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三年生編 第87話(3) [小説]

「さあ。勝負の二学期です。というか、君らには実質三学期
がありません」

し……ん。

「二学期の終業式が終われば、最後のゲートを通過です。来
年の始業式以降は、出席義務がなくなりますから」

うん。

「これから本番までの四か月が、君らにとっての正念場。気
合いと根性で必ず乗り切ってください!」

おとなしいえびちゃんの声に、最大限の迫力が乗った。
僕らを補助することは出来るけど、僕らの代わりに受験する
ことは出来ない。最後は、君らひとりひとりになるんだよ?
そういう覚悟を求めるどやしだった。

「いい? 推薦狙い組。学校推薦がもらえるかどうかは、あ
と二回の定期試験がものを言います。前倒しで受験するん
だっていう覚悟で、死に物狂いで勉強してください」

「学校側は結果だけ見ます。努力したんだよっていう自己申
告は一切受け付けません」

ざわざわざわっ。
教室内がざわついた。

もちろん、今のはえびちゃんのオリジナルじゃない。
安楽校長から、必ずそう説明しろって指導されたんだろう。

ほとんど受験とは無縁の専門学校系。
早くに結果が決まってしまう推薦、特待系。
そして、僕を含めた一般入試系。

今のぽんいちではそれらがごっちゃになってて、雰囲気がす
ごく不安定になるんだ。
生徒の間で無用なトラブルが起きないように、全体に強いプ
レッシャーをかけておこうってことなんだろう。

「それとね」

えびちゃんが、ぐるっと僕らを見回す。

「まだ進路や志望校を固めていない子は、八月中に必ずわた
しのところに相談に来てくださいね。進路指導室にも、放課
後に担当の先生が詰めてます。どしどし利用してください」

うん。
学校も、これまで以上にサポートの体制を整えてくれるんだ
ろう。

夏休みの時の、どこかに使い切れない時間が残ってたような
感覚は……さっと消えた。

教室の中が、これまでとは別の意味でぴりぴりし始めた。
でも、それは正常なぴりぴりだよね。
僕らは、もう自分の未来を掴むことに集中したい。それ以外
のものを持ち込まないで欲しい。そういう、ぴりぴり。

「これで朝のホームルームを終わります。この後すぐに始業
式があるので、体育館に集合してください」

「起立!」

「礼!」

「ありがとうございました!」


           −=*=−


一、二年の時には、新学期が始まった直後は夏休みの影響が
どっかこっかに残ってた。
でも、僕らにはそんな余裕はない。これっぽっちもない。

授業は、カリキュラムを早めにこなすためにこれまで以上に
ハイペースで進む。きちんと集中しないと、頭に入らない。
私語はおろか、咳払いすら聞こえない。

シャーペンがノートの上で擦れるかりかりと言う音だけが、
ずっと響き続けている。
そして。どの先生も、まるっきり脱線しなくなった。
もっとも今そんなことをしたら、僕らに総スカンを食らうだ
ろう。

残り実質四カ月。それで高校生活は終了になる。
そして残り期間に、受験以外の要素はほとんど入らない。

いいも悪いもない。
事実として、高校はそういうところなんだよって。
最後の最後に現実がこうして突き付けられ、僕らはそれを認
めざるを得ない。

「……」

朝、出掛けに会長の庭で見たおもしろいつる植物を思い出す。
トケイソウ。
その名前の通り、時計の文字盤みたいな花だった。

有限の時間……か。
時間は連綿と続いていくけど、その流れに乗っているだけな
ら僕らには何も残らない。
花は受粉すれば果実を残せるけど、僕らは自分に何かを必死
に刻み込まない限り何も残らないんだ。

無情に僕らを押し流そうとする時の流れに負けないこと。
そろそろ……覚悟しないとならないね。