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三年生編 第98話(10) [小説]

玄関先でぺちゃくちゃしゃべっている間に、先輩のお父さ
んが山のような食料品とベビー用品を抱えて帰ってきた。

先輩のお父さんは見るからに独立心が強い感じ。
だから先輩がどんな格好で帰ってきても、一切それには関
心がないんだろう。淡々としてた。

「おう、工藤さん、御園さん、久しぶりだね」

「お子さんの誕生おめでとうございます!」

「わははははっ!」

いかつい顔を、これ以上ないってくらいくっしゃくしゃに
してお父さんが照れ笑いした。
なるほど。こらあカンペキに壊れとるわ。

全員でもう一度家の中に入って、小声でやり取りする。

「名前はもう決めたんですかー?」

しゃらが探りを入れる。

「まだ役所には出してないけどな。決めたよ」

先輩が、やれやれって顔をした。

「キラキラじゃないけど、変わってるよ」

「ふうん」

お父さんは、ベビーベッドで眠っている赤ちゃんを覗き込
みながら、ぼそぼそと話す。

「片桐宗家は、祖父が孫の名付けをする。そういう決まり
なのさ。でも、親父はそういうのが大嫌いでね。おまえら
で勝手に決めろ、だってさ」

うわ、いろいろあるんだなあ。

「俺のじいさんが長与(ちょうよ)、親父が玄生(げんせ
い)、俺が揺錘(ようすい)。まあ、その並びに和夫だの
健太だの並べてもしっくり来ないだろう」

「おいおい、そういう問題じゃないだろー、親父ぃ」

「まあな。だが、息子が将来選択しうる道の一つとして祓
いが残った以上、それには備えとく必要がある」

お父さんの厳粛な言い方に、先輩が黙った。

「俺は、息子に道を押し付けるつもりはないよ。でも、片
桐の担ってきた責務はちゃんと伝えたい。その上で、祓い
の道も選択肢に入るように整えたい。そのための名付けさ」

「……うん」

お父さんが、僕らをぐるっと見回しながら赤ちゃんの名前
を披露した。

「息子の名は、正しいに路面の路で、正路(せいろ)」

確かに変わってる。でも、字はそうでもない。

「一般的には、まさみちと読む字面だけどな」

「そう読ませないってことですかー」

「俺はな。息子がその呼ばれ方が絶対に嫌だっていうのな
ら、あとで変えればいい」

「うーん、なるほどぉ。そういうことかあ」

先輩は、お父さんの説明に少し納得したみたい。
まだ、名前だけしか知らされてなかったんだろう。

「羅刹門の亀裂を塞いで、秩序は戻った。ただ、それはあ
そこだけさ。禁所と同じような場所は、他にもまだある」

「うん」

「乱れてしまった秩序の中にあって、道を誤らぬように。
常に正しい路を選び取れるようにってことだ」

うーん、深いなあ……。

「あのー、お父さん。それじゃあ、これまでの名前ってい
うのも全部意味があるってことですか?」

「もちろんだよ。祖父の長与は長く与る。事に当たる時に
は半端に投げ出すなという戒め。父の玄生は奥深く生きよ
という意味。俺の揺錘は、どんなに運命に振り回されても
原点に戻る錘(おもり)であれという意味」

うわ、すげえ。

「まあ、名はあくまでも識別子に過ぎないという見方もあ
るさ。だけど、言霊という言い方があるくらいだからね。
そこに込められた念は人を導く助けになるかなあと思って
ね」

「じゃあ、先輩の名前はどういう由来なんですかー?」

すかさずしゃらが突っ込んだ。

「わたしも教えてもらってないんだ。適当だとか言わんだ
ろなー」

不信感たっぷりで、先輩がお父さんをにらんだ。
お父さんが、あっさり説明する。

「見て選ぶ。見選り、だよ」

「え?」

先輩が、目をぱちくり。

「それは『目』のこととは何も関係ない。生まれたばかり
のおまえにどんな性質があるかなんて、最初からは分から
ん」

「う、そっか」

「自分の生き方を、自分と周囲をしっかり見て選べ。それ
だけさ」

「なんでひらがなにしたん?」

「漢字だと、間違いなく浮くからだよ」

先輩、大納得。

「確かになー。漢字にされたらひゃっぱーグレてたな」

どわははははっ!

みんながでかい声で一斉に笑ったから、びっくりして正路
くんが起きちゃった。

「んぎゃあああああああああああああああああああっ!」

その泣き声……激烈。


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三年生編 第98話(9) [小説]

「ひぃひぃひぃ、た、たまらん」

「なにそれえ!」

「おもしろいわあ」

「あはは。余裕っていうのとはちょっと違う。なんていう
か、隙間とか無駄っていうか、それが絶対になくなんない。
ほっとするんです」

「いいなあ。一度会ってみたいな」

先輩が腕組みして、稲荷山の方角を見つめた。

「こっちに帰省した時にでも行ってみたらいかがですか? 
基本、誰でもウエルカムな人ですから」

「愛想がいいの?」

「いいえー」

しゃらが苦笑する。

「なんていうか、ぶっきらぼう……うーん違うなあ。あ、
超マイペース。そんな感じ」

「だよなあ。僕ら、初対面でいきなりお寺の敷地の草むし
りさせられたもんなあ」

どてっ。先輩がずっこける。

「なんつーか……」

「でも、そのいっちゃん最初の時に言われたんですよ。さっ
きしゃらが言った業の話」

「へえー」

「あんたら、負わなくてもいい業をいっぱい背負ってるなっ
て」

「見抜かれたの?」

お母さんが突っ込んでくる。

「見抜かれましたね。普通、知らないおじさんにいきなり
草むしり手伝えって言われたって、そんなん知らんわって
無視するでしょ?」

「あ!!」

先輩とお母さんが、のけぞって驚く。

「すげ……」

「そうかあ」

「そういうところ。僕らがなんとなく出してる弱みとかエ
スオーエスを、ちゃんと感じ取ってくれる。そこが引力な
んですよね」

「うん。ほっとするんだよね」

「こうしろああしろって、一切言わないし」

「うん。厳しいけど、押し付けないよね」

「んだんだ」

僕は、光輪さんの不思議な笑顔を思い浮かべる。

「僕らが不安定な間は、それを察して光輪さんがいつでも
隙間を空けといてくれる。本当にありがたいです」

「いいことを聞かせてもらったわ」

先輩のお母さんが、ふっとモヒカン山の方に振り返った。

「切羽詰まって息が抜けない。そういう時はあるものね」

うん。
お母さんも、先輩が家を離れた今、年を取ってからの孤独
な子育てには不安がいっぱいあるんだろう。
どこかに息が抜けるところがないとね。

「ああ、そうだ。光輪さんのところも女の子が生まれたば
かりだから、ママ同士での話も出来ますよ」

「あ、それは助かる。奥様のお年は?」

しゃらと二人して、にやっと笑った。

「先輩とほとんど同じ。ハタチです」


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三年生編 第98話(8) [小説]

それにしても。

「少子化だなんだって言ってる割には、僕らの周りは出産
ラッシュで賑やかだよなあ」

「へー?」

先輩がひょこっと首を傾げた。

「そうなん?」

「今年に入ってから、五条さん、会長、宇戸野さん、先輩
のとこ、光輪さん……立て続けですから」

「知らん人がいるなあ」

「光輪さんでしょ?」

「うん」

「モヒカン山の向こう側に設楽寺ってのがあって、そこの
住職さんです」

「へえー、なんでまた」

「去年しゃらともめてどつぼってた時に、ずいぶんサポし
てもらったんですよ」

しゃらが、ひっそり顔を伏せた。

「工藤くんが宗教系かぶるとは思わなかったけどなー」

先輩が不思議がる。

「いやあ、お坊さんですけど、ちっともそう見えないです。
うーん、そうだなあ。ぽんぽこたぬきみたいな人ですね」

爆笑しそうになった先輩としゃらが、慌てて口を押さえた。

「うぷ」

「お坊さんだからサポできたってことじゃないですね。そ
のお坊さんも泥沼の中にいた。だからじゃないかなー」

「泥沼……か」

「お坊さんと奥さん。二人とも元ヤンで、生き様壮絶です
から。今でも過去ををずっしり背負ってる。それを見せて
くれたから、僕は光輪さんの説教を受け入れられた……そ
う思ってます」

「がみがみ言う人なの?」

先輩のお母さんが、心配そう。
しゃらと顔を見合わせて、苦笑する。

「いいえー、すっごくいい加減な人ですー」

うぷぷ。

「今安定してる人は、光輪さんのこっそり混ぜてる説教に
は気付かない……そういう話し方をするんです」

「そっか。おもしろそうだなー」

「おもしろいですよ。保証します。僕は、こうなんか行き
詰まっちゃった時に、光輪さんとこにふらっと行ってたん
ですよ。答えは教えてくれないけど、荷物はちょこっと置
かせてもらえる感じで」

「あ、そう。そうなの」

うんうんと、しゃらが頷いた。

「業はちゃんと現世に捨ててけよ。そういう言い方してく
れるの。ほっとします」

「んだんだ」

僕は、ふっと去年のことを思い返す。

「高校に入って、先輩も含めていろんな人からいろんなア
ドバイスをもらいました」

「うん」

「そのアドバイスをくれた人。ほとんどが、ものすごく一
生懸命に生きてる人なんです、会長を始めとして、五条さ
ん、菊田さん、尾花沢さん……みんなそう。全力で生きて
る人の言葉だからすっごく重い」

「そうだな」

「でも、重い分、僕らには逃げ場がない」

「……うん」

しゃらが、ゆっくりと、でも大きく頷いた。

「わたしも、そう思う。そう感じる」

「でしょ? その中で、光輪さんだけは全力感がない。脱
力系なんです。生き様と今の姿がリンクしてない」

「うーん。それはすごいな」

「ほんとにすごいですよー。僕が一番どつぼってる時に、
スイカ持って家に様子見に来てくれたんです」

「え? そうだったの?」

「そう。しゃらがまだ入院してた時さ」

「ふうん……」

「光輪さんね、自分が持ってきたスイカをほとんど自分で
食べて、なんも言わないで帰ってった」

その瞬間。
もう我慢できなくなったんだろう。しゃらと先輩、お母さ
ん。ついでに僕もリビングを走り出て、外で大爆笑した。

ぎゃはははははっ!!


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三年生編 第98話(7) [小説]

「ちわーす」

久しぶりに訪ねた先輩の実家。
先輩が帰って賑やかになってるのかなあと思ったら、しん
と静まり返ってる。
あれー?

呼び鈴を押そうと思ったら、ほそーくドアが開いた。

「しーっ! 今やっと眠ったんだ」

「わ!」

「生まれたばかりなら、ずーっと寝てるのかと思ったんだ
けどさ。どっこい、これでもかと全力で泣くみたいで、お
袋がすっかり参っちゃってるんだ」

「ひえー」

「やっぱ男の子だなあ。ちっちゃくても自己主張激しいわ」

「そんなもんすか」

「まあ、上がって。そーっとね」

「……うす」

「……はい」

抜き足差し足で、泥棒みたいにこそこそとリビングに移動
した。

リビングに置かれたベビーベッド。その中で、小さなあく
びをかみくだいた赤ちゃんが、まさに眠ろうとしていた。

「うわ……」

お母さんじゃなく、お父さんにそっくりだ。
先輩がお母さん似だから、顔の系統がまるっきり違って見
える。不思議なもんだなあ。

でも、うちもそうか。
僕と実生とではやっぱ顔の作りが違うもんなあ。
しゃらのところもそう。しゃらはお母さん似だけど、お兄
さんはどっちかと言えばお父さんに似てた。

血を分けた兄弟って言っても、こうやってみるとまるっき
り個人と個人。なるほどなあ……。

ベビーベッドの真横で疲れた顔をしていた先輩のお母さん
に、お祝いを伝える。

「お子さんの誕生、おめでとうございます」

小声だから、なんか変な響きになっちゃう。

「あはは。ありがとう。まさかこの年になってから二人目
が生まれるとは思わなかったわ」

「いえー、僕の周りでは結構多いですよー。お隣さんが三
人目生まれたばかり。最初のお子さんとは、先輩と同じで
一回り離れてますね」

「へえー」

「会長さんのところ?」

先輩が興味津々で身を乗り出した。

「そうですー。男の子。司くん」

「そっかー、賑やかになったんだね」

しゃらが、くすっと笑う。

「賑やかですよー。上の進くんもやんちゃだからー」

「それと、宇戸野さんのところがこれから二人目。予定日
が来月だから、もうすぐですね」

「年子かあ」

「仕事の関係もあるんですかね」

「なるほどなー」

きょろきょろとリビングを見回したしゃらが、こそっと尋
ねる。

「あのー、お父様は?」

「ああ、買い物を頼んであるの。みえりが家を離れて、今
は二人での生活になってるから」

「そうですよね……」


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三年生編 第98話(6) [小説]

あの、こわそうなお父さんが爆裂かあ。それも見たいなあ。
わはははは!

「じゃあ、しゃらのアパートに寄って、それから伺います」

「あれ?」

今度は、先輩が首を傾げた。

「アパートって……何かあったのかい?」

「しゃらのお父さんがやってる理髪店は、林さんていう人
から借りてたとこだったので、そこを買い取って今新しい
お店と家を建ててる最中なんですよ」

「おおっ! そりゃあ、めでたい! じゃあ、今は仮住ま
いってことね」

「はい!」

しゃらが、さっきまでの不機嫌顔なんかどっかに置き忘れ
てきたーみたいな感じで、目尻を下げて笑った。

「なるほどなあ。ちょっといない間に、いろいろ変わっちゃ
うんだなあ」

先輩がぽそっと言ったこと。
僕もしゃらも、思わず黙り込んでしまった。

そうなんだよね。
ぽんいちに入学して、中庭プロジェクトの立ち上げに奔走
して、その時に先輩と出会った。
僕と中庭の付き合いには、いつも先輩がセットだったんだ。

虎ロープで封鎖した時の騒動、台風のあとの鎮護と鳳凰の
招聘、羅刹門の亀裂封鎖……。
同じプロジェクトメンバーということじゃ収まらない数々
の数奇な縁があって。

でも。先輩が卒業していなくなっても、中庭もプロジェク
トもまだ残ってる。
先輩がいなくなってしまっても……ね。

僕はそれが無性に寂しかったんだ。

今先輩が覚えている疎外感や寂しさみたいなものは、来年
僕やしゃらを激しく蝕むだろう。
僕らは、その変化を乗り越えることが出来るんだろうか。

「おっと」

三人してお通夜みたいな雰囲気になっちゃったのを嫌気し
たんだろう。
先輩が、ぶるっと首を振って笑顔を取り戻した。

「さっさと行こう。そんなに時間の余裕ないし」

「あ、すみません」

「じゃあ、先に実家に行ってるから、後で来て」

「はあい!」

先輩は、賑やかに何か歌いながら、坂口の商店街の奥に突っ
込んでいった。

「うわ……まるっきりイメージ変わっちゃったあ」

まだ信じられないっていう風に、しゃらが固く目をつぶっ
てる。

「まあね。酒田先輩とか恩納先輩とかは大学入ってもあん
まり変わってなかったから、そのコントラストもあるんで
しょ」

「そっかあ」

僕は、さっき散々しゃらにどやされたその逆をねじ込むこ
とにする。

「てかさー。来年はしゃらもああなるんだぜ? 心配だな
あ」

「きゃははっ! ないない」

けらけら笑ったしゃらが、手をぱたぱた振って否定する。

「うちは、お父さんがすっごい厳しいもん。あんな格好し
たら家に入れてもらえない」

「あわわ」

「わたしも、そんなに冒険したくないしー」

「ふうん」

それはちょっと意外だった。
デートの時には気合い入れてキメてくるタイプだったから、
てっきりそっち方面に興味があるんだと思ってたんだけど
な。
付き合いが長くなっても、分かんないことはまだまだある
ね。

「いっき、早く行こ。先輩、待たせちゃう」

「お、そだな。やばやば」

ばたばたばたっ!


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三年生編 第98話(5) [小説]

えええっ?

僕もしゃらも、唖然呆然。
すっごい変わりようだ。

なんていうか、純和風がいきなりパンクモード。それっく
らいのインパクトだった。

「う……」

声が出ない。
しゃらと二人して、口全開で硬直。

「いひ。びっくりした?」

「てか……ほんとに先輩……すか?」

「そだよ」

「髪……」

しゃらが、どぎまぎしながらショートヘアを指差す。
そう、短いってだけじゃない。ブリーチして、派手なダイ
を入れてる。

「長いと夏はうとうしくてさー。ばっさり切ったついでに、
いろいろといじってみた」

けろっ。

「それって……準規さんは」

しゃらが、こそっと突っ込んだ。

「ん? ロングの方が好みだとは言われたけど。でも、わ
たしは準の人形じゃないもん」

先輩が、ぴしっと放り出す。

「高校までは校則で出来なかったこと。んで、就職したら
出来るかどうか分からないこと。そんなのを冒険するなら、
今しかないからね」

にっ!
先輩は、僕らを挑発するように笑った。

髪だけじゃない。化粧も派手。新潟に行った時の生気のな
い化粧じゃなくて、これでもかとインパクトが強い。
耳にはピアスが。
はめてる指輪も、準規さんとのペアリングとかじゃなさそ
う。どうみてもファッションリングだ。

うわ……使用前、使用後、みたいだ。

先輩が、呆然としてた僕らを見比べて苦笑した。

「いや、来年工藤くんや御園さんが進学したら、きっとわ
たしみたいになるよ。そんなもんさ」

いやいやいやいや、ならないし。絶対、ならないし!
しゃらと二人で、ぷるぷる首を振って否定する。

「てか、先輩。もう新学期始まってるんでしょ?」

「うん。今日は休講が二つ重なってたから、一枠代返頼ん
で10時に向こう出たの。夜の新幹線で今日中に帰るよ」

「何かあったんですか?」

しゃらが、心配そうに聞いたら。

「ああ、弟が生まれたんだよ。顔見に来たんだ」

!!

思わず、二人してぴょんぴょん飛び跳ねちゃったよ。

「すっごおい!」

「おめでとうございます!」

「わたしゃフクザツだけどね」

先輩は、全力で苦笑いしてた。

「まあ、それでも兄弟が出来るってのは嬉しいね」

「お母様はもう退院されたんですか?」

「自宅にいるよ。見に来るかい?」

「いいんですか?」

「かまわないよ。親父が爆裂してるし」



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三年生編 第98話(4) [小説]

僕の膝の時もそうだったけど、何も制約なくて動けてた時
のイメージをどかさないと、体が無意識に動いちゃう。
それが……無理につながるんだよね。
一段落としたところに自分を立たせるのも、大事な勇気な
んじゃないかなあと思ったりする。
僕も体が動き出すとぶっ飛ぶ方だから、しゃらのお母さん
のことなんか偉そうに言えないけどさ。

バスに乗らないでしゃらとしゃべりながらゆっくり歩いて
いたら、僕らを追い越して行ったバスが坂口のバス停に停
車して、お客さんを何人かぺっと吐き出した。

何気にそれを見ていたら、おじさんおばさんに混じって一
人だけ若い女の人が。

ショートヘアで、サングラスかけてて、ファッションは今
風。
すっごいスタイリッシュ。でも背筋がぴんと伸びてて、身
のこなしがきびきびしてる。かっこいいなあ……。

僕がその女の人に気を取られていたら、しゃらに全力で尻
をつねられた。

「ぎゃおうっ!」

「何、見てんのよ」

「ううー」

僕の悲鳴が聞こえたのか、その女の人がこっちを見てくすっ
と笑った。ちぇー、恥ずかしいよう。

「しゃらー、つねるなら場所を考えてくれよう」

「つねられるようなことするからでしょ?」

「バス停見てただけじゃんかー」

「んなわけないでしょ!」

こわこわ……。

その女の人は、バスから降りたあともそのままバス停で僕
らの方を見てる。その横を通り過ぎないとならないから、
ばつが悪い。ちぇ。

むくれたしゃらを従えてバス停の横を歩き過ぎようとした
ら、まるで僕らを待っていたかのように女の人から声をか
けられた。

「よう、お二人さん。相変わらずだなあ」

「はあっ?」

思わず声が裏返ってしまった。
ちょ、ちょっと。こんな知り合いなんかいないぞー?

しゃらの目がぐいんとつり上がって、不機嫌を通り越して
怒りモードに突入。
厄介なことになったなあと思ったら。

「おいおい、御園さん。妬くのもほどほどにしないと、本
気で工藤くんに逃げられるぞー」

女の人が、サングラスを外しながらしゃらに突っ込んだ。
むきになったしゃらが反撃しようとして……。

「あああっ! うっそお! 片桐先輩だーっ!」

……と絶叫した。


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三年生編 第98話(3) [小説]

下校時。
校門を出たところで、薄くなってきた青空を見上げて大き
く息を吐いた。

「ぶふう」

「やっぱ授業とか、すっごい濃くなってきたねー」

「んだ。ここが踏ん張りどころだなー」

しゃらと肩を並べて、ゆっくり歩き出す。

これまで、なんだかんだ言って後輩をサポートをしてきた
旧イベ班の重鎮……しゃら、ちっか、りんは、完全にプロ
ジェクトから手を引いて後輩主導に切り替えた。
その分、しゃらの下校が少し早くなったんだ。家のことも
あるしなー。

企画班を率いる黒ちゃんやみぽりんにとっては、これから
が正念場。
まあ、僕らの時とはシステムが違うし、その違うってこと
を全力で楽しんで欲しい。

月末には高校ガーデニングコンテストの受賞式もあるし、
気分はあげあげでしょ。
僕らは、自分自身のことであげあげにしていかないとね。

「お母さんの具合いはどう?」

「うーん、一進一退かなあ。でも、ものすごく良くなるっ
てことは、もうないと思う」

「うん。そっか」

ふう……。

「お母さんの場合はさあ、とにかく無理しないってことを、
しっかり守らせるしかないんだよね」

「そうだよなあ。お母さん、エンジンかかるとがんばっちゃ
うんでしょ?」

「そうなのー。さすがに、新規開店前に入院なんてことに
はしたくないって自重してるけど……」

「しばらくは目を離せないね」

「うん。体にすっごい負担をかけなければ、でこぼこあっ
てもフツーに暮らせるから」

「なるほど。開店の時も、張り切りすぎないようにブレー
キかけないとってことだなー」

「うん」


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三年生編 第98話(2) [小説]

「うーす、いっき」

背中からぽんと声をかけられて、振り返る。

「しのやんかー。なんか、寂しくなったなー」

「植え替え時期はそんなもんだよ」

「まあね」

僕が庭のことを言ったと思ったんだろう。
その方がいい。こんな出口の見えない寂しさは、しのやん
には押し付けたくない。

「さすがに部員が増えたから、手入れのグレードが上がっ
たよなあ」

「いひ。そうでもないよ」

にやっと笑ったしのやんが、植え込みの下から何かをぶちっ
とむしり取った。

「へ? まだ雑草が残ってた?」

「これ、スベリヒユじゃん」

「ああ、そうかあ」

納得。

作業の主力部隊は、人数のいる一年生だ。
みんなまじめに作業してくれるけど、まだ知識が足りない。
スベリヒユは、夏花として植えてあったポーチュラカと、
ぱっと見区別がつかないんだ。
だから、取り残されたんだろう。

「花がつけばすぐ分かるけど、外見だけじゃなー」

「それはしゃあないよ。それにしてもこいつらほんとにタ
フだよなー」

「うん。見つけ次第むしってるのに、どこをどうやって生
き延びてるのか、毎年出てくるもんね」

「なあ、いっき。これって一年草だったよな?」

「そ。だから、どっかにタネが潜んでるってことなんだよ
ね」

「黙ってても代替わりできるってのは、得だよなー」

はあっと、しのやんが大きな溜息をついた。
調整をやってる四方くんに全部の荷重がかからないよう、
先輩として配慮する。
アドバイザーの位置に下がったと言っても、しのやんの出
番はまだまだなくならないんだろう。

タネはまだ蒔かれきってないってことだ。
それはしゃあないね。

「まあ。僕らの次世代は、もう芽が出て伸び始めてる。そ
う考えようよ」

「確かにね」

「あ、しのやん」

「うん?」

「スベリヒユは一年草だけど、僕らは違うよ」

「ははは……」

植物はタネを残したら役目が終わる。
でも、僕ら自身はまだタネのままなんだよ。
それはまだ大きく育ってない。花が咲いて実が生るとこま
で行ってない。

うん。そうだよな。
ここを。中庭を発つってことは。その第一歩に過ぎないん
だよね。


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三年生編 第98話(1) [小説]

9月14日(月曜日)

まあ、一日で何もかもうまくいくわけじゃないと思うけど。
少なくとも日和ちゃんにとっては、いい気分転換になった
でしょ。今はそれでいいよね。

高校も無理に背伸びしないで、低位高がいやなら通信制で
もフリースクールでも、自分に合ったやり方を考えればい
いと思う。
そこらへんはさゆりちゃんと同じで、家族の間で話し合っ
て決めて欲しい。
斎藤の方は、寿乃おばさんがいるから大丈夫だと思うけど
ね。

さゆりちゃんも復学してるはずなんだけど、今どういう状
態か分からないから、僕らはうかつに突っ込めない。
でも森本先生のサポートがあるだろうから、大丈夫でしょ。
きっと。

中坊の時に僕がどつぼってた時には、全てが敵に見えたし
孤立無援に感じたけど。
それは、僕が自分しか見てなかったから。

たぶん、そういう時期っていうのが誰にでもあるんでしょ。
どのタイミングで、何がきっかけで、どれくらいの期間、
そういう自意識過剰のどつぼに落ちるか。
いろいろだってことだよね。

あのあと二人を送っていった父さんが穏やかな表情で帰っ
てきたから、きっといい方向に進むんじゃないかな。
がんばってね、日和ちゃん。

「さて」

人のことより自分のことだよね。
誰かがはっぱをかけてくれるわけじゃないんだ。
自分でしっかりネジを巻かないと、すぐにダレちゃう。
最後の学園祭をがっつり楽しむためにも、ここで気合いを
入れ直してがんがん行こう。

朝のホームルーム。
教室に入ってきたえびちゃんも、険しい表情だ。

「おはようございます! 九月後半は連休があります。そ
れに合わせて、予備校の短期練成講座に行ったり模試を積
極的に受けたりして、時間を上手に使ってくださいね。で
は、すぐに授業に入ります」

一切の無駄話なし。
教室を支配する空気も、完全に戦闘態勢になってる。
悪い意味じゃなく、いい意味でぴりぴりしてきたと思う。

◇ ◇ ◇

昼休み。
息抜きで、ちょびっと中庭に出た。

もう中庭作業から引退したって言っても、どうしてもこれ
までの癖で巡視と作業をしちゃう。
ほとんど商業病だよなあ、ははは。

すでに秋冬苗への植え替えが始まって、中庭の装いが徐々
に夏から離れていってる。
僕は、そのことに言いようのない寂しさを感じる。

ぽんいちに来て、僕の高校生活はずっとこの中庭とともに
あった。
僕らがプロジェクトで掲げたスローガン……中庭に心を植
え、心を育て、心をつなぐ。その恩恵を一番受けたのは、
間違いなく僕なんだ。

そのことにどこまでも感謝するとともに、そこから出てい
かなければならない無情に思わず身震いする。

そうさ。
高校は三年間しかない。
そんなのは最初から分かりきっていたこと。

そして、僕はその三年間をこれっぽっちも無駄にするつも
りはなかったし、今もない。
一瞬一秒をも無駄にしないで、高校生活っていうロウソク
を燃やし続けてるつもりだ。

でも、ロウソクの残りは少ない。
それは……僕が前へ進んでも、足を止めても自動的に消え
るんだよね。なんか無性に寂しい。




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