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三年生編 第87話(4) [小説]

「ふう……」

午前中の授業が終わって、異常な緊張からやっと解放された。
お弁当を食べようと思ったら、教室の入り口にえびちゃんの
姿が。僕を手招きしてる。なんだろ?

「せんせー、なんですか?」

「ちょっと指導室まで」

「はい」

急いで先生の後ろを追っかける。
指導室の鍵はもう開いてて、中で仏頂面の瞬ちゃんが待って
いた。

「来たか」

そっか。
えびちゃんじゃなくて、瞬ちゃんのオーダーだったか。

「合宿はどうだった?」

「充実してました」

「こなし切ったということだな」

「はい!」

「よし! 志望校は固めたか?」

「固めました。県立大生物。仮を取ります。入学できたら、
バイオをやりたいです」

ずっどおおおおおおん!

これまでの誰よりも激しく瞬ちゃんがぶっこけた。
えびちゃんも口あんぐり。

「ま、まじ?」

「まじ、です。ゼロからやりたいんです」

「好きなことか?」

「いいえ。でも、やる以上は、好きになるまでやります」

「……本当に変わってんな。おまえは」

「あはは」

なんつーか。
まあ、細かいところまでいちいち説明しててもしょうがない。
僕としては、方針を固めたという事実だけでいい。

「安全圏の選択だ。それ以上は?」

「目指しません。でも、それじゃあ本番まで気合いが保たな
いんで、滑り止めは理応大と工技大のバイオにします」

どがあん!
瞬ちゃん、二度目のど派手なぶっこけ。

「おいおいおいおい。そっちの方が、偏差値5以上高いぞ?」

「本番までは、自分を追い込みたいんですよ」

「私立受かっても、選択は県立大か?」

「そうです。入ったら、今度はじっくり自分のペースでやり
たい。せかされたくないんです」

「む……」

じっと僕を睨みつけていた瞬ちゃんが、そのままの表情で二
度うなずいた。

「なるほどな。恐ろしいくらい、正確に自分自身を解析して
る。納得だ」

「あの、斎藤先生。どういうことですか?」

瞬ちゃんの隣にやっと腰を下ろしたえびちゃんが、僕を見て
首を傾げた。

「工藤は、どえらくポテンシャルが高いんだ。絞れば、なん
ぼでも奥が出てくる」

「……はい。そんな感じ」

「でも、それを自分で使い切れん」

どんぴ。さすがだなあ。

「はい。ぴったりです」

「だろ? 自分をどこまで使うかは、自分で決める。それを
外から決められるのはまっぴら。そういうことだろ?」

「そうです」

「江平。よく見ておけ。ちっとも自分を使い切れてないやつ
がそう言えば、それは怠けであり、甘えだ。でもな、工藤は
やればやっただけ出来ちまうんだよ」

「あ!」

「そうすると、いろんなもんが乗っかってきちまうのさ。自
分の意志とは関係なしにな。プロジェクトの部長しかり、風
紀委員会の委員長しかり」

「やりたいってわけじゃ……」

「そうじゃねえだろ? 俺だってまっぴらだ」

思わず苦笑いしちゃった。

「でも、出来るやつにしか仕切れない。責任感があれば、受
けちまう」

「そうか、それじゃ社会に出てから苦労するってことです
ね」

「まあな。工藤はもう分かってると思うが」

「はい」

肯定せざるを得ない。

「社会に出れば、そういう厄介な外圧とうまく付き合ってい
かんとどうにもならん。だが、大学は別だ」

僕は、大きくうなずいた。

「そうです!」

にっ!
瞬ちゃんが、横目で僕を見ながら笑った。

「江平。モラトリアムってのは権利だ。よく覚えとけ」

「権利、ですか」

「そうだ。自分の人生にどうめりはりをつけるかは、自分で
決めること。最後は自分で自分のケツを拭くんだからな」

「なるほどー」

「工藤は、そのめりはりを今からきちんと設計してる。それ
だけさ。プランがきちんと出来てるなら、俺らの余計な口出
しは無用だ」

うん。
僕が今までうまく表現出来なかったこと。
それを、瞬ちゃんがぴったりに言い表してくれた。
それで、昨日まで抱え続けて来たもやもやがだいぶ取れた。

「ふうっ」

「あとは本番まで絶対に気を抜くな! それだけだ」

「はいっ!」

「帰ってよし」

「ありがとうございました!」

ひらひらと手を振るえびちゃんにも一礼して、僕はすっきり
気分で指導室を出た。




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三年生編 第87話(3) [小説]

「さあ。勝負の二学期です。というか、君らには実質三学期
がありません」

し……ん。

「二学期の終業式が終われば、最後のゲートを通過です。来
年の始業式以降は、出席義務がなくなりますから」

うん。

「これから本番までの四か月が、君らにとっての正念場。気
合いと根性で必ず乗り切ってください!」

おとなしいえびちゃんの声に、最大限の迫力が乗った。
僕らを補助することは出来るけど、僕らの代わりに受験する
ことは出来ない。最後は、君らひとりひとりになるんだよ?
そういう覚悟を求めるどやしだった。

「いい? 推薦狙い組。学校推薦がもらえるかどうかは、あ
と二回の定期試験がものを言います。前倒しで受験するん
だっていう覚悟で、死に物狂いで勉強してください」

「学校側は結果だけ見ます。努力したんだよっていう自己申
告は一切受け付けません」

ざわざわざわっ。
教室内がざわついた。

もちろん、今のはえびちゃんのオリジナルじゃない。
安楽校長から、必ずそう説明しろって指導されたんだろう。

ほとんど受験とは無縁の専門学校系。
早くに結果が決まってしまう推薦、特待系。
そして、僕を含めた一般入試系。

今のぽんいちではそれらがごっちゃになってて、雰囲気がす
ごく不安定になるんだ。
生徒の間で無用なトラブルが起きないように、全体に強いプ
レッシャーをかけておこうってことなんだろう。

「それとね」

えびちゃんが、ぐるっと僕らを見回す。

「まだ進路や志望校を固めていない子は、八月中に必ずわた
しのところに相談に来てくださいね。進路指導室にも、放課
後に担当の先生が詰めてます。どしどし利用してください」

うん。
学校も、これまで以上にサポートの体制を整えてくれるんだ
ろう。

夏休みの時の、どこかに使い切れない時間が残ってたような
感覚は……さっと消えた。

教室の中が、これまでとは別の意味でぴりぴりし始めた。
でも、それは正常なぴりぴりだよね。
僕らは、もう自分の未来を掴むことに集中したい。それ以外
のものを持ち込まないで欲しい。そういう、ぴりぴり。

「これで朝のホームルームを終わります。この後すぐに始業
式があるので、体育館に集合してください」

「起立!」

「礼!」

「ありがとうございました!」


           −=*=−


一、二年の時には、新学期が始まった直後は夏休みの影響が
どっかこっかに残ってた。
でも、僕らにはそんな余裕はない。これっぽっちもない。

授業は、カリキュラムを早めにこなすためにこれまで以上に
ハイペースで進む。きちんと集中しないと、頭に入らない。
私語はおろか、咳払いすら聞こえない。

シャーペンがノートの上で擦れるかりかりと言う音だけが、
ずっと響き続けている。
そして。どの先生も、まるっきり脱線しなくなった。
もっとも今そんなことをしたら、僕らに総スカンを食らうだ
ろう。

残り実質四カ月。それで高校生活は終了になる。
そして残り期間に、受験以外の要素はほとんど入らない。

いいも悪いもない。
事実として、高校はそういうところなんだよって。
最後の最後に現実がこうして突き付けられ、僕らはそれを認
めざるを得ない。

「……」

朝、出掛けに会長の庭で見たおもしろいつる植物を思い出す。
トケイソウ。
その名前の通り、時計の文字盤みたいな花だった。

有限の時間……か。
時間は連綿と続いていくけど、その流れに乗っているだけな
ら僕らには何も残らない。
花は受粉すれば果実を残せるけど、僕らは自分に何かを必死
に刻み込まない限り何も残らないんだ。

無情に僕らを押し流そうとする時の流れに負けないこと。
そろそろ……覚悟しないとならないね。



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