SSブログ

三年生編 第92話(8) [小説]

ひょっと首を傾げていた河西さんが、僕に質問。

「あのー、工藤先輩」

「なに?」

「大高先生にケンカを売らなかったのは……」

「意味ないじゃん」

「意味……ですか?」

「そう。大高先生が処分を決めるなら別だよ。処分を最終
決定するのは校長さ。大高先生の横暴を吊るし上げても、
処分は変わらないよ」

「うん」

「それよりも、議論を冷静にやりたい。押し問答で過ぎる
一時間はまるっきり無駄でしょ?」

「あ、分かる」

「だから僕が論点を整理して、校長がそれをさっと引き
取ったの。それぞれの問題点について、学校側はこう考え
てるよっていう叩き台が要るから」

「そっかあ!」

河西さんが、ぽんと手を叩いた。

「そういうのもね、経験なんだ。僕はプロジェクトで議論
の進め方を鍛えてきたの。委員会も、そういう練習の場所
だって考えて欲しい」

「はあい」

「がんばりますー」

「失敗したらどうしようって考えないようにね。失敗する
のが当たり前。それじゃあ、次はどうしようかなあって考
えられることの方が大事さ」

二人が大きくうなずいた。

「それがうまく出来ないと」

「うん」

「大高先生と同じ失敗をするよ」

「へ?」

「し、失敗、すか?」

「そう。これから大高先生は議論を仕切れなくなる。自分
の感情をむき出しにしちゃったら議論が発散するの。うま
く落とせない」

ふう……。

「委員会の顧問が……代わるかもね」

「えええーっ!?」

「今日のは最悪だったんだ。せっかく学校対生徒っていう
対立構造を解消して、いい感じにキャッチボールが出来る
ようになってきた矢先に、がっちゃあん、でしょ?」

「あんな先生だったすか?」

「最初からそうだよ。ぬらりひょんに見えるかもしれない
けど、隠れ熱血。どこまでも直球派だね。校長も、はらは
らしてたと思う」

思わず頭を抱え込んでしまった。

「はああ……でも、まさか本当にぶち切れるとはなあ」

気持ちは分かる。よーく分かる。僕が大高先生の立場な
ら、やっぱりぶち切れたかもしれない。
でもさあ、ぷっつんするタイミングは考えないとさあ。

まあ校長が同席してたから、後に遺恨を残しそうなヤバい
雰囲気は把握してくれたと思う。
あとは学校側のマターだ。校長に任せるしかないよね。


nice!(55)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第92話(7) [小説]

放課後。
副委員長の森下くんと書記の河西さんに視聴覚室まで来て
もらった。

「呼び出してごめんね」

「いえー」

「次のことですよね?」

「そう。僕が仕切るのは、今日が最後。あれが、君たちへ
の置き土産だから」

がたっ!
二人が、顔面蒼白で立ち上がった。

「そ、そんなあ」

「あのね。三年の委員は、今回のことにはもう関わりたく
ない。自分たちが違反する意味も機会も、もうないんだ。
それなのに口を出す三年の委員がいるとすれば、学校側に
対して強い感情的反発を持ってる人。そいつに議論を引き
ずられると、損するのは君らだよ?」

「あ……」

二人が顔を見合わせる。

「まだたっぷり高校生活を楽しめる君らがどうすればいい
かを考えないと、一部の人だけが得をしたり損をしたり。
そういうことになっちゃう。んでね」

「はい」

「てきとーでいいから」

「はあ!?」

二人が、口あんぐり。

「委員会のことに突っ込みすぎると、じゃあおまえがやれ
よってことになっちゃう。今日大高先生が言おうとしたみ
たいにね」

「ああっ!!」

がたあん!
椅子を倒して、二人が立ち上がった。

「そ、そっかあ……」

「いいの。委員会なんか何の権限もない。そこで何があっ
たって誰にも影響しない。そのくらいのスタンスでいい」

「うはあ」

「委員の仕事はメッセンジャーさ。そこに自分の考えや感
情を混ぜる必要はないから、きらくーにやればいいよ。本
来委員がしなくていいことを押し付けられそうになった時
だけ、押し返せばいい。そのための材料は議事録に全部あ
る。それだけでいいよ」

「ううー。僕には荷が重いっす」

「ははは。その場でライブでやる必要はないって。そのた
めにあれだけ人数がいるんだからさ」

「あ、そうか」

「そう。誰かが気付けば、次の委員会までに修正をかけら
れる。そんなの、てきとーでいいって」

それでもまだ不安なんだろう。
森下くんが、ちらちらと僕に視線を投げかけた。

「あの……議論の時に助言とか……」

「基本的に、しない」

「ううう」

「こういうのも訓練さ。訓練でスキルが上がるのは議論を
仕切った人。つまりこれから仕切る森下くんだけが、おい
しいところを持っていけるの」

「うわ、そう考えるんだあ」

河西さんが、びっくり顔。

「そりゃそうだよ。他の人よりがんばった人がおいしいと
ころを全部持ってく。そうじゃないと、誰も長なんかやら
ないさ」

「プラス思考ですね」

「んだ。もう一度言うね。委員会にはなんの権限もない。
気負い過ぎないで、しっかりおいしいところを持っていっ
て」

「うう、がんばりますー」


nice!(49)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第92話(6) [小説]

「論点を整理します。僕が思うに、問題が二つあります」

「一つ目。さっき言ったように、まだゆるい時代のぽんい
ちのイメージを引っ張ってる生徒がいる」

「もう一つ。学校への反発で、わざと規則を破りに行って
る生徒をどうするか」

「校長先生、大高先生、どうですか?」

校長がいる前では、さすがに吠えられなかったんだろう。
むすっと黙り込んでる大高先生を横目に、校長が静かに口
を開いた。

「そうだな。一つ目は私に、二つ目は沢渡くんに責任があ
る」

校長は、僕らの責任にはしなかった。

いや、それは違うね。
生徒指導は学校側のマターだから、責任を持ってやる。
それを具体的に言っただけだ。

逆に言えば、僕らはそれに従う義務がある。
指導されるのがいやなら、学校を止めればいい。
そういう冷徹な宣言だ。

「もし僕らが風紀委員会として何か議論するなら、二つの
問題点をこれからどうするかしかないと思うんですが」

「生徒の意見として、だな」

「もちろんです。最初に校長先生がおっしゃったように、
僕らは今回違反した二十三人の擁護も非難も出来ません。
ああ、そういう子が出ちゃったんだ。なんだかなあ……そ
れだけです。でも、それだけなら委員会なんか何の意味も
ない」

最初から意味なんかないんだけどさ。
そう言ってぶん投げたら、損するのは僕らだけなんだ。

「だから、少なくとも風紀委員の僕らは、みんなに新しい
意識を持ってもらうまで何度でも議論を繰り返します。生
徒と学校側に問題提起を続ける。それが委員会の意義だと
思ってます。どうですか?」

今度は校長にではなく、大高先生に直に投げ返した。

「……」

返事がない。
相当頭に来てるんだろう。だめだこりゃ。

やれやれという顔でゆっくり立ち上がった校長が、散会を
宣言した。

「今日はここまでにしておこう。学校側の公式見解を準備
しないとならん。次回、それを論議して欲しい」


nice!(75)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第92話(5) [小説]

僕と安楽校長が視聴覚室に戻った時には、すでに一触即発
の雰囲気だった。
三年生の男子の委員から挑発するような私語が先生にぶつ
けられていたらしくて、大高先生は憤怒の表情で真っ赤に
茹で上がっていた。

でも。
僕と校長が一緒に現れたことで、教室内は一瞬で水を打っ
たように静まった。

僕は、さっきと同じように大高先生の真ん前の席に戻っ
て、立ったまま続きを話す。

「校長先生に来ていただいたのは、この委員会の趣旨をも
う一度確認するためです。委員会の位置付けは学校側のマ
ターで、僕らは触れませんから。校長先生、そうですよ
ね?」

「そうだ。もう一度繰り返しておく」

安楽校長が立ち上がって、最初に整理した議事録をぱらぱ
らとめくって読み上げた。

「風紀委員会には一切の裁量権を与えない。模擬的な議論
を通じて君らの感情を組み上げ、それを指導要領に反映さ
せることで実効ある風紀指導につなげる。一種のオンブズ
マンに近い」

「僕らが議論を持ち帰って、クラスで議論することは?」

「望ましいが、義務ではない。また、その結果を陳情とし
て個々に学校側に持ち込むことは厳に謹んで欲しい。それ
は受け付けない」

「ありがとうございます」

僕は校長に一礼して、大高先生に向き直った。

「先生が、僕らの怠慢や緩みを強く危惧していることはよ
く分かります。僕らがそれに文句を言う筋合いではありま
せん。でも……」

ぎっ!

全力で睨みつけた。

「沢渡先生の撒き散らした地雷が、まだあちこちに隠れて
るんです。それを掘り起こして僕らの目の前で爆発させる
のは勘弁してください!」

「どういう意味だ?」

恥をかかされたと思ったんだろう。
大高先生の口調は、どうしようもなく棘まみれだった。

「二十三件で済んで、よかったねってことです」

「なにぃ!?」

「僕らもアタマに来てますよ。これだけまじめに議論し
て、クラスメートと担任の先生に還元して、口すっぱく警
告を出し続けているのに、それをぺろっと無視するやつが
まだいるんですから」

「ああ」

「でもね、今まではみんな潜ってただけ。入学してからこ
れまで、校則を一度も破ったことのない生徒なんか一人も
いない。僕はそう思ってます。どう?」

後ろを振り返って確かめる。
表情はいろいろだけど、俺はあたしは絶対違うと言い張る
子は一人もいなかった。

「昔からずっと続いてた、見つからなきゃ何やってもい
いっていう緩い空気が、まだ結構残ってるってことです」

し……ん。

「新校則になってから、警察だけでなく学校も厳罰主義に
変わりました。それなのに、処分される危険を冒してまで
わざと何かやらかす意味って、なんかあります?」

みんな、ぷるぷると首を振る。

「だよねー。学校側が校則を改訂した効果はちゃんと出て
る。僕はそう思ってます。問題は……」

全員をぐるっと見回す。

「委員である僕らの感じてる危機感が、まだ生徒全員には
浸透してない。かなりばらつきがある。それをどうする
か、です」

大高先生は、むすっと黙り込んだ。
ここで先生を吊るし上げたって、何のメリットもない。

それより、具体的にこれからどうするか。
そういう議論に持って行って欲しい。


nice!(58)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第92話(4) [小説]

本当は。
僕ではなくて、副委員長の森下くんに指摘して欲しかった
んだけど、そうも言っていられない。
ここできちんと押し返しておかないと、僕らが苦労してこ
れまで調整したことが全部無駄になる。

「あのですね。僕らは学校から違反者に下された処分に対
して、抗議することも撤回させることも出来ません。ここ
にはそんな権限が一切ないんです。みそもくそも一緒にし
ないでください!」

僕は睨みつけていた大高先生から目線を切って、後ろを振
り返った。

「これまで委員会で討議した内容は、紙とメールで委員全
員に通達してるよね?」

書記の河西さんがぷうっと膨れてる。

「ちゃんとやってます!」

「それを握りつぶしちゃった人、いる?」

全員がぶるぶると首を振った。

「そりゃそうだよね。打ち上げとか、学校がどこまで認め
てくれるかは、委員からの報告がないと分かんないもん」

「そうだよ」

「うん」

「ちゃんとしたよー」

先生に視線を戻す。

「それぞれのクラスの担任の先生にも、ちゃんと確認を
取ってください。特定のクラスに違反者が集中しているな
ら、そこでだけ報告漏れがあったかもしれませんけど、そ
ういうわけじゃないんですよね?」

渋々、大高先生がうなずいた。

「ああ」

「それなら、僕らのせいではないです」

ただ押し返すだけなら、ここまでで終わり。
でも、大高先生にこれ以上アドリブをされるのは困る。
本当に困る。

「あの。ちょっと申し訳ないんですが、五分くらい時間を
ください」

僕は先生の返事を待たずに席を立ち、教室を出て真っ直ぐ
校長室に行った。
校長、いるといいけどな。

こんこん。

「はい。誰だい?」

お、よかったー。いた。

「工藤です」

「は?」

怪訝な顔をした校長が、ぱっと出てきた。

「どうした?」

「風紀委員会なんですが……」

「何かあったのか?」

とぼけてるな。

「大高先生に、とんでもないアドリブをかまされるのは困
ります」

校長が目をつぶり、顔をしかめた。

「やっちまったか……」

「ここは、田貫緑陽とは違います。考え方を切り替えてい
ただかないと、せっかく落ち着いてきた学内がまた荒れま
す」

「……。確かにそうだな」

「僕ら三年は、今日の委員会で実質もう引退なんですよ。
議論のスタイルを、一、二年生にちゃんと引き継いでおき
たいんです。そういうことにきちんと配慮していただかな
いと」

「ふう……どっちが教師か分からんな」

「大高先生が怒るのもよく分かるんですけどね。僕らもす
ごく腹立たしいです」

「まあな。私が行った方がいいか?」

「ぜひお願いします」

「一緒に行こう」

「はい!」


nice!(45)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー