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三年生編 第92話(1) [小説]

9月4日(金曜日)


「うーん……森本先生恐るべし」

早朝森本先生から流れてきたメールに目を通した僕は、絶句
していた。

専門家の見立て。

『あんたたち、甘やかし過ぎ』

僕も母さんもかなり突き放したつもりだったんだけど、そ
れくらいじゃ全然足らないらしい。
もちろん、抱え込みにかかっていたおじさん一家は論外。

精神的自立がまるっきり出来てない子に、上げ膳据え膳し
てどうすんのよ!

森本先生のどやしには、容赦がなかった。

親の影響下を飛び出す遠心力が全然足りない子に抱え込む
アクションをしたら、本当に足が萎えてしまうよ。
一番きついことを言った母さん以上に、森本先生の診断は
厳しかったんだ。

そして。
森本先生は、さゆりちゃんに愛情断食をさせると明言した。

なんじゃそれと思ったけど。
先生の説明はとても分かりやすかった。

『親子の愛情っていうのはギブアンドテイク。双方向で、
有償よ。親は子供を庇護する代わりに、ずっと支配下に置
こうとする。無制限に愛情を注ぐ代わりに、子供から恭順
という代価を得ようとするの』

『親の支配が嫌なら、親からもらった愛情の対価を別な形
で支払わなければならない。でも親の愛情にどっぷり浸
かって麻痺してる間は、それが理解出来ないの』

『愛情の双方向性をしっかり認識させるには、一度きっち
り愛情から切り離して、強い愛情飢餓を体感させないとダ
メ』

それが愛情断食、かあ。なるほどなあ。

家出していた間がそれに当たるんじゃないかと思ったんだ
けど、よく考えたらそうじゃないね。

さゆりちゃんは、家に帰りさえすればなんとかなるって考
えてたんだろう。
まだ間に入ってくれる勘助おじさんがいたんだし。
それは、甘えがベースになってる行動。
自立に見えて、実際はスネてただけだったんだ。
その程度のヤワな反発じゃあ、全然保たないよ。

家を飛び出している間は、もう家に帰りたいっていう意識
がいつもあったんだろう。
帰れなかったのはさゆりちゃんの意地のせいじゃなく、さ
ゆりちゃんを取り込んでいたあのグループの命令が怖かっ
たから。グループを出たくても出られなかったんだ。

ばったり出くわした時に生気がなかったのは、そのせいか。
もう監禁に近かったのかもね。

家出してる間も、意識が逃げ込める自分の家にしか向いて
ない。
自分の姿勢を見直すっていうきっかけに出来てない。
自分は辛かったんだから、慰めてもらえるのが当然という
感覚がどうしても抜けない。
だから、あんたのは自業自得じゃんていうどやしに傷付い
てしまう。
そういう甘え思考をなんとかしない限り、今後のリハビリ
が進まない。

なので。
一回愛情っていうプロテクターを全部むしり取って、自分
がもらってきた愛情の意味をもう一度ゼロから考え直させ
る。それが……愛情断食か。

すげえ……。

森本先生からさっとそういうプランが出てきたってこと
は、そういう子がさゆりちゃんだけではないってことなん
だろうなあ。

僕が先生に電話した翌日。
森本先生が信高おじちゃんちに乗り込んで、さゆりちゃん
を連れ出した。
名目は、フリースクールの見学だったらしい。

でも先生がさゆりちゃんを連れて行った先は、性犯罪被害
にあった女の子たちをかくまうシェルターハウス。

そこでさゆりちゃんは、自分の幸運と甘っちょろさを骨の
髄まで思い知らされたらしい。

親に客を取らされて、ずっと売春させられてた子。
ヤクザに脅されてほとんど性奴隷にされてた子。
家出する前も後も、結局売春でしか生計を立てられなかっ
た子。
さゆりちゃんと同じ年の子が……高校どころか、自分の家
にすら居場所がなくなってる。

自分の人格を否定されて、自暴自棄になりかけている女の
子たちの虚ろな目、投げやりな言動、真っ暗な未来。

自分にぐさぐさと突き刺さってくる視線を……さゆりちゃ
んは正視出来なかった。

「こういうとこに行きたい?」

森本先生の問いかけに、さゆりちゃんがうんと言えるわけ
ないじゃん。




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