にきつかった。

そうなんだよね。
僕がプロジェクトにとことんこだわるなら、最後の最後ま
で主役でいりゃあよかったんだ。
役についてなくたって、僕のできることはいっぱいあるん
だからさ。

でも、プロジェクトは僕個人の持ち物じゃない……そうい
う筋論に妙にこだわって、自分から先に幕を下ろしちゃっ
たんだ。中途半端にね。

そんな自分自身をなんだかなあと思っているから、もやも
やになる。
もやもやの悪影響が、いろんなところにはみ出しちゃう。

勉強に集中し切れない。
すぐに後ろを向く。思い出モードに入っちゃう。
考え方がネガ寄りになって、気持ちの切り替えがうまく行
かない。

これでもししゃらと口喧嘩でもしようものなら、最低最悪
の激突になっちゃうだろなあ……。

でもしゃらは、来月の新居への引っ越しのことで頭がいっ
ぱいだ。
それは、しゃらがずっと望んでいた明るい変化だからすっ
ごいあげあげになってる。機嫌がいいんだ。
そこだけは、神様が配慮してくれたっていう感じかな。

さあ、いつまでもぐだぐだ考え込んでいたってしょうがな
い。

模試の問題と解答例を広げて、早速チェックにかかる。
使える時間資源を無駄にするな、か。
そうだね。もうそんなに残っていないんだからさ。



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三年生編 第104話(3) [小説]

ふうっ……。

「初代部長の僕がそういう方針を立てたんで、今更文句言
うなよって感じではあるんですけど、どっか不完全燃焼な
感じで」

「まあ、仕方ないわね」

あっさり言われちゃった。ちぇ。

「そうなんす。仕方ないんですよね」

苦笑した会長が、僕の家の前を通り越して鈴木さんちの
フェンスに歩み寄った。それから、巻きついてたヤブガラ
シのつるをぶちっとむしった。

「鈴木さんのところはまだお子さんが小さくて、今は庭に
手をかける時間がない。どうしても荒れちゃうよね?」

「そうですね。それは仕方ないかなーと」

「いつきくんにとってのプロジェクトもそうよ」

うん……。

「一年、二年の時は主役でいられたけど、三年になってか
らは自分の将来にスコープが移る。サブに下がる動機は、
プロジェクトの継続性云々よりもそっちの方が大きい」

「……はい」

「いつきくんがそれを割り切れていないから、ヤブガラシ
にはびこられてる。それだけよ」

うっ。
会長の指摘には容赦がなかった。

「鈴木さんは、子供の世話と庭仕事を天秤にかける余裕な
んかないの。毎日が戦争よ。だから庭をヤブガラシに乗っ
取られても、心が乗っ取られることはない。割り切って
る……いや、割り切らざるをえないの」

「うす」

「いつきくんは逆ね。実物のヤブガラシを抜く余裕がある
から、いろいろ考えちゃう。その隙を狙われる」

会長が、ちぎったヤブガラシを僕の鼻先に突きつけた。

「こんな風にね」

うう。

「まあ、それは良し悪しじゃなくて、状態よ。それと付き
合うしかないと思うな」

「状態、ですか」

「そう。わたしも進や司が生まれるまでは、考える時間が
多すぎて、後悔に溺れて死にそうだった。今はそれどころ
じゃないわ。いかに亜希ちゃんやお義母さんが手伝ってく
れるって言ってもね」

「そっかあ」

「どっちが望ましいってことはないわね。時間が要らない
時にはいっぱいあって、欲しい時には与えられない。そう
いうアンバランスな状態が一生付いて回るっていう現実を
受け入れないと、計画が立てられないもの」

うーん。なるほどなあ。
僕が、会長の手にしていたヤブガラシをじっと見ていた
ら、別のつるをぶちっとちぎって目の前に差し出した。

「こっちには花が着いてる」

「これから実がなるんですか?」

「結実しないかもね。東日本型のヤブガラシはほとんど三
倍体で、不稔なんだって」

「ええっ? じゃあ、今生えてるのって、どっから来たん
ですか?」

「ふふ。渡りをする鳥もいるでしょ? その鳥が西から
持ってきたのかもしれないし、どこかに紛れ込んでいた地
下茎の切れ端から再生したのかもしれない。どっちにして
もヤブガラシは日本全国どこでも見られるから、生命力が
桁外れなのね」

「そっかあ」

「たくさん花を着けても実がなるかどうか分からない。そ
んなのに頼ってたら、すぐに絶滅しちゃう」



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三年生編 第104話(2) [小説]

夕方。
予備校の試験会場を出た僕はよれよれになっていた。
どよーん。だめ。今回は完全にアウト、だ。

「両方とも、半分取れてりゃいい方だなあ」

がっくり来る。
問題の難しさがはんぱじゃない。
外山先輩がどんどん沈没しちゃったのは、こういうところ
からなんだろなあ。

最初にそこそこ出来てた自分のイメージがあって、そこに
上積みしようとして努力してるつもりだ。
でも本当にがっつりやる人たちは、その努力が僕らのはる
か上を行ってるんだろう。
ちゃんと本番にピークを合わせる形で地力を上げてくる。
だから、模試の問題がどんどん難しくなるんだ。
効率と根性が全然違うんだろな。

もちろん落ち込んでる暇なんか一分一秒もないわけで、す
ぐに傾向と対策を発動しないとならないんだけど。

「燃料切れでエンストー」

ぷすんぷすん。

がっくり肩を落として帰宅したら、庭仕事用の格好をした
会長がせわしなく動き回ってた。
そっか。妊娠期間中は、庭をあっきーに任せっきりだった
もんな。

「あら、いつきくん。こんにちは」

「こんちですー」

「元気ないけど?」

「模試、撃沈して。べっこりへこんでます」

「まあ、模試はしょせん模試よ」

会長に、あっさりスルーされてしまった。

「草むしりですか?」

「そう。亜希ちゃんはしっかり手入れしてくれてたんだけ
ど、それでも厄介なのが出てきちゃうんだよね」

眉間にくっきりしわをよせた会長が、植え込みの間から
にょろっと生えていた蔓みたいのをぶちっとむしった。

「それは、なんすか?」

「ヤブガラシ」

「ああ! それは面倒くさいですよね。中庭でも時々出て
きて、後輩が目の敵にしてます」

「そうなのよねえ」

忌々しそうにむしった蔓をにらんだ会長が、ぶつくさ文句
を言った。

「うっかりはびこられたら、ひどい目にあうの。枯らすの
が藪ならともかく、植栽やられたらしゃれにならないわ。
そうそう植え替えできないんだから」

「どっから生えてくるんですかねー」

「たぶん鳥ね」

「あ、そうか」

「ブドウ科だから、鳥に実を食べさせて、その糞に種を潜
ませる。ヤブガラシだけじゃないわ。ノブドウ、ヒヨドリ
ジョウゴ、ヘクソカズラ、サネカズラ……みんなそうね」

「小鳥はかわいいんですけどね」

「そう。庭に来てくれるのは嬉しいんだけど、いろいろ持
ち込むのはちょっと……ね」

会長は、僕が今いちダルだったのが気になったんだろう。

「明日、授賞式なんでしょ?」

「はい。楽しみにしてます」

「その割には楽しそうじゃないけど」

ちぇー。会長にはすぐ見透かされちゃうよなあ。

「いや、後輩たちがいっぱいがんばってくれて。その成果
が実ったんだから、うれしいですよ。でも……」

「ああ、いつきくんが関わり切らなかったってことね?」


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三年生編 第104話(1) [小説]

9月26日(土曜日)

「明日、授賞式かあ」

高校ガーデニングコンテストへの応募や庭づくりは鈴ちゃ
んたち二年生が全部仕切ったから、関われなかった僕は
どっか不完全燃焼。
何かやり残した感がどっかにへばりついたままで、どうに
ももやもやする。
でも時間は巻き戻せないから、一方的に不満を膨らませて
もしょうがない。

授賞式の会場は東京だ。
ここからそんなに遠くないけど、レセプションとかもある
みたいだから一日潰れるだろう。
その分、今日は根を詰めておかないとね。

目覚ましかけて早起きした僕は、早朝からびっしり数学と
英語の勉強に没頭してた。
集中して勉強するっていうのとはちょっと違うけどね。
僕は、なかなか消えてくれないもやもやのことを一切考え
たくなかったんだ。

昼前にカバンをパッキングして、制服に着替える。
夕方まで記述式の模試だ。
もう、がっつり実戦式の模試になってくる。

苦手で点数が目標に届かない科目、得点が安定しない科目
に時間資源を集中させなさい。
それが、えびちゃんや瞬ちゃんのアドバイスだ。
僕の場合、それは数学と英語になる。

だから、今日受ける模試も数学と英語だけ。
生物はいつもいい点が取れてるし、化学は半分取れていれ
ばいいって言われた。
それより、配点の大きい数学と英語で絶対取りこぼさない
ようにって。

うう。その通りなんだよなー。
数学は、問題集や過去問のわかりやすいところはだいたい
行けてるけど、ちょっとでもひねりが入ると正解率ががく
んと下がる。
英語は、えびちゃんにどやされた出来のムラがまだ解消し
てない。
模試のたびに点数が乱高下してて、自分でもヤバいなあと
思うんだよね。

えびちゃん曰く。
勉強時間を多く割くだけでなく、実戦形式の模試で時間配
分や解くコツをつかみなさい!
瞬ちゃん曰く。
ただ漫然と模試をこなすだけじゃだめで、一つ終わったら
結果をもとに勉強方法を見直して弱点解消に努めろ!

ごもっともな指摘が、容赦なくどかどか降ってくる。
そして、次はがんばりますの『次』が、もう残り少ないん
だよね。

『どうしたらいいか』の部分をいくら考え込んでもしょう
がない。やるっきゃないんだ。
さあ、一踏ん張りしますか!

忘れ物がないかをもう一度確認し、家を出て玄関の鍵をか
ける。鍵を引き抜いた時に、ふと思った。

父さんは仕事。母さんはパート。実生はバイト。
そして……僕は模試だ。

我が家は、空になる。
日常っていうのは、どんどん変化しちゃうんだなあと。
そんなことをちらっと思いながら家に背を向け、ちゃりに
またがる。

「さて、と。いっちょ踏ん張りますか!」


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三年生編 第103話(9) [小説]

ぱさっ。
写真を机の上に放って、考え込む。

「うーん……」

ぽんいちの生徒は、センニンソウによく似ていると思う。
見かけの印象と中身が、必ずしも合ってないんだ。
ふわっと柔らかく見えるけど、大なり小なり毒があって、
下手に触るとかぶれちゃう。
そして学校がどんなに締め付けても、センニンソウはセン
ニンソウのままだ。

一人一人の意識を根底から変える難しさ。
瞬ちゃんの厳しいどやしの奥には、その危機感がずっしり
横たわっているように思えたんだ。

「うん」

ゆるゆるだったぽんいち。
入学した時に身も心もぼろぼろだった僕は、そのゆるさの
恩恵を誰よりもいっぱい受けることができたと思う。
でも最初のゆるさがずーっと続いてたら、きっと今の僕は
なかっただろう。

安楽校長や大野先生が僕に向けていた冷めた視線。
瞬ちゃんの容赦ないどやし。
沢渡校長との削り合い。

自力で立ち上がれないほど萎えていた僕の心の足腰を鍛え
直してくれたのは、間違いなくそういう先生たちの厳しさ
だ。

突きつけられた厳しさから目を逸らさないこと。
その時に、学校や他人じゃなくて、まず自分の立ち位置を
ごまかさずに見つめること。
全てはそこから始まると思う。

今日森下くんや河西さんに本当に言いたかったのは、そう
いうことだったんだよね。
他人事じゃないよ。最後は自分自身のことなんだよってね。

でも、それは誰かに言われて分かることじゃないと思う。
何かをきっかけにして、気付くしかないんだ。
だから、僕は今日そのタネを播くことしかできなかった。

ずーっとセンニンソウのままじゃ、つまんないだろって。

「がんばってね。森下くん、河西さん」



senn.jpg
今日の花:センニンソウClematis terniflora



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三年生編 第103話(8) [小説]

「僕のお節介は今日で終わり。あとは、森下くんと河西さ
んで仕切って。これも貴重なトレーニングだよ。鍛える
チャンスは、仕切れる君らにしかないんだ。それならしっ
かり活かした方がいいよね?」

まだ自信なさげだった森下くんだけど、ぐいっと頷いた。

「うっす! がんばります」

「わたしもー」

「まあ、楽しんだらいいよ。しょせん委員会だから問題提
起しか出来ないし、それでいいんちゃう?」

「そっすね」

「斉藤先生は委員会では何も言わないと思うけど、聞けば
いろいろ教えてくれる。僕みたいな先回りのお節介はしな
いってだけ。しっかり利用して」

「分かりました」

ふうっ。
これで、風紀委員会も引き継ぎ完了、と。

◇ ◇ ◇

自分の部屋で、一枚の写真を見つめる。
それは、小野川の河原で見つけたセンニンソウの花。

地味だけど清楚な白い小花がびっしり咲き誇っていて、ま
とまるとすっごい雰囲気がよかったんだよね。
仙人ていう幽玄な表現がぴったりだなあと思った。

タネで増やせるみたいだし、中庭のトレリスに這わせて組
み入れるのもいいかなと思ったんだけど……。

毒草で、人によっては触るとかぶれるらしい。
あえなく却下。

でも、僕はずーっと気になってた。
センニンソウに毒があったりかぶれるって言っても、有名
なトリカブトやツタウルシみたいに強烈な存在じゃないん
だよね。
それが……ぽんいちの生徒のように感じられたんだ。

一つ一つを取り出すと、すごくお地味。
そして、ものすごくいい子でもどうしようもないヤンキー
でもないけど、でこぼこはある。
そしてでこぼこを丁寧に均すと、ややぼこの方になる。

どうしてそうなるか。
それは性格のいい悪いじゃなく、みんながゆるいってこと
にまだ甘んじてる弊害だと思う。
自分の持ってる力を育て切れず、使い切れずに、まあいい
やのままだらあっと流されてしまう。

学力とか進路は別にそれでもいいと思うんだ。
最後は自分で選ばないとならないから、自分が納得できれ
ばいいってだけの話。
問題は……倫理感なんだよね。

なかなか減らない校則違反。
もともとゆるいうちの学校に、学校の横暴に反抗するん
だっていう硬派がそんなにいるわけないよ。
見つからなきゃそれでいいじゃん……そういうダルな感覚
がまだまだ支配的なんだ。

学校側は校則だけでなく、授業のスタイル、行事の管理、
許認可、部活の統制……いろんな方向から生徒への締め付
けを厳しくすることで、今までの極端なゆるさを矯正しよ
うとしてる。
実際、新しい方針が生徒の間に浸透して、見かけの校則違
反はうんと減ってる。見かけはね。

でもそれはまだ、違反が水面の上に出るか出ないかの違い
に過ぎないと思う。

去年の学園祭で新聞部が発表した特集記事。
中身は、ゆいちゃんが警察に行って取材したぽんいちの非
行実態調査だった。

これまでみんながどれくらい校則からはみ出して、ヤバい
橋を渡ってきたか。
それは、学校側ではおおっぴらにしてこなかったこと。
高岡がしゃらにやらかしたみたいな学内での非行事実は処
分せざるをえないけど、校外での自己管理は生徒自身の責
任で……そういう方針だったからだ。

でも校則適用範囲が広がって、学校側が校外での生徒の行
動にも目を配ってくれることになった。
その代わりに校則違反が厳罰化されて、処分がくっきり
オープンになったんだ。

違反者の総数は変わってなくて、見える部分見えない部分
の落差が大きくなっただけ。僕にはそう思えるんだよね。
トータルしてみたら、実態はあまり変わらないんちゃうか
なあと。

校則違反で処分を食らうやつは運が悪い……それで済まさ
れてしまってる。
そして潜り方が巧妙になれば、それは深刻な事件や事故に
つながるかもしれない。



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三年生編 第103話(7) [小説]

もう一度話を整理しよう。

「今の校則策定に現生徒会が関わった以上、藪蛇になるか
ら生徒会は動けない」

「そうっすね」

「でも風紀委員会には何も決定権がなくて、しかも委員は
クラスから機械的に選ばれてる」

二人がじっと考え込む。その考える時間を確保する。

「そうか。俺らは生徒として、ナマの発言が出来るってこ
とか」

「そうなの。モデルケースなんてぼかす意味はないよ。今
の校則、ここがおかしい。ここを改訂する必要がある。そ
ういう声を議論で残せばいい。生徒のナマの声を聞かせて
くれ。校長も、一番最初にそう言ってたでしょ?」

河西さんが、慌てて議事録をめくった。

「あっ……」

「校長は、ちゃあんと先まで読んでネタを振ってます。そ
れを活かさないとさ」

「そっかあ」

「で、それとさっきの斉藤先生のどやしを重ねて見ると?」

声を出せ。主張しろ。それは委員会で出来る。
でも、それだけじゃだめなんだよ。
そのことに、河西さんが気付いた。

「じゃあ、どうすればのところ、かあ」

「んだ。当たり!」

今までは喜んでいた河西さんが、今度は黙り込んだ。

「委員会は、試案を作るだけで精一杯さ。でも、委員会は
議事録を残せる。それは一般生徒の声として誰でも閲覧で
きるし、クラスにも持ち帰れる。そこで揉んで、みんなの
批判や要望の声が大きくなれば、今度はそれを生徒会に持
ち込めるでしょ?」

「なるほどなあ……」

「風紀委員会っていう生臭いものは出来ちゃった。そうし
たら、僕らの出来る対応は、形骸化させるか、別の形で使
うか、さ」

「形骸化じゃだめなんですかー?」

「空っぽの入れ物は、どう使われるか分かんないよ。さっ
き言ったでしょ?」

「あ……そっかあ」

「校則を個人個人勝手に解釈してはみ出せば、結局違反と
して処分されちゃう。でも、委員会の議論には義務や罰則
はないの。それを、ちゃんと活かしたらいいんちゃうかな
あと思う」

ふうっ。

大きく一つ息をついた森下くんが、自分の生徒手帳を開い
て、じっと見つめた。

「すっげえごっつい議論が出来るんすね」

「そうだよー。それはどんなに極端でも構わない。端から
端までいろんな考え方、捉え方をみんなに吐き出させて、
並べてみる。それから、どう収束させるかを考える。いい
勉強になるはずだよ」

「勉強、かあ」

「だって、校則なんかここにいる間しか意味ないじゃん」

「あ、斉藤先生の警告って……」

「そう。ここを卒業したあと。僕らが学生だっていう言い
訳ができなくなってから何をしないとならないか。そうい
うどやしだったんだよ」

「すげえ」

「でしょ? 斉藤先生の基本姿勢は『鍛える』なんだよ。
なまっちょろい負荷じゃ僕らのトレーニングにならない。
それが信念なんだ」

「見方が変わりそうですー」

「ははは。癖は強いけど、すごい先生だよ。しっかり鍛え
てもらって」

「先輩は鍛えられたんですかー?」

「最初っからずーっとどんぱちやってたからね。ちょっと
鍛えすぎちゃった」

わはははははっ!



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三年生編 第103話(6) [小説]

ぐいっと腕組みした森下くんが、厳しい表情で考え込んで
る。

「じゃあ……これから風紀委員会で何を話し合ったらいい
んすか? 校長先生が言ってた、モデルケースを使った
ディスカッション。そんなの、斉藤先生が仕切らないと思
うんですけど」

「ぴんぽーん。森下くん、すっごい冴えてるわ。そうな
の。あれは、あくまで助走のための小ネタだと思った方が
いい。校長のリップサービスも含めてね」

「ええー? りっぷさーびすー?」

河西さんがぷうっと膨れた。

「嘘ってことですかあ?」

「そうじゃないよ。安楽先生は来年退場するってことさ」

がたあん!
二人揃って、椅子を倒して立ち上がった。

「そ、そっか……」

「やば……」

「でしょ? 新しく着任する校長先生のカラーで、風紀委
員会のカラーが決められちゃう。その前に、ちゃんとおま
えらで色を決めておけよ。そういうことさ」

「うわ」

「安楽校長も上手に助走路を作ってくれてる。だから、今
の段階がすごく大事なんだ」

「じゃあ、これから俺はどう仕切れば」

森下くんがへたってしまった。
気持ちはわかるけど、そんなに大変じゃないよ。

「わははっ! 風紀委員会で生徒側の立場で合法的に出来
ることがあるよ。それを話し合えばいいと思うな」

「ええー? そんなのありますかー?」

制服の胸ポケットから、生徒手帳を出す。
校則のところを開いて、それを二人に示す。

「長い間、ずーっと変わってなかった校則。それを、前の
沢渡校長の時に全面改訂して、今は新しい校則になってる」

「はい」

「でも、校則見直しに関わった生徒は、生徒会の役員だけ
だよ?」

「あ……」

「生臭い話だったから、一般生徒には触らせたくなかった。
好意的に見ればそうだけど、実際は違う」

「違うんですか?」

「違う。あれは、校長一人で一方的に新校則決めるのを阻
止するための、生徒会側の妥協。苦肉の策だったの」

二人が顔を見合わせる。

「校則ってのは学校側が決めること。本来、生徒である僕
らにはタッチしようがないんだ」

「うっす」

「そうですね」

「でも、そこにとんでもないルールを盛り込まれたら、僕
らは窒息しちゃう。だから、校長の校則改訂作業を手伝う
という形にして、生徒会がこっそり生徒側の意向を盛り込
もうとしたんだよ」

「わ……」

二人揃って絶句。

「一般生徒にまで議論を下ろすと大騒動になる。だから、
一番きな臭いところはこそっとリークしてたけど、おおっ
ぴらにはやらなかった。ある意味、学校と生徒会との密約
で出来た校則って形なの」

「知らなかった」

河西さんが呆然としてる。

「でもね、作業期間があまりに短くて、穴だらけなんだ。
それは最初の風紀委員会でも話題に出たでしょ?」

「ああ、そうか。思い出しました」

「わたしもー」

「実は、風紀委員会で話し合うべき一番肝心なネタはそれ
なんだよ」


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三年生編 第103話(5) [小説]

河西さんが、すぐに正解を出した。

「そっかあ。斉藤先生みたいな顧問の先生に助言をもらえ
ばいいってことですね?」

「ぴんぽーん!」

「わあい!」

無邪気に喜ぶ河西さん。ははは。

「でも、生徒会を生徒代表と位置付ける以上、生徒会顧問
の先生は学校側代表って位置付けじゃまずいんだよ」

「そうか。それがさっきの話なんですね?」

森下くんが大きく頷いた。

「そう。顧問の先生も含めて、生徒会を学校側の対極に置
いておかないとならないの。学校側の手のひらの上に生徒
会を置くなら、そんな生徒会は要らないんだ」

「はいっ」

「で、まじめな斉藤先生は、生徒会顧問の役割をきちんと果
たしてる」

そこでちょっと間を取った。
じっと考え込んでた森下くんが、さっと顔を上げた。

「工藤先輩の言いたいことが見えてきました」

「言ってみて」

「斉藤先生が生徒会と風紀委員会の顧問を兼任するってい
うのは、めっちゃくちゃ矛盾してるんですね?」

「お見事! 大正解!」

「うーっす!」

「わたしもわかったー!」

河西さんが、開いていたノートにがりがりといろんな図を
書き込んだ。

「そういうことだったのかー」

学校。僕ら生徒。斉藤先生。校長先生。顧問を降りた大高
先生。
それぞれの間を線で結んで、どういう関係にあるかを考え
てみたら分かりやすいよね。

「部活や委員会の顧問なんかどうでもいいと思ってる先生
ならともかく、ちゃんと生徒を指導しようと思ってる先生
は、学校の方針をちゃんと示すの。つまり、先生は学校側
にしか立ちえない。その唯一の例外が、生徒会の顧問なん
だ」

「すっごい特殊なんですねー」

「んだ。だから誰でも出来るわけじゃない。斉藤先生の前
の手塚先生も七年やってたって聞いてる」

「うわあ!」

「すごいでしょ?」

「そっすね。学校側と生徒側のつなぎ……ってことですよ
ね?」

「ばっちし!」

森下くんがガッツポーズを取った。
少し、自信がついてきたって感じかな。

「だから、斉藤先生は絶対風紀委員会の顧問なんかやりた
くないの」

「じゃあ、なんで引き受けたんですかー?」

「大高先生以上のワンマンが風紀委員会の方針を捻じ曲げ
たら、それで終わりだからさ。実際、そうなりそうになっ
たでしょ?」

し……ん。
二人して、真っ青になっちゃった。

「だから、斉藤先生がめっちゃ怒鳴ったんだよ。おまえ
ら、その危険性を分かってんだろうなって」

「そっか……」

「風紀委員会っていう物騒な入れ物は、もう出来ちゃった
の。それは簡単にひっくり返せない。それなら、風紀委員
会が警察や裁判所にならないように、『僕らが』しっかり
備えないとならないの。これからずーっと、ね」



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三年生編 第103話(4) [小説]

まあ。
そのあと何か話し合える方がおかしい。
僕は、すぐ散会にした。

ただし、副委員長の森下くんと書記の河西さんには残って
もらった。
二人とも、瞬ちゃんの噂以上のすさまじさに圧倒されて、
もう顔面蒼白。

「まあ、だいたい予想通りだったなー」

「えええっ?」

絶句してる。はははのは。

「そりゃそうさ。納得行かないものを斉藤先生が引き受け
るはずがないもん。さっき吠えた通りだよ。俺はこんなク
ソみたいなもんには絶対関わらん。その通りでしょ?」

「げ……」

「でも委員会の顧問は必要だから、会議の時には居てや
る。それだけだよ。吠えるのは今日だけで、あとはずっと
寝てると思うよ」

二人がぽかあんとしてる。

「分からない?」

「ちっとも分からないですぅ」

河西さんがげんなりした顔をしてる。

「はははっ! まあ、あれが斉藤先生だからなあ」

苦虫を噛み潰したような瞬ちゃんの顔を思い浮かべる。

「斉藤先生は、今生徒会の顧問をやってるの。生徒会は、
生徒のいろいろな要望や要求を束ねて、自分たちで解決で
きるものはそうするし、学校を動かさないとならないもの
は学校側と交渉する」

「はい」

「うん」

「斉藤先生は、その生徒会の舵取り役なんだよ。立ち位置
は学校側にあるんじゃない。僕ら、生徒側にあるんだ」

「えええええっ?」

二人がまたまたびっくり。

「そりゃそうさ。まだ社会の仕組みをよく知らない僕らみ
たいなガキが、てっぺんのある組織を最初からうまく動か
せるわけないもん。こういう委員会だってそうでしょ?」

「あ、そうかあ」

「だから、部活でも委員会でも顧問の先生を置いてるわけ」

「納得ですー」

「で、生徒会が単なる学校の手先になっちゃったら、最悪
なんだよ」

「どうしてですか?」

森下くんが突っ込んでくる。いいぞー。

「そりゃそうでしょ。生徒会が学校の言いなりだったら、
僕らがああして欲しいこうして欲しいと思ってることを、
学校より先に生徒自らが潰しちゃうってことだもん」

「げ……」

「それじゃあ、生徒の不平不満の出口がなくなる。息が詰
まって校則違反を誘発するし、それが潜っちゃうんだよ。
見つからなきゃ何やってもいいってね」

「そっか」

「だから、生徒会ってのは僕らにとってだけでなくて、学
校にとっても大事なんだ。当然、生徒会役員には才能とタ
フさが求められる」

「でもぉ、立候補なんか、ほとんどいないんですよね?」

「いないね。クラス選出の候補で、形だけ選挙ってことが
多い」

「それで……大丈夫なんすか?」

「やる気があって、ちゃんと責任感を持って生徒会の仕事
をこなせる。そんな生徒はそうそういないよ。でも、優秀
な生徒会がなくなっちゃうのは困る。じゃあ、どうすれば
いい?」



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