SSブログ

三年生編 第104話(3) [小説]

ふうっ……。

「初代部長の僕がそういう方針を立てたんで、今更文句言
うなよって感じではあるんですけど、どっか不完全燃焼な
感じで」

「まあ、仕方ないわね」

あっさり言われちゃった。ちぇ。

「そうなんす。仕方ないんですよね」

苦笑した会長が、僕の家の前を通り越して鈴木さんちの
フェンスに歩み寄った。それから、巻きついてたヤブガラ
シのつるをぶちっとむしった。

「鈴木さんのところはまだお子さんが小さくて、今は庭に
手をかける時間がない。どうしても荒れちゃうよね?」

「そうですね。それは仕方ないかなーと」

「いつきくんにとってのプロジェクトもそうよ」

うん……。

「一年、二年の時は主役でいられたけど、三年になってか
らは自分の将来にスコープが移る。サブに下がる動機は、
プロジェクトの継続性云々よりもそっちの方が大きい」

「……はい」

「いつきくんがそれを割り切れていないから、ヤブガラシ
にはびこられてる。それだけよ」

うっ。
会長の指摘には容赦がなかった。

「鈴木さんは、子供の世話と庭仕事を天秤にかける余裕な
んかないの。毎日が戦争よ。だから庭をヤブガラシに乗っ
取られても、心が乗っ取られることはない。割り切って
る……いや、割り切らざるをえないの」

「うす」

「いつきくんは逆ね。実物のヤブガラシを抜く余裕がある
から、いろいろ考えちゃう。その隙を狙われる」

会長が、ちぎったヤブガラシを僕の鼻先に突きつけた。

「こんな風にね」

うう。

「まあ、それは良し悪しじゃなくて、状態よ。それと付き
合うしかないと思うな」

「状態、ですか」

「そう。わたしも進や司が生まれるまでは、考える時間が
多すぎて、後悔に溺れて死にそうだった。今はそれどころ
じゃないわ。いかに亜希ちゃんやお義母さんが手伝ってく
れるって言ってもね」

「そっかあ」

「どっちが望ましいってことはないわね。時間が要らない
時にはいっぱいあって、欲しい時には与えられない。そう
いうアンバランスな状態が一生付いて回るっていう現実を
受け入れないと、計画が立てられないもの」

うーん。なるほどなあ。
僕が、会長の手にしていたヤブガラシをじっと見ていた
ら、別のつるをぶちっとちぎって目の前に差し出した。

「こっちには花が着いてる」

「これから実がなるんですか?」

「結実しないかもね。東日本型のヤブガラシはほとんど三
倍体で、不稔なんだって」

「ええっ? じゃあ、今生えてるのって、どっから来たん
ですか?」

「ふふ。渡りをする鳥もいるでしょ? その鳥が西から
持ってきたのかもしれないし、どこかに紛れ込んでいた地
下茎の切れ端から再生したのかもしれない。どっちにして
もヤブガラシは日本全国どこでも見られるから、生命力が
桁外れなのね」

「そっかあ」

「たくさん花を着けても実がなるかどうか分からない。そ
んなのに頼ってたら、すぐに絶滅しちゃう」



nice!(53)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 53

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。