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三年生編 第99話(8) [小説]

「でも穂積さんにとっては、心底信頼出来る相手が行長さ
んしかなかった。その行長さんが糸井先生と結婚したこと
で、無条件に心を預けられる人が誰もいなくなったんです」

「うーん……そうかあ」

「僕やしゃらの場合、家族がずっと拠り所になってる。僕
らはその安心感があるから、それ以外の人との付き合いに
チャレンジ出来るんです」

「なるほど!」

「でも、今の穂積さんには防波堤がない。全く知らない人
ならまだしも、かつて自分の迫害者だった両親を受け入れ
る余裕はまだないですよ。絶対にない!」

「ええ。分かります。それでですね」

「はい」

「今、工藤さんが言われたのと全く同じ説明を、ご両親か
ら受けたんです」

「レンさんが、ですか?」

「はい」

どうにも理解できない。
だって、穂積さんとレンさんの間にはほとんど関係がない
んだもん。
一昨年と去年、クリスマスパーティーで会っただけじゃん。

一昨年は穂積さんがまだ行長さんとつるんでたし、去年は
穂積さんが伯母さんちで潰れてた。
二人がプライベートな付き合いをするどころか、電話なん
かで会話する機会すらなかったと思う。

ああ、そうか。だからレンさんがとまどってるんだ。
なんで、俺が? ……って。

「うーん」

「奇妙な話ですよね?」

「はい。なんでいきなりレンさんにぶっ飛んで行ったのか
が」

「そうなんですよ」

「……あ」

ぴんと来た。
ああ、そうか。分かった。そう言うことか。

「ねえ、レンさん」

「はい?」

「レンさんが、高瀬さんのお屋敷を出た直後に、うちに来
ましたよね?」

「あ、そうでしたね」

「穂積さん、それと同じ状況なんじゃないかなあ」

「ふむ……」

「穂積さんは、まだご両親を受け入れることはできない。
でも、他に頼れる人が誰もいない」

「うん」

「だから、自分を好意的に見てくれてる人を親しい順に並
べて、そこから立場的に頼れない人を外していったんじゃ
ないかと」

「うんうん」

「理解者のおじいさんはもう亡くなってるし、糸井先生と
結婚してる行長さんはアウト」

「確かに」

「伯母には突き放されちゃった」

「ええ」

「僕やしゃらは穂積さんより年下の未成年なので、僕らに
は倒れこみようがない」

「そうですね」

「それに、僕やしゃらは家族とうまく行ってるので、どう
してもひがみが出ると思います。あんた方はいいよねーっ
て」

「……」

「前の職場や学生時代の友達を頼れるようなら、こんな事
態にはなってないと思います」

「うん、そうだろなあ……。私もそうだから」

「ですよね? そうしたら、接点がごくわずかでも、フラ
ンクに話が出来そうなレンさんくらいしか頼れそうな人が
思いつかなかった。んで、レンさんのことを口走った」

「ああ、それをご両親が聞きつけたってことか……」

「そう思うんです」

「うーん」

「たぶん……ご両親も、まだ直接穂積さんには触れないん
じゃないかなあ」

「分かります。そこでちらっとでも昔の支配関係が顔を出
したら、全部ぱあってことですよね?」

「そうです。どうしても間にクッション役の人を一枚噛ま
したい。藁にもすがるような気持ちで、レンさんに打診し
てきたんじゃないかと」

「でも、今は施設でケアをしてくれる人が付いてるんです
よね? その人じゃダメなんですか?」

思わず苦笑いしちゃった。


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