SSブログ

三年生編 第92話(2) [小説]

震え上がったさゆりちゃんは、次に引きこもりの人たちの
自立支援をしてる団体の事務所に連れて行かれ、実態ビデ
オを見せられた。

五十、六十になっても親が世話しないと生活できず、ごき
ぶりでも逃げ出すような汚部屋にうずくまって、何が楽し
いのか分からない生活をしている人たち。

そういうビデオを見せられたら、家に逃げ場なんかどこに
もないってことを思い知らされるよね。
僕だって、そんなビデオは見たくないわ。

森本先生と一緒に行動していた三日間の間に、僕ですら直
視出来なさそうな社会の暗部や底辺をこれでもかと見せつ
けられて。
さゆりちゃんも、さすがに自分の甘っちょろさを認識せざ
るを得なくなったらしい。

森本先生の爆弾が落ちる前に、僕らの方で現実の厳しさを
説明出来ればよかったんだけどさ。
僕らは……うまく言えなかったんだよね。

僕んちでこれまでどんな悲惨なことがあったのか。
僕らがどれだけ地獄の業火の中でのたうち回ってきたのか。
その痛みや苦しみは、辛さのピークにある時には言葉に出
来ないんだ。

状況が良くなってからあの時はしんどかったって言ったと
ころで、聞く人には何のインパクトも訴求力もない。
僕らは、そこがぬるかったってことなんだろう。

森本先生は、今そこにある痛みをそのままえぐり出して、
さゆりちゃんに突きつけたんだ。で、聞き返すわけ。

「で。あんたは、どこが痛いの?」

痛いって……言えるわけないじゃん。
実際さゆりちゃんは、誰も甘えさせてくれないっていう文
句が言いたいだけで、どっこも痛くないんだから。

その後の森本先生のどやしは超直球だった。

「あんたが壊したんだから、あんたが直しなさい」

亡くなってしまった勘助おじさん。
ぎごちなくなってしまった家族とのつながり。
失ってしまった友だち。
もう元に戻れない汚れた自分。

「あんたが失くしたんじゃない。あんたが壊したんだよ」

それは容赦ない非難だった。
さすがに、言い過ぎじゃないかなあと思ったんだけど。

でも、森本先生の言葉には続きがあった。

「で。一番直しやすいところは、どこ?」

いや。
感服しました。さすがだわ。
そういうことだったのか。

そうなんだよね。
修理するなら、まず自分のところからなんだ。
自分が壊れたままじゃ、他の人に関われないの。
いくら関係を修復したいとか、迷惑かけたことを謝りたい
と思っていてもね。

僕もしゃらも実生も、自分の修理からスタートしてる。
誰かからそうしろって言われたわけじゃなく、それしか出
来なかったんだ。
僕らにはもう安心して頼れるものがなくて、自力でやらざ
るを得なかったんだ。

さゆりちゃんにはまだ親兄弟の絆がしっかりつながって
て、それが甘えのもとになっていた。
そこを森本先生がぶつっと切って強制的に孤立させ、自我
をしっかり意識させたんだ。

愛情断食かあ……いや、やっぱりプロはすごいわ。

結局。
三日間のレクチャーで真っ白に燃え尽きたさゆりちゃん
は、僕のお勧め通りに私立の女子校に転校する手続きをし
て、来週から通うらしい。

森本先生が定期的に面談し、完全復帰に向けたサポートを
続けてくれることになって。
健ちゃんたちは一安心てとこだろう。

ただ……。
森本先生が、きつい警告を出していた。

「話してて、こりゃあいかんなあと思ったんだけどね。さ
ゆりちゃんは、真っ当に怒れない。どうでもいいことにし
か腹を立てられない」

外圧が弱い時には押し返せるんだけど、それがちょこっと
強くなっただけで反発出来なくなる。隷属しちゃう。
逆風を押し返す力がものすごく弱くて、意地を貫き通すこ
とが出来ない。

母さんがヘタレと言った通りだ。

「それは訓練なの。高校への復帰やその環境への適応はす
ぐ出来るよ。でも、根性を鍛えるには時間がかかる。残念
ながら、今の段階では肝心の自我が病的に弱い」

復学出来てそれで終わりにはならないよ。
それこそ、そこからが家族のサポートの範疇になる。

森本先生が、最後に家族に責任を戻したこと。
それは……第三者がさゆりちゃんを成形しちゃうと、家族
の意味がなくなるよっていう警告なんだろう。

ともあれ。
プロの手腕でさゆりちゃんの復学にめどが立って、僕も父
さんもほっと一息。

やれやれ……だったんだけどね。
あちらが立てば、こちらが立たず。
今度は学校で、とんでもないトラブルが僕を待っていた。

「はあ……ったく」



nice!(48)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー