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三年生編 第87話(1) [小説]

8月24日(月曜日)

「うーっす!」

「おっはー」

「おはよー」

「ぐぇんきしてたー?」

「ぐえー」

いつもと変わらない朝の教室の風景。
二学期が始まって、それぞれの夏を過ごしたクラスメートが
少しげんなり顔で挨拶を交わしてる。

全員が受験生ってわけじゃないから、てんぱり具合はいろい
ろだ。

僕と同じように合宿や通いでびっしり夏期講習に行った子
は、ぽんいちと世間との落差を思い知らされて、強い危機感
を持ったと思う。

それでも、一昨年や去年に比べたら僕らはまだ恵まれてる。
授業や試験、指導方針が一斉に厳しくなったから、少しだけ
ど免役が出来た。
問題は、それを本番に活かせるかどうかだけだよね。

「よーす」

九月の予定を手帳に書いて見回していたら、ヤスが僕をいじ
りに来た。

「おひさー」

「おう、いっき。合宿どうだった?」

「すごかったわ。まるっきり修行だあ。朝五時から真夜中ま
で、メシ食う以外はずっと勉強しかしんかった」

「ぐえー……」

「それでも、僕のは夏休み前半だけだよ。夏休みまるまる合
宿で詰め込む子もいるんだから、上には上だあ」

「だよなあ。そういや立水は?」

「ああ、あいつはそのまるまるコースだよ。気合い入ってた
ぜー」

「そうだろなあ」

噂をすれば影。
のそっと立水が登場。
相変わらず闘気全開で、めちゃめちゃ雰囲気がごつい。
でも表情に、これまでみたいな焦りから来る苛立ちが見えな
かった。後半の講習もがっつり充実してたんだろな。

「よう、立水。あの後どうだった?」

「ああ、物理を切ったからな。気持ち的にすげえ楽になっ
た。模試も、かなりいい線まで上げてきたぜ」

どごーん!
立水の方針変更を知らなかったヤスがぶっこける。

「物理を捨てたあ!?」

「んだ。俺にはどうしてもクリア出来ねえ。他でカバー出来
るならともかく、他でもハンデあるんだからよ」

「とんぺーは?」

「無理だよ。百年かかる」

ヤスには、立水の方針変更がぴんと来なかったんだろう。
何度も首をひねりながら席に戻った。

「なあ、立水。あの女の子はどうだった?」

「ああ、あいつも気合い入ってたぜ。重光さんがえれえ気に
入ってな」

「だろうなあ。見るからに体育会系だったもんなー」

「まあな。予備校も専攻も違うから、ほとんど接点がなかっ
たけどな」

「そっかあ。タフそうだったからなあ」

「……」

立水が、急にきつい表情になった。

「ただ……お盆明けの二、三日は、部屋でずっと泣いてた
な」

「えっ!?」

何があったんだろう?

「いや、重光さんが、水泳部の馬鹿どもの根性叩き直してや
るって吠えてただろ」

「ああ、喫煙で全員アウトってやつ」

「そう。あれは……最後の大会に懸けてたあいつには辛かっ
たんだよ」

そうか。
あの時は気持ちを切り替えようとして、必死に自分に言い聞
かせてたってことか……。

「俺なら、そいつら全員ぶっ殺す!」

目を血走らせた立水が、指をばきばき鳴らしながら凄んだ。
さもありなん。





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