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三年生編 第109話(10) [小説]

ちょっと微妙な雰囲気になっていたところに、遅れてかん
ちゃんがやってきた。

「ごめん、瑞宝。遅くなった」

「いや、叔父さんも間に合わなかったからおあいこってこ
とで」

「わははっ!」

悪びれずにからっと笑った利英さんは、かんちゃんをぐるっ
と見回してぴゅっと口笛を吹いた。

「男前だなあ」

「おじさーん!」

「いいじゃないか。男親なら、娘のダンナの品定めは定番
だぞ?」

「ううう」

どう反応したものかと変顔していたかんちゃんが、すうっ
と利英さんに頭を下げた。

「桧口完と言います。どうぞよろしくお願いいたします」

「まあ、ざっくばらんにやりましょう。俺は堅苦しいのが
苦手なんで」

「はい」

気さくな人で、ほっとしたんだろう。
かんちゃんの顔に笑顔が戻った。

「ああ、かんちゃんにもお願いしとこう」

一転。いきなりさっきのえげつない話に戻す利英さん。

「瑞宝の親。出所したら、必ず騒動を起こすだろう。瑞宝
に直接関わらせないよう、最大限配慮してほしい」

「存じてます」

「俺も共同戦線を張る。二人だけで抱え込まないように
な。法廷闘争を含め、あらゆる準備をしておく。双方のじ
いさんばあさんにも宣告済みだ」

利英さんの忠告に、かんちゃんがぎっと歯を噛み鳴らした。

「はい!」

「本当なら、こんな身内の恥をさらすような話はしたくな
い。だが、俺らには守らなければならないものがある」

冷めてしまったコーヒーをかぽっとあおって、利英さんが
全員の顔を見回した。

「家族であり。恋人であり、配偶者であり。そして自分自
身も。理由なく他人に侵食されていいものなんか、一つも
ないっ!」

からっとした態度とは裏腹に、そこにはものすごく強い意
志と怨念がとぐろを巻いているように感じた。

「幸福ってのは無条件にあるもんじゃない。責任の上に乗っ
けられるものさ」

「責任……ですか?」

「そう」

先生をすっと指差した利英さんが微笑む。

「逃げ癖、依存癖のある瑞宝が結婚に踏み込んだんだ。当
然、責任を負う覚悟はあるんだろ」

「もちろん」

「なら、大丈夫だ。守られるだけでなく、必死に守れよ」

「うん」

神妙な顔で先生が頷く。

「俺は、自分自身の責任しか負えない。他の誰かの生き方
までは負えない。だから、死ぬまで独りで生きる。それも
また、一つの責任の取り方なんだ」

「……」

「だが、それは孤立して生きるということじゃないよ。自
分の責任を取れる範囲内で人と関わり続ける……そういう
ことさ。いざという時には、誰かの手を借りんとならんか
らな」

「そうか」

「まあ、一人なら一人の。二人なら二人の。大勢なら大勢
の生き方がある。それでいいだろ」

先生が、ふわっと笑った。

「あはは。叔父さん、変わんないね」

「まあな。ずっとこんな感じだよ。おっと、これから打ち
合わせなんだ。済まんな」

「ううん、今度食事に来て」

「そうだな。また連絡する」

僕ら全員の分の勘定にまだ余るくらいのお金を先生に押し
付けて。利英さんは風のように去った。



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