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三年生編 第109話(13) [小説]

なかなか出来が安定しない英語には、相変わらず泣かされ
ている。
苦手意識が出来ちゃったから、効率も上がらない。

「はあ……またえびちゃんに相談てことになりそうだな」

ぱたっと参考書を閉じ、シャーペンを机に置いて、背中を
伸ばす。

「ふうっ」

緊張を緩めると同時に、リドルで会った利英さんというお
じさんの顔がぽっと浮かんだ。
確かに、中沢先生がコピーしたいと思ったのが頷けるくら
い、自由でおおらかな感じの人だったな。ただ……。

「……」

僕には、その性格がポーズのようにも見えたんだ。

中沢先生のがさつさやちゃらんぽらんは、実は後付けの
ポーズ。
実際の先生はもっと小心者で、神経が細い。
その線の細さを見破られてしまうと、沢渡校長の恫喝に屈
したみたいにへなへなになっちゃうんだ。つまり。

神経ワイヤーロープで鈍でいい加減というポーズを見せる
ことで、自分を膨らませて見せてる。
あれは……先生の自衛なんだよね。

利英さんは、確かに先生よりは線が太そうだ。
でも、だからと言って何でも平気っていうほど図太くはな
いと思う。
そりゃそうでしょ。デザイナーっていうのは、繊細さを備
えていないと成り立たない職業だと思うもの。

お兄さんとのきついやり取りを繰り返す中で、利英さんは
距離を取るという作戦を編み出したんじゃないかな。
中沢先生の「逃げる」っていうのにちょっと似ているけど、
距離を取るのは戦うよりも逃げるよりもエネルギーを使わ
なくて済むんだよね。

誰かに支配されないフリーデザイナーっていう職業も、そ
う考えると納得できるんだ。
しっかり自分を注ぎ込めるけど、終わると関係が切れる。
過去を引きずらないで済むんだろう。

ただ上手に距離を保つのは、しっかり自立してる利英さん
だからできたことで、中沢先生がやるのは無理だよ。
だから上辺だけコピーしたポーズになっちゃったんだろう。

「あーあ」

会長に最初忠告されたこと。
『大丈夫だっていうポーズを取り続けたら潰れるよ』

確かにそうだなと思って、僕は自分のナマをできるだけ出
すようにしてきた。
だけど地を出せば出すだけ周りとの摩擦は増える。
それに嫌気がさすと、すぐに猫を被りたくなってしまう。
逃げ癖が抜けない中沢先生のふらふら感は、程度の差こそ
あれ僕にも共通なんだよね。

利英さんの距離のさばき方はすごいなあと思うけど、あれ
が僕にできるかっていうと、無理。

嫌な人、嫌な出来事、解消できない不安と遭遇した時どう
するか。
戦う、逃げる、距離を取る……いろんなやり方があって、
そのどれかだけが正しいってことはないんだろう。

だから会長の忠告の真意は、「ポーズを取るな」じゃなく
て、「ポーズに頼るな」なんだよね。

机に頬杖をついてもやもや考え込んでいたら、携帯が鳴っ
た。しゃらか。

「うい。お疲れさまー」

「ありがとねー。お父さんもお母さんもほっとしてた」

「いいお披露目だったよ」

「うん!」

「お母さん、疲れたんじゃない?」

「まあね。今は横になってる」

「やっぱりか……」

「でも、自分の体との付き合い方は、だいぶわかったって
言ってる」

「いい時をイメージしちゃいけないってことだろ?」

「そうなの」

はあっと、小さな吐息が聞こえてきた。

「どれくらい良くなるか、じゃなくて。どれだけ悪化させ
ないか。そう考えないと無理しちゃうから」

「わかる。僕も膝を壊した時に、手術してくれた先生に言
われたんだ」

「あ……」


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