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三年生編 第103話(3) [小説]

これまでの議事録をぱらぱらとめくった瞬ちゃんが、それ
を面倒くさそうに教卓の上に放り出した。

「こんなことを委員会でやらすなんざ世も末だ。校則はバ
イブルだが、それを読んで当てはめるのは人間さ。感情抜
きで裁定を考えられるわけがねえ。だからこそ、物差し使
える俺ら教師が、責任持って適用を考えんとならん。おま
えらに踏み込めるところなんざ、最初っから一つもねえん
だよ」

うん。そうなんだよね。
生徒に校則適用範囲を考えさせる……それは僕らを共犯者
に仕立て上げることなんだ。

沢渡校長の時に風紀委員会をめぐる綱引きがあって、僕ら
が一番強く違和感を感じ、反発したのはそこだ。
僕らを裁判官にしないでくれってこと。

沢渡校長が退場して、話が分かる安楽校長になったと言っ
ても、委員会は廃止になってない。
つまり、僕らはまんまと安楽校長に丸め込まれた形になっ
てる。だから、大高先生みたいに勘違いする人が出ちゃう。

瞬ちゃんが強く警告しているのはそこだ。
既存の委員会は、それがどんなにちゃちでも、無意味に見
えても、意図が置かれてる。
それを絶対に軽視するなってこと。

誰かが委員会を悪用しようと思ったら、入れ物がある限り
すぐに出来ちゃうんだよ。

おまえらは刃の上にもう乗ってるんだぜ。
瞬ちゃんはその事実を真っ先に指摘して、強く警告したん
だ。

「いいかっ!」

ぐんと立ちあがった瞬ちゃんが、ぐるっと僕らを見回した。

「ここで校長の放ったくだらんネタをぐだぐだ話し合って
も、おまえらのためにはならん。これっぽっちもな。それ
より」

があん!

瞬ちゃんが教卓を殴りつけて、力一杯吠えた。

「黙るな! 咆えろ! 意思を示せ! それしかおまえら
が生き残れる道はねえ!」

うん。僕もそう思う。

「いいか? それは文句とは違う。文句なんざ、何百万回
こぼしたところで何の力にもならん。そうじゃねえ!」

さっと僕を指さした瞬ちゃんが、キメの一言。

「なぜかを調べろ。どうしてそうなるか聞け。納得いかな
きゃ、どうすればいいかをセットにして相手にぶつけろ」

どん! 何度も教卓に叩きつけられる拳が教室いっぱいに
鈍い音を響かせる。

「世の中、筋なんかろくすっぽ通りゃしねえ。だからって
黙るな。主張を形にしたいなら、通らない筋が通るまで根
気よく声ぇ出し続けるしかないんだよ!」

去年瞬ちゃんが、クラスで僕らの根性を鍛えると宣言した
こと。それとまるっきり同じだ。ぶれないなあ。

「いいか? 今期残りの委員会では、俺からは一切ネタを
振らん。やりたきゃ、おまえらで勝手にやれ」

どよどよどよっ! 教室内が激しくざわめいた。

「その代わり、おまえらの中から校則違反者が出たら、血
反吐はくまで説教してやる」

ぞわわっ。

「それが委員会ってやつなんだよ。じゃあな」

瞬ちゃんは言いたいことだけ全部ぶちまけて、さっと引き
上げてしまった。

「すげえ。さすが瞬ちゃん」



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三年生編 第103話(2) [小説]

ぶつくさ言いながら席を離れた立水と入れ替わって、聞き
耳を立ててたしゃらが首を突っ込んできた。

「ねえねえ、いっき」

「うん?」

「風紀委員会って、ずっとやってなかったの?」

「いやあ、月二回くらいだから、休み明けの一回のあとが
先週くらいだったんだ」

「そっか。連休に引っかかったんだね」

「そう。それ以外にもいろいろあるけどね」

「え?」

「夏休みにいっぱい処分者が出たし、校長の夏休み潰すぞ
宣言もあったでしょ?」

「うわ、そっかあ」

「議論のたたき台を、もうちょい生臭いものにするんじゃ
ないかな。準備がいるから、一回飛ばしたんちゃうかなあ
と」

「ふうん」

安楽校長がピンチヒッターなのと同じで、瞬ちゃんもきっ
と来年までの繋ぎだろう。
だって、生徒会の顧問と風紀委員会の顧問を兼任じゃ、ほ
とんど黒幕じゃん。
瞬ちゃんがそういうの大好きっていうなら別だけど、ぱ
りっぱりに乾いてるからなー。

まあ、どっちにしても僕ら三年にはあまり縁がない話にな
るはず。
高みの見物で、瞬ちゃんのお手並み拝見と行こう。


◇ ◇ ◇


ざわざわざわ……。

大高先生以上に強面(こわもて)の瞬ちゃんが、視聴覚室
の一番前でふんぞり返ってる。
もちろん安楽校長の姿はない。

どっちに転ぶか分からない大高先生と違って、いつも持論
をがりがり正面からぶちかます瞬ちゃん。
それが通っても通らなくても、言うべきことは言う。
校長の制止なんか意味ないってことなんだろう。

「そろったな」

委員の頭数を数えてのそっと立ちあがった瞬ちゃんが、開
口一番強烈な毒ガスを噴射した。

「ったく、くだらねえ委員会作りやがって!」

どわははははっ!
生徒は全員大爆笑。
でも、瞬ちゃんはにこりともしなかった。

「最初に言っとく。こんなクソ委員会の意味なんざ、何も
ねえよ。でも委員会はある。もうあるんだよ」

笑い声でざわついていた教室の中が、さあっと静まった。

「いいか? 俺はこんなクソみたいなもんは要らないと最
初からずっと言い続けてる。でも、出来ちまったよな?」

し……ん。

「誰か、こういうのを作ってくれってお願いしたか?」

全員、首を横にぷるぷる。

「だろ? おまえらだけじゃないさ。生徒会も部長会で
も、風紀委員会は校内警察や不愉快なちくり合いをはびこ
らせるだけで、綱紀粛正には逆効果だと言い続けた。そし
て、俺や生徒の懸念は、二十三人の処分者が出るという事
実で当たっちまってる」

どん!
瞬ちゃんが、拳を教卓に叩きつけた。
その憤怒の表情を見て、書記の河西さんの手が震えてる。

「だあれも得をしてねえ、くっそも役に立たんろくでなし
の委員会だっ!」

瞬ちゃんの怒声が、広い教室をみっちり埋め尽くした。

「それでもな。すでに風紀委員会ってのはあるんだよ。ど
んなにクソみたいなものでもな」

立ち上がっていた瞬ちゃんが、どすんと椅子に腰を下ろし
た。

「そこにあって役割が割り振られている以上、それは絶対
にこなさんとならんのさ。俺だけでなく、おまえらもな」

ぐいっと右手を突き出した瞬ちゃんが、一人一人の生徒を
指差していく。

「それが世の中ってやつなんだよ。覚えとけっ!」




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