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三年生編 第93話(6) [小説]

「うっそおおおおおっ!」

「いや、いろいろあってね」

思わず渋ぅい顔になっちゃう。

「僕は風紀委員会なんか要らないって主張してたし、校長
にも逆効果だって言い続けてたんだけどさ」

「出来ちゃったんすか」

「学校が決めることだからね。ノーとは言えない。でも、
学校側に好き勝手に使われたら、めちゃくちゃだよ」

「あ、それで」

「そう。委員長だからああしろこうしろはないよ。絶対そ
れはやりたくない。僕が言いたかったのは一つだけ」

「……」

「学校側はやるったらやる。だからみんなしっかり自衛し
て。それだけなの」

「そうっすよね……」

「それがさあ。一番学校側の監視が厳しいうちのプロジェ
クトから補導者が出ちゃうなんてさあ。もう、がっくりも
いいとこだよ」

後野さんは少しだけ溜飲が下がったんだろう。
剥き出しにしていた闘気を少し引っ込めた。

「そいつ、どうなったんすか?」

「学校側の処分は三日間の停学。でも、プロジェクトとし
てはそれじゃ済まされないよ」

「退部?」

「もし二、三年生なら速攻で叩き出すよ。でも、一年坊で
しょ? 顧問の先生からがっつり説教。それと二週間の部
員資格、部活参加停止あーんど反省文提出」

「がっちり絞ったんすね」

「まあね。それが嫌なら止めればいい。うちは出入りがゆ
るゆるだもん」

「ああ、そうか」

「幸い飲酒や喫煙に絡まなかったから、一番軽い処分で済
んだけどさ。勘弁して欲しいわ」

「ふう……」

「後野さんとこの方が大変でしょ?」

「そうっす。俺も宇津木先生もまるっきり予想してなかっ
たんで、ごっつパニクって」

うわ……。

「でも、なかったことには出来ないっす」

「退部?」

「いえ、除名です」

「最高刑だね」

「うちは学校の部費だけじゃなくって外の予算も取りに
行ってるから、今回みたいのは本当にヤバいんすよ」

「そっか……」

「そいつが信用なくすだけならいいっすけど、アグリ部全
体の評価落とすことになったら、先輩たちに顔向け出来な
いっす」

「分かる。分かるなー」

鬼の形相になった後野さんが、サンドバッグに強烈なミド
ルを見舞った。

ずしいいいいん!

「くそったれえっ!!」

本当だったら、とっ捕まえて直接ぼこりたいところなんだ
ろなあ。でも、さすがにそれは……ね。


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三年生編 第93話(5) [小説]

練習は充実してたし大場さんと試合も出来て、すっごいリ
フレッシュした感じ。やっぱ、体動かすのはいいわ。
大学行ったら、サークルはスポーツ系にしようかなあ。

とか考えながら。
真っ直ぐ帰るのはもったいないなーと思って、ジャージの
まま他のフロアを見に行った。

「お?」

打撃系のトレーニングとかも出来るみたいで、パンチング
ボールやサンドバッグなんかが置いてあるコーナーがある。

で。
そこではんぱなく激しい勢いでサンドバッグに蹴りを入れ
てる人が……。

ずしん!
ずしん!

響いてくる音の強さが、その威力を物語っていた。

「すげえ……」

でも、すごいのは蹴りの強さだけじゃなかった。
全身から激しい闘気が噴き出してる。
それも……かなりえげつない。

自分の前にぶっ倒してやりたい奴がいる……そういう標的
がある時の闘気。ひりひりする。

黒いウインドブレーカーのフードを被った状態だったから
顔がよく見えないんだけど、僕と同じくらいの年齢かなあ。

僕がじっと見ていたその視線に気付いたんだろう。
その男の人が振り返って、もろにしまったという顔をした。
僕も、それで誰かすぐに分かった。

「わ! 後野さんやん」

「くどーさーん、なんでここにー?」

にょいーん。とろーん。
さっきの闘気とのギャップあり過ぎ。
思わず腰が砕けそうになった。

「スカッシュコートでたっぷり汗を流してきたとこ」

「そっかあ」

「後野さん、空手とかやってたの?」

なんか、すっごいばつが悪そう。

「いや、俺のは我流っす」

「すごいわ。蹴りが重い。はんぱないわ」

「がりがり削り合いしてたっすから」

あ、ケンカかあ……。
あの双子ほどのがたいはないから、キレとかスピードと
か、そういうところで攻め込む感じだなあ。

「ちょっと……むしゃくしゃしてて」

後野さんが、肩を落としてべっこりへこんだ。

「どしたん?」

「アグリ部の俺の後釜」

「二年生?」

「そうっす。しっかりしたやつだったんで、信用してたん
すけど」

「なんか……やらかした?」

「この前、飲酒とケンカで捕まりやがって」

ぎょえええーっ!?
思わず、その場にしゃがみ込んでしまった。

「そっちもかあ!」

「え? 工藤さんとこも?」

はあ……。
立ち上がって、僕もサンドバッグに思い切りハイを叩き込
んだ。

ずどん!

「わ!」

のけぞる後野さん。

「ぶちのめしてやりたいよ!」

「男?」

「そ。一年生。まあ、ぽんいちはこれまでゆるかったから、
そういうイメージがまだ残ってたんだろうけど」

「補導されたんすか?」

「私服で深夜徘徊。補導員にとっ捕まりやがって! そん
なの、昔はいっぱいいたんだろうけどさ。今は捕まったら
即アウト! 前部長の僕が風紀委員長やってんだから、少
しは立場ぁ考えてくれって」

ごおん……。後野さんが思いっくそぶっこけた。


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三年生編 第93話(4) [小説]

フォルサの中に入ってしまえばスポーツウエアに着替えら
れるけど、そこまでは制服で行かないとなんない。
荷物が増えて、ちょっとめんどくさい。
学校がフォルサを利用可能施設に入れてくれたのは、そう
いう効果も見込んでるっていうことなんだろう。

フォルサには遊戯施設もあるけど、制服のままじゃすごく
目に付くし、かと言って着替えてまで遊ぶかっていうと
……微妙。
利用料金も高めだし、どうしても足が遠のくよね。
僕みたいに自腹で年会費払ってる学生なんて、そんないな
いんちゃうかな。

更衣室でジャージに着替えてから、受付のお姉さんにコー
トの利用状況を確かめる。

「ええと。今日はあまり予約が入っていません。Cコート
なら二時間ずっと使えます」

いや、そんな二時間も続きまへん。
体力が保たないっす。とほほ。

「じゃあ、Cコート一時間で」

「一時間でいいですか?」

「たぶん、それでもうへろへろになると思うんで」

「あはは」

笑われてしまった。

鍵を受け取って、久しぶりにスカッシュコートに向かう。
橘社長とのごたごたがあってから、ずっと行ってなかった
からなあ……。間が半年以上空いちゃった。

それでも他のコートからボールが弾む音が聞こえてくると、
体が反応してわくわくする。

「ふうう。こういう感覚は久しぶりだなあ」

Cコートに入って軽く柔軟。
体をほぐしてから、壁打ちを始める。

最初は素直に。
その後少しずつギアを上げて、バウンド数とスピードを上
げていく。

体中の筋肉が、おいおい勘弁してくれって悲鳴を上げてる
けど、おかまいなし。
そこを越えていかないと負荷がかからない。運動にならな
いんだ。

三十分くらい、ほとんど何も考えずに頭を空っぽにして、
球に反応することにだけ集中していた。

「ぶふう!」

体中から吹き出す汗。
でも夏休み中頭ばっか使ってたから、体の芯が汗にすごく
飢えてたみたいな感じがあって。
汗まみれがすっごい気分よかった。

こんこん。
タオルで汗を拭いていたら、ドアがノックされる音が聞こ
えた。あれ? まだ時間あるよね?

誰かなと思ったら、大場さんだった。
急いで鍵を開ける。

「工藤さん、久しぶりですー」

「おひさですー。やっぱ受験生になっちゃうと、なかなか
来れないですね」

「それは仕方ないですよー」

大場さんはラケットを持ってたから、試合しましょうって
ことだろう。

「やります?」

やっぱりー。もちろん!

「お願いします。お手柔らかにー」

「ははは。楽しくやりましょう」

五分くらい乱打して、すぐに試合。

で。
ぼろ負け。

「ひーん。やっぱりブランクが空くとだめだー」

「試合勘がなかなか戻らないですよね?」

「はいー」

「工藤さんは、進学されてからもスカッシュは続けられる
ですか?」

「……」

それは考えてなかったなー。

「そうですね。近くに使えるコートがあれば、ですけど。
楽しいので続けたいです」

大場さんが、すごく嬉しそうだった。

「ぜひ、ここに試合しにいらしてください。僕がいる限り
試合を組めますので」

「わ! ありがとうございます」

「テニスと違って競技人口が少ないので、なかなか……ね」

大場さんは、少し寂しそうな口調でぽつっと漏らすと、
コートの外に目を移した。

ちょうどその時、アナウンスが流れた。

「Cコートの工藤さま。時間が参りました。延長されます
か?」

おっと。

「いいえ、これで上がります。ありがとうございます」

「了解しました」

ぷつっとインターホンが切れて。
赤いランプが灯った。

荷物をまとめてすぐにコートを出る。

「じゃあ、僕はこれで帰りますー。また来ますねー」

「はい。お待ちしてます。勉強、がんばってくださいね」

とほほ……。

「はあい」

大場さんは、僕に一礼してさっと走り去った。
仕事の合間に、ちょっと息抜きって感じかな。
でも、本当に感じのいい人だ。

穏やかで親切。笑顔が優しくて、ほっとする。
雰囲気が、ちょっとかんちゃんに似てるかも。



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三年生編 第93話(3) [小説]

「あれ? いっちゃん、出かけるの?」

「久しぶりにフォルサに行ってくるわ」

「へえー、珍しい」

「まあね。でも受験勉強ばっかで体動かしてないから、基
礎体力が落ちちゃってる。本番前に体調崩さないように、
少しだけ戻しとこうかなと」

「それもそうね。遅くなるの?」

「いやあ、二時間くらいかな。誰か試合してくれる人がい
るといいけど」

「分かったー。ちゃり?」

「ちゃりで行く。量があんまりないなら、帰りに買い物寄
れるよ?」

「助かる。まだ会長のサポートが要るから。あとでメール
で流すわ」

「分かったー。あ、母さんは司くんの顔見たの?」

「見たわよー。ご主人似ね。ハンサムボーイ」

「わあお!」

「ご主人が幸せそうだったわー」

「会長は?」

「爆睡してる。それどころじゃないみたい」

「うわ……」

「進くんもそうだったけど、夜泣きがひどいらしくてね」

「そっかあ……会長も大変だー」

「まあ、ずっとっていうわけじゃないし」

「会長が落ちつくまで、少し間を空けた方がいいかあ」

「その方がいいと思う。お義母さまにもすごく気を遣って
るみたいだし。顔を出すなら、同居生活が落ち着いてお産
疲れが取れてからだね」

「分かったー。楽しみだなー」

母さんが、ふうっと大きく息を吐き出した。

「大きな山はもう越えたと思ってたけど、やっぱりいろい
ろあるわね」

「……さゆりちゃんのこと?」

「それだけじゃなくて、勘助さんが亡くなったりとか、寿
乃さんの体調のこととか、他にもいろいろ」

「うん」

「でも、一つ一つベストを探るしかない。今回、いっちゃ
んが森本さんにつないでくれたみたいに、うちは使える縁
がうんと増えてる。それは活かしたいよね」

「そう思うわ」

「さ。時は金なり。さっさと行ってきなさい」

「おっと。行ってきまーす!」


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三年生編 第93話(2) [小説]

先生のどやしに気合いが入ってたのは、その生徒のことを
案じてるからだけじゃないね。

プロジェクト立て直しの時に先生がしでかした、とんでも
ないヘマと僕らへの裏切り行為。
僕らは絶対に忘れないよ。
中沢先生も、僕らの信頼を失いかけていたんだ。

先生が名誉挽回するなら、この機会を絶対に逃すわけにい
かないだろう。
僕らにだけでなく、安楽校長にも自分の覚悟を見せること
が出来るからね。

説教は、中沢先生の自発的なアクションていうより、校長
から先生たちに出されていたオーダーだったのかもしれな
い。

処分者の人数が多くなると、自分が処分されたってことの
マイナスインパクトが薄まっちゃう。
だからこそ安楽校長は、大規模な処分発動には慎重だった
んだ。
でも校長は、反動は覚悟の上で今回の処分を決めたんだろ
う。
悪質度を問わず、違反者は厳正に処分するっていう事実を
僕らにきっちり突き付けるために。

それに合わせて、クラス担任や部活の顧問に、処分のイン
パクトが薄れないよう個別指導をしっかりやってくれって
いうプレッシャーをかけたんじゃないかな。

うちはきっちりやってきたけど、人数が多くなるとどうし
ても隅々まで目が届かなくなる。
ホッケー部お取り潰しの時に顧問の先生にまで責任が跳ね
たのを見てたから、中沢先生も万一には備えていたはずだ。

そして、中沢先生の雷は説教だけでは済まなかった。

顧問の裁量で、部員資格、部活参加の二週間停止と、反省
文の提出をその子に科した。
顧問教師として、校則違反した生徒への厳しい処分をみん
なに示したっていうこと。
三月に、これからは顧問として目を光らせるぞって宣言し
たことをしっかり実行したんだ。

僕は、先生がきちんと筋を通したことにものすごくほっと
した。

僕が最初に先生を全力でどやした悪影響が残ると、部員が
中沢先生を軽視しちゃって、大所帯になった部の監督が難
しくなる。実生に指摘された通りだ。
でも先生怒らせたらただじゃ済まないんだぞっていう強い
姿勢が一、二年生からしっかり見えれば、違反の再発は防
げるからね。

二年生部員も全員集合で、校則遵守と基本原則の堅持を改
めて再確認した。その話し合いの内容をもとに、四方くん
から全部員にもう一度厳しく警告するらしい。
まあ、プロジェクトの方はそれでオチが付くと思う。

それよか、僕が気になったのは処分の重さと違反内容だ。

停学くらった二十三人のうち十五人は、プロジェクトの子
とほぼ同じ内容の違反だった。
だから処分としてはまだ軽くて、みんな三日間の停学。

短くても停学は停学。
前科が残ると、大学進学の時に推薦が受けられなくなるん
だよと、校長直々に厳しい現実を突きつけられて。
違反者へのお灸としては、決して軽くなかったと思う。

それでも、そっちはまだいいんだ。
問題は、ほかの八人さ。

えげつないナンパ行為で、絡んだ女の子に被害届を出され
てしまった二人は、無期停。

……論外。

残る六人のうち三人は、窃盗。つまり万引きだった。
これも警察のご厄介に。

三人とも中学で前科があって、再犯だ。
問答無用で三か月の停学。

たかが万引きくらいでそんな重い処分なの?
そう言う子がいたら、そいつも一緒に処分して欲しいな。
初犯ならともかく、前科があっての再犯は反省の色がないっ
てことだよ。高校に来ないで、刑務所行けば?
僕ならそう思っちゃう。

大人でも刑務所にぶちこまれる犯罪で、有期の停学で済む
ならまだ温情処分さ。御の字なんだよ。

あと三人は、飲酒と喫煙でアウト。
十日から二週間の停学になった。
これもね……自己責任がどうたらじゃなくて、法律違反し
てるんだっていうことを理解しろよな。

「ふう……」

僕は、思わず頭を抱えてしまう。

今はぽんいちだけじゃなくて、市内のどこの高校も厳しい
引き締めをやってる。
街中での婦警さんや補導員の巡回頻度もはんぱない。

そういう状況になってるんだってことを風紀委員会を通し
てちゃんと情報提供してるし、学校からも再々警告が出て
る。これでもかと自衛を呼びかけてるんだ。

それなのに、こんなくだらない違反のオンパレードで大量
処分者が出たんじゃ、大高先生も確かにアタマに来るだろ
な。

来週は風紀委員会の顧問が瞬ちゃんに代わって、学校側か
ら綱紀粛正の効果を上げるための叩き台が出る。
そこで、ぎしぎし詰めることになるだろう。

瞬ちゃんが望んでいるような、風紀委員会の骨抜きは出来
そうもないね。

はあ……。


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三年生編 第93話(1) [小説]

9月6日(日曜日)

「えらい……こっちゃ」

せっかく会長のお子さん誕生で盛り上がってた気分が、
いっぺんにぺしゃんこになった。

いや、処分くらった生徒の中に関係者がいなければまだ静
観出来たんだけどさ。プロジェクトの一年生男子が入って
たんだ。

一人だけだったけど、それは言い訳にならない。
当然、顧問である中沢先生にも監督責任が及ぶ。
先生、顔面蒼白。

でも部としての組織的な違反じゃないし、考えを切り替え
た方がいいっていうのが僕ら三年生部員の総意だった。
その代わり、処分をくらった生徒にはしっかり釘を刺して
くださいとお願いした。

僕らが足並み揃えて先生のサポートに動いたから、安心し
たんだろう。中沢先生は、落ち着いて対処してくれた。
こういう時には、付き合いが長いメリットが出るよね。

処分は三日間の停学。
内容は私服での深夜徘徊で、補導員による補導。
場所も禁止されてるゲーセンだったし、弁解の余地なし。

鈴木さんと四方くんとで事情の聞き取りをしたらしいんだ
けど、中学時代の友達が家に遊びに来て私服のまま一緒に
外出し、そのあと遅くまで繁華街を連れ回されたらしい。
まあ、ありがちな違反だ。

「同じ部員同士で責め合ったらだめだよ」

中沢先生から的確なアドバイスがあって、鈴木部長はこれ
から気をつけてねであっさり収めた。

ただ……中沢先生からその子に落ちた雷のでかさは、はん
ぱじゃなかった。
そりゃそうさ。先生の監督責任にまで跳ねちゃったら、先
生の人生設計に影響しかねないもん。

中沢先生の説教は、さすが理系の先生だなあと感じる理詰
めのもので、実にしっかり組み立てられていた。

「君が水やり当番のことを忘れてて、花壇のお花が全部枯
れたら。君は枯れたお花を生き返らせることが出来る?」

水やりをしなかった理由。
かったるくてやってらんないというふざけた理由でも、
うっかりしてたー忘れてたーっていうぽかであっても、そ
れまでみんなが汗水垂らして世話をしてきた努力が全部ぱ
あになるのは同じ。
その事実に、ヘマった理由は一切関係しないんだ。

「君は、どうやっても枯れたお花を生き返らせることは出
来ないの。じゃあ、君がそれを元に戻すにはどうすればい
い?」

うまいなあ……。

そりゃあ、植え直すしかないよね。
それが自分一人でなんとか出来るなら影響は限定的だけど。
みんな総出でやり直すはめになったら、ものすごく無駄な
作業に人とお金を使わなきゃなんない。
自分のしでかしたヘマが、自分のことだけでは済まなくな
るんだ。

いつも、自分の行動の影響範囲を考えなさい。
それは、その子のこれからへの大事なメッセージだよね。

もう一つ。
先生が、例で出した話を通じて違反した子に意識させたこ
とがある。それは、さっきのよりもずっと重要なこと。

「一回水やりサボっただけじゃんか。もし君がそう考えて
たら、君は二度と水やりをさせてもらえなくなるの」

うん。
怖いのはむしろそっちなんだ。

親や先生、友だち。
自分を信頼してくれる近しい人たち。
そういう人たちの信頼を裏切ったら、自分を信じてもらえ
なくなるの。

失った信頼を取り戻すのがどんなに大変か。
それは、親から究極の裏切りを食らって人生をねじ曲げら
れてしまった中沢先生だからこそ、親身に言えること。

だって、先生は二度と自分の親を信用出来ないんだから。


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三年生編 第92話(12) [小説]

「原則論を曲げないのはいいんですけど、人は豆腐じゃな
いんです。ここはいい、ここはダメっていうのをすぱすぱ
切り分けることは出来ない。そうしたら大高先生は、自分
が認めるか認めないかで生徒を乱暴に仕分けしちゃう」

「うん」

「いい子ちゃんには何もアクションをしません。でも、先
生が受け入れられないと感じた生徒は徹底排除しにかかる」

「沢渡くんと同じってことかい?」

「いや、さすがにそれはないと思いますよ。でも、僕らに
は先生のプラマイの意識が全部見えちゃう。それは、生徒
を敵味方に割っちゃいます」

「!!」

「今日もすでにその兆候がありました。僕は大高先生の挑
発には乗りませんけど、三年の委員の間には強い嫌悪感が
吹き出しましたから」

「なるほど」

「二十三人の違反者。それを作り出している一因が大高先
生自身にあることを……どこかで気付いて欲しかったんで
すけどね」

「まあな」

「僕らはいいんですよ。もうすぐ卒業ですから。大高先生
との関わりはあまり影響しません」

「うん」

「でも、まだ自己主張し切れない一、二年生を、あの調子
でばっさばさやられたら」

「壊れる子が……出るということだな」

「僕はそれが恐いです。僕自身が、それで壊されそうに
なった経験がありますから」

「中学でかい?」

「そうです。沢渡先生や大高先生とはタイプが違いますけ
どね」

「ネグレクト、か」

「はい」

校長が、じっと考え込んでしまった。

そうなんだよね。
安楽校長も、来年ピンチヒッターを終えて退任する。
新しく来る校長先生がおとなしいと、ナンバーツーの大高
先生が学校を代わりに牛耳るだろう。
前の沢渡先生みたいな俺様型の校長なら、大高先生とタッ
グを組まれた途端にやっぱりぐちゃぐちゃにされる。

安楽先生クラスの相当出来のいい人を持ってこないと、う
まくいかなくなると思う。
それが、先生たちの間だけで済めばいいけどさ。
とばっちり食うのは全部学生なんだ。

「はあ……」

がっくり。

うなだれた僕に向かって、校長がこそっと耳打ちをした。

「まだオフの話だ。口外無用で頼む」

「はい?」

「来年な。私の後釜で来るのは、多分宇津木さんだ」

「!!」

思わずぎょええっと叫びそうになって、慌てて口を塞いだ。

「高校再編のマイナス影響が想定以上に大きくてな。どこ
の高校も運営に苦労してる。そのあおりを食って、教員人
事が大打撃を受けてるんだ」

「う……わ」

「辞めたのは沢渡さんだけじゃない。校長昇格の有資格者
が、続々早期退職してるんだよ」

「げえ」

「そらそうさ。ゴナンの廃止、男子校、女子校の共学化。
田貫市内の全高校の綱紀粛正と学力向上に向けた新指導要
領の採択。いっぺんにやり過ぎだよ」

校長が、やり切れないって感じで首を振った。

「基本、前路線を引き継いで動かしてきた学校運営を急に
どかあんと変えられたんじゃ、守旧派のおじちゃんは付い
ていけない。火中の栗を拾うのは物好きだけだ」

「なんか……」

「すっきりせんだろ? 私らが一番すっきりせん。でも
さっき君が言ったように、学生がとばっちりを食う事態は
回避せんとならん。あと一、二年は、ロートルがピンチ
ヒッターだな」

「そっか」

「大高くんは、宇津木さんには合わん。同じタイプだが、
奥行きが全く違うからな」

うまい!
さすが、芸術家肌の安楽先生だ。表現がしっくりくる。

「一、二年のうちに、郊外の高校に副校長のまま戻るだ
ろ。それでいいさ」

少し、ほっとした。

「あの、先生。二十三人の処分はどうなるんですか?」

「いろいろだよ。数日の停学から無期停までな」

「ぎょえええっ!?」

今度は叫びを抑えきれなかった。

「む、むきてい……すか」

「まあ、公示を見てくれ。処分理由を明示してある」

そうか。
ホッケー部の時のなんか、まだ生易しいってことだったわ
けだ。
そりゃあ、大高先生がぶち切れるのも無理ないな……。

「はあああっ……頭が……痛いっす」

「そうだな。風紀委員長の君がそう考えてくれること。そ
れが、唯一の救いさ。君の筋論は根拠がしっかりしている
だけじゃなくて、アレンジが利くんだ。応用範囲がとても
広い。後輩たちは、そういうところをよーく見てるよ。私
らは本当に助かる」

「あはは……」

「どうせ残すなら、そういうものを残したいよな」

しみじみとこぼした校長が、僕の背中をぱんと叩いて校長
室に帰って行った。

「またな」

「はい! お疲れ様です」




madjas.jpg
今日の花:マダガスカルジャスミンStephanotis floribunda



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三年生編 第92話(11) [小説]

僕も、人のことなんかあれこれ言えないよ。
あちこち穴だらけの性格で、やっちゃったー失敗したーと
思うことも多い。
でも、僕は人を作り変えようとは思わない。
自分自身しか修正しようがないんだ。

だけど、先生には人を変える権限があるの。
僕らを指導するっていう名目でね。
それなら、権限を使うことにもっと慎重になって欲しいと
思う。

体当たりの弊害と限界をよく知ってる大野先生。
自分の受験の挫折を根底に置いてる斉藤先生。
完全じゃないからこそ、いろんなことを状況に応じて見直
せる。
妖怪の安楽校長は言うに及ばずだし、頼りなかった中沢先
生やえびちゃんだって、ちゃんと修正してスキルアップし
てる。

でもさ。
自分がかちこちになっちゃってる人。
逆にへなへなですぐに倒れちゃう人。
そういう修正出来ない人には、『先生』っていう仕事をし
て欲しくないなあと……思ってしまうんだ。

「どうした?」

「あ、安楽先生」

いつの間にか、隣に校長が立っていた。

「いや、視聴覚室の鍵を返しに来たんですけど、素敵な
リースがあるなあと思って」

「はっはっは! 見てたのはリースじゃないだろ?」

さすが校長。お見通しかー。

「はあ……いや、大高先生。恐いなあと思って」

「ん? どういう意味だ?」

「大高先生は、自分の影響力をきちんと見てないです。風
紀委員会から外れて生活指導をするようになったとして
も、そこが……どうも心配で」

「まあな。緑陽で厳格な生徒指導をやってたから、その実
力を買ってということなんだろうが、もう少し慎重に動い
て欲しかったな」

「緑陽では、生徒にすごく嫌われていたそうですね」

「誰かに聞いたのか?」

「はい。じんから」

「ふむ」

「原則論でがりがりやる先生ですから、生徒に好かれよう
が嫌われようがやることはやる。そんな感じだったのかな
あと」

「ははは。確かにな」

「でもね」

「うん?」

「きっと、それだけじゃないですよ」

「……どういうことだい?」

「大高先生。えこひいきが外からはっきり見えます。丸見
えです」

「む」

「それが……生徒に嫌われていた本当の理由だと思ったん
ですよ。今日」

「……」



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三年生編 第92話(10) [小説]

視聴覚室の鍵を職員室まで返しに行ったら、入り口近くに
展示されていた大きなリースが目に入った。
派手さはないけど、ぐるりと丸く巻かれた大ぶりの蔓に、
よく香る白い花がいっぱい着いてる。

マダガスカルジャスミン、か。

いかにも夏らしい涼しげなリース。
でも、夏はもうそろそろ終わりに近付いてる。
花房から外れてぽたりと落ちてる花殻が、そう訴えてる。

熱病のような夏にうなされて、立ち入り禁止の領域を踏み
越えてしまった二十三人の生徒。
夏が終わってしまったこれから、その行為の清算をしない
とならない。

もちろん、それぞれに言い分も理由もあるんだろうけど。
警察の補導という一番言い逃れ出来ない校則違反は、どう
にもフォローしようがないだろう。

ただ……。
違反があったという事実と、その生徒の性格の良し悪しと
は必ずしも連動しない。
性格が腐ってるから違反するってわけでもないんだ。

学校側がそれをどう判断したか、だよなあ。

そして、逆の場合もありうると思う。
違反がなければその人は人格者? そんなわけないよ。
大高先生を見ているとよーく分かる。

大高先生は熱血だ。
きちんとルールを守らないと、結局僕らが損をすることに
なるんだぞ。
それをいつもストレートに主張し、ルールをきっちり守ら
せようとする。

僕は、先生の基本方針には異存がない。
全くその通りだと思う。

じゃあ、大高先生の性格は素晴らしいの?
残念だけど、僕にはそうは思えない。

確かに沢渡校長の時みたいに、言うことや行動が状況に
よってふらふら変わるってことはない。姿勢は一貫してる。
それはいいんだけどさ。

大高先生には、最初に僕が予想していたほど余裕がない。
ものすごく短気なんだ。
そういう人は、すぐにジャイアンになる。

僕らが先生に文句言ったって、別にどってことないじゃん。
それで先生の給料が変わったり、クビになったりするわけ
じゃないから。なのに、それが全然分かってない。

沢渡校長は自分から辞めた。僕が辞めさせたんじゃない。
居直ろうとするなら、いくらでもそう出来たんだ。
沢渡校長にも言ったけど、結局僕らは陳情しか出来ないの。
それ以上は何も出来ないの。

それなのに僕らを左右出来る立場の人が気分任せに振舞っ
たら、とばっちりを食うのは僕らだけだよ。
そういう自分の影響力が……大高先生にはちっとも見えて
ない。とても、長の付く人の示す態度じゃないと思う。
言ってることがどんなにまともでもね。

先生の性格でなんだかなあと思うところが、もう一つある。
大高先生の頑固は、ネガな意味での頑固なんだ。

例えば。
僕を一度敵と位置付けたら、絶対にそこから動かさない。
先生と生徒の間には立場的にものすごく落差があるんだっ
てことを、これっぽっちも考えない。

好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。
それって……まるっきり沢渡校長と同じなんだよね。
さすがに沢渡校長のような個人攻撃に走ることはないけ
ど、僕と他の生徒の発言を分けて、バイアスをかけて評価
する。

僕の実力を評価してくれるのはいいんだけどさ。
それは全てネガな意味で、なんだ。
いつも、心の底でこのクソ野郎と思ってる感情が丸見え。

大高先生にとって僕はずっと悪者であり、厄介者。
やり取りをいくら積み重ねても、その評価を変えることは
決してないと思う。
対人感情がいつも丸見えになってること……それが、僕ら
には恐くてしょうがない。

熱意があること。何かを変えるエネルギーがあること。
それが、まともな形で使われない。

自分の意を汲んでくれる生徒を持ち上げ、反発する生徒を
徹底的に攻撃する。
それが露骨に分かっちゃうんじゃ論外だよ。
見かけ上は公平性を保ってた沢渡校長の方が、まだマシ
じゃんか。

「ふう……」



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三年生編 第92話(9) [小説]

僕が苦り切っていたら、がらっとドアが開いて瞬ちゃんが
のっそり入ってきた。

「あれ? 斉藤先生。どうしたんですか?」

「校長に、ここに来いと言われたんだ」

ま、まさか……。

すぐあとから駆け込んできた安楽校長が言うことには。

「ああ、斉藤くん。済まんな。風紀委員会の顧問をやって
くれ」

ずっどおおん!
僕ら生徒三人、おおこけ。

「んなー!」

瞬ちゃんも、ものすごーく嫌そうな顔をした。

「俺は、風紀委員会なんかとっとと潰れてしまえと思って
るんですが」

「まあ、それは分かるが、大高くんの代わりが出来そうな
のは君くらいしかいないんだ」

「勘弁してください」

椅子に座った瞬ちゃんが、両足をぼかあんと投げ出した。

「大高さんがヘマったんですか?」

「キレたんだよ」

「ちっ!」

「君がやってる生活指導の長と入れ替える。それで了承し
てくれ」

「しょうがないですね」

それ以上何も余計なことを言わずに、さっと瞬ちゃんが教
室を出て行った。

森下くんと河西さんが、ぶるってる。

「ううう……さ、斉藤先生が顧問? 最悪やん」

「委員やめたーい」

思わず苦笑しちゃった。

「そらあ逆だよ。斉藤先生は絶対にキレないからね。百戦
錬磨」

「え?」

「一番僕らを上手に鍛えてくれると思う。先生のイジリや
どやしの意味をよーく考えて。ちゃんと議論を整理して出
口を示してくれるから、すごく勉強になるよ」

「そうですかあ?」

「僕は、それでしっかり鍛えられたからね」

「はっはっは。工藤くんは、担任に恵まれたな」

「そうですね。斉藤先生にはいっぱい財産をいただきまし
た」

「うん」

「負荷のかからない楽なトレーニングには意味がないで
す。森下くんも河西さんも、そう考えて」

「はあい」

「君らは、いい先輩を持って幸せだな」

「そうですかね」

僕は、否定口調で言い戻した。

「ちょっと口を出し過ぎたかもしれません」

「そうかい?」

「木崎先輩や大村先輩にはがっつりどやされましたけど、
こうしろああしろは一度も言われなかった。それは君らで
考えてって」

「ああ」

「僕は……先回りし過ぎたんじゃないかなあ」

「まあ、それも結果論だよ。嵐が来た時は巡航運転の時と
は違う」

「……なるほど」

「早く、巡航運転まで持って行きたいけどな」

大きな溜息を一つ残して、安楽校長がゆっくり教室を出て
行った。
僕らもここまでにしておこう。

「じゃあ、今日はこれで」

「はあい」

「またですー」



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