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三年生編 第92話(3) [小説]

金曜六時間目の一コマ使って招集された、二学期最初の風
紀委員会。
僕は、広い視聴覚室の一番前のど真ん中の席に陣取って、
大高先生とがちで睨み合いをしていた。

おいおい、勘弁してくれよと思いながら。

だいたい、各種委員会の委員は三年生にはただのお当番に
過ぎないの。
僕ら三年生は、夏休み明けたら実質委員引退なんだ。
それが曰く因縁つきの風紀委員会であってもね。
だって、三年生が重大な風紀違反を犯すケースはこれから
ほとんどなくなるもん。

そりゃそうでしょ。
受験勉強はこれから本格的に追い込みに入る。
風紀違反を犯すようなバカなことなんか、やってる暇ない
よ。
推薦組は、素行が悪いと推薦を受けられなくなるからなお
さらだ。

三年生まで校則違反に踏み込んじゃうような、はめを外す
イベントがまだある?

あるとすれば十月の学園祭の打ち上げだけど、三年はクラ
スでの打ち上げをしないでしょ。
絡むとすればせいぜい部活関係くらいだよね。
でも、三年生はほとんど部活から引退してる。

だから、僕ら三年生委員はのんびり構えてたんだ。
二学期に想定される要注意項目のチェックと、クラスへの
注意喚起。
それくらいで、あまり揉める要素はないと思ってたわけ。

でも。
教室に入ってきた時からすでに、大高先生は喧嘩腰だった。
激しい怒りを隠そうとせず、目が血走っていた。

「これから風紀委員会を始める。その前に」

ぐるっと僕らを見回した先生が、いきなり爆発した。

「おまえら、真面目にやってるのかっ!!」

僕らはあっけに取られた。
なんだなんだ、何があったんだ?
教室内がせわしなくざわついた。

「先生、意味が分かんないんですが」

思わず聞き返した。
いや、本当に意味が分かんない。
嫌味でもなんでもなく、本当に。

ぎりっと歯ぎしりする音が聞こえて、怒りを無理やり押し
殺したような声で、衝撃的な事実が明かされた。

「校則違反というレベルではなく! 警察の補導という形
で、夏休み中に二十三人の補導者が出た」

ざわあっ……。
さすがに血の気が引いた。

「大高先生、確認です。ホッケー部の時のような組織で、
ですか?」

「全部単独事案だっ!」

思わずぐったり脱力してしまった。
なんだよう。これまで僕らがどれだけみんなに警告し、
ちゃんと備えてくれって言ったと思ってるんだ。

先生以上に、僕らの方ががっかりだよ。
ただ……。

「これから先生がどんな議題を出すのか分かりませんけ
ど、最初に苦情を申し立てます」

「なんだっ!」

「先生は、第一回風紀委員会の議事録をちゃんとお読みに
なりましたか?」

「む……」

「風紀委員会は裁判所ではありません。あくまでも学校側
が風紀指導の実効を上げるための、模擬戦の場」

「それがなんだっ!」

「僕らが議論を持ち帰って、クラスで討議する。それは学
校側のリクエストじゃないんです。僕らが自主的に行って
いること。みんなにちゃんと意識してもらわないと、僕ら
の権限は全部取り上げられるよ……そういう危機感で行っ
てることなんです。それを、僕らが怠けているみたいな言
い方をされるのは、絶対に許せません!」



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三年生編 第92話(2) [小説]

震え上がったさゆりちゃんは、次に引きこもりの人たちの
自立支援をしてる団体の事務所に連れて行かれ、実態ビデ
オを見せられた。

五十、六十になっても親が世話しないと生活できず、ごき
ぶりでも逃げ出すような汚部屋にうずくまって、何が楽し
いのか分からない生活をしている人たち。

そういうビデオを見せられたら、家に逃げ場なんかどこに
もないってことを思い知らされるよね。
僕だって、そんなビデオは見たくないわ。

森本先生と一緒に行動していた三日間の間に、僕ですら直
視出来なさそうな社会の暗部や底辺をこれでもかと見せつ
けられて。
さゆりちゃんも、さすがに自分の甘っちょろさを認識せざ
るを得なくなったらしい。

森本先生の爆弾が落ちる前に、僕らの方で現実の厳しさを
説明出来ればよかったんだけどさ。
僕らは……うまく言えなかったんだよね。

僕んちでこれまでどんな悲惨なことがあったのか。
僕らがどれだけ地獄の業火の中でのたうち回ってきたのか。
その痛みや苦しみは、辛さのピークにある時には言葉に出
来ないんだ。

状況が良くなってからあの時はしんどかったって言ったと
ころで、聞く人には何のインパクトも訴求力もない。
僕らは、そこがぬるかったってことなんだろう。

森本先生は、今そこにある痛みをそのままえぐり出して、
さゆりちゃんに突きつけたんだ。で、聞き返すわけ。

「で。あんたは、どこが痛いの?」

痛いって……言えるわけないじゃん。
実際さゆりちゃんは、誰も甘えさせてくれないっていう文
句が言いたいだけで、どっこも痛くないんだから。

その後の森本先生のどやしは超直球だった。

「あんたが壊したんだから、あんたが直しなさい」

亡くなってしまった勘助おじさん。
ぎごちなくなってしまった家族とのつながり。
失ってしまった友だち。
もう元に戻れない汚れた自分。

「あんたが失くしたんじゃない。あんたが壊したんだよ」

それは容赦ない非難だった。
さすがに、言い過ぎじゃないかなあと思ったんだけど。

でも、森本先生の言葉には続きがあった。

「で。一番直しやすいところは、どこ?」

いや。
感服しました。さすがだわ。
そういうことだったのか。

そうなんだよね。
修理するなら、まず自分のところからなんだ。
自分が壊れたままじゃ、他の人に関われないの。
いくら関係を修復したいとか、迷惑かけたことを謝りたい
と思っていてもね。

僕もしゃらも実生も、自分の修理からスタートしてる。
誰かからそうしろって言われたわけじゃなく、それしか出
来なかったんだ。
僕らにはもう安心して頼れるものがなくて、自力でやらざ
るを得なかったんだ。

さゆりちゃんにはまだ親兄弟の絆がしっかりつながって
て、それが甘えのもとになっていた。
そこを森本先生がぶつっと切って強制的に孤立させ、自我
をしっかり意識させたんだ。

愛情断食かあ……いや、やっぱりプロはすごいわ。

結局。
三日間のレクチャーで真っ白に燃え尽きたさゆりちゃん
は、僕のお勧め通りに私立の女子校に転校する手続きをし
て、来週から通うらしい。

森本先生が定期的に面談し、完全復帰に向けたサポートを
続けてくれることになって。
健ちゃんたちは一安心てとこだろう。

ただ……。
森本先生が、きつい警告を出していた。

「話してて、こりゃあいかんなあと思ったんだけどね。さ
ゆりちゃんは、真っ当に怒れない。どうでもいいことにし
か腹を立てられない」

外圧が弱い時には押し返せるんだけど、それがちょこっと
強くなっただけで反発出来なくなる。隷属しちゃう。
逆風を押し返す力がものすごく弱くて、意地を貫き通すこ
とが出来ない。

母さんがヘタレと言った通りだ。

「それは訓練なの。高校への復帰やその環境への適応はす
ぐ出来るよ。でも、根性を鍛えるには時間がかかる。残念
ながら、今の段階では肝心の自我が病的に弱い」

復学出来てそれで終わりにはならないよ。
それこそ、そこからが家族のサポートの範疇になる。

森本先生が、最後に家族に責任を戻したこと。
それは……第三者がさゆりちゃんを成形しちゃうと、家族
の意味がなくなるよっていう警告なんだろう。

ともあれ。
プロの手腕でさゆりちゃんの復学にめどが立って、僕も父
さんもほっと一息。

やれやれ……だったんだけどね。
あちらが立てば、こちらが立たず。
今度は学校で、とんでもないトラブルが僕を待っていた。

「はあ……ったく」



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三年生編 第92話(1) [小説]

9月4日(金曜日)


「うーん……森本先生恐るべし」

早朝森本先生から流れてきたメールに目を通した僕は、絶句
していた。

専門家の見立て。

『あんたたち、甘やかし過ぎ』

僕も母さんもかなり突き放したつもりだったんだけど、そ
れくらいじゃ全然足らないらしい。
もちろん、抱え込みにかかっていたおじさん一家は論外。

精神的自立がまるっきり出来てない子に、上げ膳据え膳し
てどうすんのよ!

森本先生のどやしには、容赦がなかった。

親の影響下を飛び出す遠心力が全然足りない子に抱え込む
アクションをしたら、本当に足が萎えてしまうよ。
一番きついことを言った母さん以上に、森本先生の診断は
厳しかったんだ。

そして。
森本先生は、さゆりちゃんに愛情断食をさせると明言した。

なんじゃそれと思ったけど。
先生の説明はとても分かりやすかった。

『親子の愛情っていうのはギブアンドテイク。双方向で、
有償よ。親は子供を庇護する代わりに、ずっと支配下に置
こうとする。無制限に愛情を注ぐ代わりに、子供から恭順
という代価を得ようとするの』

『親の支配が嫌なら、親からもらった愛情の対価を別な形
で支払わなければならない。でも親の愛情にどっぷり浸
かって麻痺してる間は、それが理解出来ないの』

『愛情の双方向性をしっかり認識させるには、一度きっち
り愛情から切り離して、強い愛情飢餓を体感させないとダ
メ』

それが愛情断食、かあ。なるほどなあ。

家出していた間がそれに当たるんじゃないかと思ったんだ
けど、よく考えたらそうじゃないね。

さゆりちゃんは、家に帰りさえすればなんとかなるって考
えてたんだろう。
まだ間に入ってくれる勘助おじさんがいたんだし。
それは、甘えがベースになってる行動。
自立に見えて、実際はスネてただけだったんだ。
その程度のヤワな反発じゃあ、全然保たないよ。

家を飛び出している間は、もう家に帰りたいっていう意識
がいつもあったんだろう。
帰れなかったのはさゆりちゃんの意地のせいじゃなく、さ
ゆりちゃんを取り込んでいたあのグループの命令が怖かっ
たから。グループを出たくても出られなかったんだ。

ばったり出くわした時に生気がなかったのは、そのせいか。
もう監禁に近かったのかもね。

家出してる間も、意識が逃げ込める自分の家にしか向いて
ない。
自分の姿勢を見直すっていうきっかけに出来てない。
自分は辛かったんだから、慰めてもらえるのが当然という
感覚がどうしても抜けない。
だから、あんたのは自業自得じゃんていうどやしに傷付い
てしまう。
そういう甘え思考をなんとかしない限り、今後のリハビリ
が進まない。

なので。
一回愛情っていうプロテクターを全部むしり取って、自分
がもらってきた愛情の意味をもう一度ゼロから考え直させ
る。それが……愛情断食か。

すげえ……。

森本先生からさっとそういうプランが出てきたってこと
は、そういう子がさゆりちゃんだけではないってことなん
だろうなあ。

僕が先生に電話した翌日。
森本先生が信高おじちゃんちに乗り込んで、さゆりちゃん
を連れ出した。
名目は、フリースクールの見学だったらしい。

でも先生がさゆりちゃんを連れて行った先は、性犯罪被害
にあった女の子たちをかくまうシェルターハウス。

そこでさゆりちゃんは、自分の幸運と甘っちょろさを骨の
髄まで思い知らされたらしい。

親に客を取らされて、ずっと売春させられてた子。
ヤクザに脅されてほとんど性奴隷にされてた子。
家出する前も後も、結局売春でしか生計を立てられなかっ
た子。
さゆりちゃんと同じ年の子が……高校どころか、自分の家
にすら居場所がなくなってる。

自分の人格を否定されて、自暴自棄になりかけている女の
子たちの虚ろな目、投げやりな言動、真っ暗な未来。

自分にぐさぐさと突き刺さってくる視線を……さゆりちゃ
んは正視出来なかった。

「こういうとこに行きたい?」

森本先生の問いかけに、さゆりちゃんがうんと言えるわけ
ないじゃん。




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ちょっといっぷく その186 [付記]

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 しばらーく本編を止めていましたが、少しだけ前に進めます。
 半年以上間が空いたので、どんな流れだったのかを少しだけさらっておきますね。

 ◇ ◇ ◇

 受験生になったいっき。
 進級早々に前校長との間で激しいやりとりがあり、結局校長が交代してぽんいち自体が新たな体制で動き始めました。

 普通ならそれで落ち着くはずなんですが、騒動のとばっちりをまともに食らったプロジェクトが無傷では済まず、メンバー総出で必死にリカバリーに走り回ります。
 その過程でいっきは、プロジェクトメンバーにも顧問の中沢先生にも新たな覚悟を求めることになりました。
 曲者だらけの新クラスにも徐々になじみ、意識が自分自身のことに戻ったいっきは、本気で自分の進路について悩むようになります。

 そして夏休み。
 予備校の夏期講習に参加するためぼろ寺に泊まることになったいっきは、予備校の講師や寺の和尚さんとのやりとりを通して、自分の進路を静かに固めることになりました。

 ただ……。いっきにとって悲しいできごとが、次々に襲いかかります。
 一番ダメージが大きかったのは、工藤家の精神的支柱だった大叔父勘助の死去でした。
 それと前後するようにして、親族が抱えていたいろいろな歪みも吹き出してしまいました。

 いっきの恋人であるしゃらも、母親の体調不良やら、出奔していた最低兄貴の帰還やら、ストーカー騒動やら、いろいろあってなかなか落ち着きません。

 その一方で、五条さん、光輪さん、会長と出産ラッシュ。心から望まれてこの世に生を受けたみどりごを祝福しつつ、いっきとしゃらを取り巻く情勢は刻一刻と動いていきます。

 ◇ ◇ ◇

 さて。これからお届けするのは九月初旬の四話。ネタとして、特別大きいものはありません。
 いっきが委員長をやってる風紀委員会とプロジェクトのトラブルシューティングを通して、いっきが後輩たちへ残す資産をどう考えているかを見ていただくことになります。

 これまでは、二話ずつ束ねてアップしていたんですが、在庫僅少である関係上、細切れに出すことにします。
 どうかご容赦ください。(^^;;

 ちょこちょことてぃくるを挟みつつ、一ヶ月ちょっとかけて四話をお届けして参ります。



 ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽にコメントしてくださいませ。

 でわでわ。(^^)/






avr.jpg
(アベリア)



太陽は

背を向けたわたしも輝かせ

背を向けたわたしも温める




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ちょっといっぷく その185 [付記]

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。
 相変わらずお弁当休暇中です。

 やっとこさ秋らしくなってきましたが、体の方が夏バテから回復せずにずーっと不調です。(^^;;

 まあ、根を詰め過ぎずにのんびりやれっていうシグナルなんでしょう。
 それに従うというより、それしかできひんという感じではありますが。

 やれやれ。

◇ ◇ ◇

 ということで、現在は「書く」モードではなく、完全に「読む」モード。
 読みっぱなしではなく、読書記録をつけながらなので、インプットだけでなくアウトプットにもつながるかなあと思っています。読書記録は本館に不定期アップして行きますので、ご興味のある方は覗いてみてください。

 読んでいる本に、いわゆる文豪ものは一つもありません。
 近年刊行された本の中から、比較的読みやすそうなものをチョイスして拾っているんですが、ジャンルはばらばら。
 ものすごく読みたいものを読むというより、宝探しをするような感覚かもしれません。

 それはそうと。最近の作家さんで名前をよく聞く人は、男性より女性の方が多いように思います。実際、手当たり次第にぱら見していてる時におっこれはと引力を感じる作者さんは、ほとんど女性なんです。
 男性陣も、もうちょいがんばってくれーという感じ。(^^;;

◇ ◇ ◇

 実りの秋の到来ですが、わたしの筆欲が実りだすのはもうちょい後になりそう。
 それまでは、しばらくインプット主体で過ごそうと思います。

 もう一巡てぃくるを回して、そのあと四話ほど本編をお届けします。
 本編を忘れないためのちょっと出しですが、それでも在庫がほとんどなくなります。

 うわわ。もうそろそろ本腰入れてリハビリにかからないとなあ。(^^;;



 ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽にコメントしてくださいませ。

 でわでわ。(^^)/


ymt.jpg


「みいんなあちこち欠けとって、まともなやつぁだあれもおれへんがな」

「それを、ごっつ欠けとるわいらが言うてもなあ」

「むうう」

「ええねん。欠けとらんやつはそう見えるだけや。そもそも、欠けとるんを隠すしみったれた根性が気にくわん!」


  (^^;;



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