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三年生編 第109話(14) [小説]

まだ手術後がなまなましい膝に手を置く。

「ベストをイメージしたらだめだよ。ゼロからどこまで積
めるかを考えなさいってね」

「今は、全然わかんなくなったね」

「今は、ね。でも三年前は、動ける自分を想像できなかっ
た。喪失感がひどかったんだ」

「……うん」

「お母さんもそうだと思う。なんで、これまで当たり前に
やってたことがこなせないのって」

「うん。時々悔しそうにしてる」

「でしょ? でも、だんだん慣れる。動ける昔の自分じゃ
なくて、動けない今の自分にね」

「そうだよね」

「だから、大丈夫だよ」

ふふっという小さな笑い声が聞こえた。

「あ、そうだ。いっき」

「うん?」

「ミズヒキって草、知ってる?」

「いや……ちょっと待って」

ポケット植物図鑑を引っ張り出して、確かめる。
地味な草だなあ。タデ科、か。

「ふうん。どっかで見つけたの?」

「いや、林さんにもらったの。縁起物だからって」

「あ、そうか。紅白の水引きって言うもんな」

「そう。でも、それは花の時にしかわからないし、花もう
んと小さいから、注意しないと紅白に気づかないんだって」

「なるほどなあ。幸せっていうのは小さいから、探さない
と見過ごすよってことかあ」

「びんご」

しゃらが落ち着いた声で続きを話した。

「うちの店も、今日はいっぱいお客さんが来てお祝いして
くれたけど。すぐに平常運転なんだよね」

「うん」

「大繁盛でなくてもいいから、うちの店で髪を切りたいと
いう人がずっと途切れないでほしい。そういう人がいるこ
とをずっと喜べるようにしたい。お父さんがそう言ってた」

「大丈夫さ。開店するのを待っててくれた人がいっぱいい
るから」

「うん!」

最後は弾んだ声になったしゃらが、じゃあねと言って電話
を切った。

「ふう……」

さっきまで考えていた利英さんのことが、また脳裏に浮か
んだ。
距離を調整するっていうのは、楽なように見えて、本当は
すごくエネルギーがいるのかもしれない、と。

何もわからない人との距離は縮まらない。
その人との距離を調整しようと思うようになるのは、相手
から引力と反発を感じるからなんだ。
誰に対しても無関心を貫いてしまったら、その人は誰との
距離も縮められない。
距離を取るんじゃなく、取られてしまう。孤立する。

利英さんの持ってた自由でのびのびした空気は、人を引き
寄せる強い引力を作るんだろう。
引き寄せておいて、距離を調整する、か。
すごい高度なことだよね。

「僕にはできないよなあ……」



mzhk.jpg
今日の花:ミズヒキPersicaria filiformis



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三年生編 第109話(13) [小説]

なかなか出来が安定しない英語には、相変わらず泣かされ
ている。
苦手意識が出来ちゃったから、効率も上がらない。

「はあ……またえびちゃんに相談てことになりそうだな」

ぱたっと参考書を閉じ、シャーペンを机に置いて、背中を
伸ばす。

「ふうっ」

緊張を緩めると同時に、リドルで会った利英さんというお
じさんの顔がぽっと浮かんだ。
確かに、中沢先生がコピーしたいと思ったのが頷けるくら
い、自由でおおらかな感じの人だったな。ただ……。

「……」

僕には、その性格がポーズのようにも見えたんだ。

中沢先生のがさつさやちゃらんぽらんは、実は後付けの
ポーズ。
実際の先生はもっと小心者で、神経が細い。
その線の細さを見破られてしまうと、沢渡校長の恫喝に屈
したみたいにへなへなになっちゃうんだ。つまり。

神経ワイヤーロープで鈍でいい加減というポーズを見せる
ことで、自分を膨らませて見せてる。
あれは……先生の自衛なんだよね。

利英さんは、確かに先生よりは線が太そうだ。
でも、だからと言って何でも平気っていうほど図太くはな
いと思う。
そりゃそうでしょ。デザイナーっていうのは、繊細さを備
えていないと成り立たない職業だと思うもの。

お兄さんとのきついやり取りを繰り返す中で、利英さんは
距離を取るという作戦を編み出したんじゃないかな。
中沢先生の「逃げる」っていうのにちょっと似ているけど、
距離を取るのは戦うよりも逃げるよりもエネルギーを使わ
なくて済むんだよね。

誰かに支配されないフリーデザイナーっていう職業も、そ
う考えると納得できるんだ。
しっかり自分を注ぎ込めるけど、終わると関係が切れる。
過去を引きずらないで済むんだろう。

ただ上手に距離を保つのは、しっかり自立してる利英さん
だからできたことで、中沢先生がやるのは無理だよ。
だから上辺だけコピーしたポーズになっちゃったんだろう。

「あーあ」

会長に最初忠告されたこと。
『大丈夫だっていうポーズを取り続けたら潰れるよ』

確かにそうだなと思って、僕は自分のナマをできるだけ出
すようにしてきた。
だけど地を出せば出すだけ周りとの摩擦は増える。
それに嫌気がさすと、すぐに猫を被りたくなってしまう。
逃げ癖が抜けない中沢先生のふらふら感は、程度の差こそ
あれ僕にも共通なんだよね。

利英さんの距離のさばき方はすごいなあと思うけど、あれ
が僕にできるかっていうと、無理。

嫌な人、嫌な出来事、解消できない不安と遭遇した時どう
するか。
戦う、逃げる、距離を取る……いろんなやり方があって、
そのどれかだけが正しいってことはないんだろう。

だから会長の忠告の真意は、「ポーズを取るな」じゃなく
て、「ポーズに頼るな」なんだよね。

机に頬杖をついてもやもや考え込んでいたら、携帯が鳴っ
た。しゃらか。

「うい。お疲れさまー」

「ありがとねー。お父さんもお母さんもほっとしてた」

「いいお披露目だったよ」

「うん!」

「お母さん、疲れたんじゃない?」

「まあね。今は横になってる」

「やっぱりか……」

「でも、自分の体との付き合い方は、だいぶわかったって
言ってる」

「いい時をイメージしちゃいけないってことだろ?」

「そうなの」

はあっと、小さな吐息が聞こえてきた。

「どれくらい良くなるか、じゃなくて。どれだけ悪化させ
ないか。そう考えないと無理しちゃうから」

「わかる。僕も膝を壊した時に、手術してくれた先生に言
われたんだ」

「あ……」


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三年生編 第109話(12) [小説]

「どうだった?」

三時過ぎ。家に帰って早々に、母さんに確かめられる。

「いいお披露目だったよ。中沢先生の挨拶はぐだぐだだっ
たけど、かんちゃんのはぴしっと筋の通ったいい挨拶だっ
た」

「御園さんのお父様もほっとしたんじゃない?」

「そうだね。将来、かんちゃんに店を引き継ぐっていうこ
ともきっちり宣言したし。商店街の人たちも、くしの歯が
欠けなくて良かったって、ほっとしてるんじゃないかな」

「くしの歯、かあ……。世知辛いね」

「うん。商店街の人たちって、お互いのつながりが強い分、
そこが崩れ始めるとがたがたっと行ってしまいそうで怖い
んだよね。がんばって欲しいなーとは思うけど」

切れるつながりより、新しいつながりの方が多くなってほ
しい。
本当にそう思うけど、現実はその逆になっているような気
がする。

坂下の商店街は、現実として少しずつ寂れてる。
人と人とのつながりも、少しずつ切れていく。

いや商店街のことだけじゃないよね。
僕自身もそうなんだ。
楽しかった高校生活はもう少しで終わりだ。
高校でたくさん築いた友達との関係は、そこで一度リセッ
トされる。
それに……進学すれば、家を出る僕は家族とのつながりが
緩くなる。

勘助おじちゃんが亡くなって、工藤の方も斉藤の方も、親
族の結束が緩くなってくるだろう。
健ちゃんたちや滝乃ちゃんたちと、いつまでざっくばらん
な話ができるかわからない。

もちろん、新しいつながりを作ることで、切れたつながり
のほころびは埋められると思うけど。
宝物のように抱きしめてきた人と人とのつながりを、ずっ
と変わらずに保持し続けることはできない。

わかってる。
それは僕だけでなく、誰にもできない。
でも……できないってことがどうしようもなく寂しい。
そう感じてしまうんだ。

「ん?」

リビングの窓が風で揺れて、がたんと音を立てた。
意識が現実に戻る。

いかんいかん。どうしても考えが後ろ向きになっちゃう。
切り替えなきゃ。

「ご飯までは勉強する。学園祭前は落ち着かないから」

「そうね。準備が出来たら呼ぶわ」

「うい」


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三年生編 第109話(11) [小説]

「すげー」

全員で絶句。
なんつーか、本当の自由人てこういう人のことを言うのか
なあという感じで。

で、気付いてしまった。
先生が来る前に僕らがポーズっていう話をしてたけど。
先生にとってのポーズ……ぐうたらとか、突き放した言動
とか、乾いた態度とかは、全部おじさんのコピーだったん
だなあって。

確かに、乾いた飄々とした態度は人との距離を確保しやす
い。
下心のあるやつとか、やたらと馴れ馴れしくしてくるやつ
から離れられる。
でも先生のそれはあくまでもポーズであって、本質じゃな
いんだ。

コミュニケーション能力に激しく難のあるちゅんさんに倒
れ込んだみたいに、先生の芯は強烈な寂しがり屋なんだろ
う。
先生は、ポーズを乗り越えて来てくれる人か、ポーズを捨
てたいと感じる強い引力がある人にしかアクセスできない。

だから、難のあるちゅんさんやかんちゃんが恋愛の相手に
なったんだろうなと。
改めてそう思う。

もちろん、それは僕としゃらもそうなんだろう。
自分が壊れる寸前まで孤独だったから、過去の共通点が悪
い意味で重なっていたのに互いに倒れこんだんだ。
ポーズを……かなぐり捨ててね。

本当にそれでいいのか。本当にもう大丈夫なのか。
懸念がないわけじゃない。

でも、僕らは変わってる。
あの頃とは違う自分に、少しずつ組み替えてる。
ポーズを前に張り付けなくても、ナマでやり取りできるよ
うになってる。
それでいいんだろうし、それがきっと責任ていうやつなん
だろう。

「先生。利英さんて、一緒に暮らしてた時もあんな感じ
だったんですか?」

しゃらがこそっと聞いた。

「うーん、あんなにしゃべったのは聞いたことないなあ」

「ひええ」

「なんかね。こっちから動かない限りは置物なんだ」

「あ、わかる」

僕がフォロー。

「先生が自発的に何か言い出すまで、手も口も出さないっ
てことですね」

「そう。まあ、めんどくさいってのもあったんだろうけど」

「めんどくさい?」

「そりゃそうでしょ。年頃の女の子とどんな会話するって
いうわけ?」

確かになあ。
僕らだって、女子トークの中には入れないもんなあ。

「まあ、居心地はよかったよ。それを失ったらどうしよ
うっていう恐れはあったけどね」

「あ、そうか。大学進学の時ですね」

「うん。その時だけ、叔父さんに言われたんだ」

「なんて、ですか?」

女子が揃って身を乗り出した。
明日は我が身だもんなあ……。
あ、僕もか。

「本当に嫌いなやつがまだいないなら、まずいろいろと飲
み込んでみろ。嫌ならぺっと吐き出せばいいって。まあ、
何事も経験してみないとわかんないってことだよね」

その頃のことを思い出したのか、先生がふっと笑った。

「確かに思う。経験しないと踏み込めないことがあるなっ
てね」

それから、さっとかんちゃんの腕を抱え込んだ。
ううー、ごちそうさまですー。


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三年生編 第109話(10) [小説]

ちょっと微妙な雰囲気になっていたところに、遅れてかん
ちゃんがやってきた。

「ごめん、瑞宝。遅くなった」

「いや、叔父さんも間に合わなかったからおあいこってこ
とで」

「わははっ!」

悪びれずにからっと笑った利英さんは、かんちゃんをぐるっ
と見回してぴゅっと口笛を吹いた。

「男前だなあ」

「おじさーん!」

「いいじゃないか。男親なら、娘のダンナの品定めは定番
だぞ?」

「ううう」

どう反応したものかと変顔していたかんちゃんが、すうっ
と利英さんに頭を下げた。

「桧口完と言います。どうぞよろしくお願いいたします」

「まあ、ざっくばらんにやりましょう。俺は堅苦しいのが
苦手なんで」

「はい」

気さくな人で、ほっとしたんだろう。
かんちゃんの顔に笑顔が戻った。

「ああ、かんちゃんにもお願いしとこう」

一転。いきなりさっきのえげつない話に戻す利英さん。

「瑞宝の親。出所したら、必ず騒動を起こすだろう。瑞宝
に直接関わらせないよう、最大限配慮してほしい」

「存じてます」

「俺も共同戦線を張る。二人だけで抱え込まないように
な。法廷闘争を含め、あらゆる準備をしておく。双方のじ
いさんばあさんにも宣告済みだ」

利英さんの忠告に、かんちゃんがぎっと歯を噛み鳴らした。

「はい!」

「本当なら、こんな身内の恥をさらすような話はしたくな
い。だが、俺らには守らなければならないものがある」

冷めてしまったコーヒーをかぽっとあおって、利英さんが
全員の顔を見回した。

「家族であり。恋人であり、配偶者であり。そして自分自
身も。理由なく他人に侵食されていいものなんか、一つも
ないっ!」

からっとした態度とは裏腹に、そこにはものすごく強い意
志と怨念がとぐろを巻いているように感じた。

「幸福ってのは無条件にあるもんじゃない。責任の上に乗っ
けられるものさ」

「責任……ですか?」

「そう」

先生をすっと指差した利英さんが微笑む。

「逃げ癖、依存癖のある瑞宝が結婚に踏み込んだんだ。当
然、責任を負う覚悟はあるんだろ」

「もちろん」

「なら、大丈夫だ。守られるだけでなく、必死に守れよ」

「うん」

神妙な顔で先生が頷く。

「俺は、自分自身の責任しか負えない。他の誰かの生き方
までは負えない。だから、死ぬまで独りで生きる。それも
また、一つの責任の取り方なんだ」

「……」

「だが、それは孤立して生きるということじゃないよ。自
分の責任を取れる範囲内で人と関わり続ける……そういう
ことさ。いざという時には、誰かの手を借りんとならんか
らな」

「そうか」

「まあ、一人なら一人の。二人なら二人の。大勢なら大勢
の生き方がある。それでいいだろ」

先生が、ふわっと笑った。

「あはは。叔父さん、変わんないね」

「まあな。ずっとこんな感じだよ。おっと、これから打ち
合わせなんだ。済まんな」

「ううん、今度食事に来て」

「そうだな。また連絡する」

僕ら全員の分の勘定にまだ余るくらいのお金を先生に押し
付けて。利英さんは風のように去った。



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三年生編 第109話(9) [小説]

利英さんは、ヒゲだらけの顔をぞりっと手でなぞった。

「俺みたいな連中が溜まってる、デザイナーズギルドって
とこがあってね。置屋みたいなもんだ。そこに来る注文
を、えいやっとさばくわけ」

「へえー」

「仕事は不定期で稼ぎが安定しないし、仕事時間なんてい
う概念はないし、しょっちゅう家を空けるし。瑞宝を後見
しろって言われた時にはどうしようと思ったけどね」

先生が苦笑い。
でも、そのあと真顔でフォローした。

「大野先生は、一番辛かった時にわたしを抱え込んでくれ
た。でも、その時に甘え癖がついちまったんだ。叔父さん
は、わたしの首についてたガイドロープを解いて放牧した
の。だから……立て直せたんだよね」

「そらそうさ。最後まで抱えていられるやつなんかいない
よ。どこにもね」

利英さんが、ふっと目を細める。

「自分の面倒くらい、自分で見ないとさ」

「うん」

先生が、神妙な顔で頷く。

「ただ」

利英さんが、顔をしかめた。

「だからって、なんでもかんでも一人で抱え込んで欲しく
ない。そこは誤解しないでほしい」

「わかってる」

頷いた先生を見て、利英さんが僕らを見回した。

「君らは、瑞宝の昔のことは知ってるんだろ?」

「知ってます」

「じゃあ、話が早い」

ぐんと体を起こした利英さんは、通る声で恐ろしいことを
口にした。

「実の娘の瑞宝に手をかけようとした鬼親は、あと数年で
シャバに出て来るんだ。一生刑務所の中にいて欲しいんだ
が、俺らが刑期を決めるわけじゃないからね」

あ……。

「その時、あいつらに俺らの生活をめちゃくちゃにされる
わけにはいかない。絶対にな!」

唇を噛み締めた先生が、大きくかぶりを振った。

「瑞宝と共同戦線を張る。一人でなんとかしようと思うな
よ。どういう手段を使っても、あいつらとは縁を切る」

直接被害を受けてる先生はともかく、利英さんの拒否反応
は強烈だった。昔なにかあったのかな。
僕の視線に気づいたんだろう。
利英さんが皮肉っぽい薄笑いを浮かべた。

「兄貴に殺されそうになったのは瑞宝だけじゃないのさ。
俺もなんだよ。ガキの頃から、兄貴に命に関わりかねない
攻撃をされ続けててね。唯一の天敵なんだ」

ぐええっ。え、えぐい。

「俺は人を好き嫌いで分けたかない。まあ、でこぼこあっ
ても人ってのは総じて好きなんだよ。でも、どうしても許
容できないやつはいるんだ」

先生がぐんと頷いた。

「それなら、大っ嫌いなやつに全ての恨み辛みを背負って
もらう。そいつからさえ遠ざかることができれば、あとは
屁でもない」

うわ、すごいなあ。

「そこは、俺と瑞宝とで利害が一致するんだ。必ず撃退し
ないとダメだ」

「うん」


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三年生編 第109話(8) [小説]

先生が、僕らの隣のボックスに入ったところで、またドア
ベルが鳴った。

「間に合わんかった。済まん済まん」

どたどたと慌ただしい足取りで入ってきたのは、おしゃれ
な着こなしのおじさんだった。

「いやあ、式って言っても挨拶だけ。短かったから」

「まあ、あとで写真を見せてもらうさ」

先生と親しげに話しているおじさんの顔が、どことなく先
生に似ている。もしかして……。

「あのー」

聞こうとしたら、先生から紹介があった。

「わたしが中高の時に世話になってた、叔父貴の利英さん。
わたしゃ、叔父さんには足を向けて寝られないよ」

「何言ってんだか。毎日俺に足を向けてぐーすかねくたれ
てたくせに」

「おじさーん、ばらさないでー」

全員、あっけ。

「うっわ。なんか、先生のクウキによく似てますね」

僕が突っ込んだら、先生がしらっとひっくり返した。

「逆。わたしが叔父さんに染まったの。叔父さん、本当に
自由人だから」

「わははっ!」

からっと笑う利英さん。
そっかあ。こう、なんつーか、細かいことどうでもいいみ
たいな、自由な雰囲気。
結婚式に出るって言う割には服はカジュアルだし、髪もヒ
ゲもぼさぼさだ。

コーヒーを注文した利英さんは、僕らをぐるっと見回した。

「瑞宝の生徒さんかい?」

「何人かはね。みんな、部活の子たち」

「ああ、顧問やってるんだっけ」

「そう」

「こいつが顧問だと大変だろ」

にやにやしながら利英さんが、先生を指差す。
先生が真っ赤になった。

「いい加減が服着て歩いてるみたいなやつだからなー」

「ばらさないでよう」

「てか、先生。最初はそういうキャラでしたよね」

「む……」

僕の含み笑いを見て、先生がぷっとむくれた。

「そうだけどさー。昔からずっとそうだと思われたくない
じゃん」

「まあな」

利英さんは、それ以上突っ込んでイジらない。
空気がいい意味で軽い。なるほどなあ……。

「あのー、利英さんはどんなお仕事されてるんですか?」

聞いてみる。

「俺かい? フリーのデザイナーだよ。フリーだから貧乏
でね」

「へえー!」

実生が興味津々で身を乗り出した。

「どんなものをデザインされてるんですかー?」

「いろいろだよ。パッケージ、ロゴ、フォント、フォー
ム……なんでもありだ」

「すごーい!」

「いや、すごかないよ。なんでもやらないと食ってけない
から」


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三年生編 第109話(7) [小説]


無事にお披露目が終わったということで、高校生メンバー
でリドルになだれ込んだ。

「それにしても。先生も相変わらずだよなあ」

僕がぶつくさぼやいたら、かっちんがすかさず突っ込んだ。

「いつも通りだろ。あんなもんだと思う」

「そう?」

「大上段にとか、かしこまってとかが苦手なんだよ。俺と
同じだ」

「それって、まるで僕は得意みたいな言い方じゃん」

「ちゃうの?」

なっつにも突っ込まれて、思わずうなる。

「ううー」

「きゃはははっ!」

しゃらと実生は揃って笑い転げてるし。

「お兄ちゃんてば、何気にじゃなくて思い切り偉そうなん
だもん」

「げー」

「でも、それはポーズなんだよね」

しゃらが、さらっと言った。

「先生がちゃらんぽらんを装うのと同じ。ポーズ」

しゃらは、僕だけでなくみんなを見回した。

「ここにいる全員、そうでしょ? わたしもだし」

「だな」

かっちんが、頭をばりばりかき回しながら認めた。

「そうやって自分を守ってるんだもん。しょうがないよ」

そう。
しょうがない。
しょうがないで済むこと、済まないことはあるけど。
でも、自分を壊してまで変えなきゃならないことは、そう
多くない。

かんちゃんの挨拶がそうだったよね。
もう削れないって。

弱いってことを武器にして欲しくはないと思う。
だって、その弱さを誰もが認めてくれるわけじゃないから。
でも、だからと言って自分を鉄筋コンクリートの建物に作
り直せっていうのは無茶な話だよね。

僕らが自己防衛のために使ってるポーズっていうのも、そ
ういうものなんだろう。
役に立つことも、害になることもある。
だから、効果を見極めながら自分で調整しなさい……それ
しかないんだろうな。

ポーズっていう言葉にトラップされて、みんな腕組みポー
ズをしてたところに、ドアベルの音が響いた。

ちりんちりん。

「ううー、肩凝ったー」

あ、中沢先生じゃん。

「あれ? かんちゃんと一緒でなくていいんですか?」

「林さんに捕まってる。わたしはちょい野暮用があって、
ここで待ち合わせ。ああ、さっきはありがとね」

「いえー、和服もすっごい似合ってましたよー」

しゃらがむふふ顔で先生を持ち上げる。

「あんなの、三十分が限界。式で和服着るやつの気がしれ
んわ」

どわはははっ! 大笑い。


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三年生編 第109話(6) [小説]

ぱちぱちぱちっ!
大きな拍手の音に、僕は溜息を紛れ込ませた。

先生を甘やかさなかった?
違うよ。僕は共倒れしたくなかったんだ。

僕は子供。先生は大人だ。
その大人が、大人のふりをして僕を抱きかかえ、抱えきれ
なくなって放り出したら。
その時に傷つくのは誰? 先生じゃない。僕なんだよ。
僕は、最初から今までずっとそれを警戒してただけ。

逃げるな!
それは本来、先生が僕らに言わなきゃならない言葉でしょ?
逆にしてどうすんのよ。

でも。そういう先生のダブルスタンダードに誰もが気づく
わけじゃない。
僕やしゃらは、ものすごく傷ついていたから見抜けたん
だ。
元西先輩みたいに、もともとガッツのある人は気付かな
かったと思う。

親に愛されたことのないかんちゃんは、人の奥底を僕ら以
上に鋭く見抜く。
先生の甘さや弱さはちゃんとわかってる。
先生が、かんちゃんの背負ってるものの少ししか肩代わり
できないってことはもう悟っているだろう。

いつも隣にいてくれるだけでいい。
それが……かんちゃんのずっと望んでいたこと。
だから、押し続けることも引き続けることもしないと思う。
それでいいんじゃないかな。

僕の苦笑をちらっと見た先生は、ばつが悪そうに視線をそ
らすと、もう一度略式の挨拶をした。

「本日は、ありがとうございました。これからも、どうぞ
よろしくお願いいたします」

ぺこり。

柔らかい拍手の音が響いて。
しゃらの一家の退場とともに、ギャラリーの輪が緩やかに
解けた。


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三年生編 第109話(5) [小説]

一度口を結んだかんちゃんが、ギャラリーをぐるっと見回
した。

「再出発にあたり、これまでお世話になった大勢のみなさ
んにどうしてもお礼を言いたい」

最初にかんちゃんが頭を下げた方向には、千広ちゃんを抱
いた五条さんと背広が似合わない年配のおじさんがいた。
確か、刑事さんだよな。
えーと……なんていう名前だっけ。

「五条さん、いや今は中塚さんですね。そして穴吹さん。
自暴自棄になっていた私を親身になってどやしてくださっ
たご恩は、一生忘れません」

「御園さんと中塚さんのご一家をはじめ、私をずっと激励
してくれた商店街のみなさんにも、心から感謝いたしま
す。そして」

かんちゃんが僕を見て、ふっと笑った。

「瑞宝との出会いを導いてくれた工藤さんには、重ね重ね
お礼申し上げます」

ううう。そっちかーい!
大勢のギャラリーが一斉にげらげら笑って、場が和んだ。

ふっと一回顔を伏せたかんちゃんが、ゆっくり顔を上げた。
今度は笑顔ではなかった。厳しい表情。

「まだ……後悔も懺悔もいっぱい抱えています。でも、そ
れに今を食われたら。私のあげられるものが何もなくなり
ます。精一杯手を動かし、いっぱい話をすることで、もう
少しましな私にしたい」

「これから、もっともっと精進いたします。どうぞ、よろ
しくお願いいたします!」

最後は、すぱっと芯の入った声だった。
僕らはそれに盛大な拍手で応えた。

かんちゃんは、隣にいた中沢先生の手を一度ぎゅっと握っ
た。
先生は、その手を握り返して。一歩前に出た。

「みなさん、ありがとうございます」

緊張しているのか、セリフが出てこない。

「ええと。なんだっけ」

どおっ! 大爆笑!

「あはは。まあ、そんなこんなで。洋装と和装で二回も結
婚式をしてもらえました。とても幸せです」

先生が、ゆっくりとギャラリーを見回す。

「わたしもかんちゃんも一番近しい人に裏切られ、ひどく
傷ついてきました。でも……」

「その欠けた部分を、もっと大きな、もっと豊かな、もっ
と暖かいもので埋められたことを。一生忘れたくありませ
ん」

先生が、きゅっとかんちゃんの腕を取った。
そしてさっきのかんちゃんと同じように、ギャラリーの中
から誰かを探し出そうとするアクションをした。

「一番わたしが辛かった時に、縁もゆかりもないわたしと
千咲に寄り添ってくれた大野先生。親代わりにわたしの面
倒を見てくれた叔父の利英さん。そして、わたしと同じよ
うに大きな傷を抱えながら、決してわたしを甘やかしてく
れなかった工藤くん」

先生がじっと僕の顔を見据える。

「ありがとう。心から感謝します」


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