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三年生編 第87話(2) [小説]

「何がぶっ殺すなのー?」

よーろれひーな声で寄って来たのはゆいちゃん。
でも声とは裏腹に、頬がげっそりこけていた。

「ちょ、ゆいちゃん。腹でも壊したん?」

「ちゃうよー。受験合宿で三週間フルパック。ご飯食べる暇
もろくになかったからー」

やぱし。

「だいぶ上げた?」

「最初よりはね。でも、目標まではまだまだだー」

「こっからだ」

がつん!
立水が机の上にごつい拳を落とした。

「夏期講習は、あくまでもこっからどんどん加速するための
ブースターだとよ。今から燃え尽きてるようなら、最初っか
らアウトだ」

「そーだね」

「おはー……」

お?
しゃらにしては珍しくぎりぎりに来たな。

「どした?」

「最後の最後にお腹壊したー」

ずべ。
まあ、なんつーか。

「大丈夫かあ?」

「ううー、下痢止めは持ってきたけど、途中でリタイアする
かもー」

やれやれ。
でも、今のしゃらの状況だと、自分の具合が悪くてもなかな
か休めないんだ。綱渡りが……続くな。

「帰りに買い物とかあったら付き合うから、無理すんなよ」

「うん、助かるー。ほへー」

べたっ。席に着くなり、しゃらが潰れた。
お母さんの病気も則弘さんの処遇も見通しが立ってない。
元原のつきまといもあったし。

受験勉強どころじゃないから是が非でも推薦取りたいんだろ
うけど、体の疲れだけじゃなく精神的ストレスも半端なさそ
う。
受験がどうのこうの以前に、まだまだ受難だよなあ……。

すぐに予鈴が鳴って、教室に近付いてくるえびちゃんの足音
が響いてきた。

がらっ!

勢いよくドアが開いて、少し緊張ぎみにえびちゃんが入って
きた。
日直の中井が大きな声を張り上げる。

「きりーつ!」

「礼っ!」

「おはようございます!」

「着席!」

硬い表情のままぐるっと僕らを見回したえびちゃんが、出席
簿を教壇の上にぽんと置くと、開口一番。

「ええと。最初にちょっと報告があります」

は?
みんながぽけらった。

「元原くん。お父さんのお仕事の都合で、夏休み前に転校の
手続きをしました。本来なら転出前にみんなに挨拶してから
というのが筋なんですが、お父さんの転勤が急だったので。
みなさんによろしくと伝言を預かってます」

ざわざわざわ……。
教室内がせわしなくざわついた。

まあ……先生のアナウンスを額面通りに受け取るやつは、そ
んなにいないだろうな。
あいつ、夏休みに何かしでかしやがったな、と。
そう思ってる子が多いと思う。

僕やしゃら、永見さんはもちろん詳しい事情を知っているけ
ど、今さらそれを口にする意味はない。

黒木が冴えない顔をしてるから、元原と何か話をしたのかも
しれないな。
これが去年だったら。二年生だったら。まだ違った展開が
あったのかもしれない。
でも受験生の、この微妙なタイミングでトラブルを背負い込
みたくないのは黒木も同じだろう。

ろくでなしの親絡みだから、全部元原自身のモンダイとは言
えない。
でも。あいつが親を言い訳に使っている限り、何も解決しな
いんだ。それを理解出来るかどうか、だろなあ……。

「元原くん以外は、みんな出席ね」

えびちゃんの声で、はっと意識が戻る。
空席を確認したえびちゃんが、出席簿をぽんと叩いた。




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三年生編 第87話(1) [小説]

8月24日(月曜日)

「うーっす!」

「おっはー」

「おはよー」

「ぐぇんきしてたー?」

「ぐえー」

いつもと変わらない朝の教室の風景。
二学期が始まって、それぞれの夏を過ごしたクラスメートが
少しげんなり顔で挨拶を交わしてる。

全員が受験生ってわけじゃないから、てんぱり具合はいろい
ろだ。

僕と同じように合宿や通いでびっしり夏期講習に行った子
は、ぽんいちと世間との落差を思い知らされて、強い危機感
を持ったと思う。

それでも、一昨年や去年に比べたら僕らはまだ恵まれてる。
授業や試験、指導方針が一斉に厳しくなったから、少しだけ
ど免役が出来た。
問題は、それを本番に活かせるかどうかだけだよね。

「よーす」

九月の予定を手帳に書いて見回していたら、ヤスが僕をいじ
りに来た。

「おひさー」

「おう、いっき。合宿どうだった?」

「すごかったわ。まるっきり修行だあ。朝五時から真夜中ま
で、メシ食う以外はずっと勉強しかしんかった」

「ぐえー……」

「それでも、僕のは夏休み前半だけだよ。夏休みまるまる合
宿で詰め込む子もいるんだから、上には上だあ」

「だよなあ。そういや立水は?」

「ああ、あいつはそのまるまるコースだよ。気合い入ってた
ぜー」

「そうだろなあ」

噂をすれば影。
のそっと立水が登場。
相変わらず闘気全開で、めちゃめちゃ雰囲気がごつい。
でも表情に、これまでみたいな焦りから来る苛立ちが見えな
かった。後半の講習もがっつり充実してたんだろな。

「よう、立水。あの後どうだった?」

「ああ、物理を切ったからな。気持ち的にすげえ楽になっ
た。模試も、かなりいい線まで上げてきたぜ」

どごーん!
立水の方針変更を知らなかったヤスがぶっこける。

「物理を捨てたあ!?」

「んだ。俺にはどうしてもクリア出来ねえ。他でカバー出来
るならともかく、他でもハンデあるんだからよ」

「とんぺーは?」

「無理だよ。百年かかる」

ヤスには、立水の方針変更がぴんと来なかったんだろう。
何度も首をひねりながら席に戻った。

「なあ、立水。あの女の子はどうだった?」

「ああ、あいつも気合い入ってたぜ。重光さんがえれえ気に
入ってな」

「だろうなあ。見るからに体育会系だったもんなー」

「まあな。予備校も専攻も違うから、ほとんど接点がなかっ
たけどな」

「そっかあ。タフそうだったからなあ」

「……」

立水が、急にきつい表情になった。

「ただ……お盆明けの二、三日は、部屋でずっと泣いてた
な」

「えっ!?」

何があったんだろう?

「いや、重光さんが、水泳部の馬鹿どもの根性叩き直してや
るって吠えてただろ」

「ああ、喫煙で全員アウトってやつ」

「そう。あれは……最後の大会に懸けてたあいつには辛かっ
たんだよ」

そうか。
あの時は気持ちを切り替えようとして、必死に自分に言い聞
かせてたってことか……。

「俺なら、そいつら全員ぶっ殺す!」

目を血走らせた立水が、指をばきばき鳴らしながら凄んだ。
さもありなん。





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