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三年生編 第92話(5) [小説]

僕と安楽校長が視聴覚室に戻った時には、すでに一触即発
の雰囲気だった。
三年生の男子の委員から挑発するような私語が先生にぶつ
けられていたらしくて、大高先生は憤怒の表情で真っ赤に
茹で上がっていた。

でも。
僕と校長が一緒に現れたことで、教室内は一瞬で水を打っ
たように静まった。

僕は、さっきと同じように大高先生の真ん前の席に戻っ
て、立ったまま続きを話す。

「校長先生に来ていただいたのは、この委員会の趣旨をも
う一度確認するためです。委員会の位置付けは学校側のマ
ターで、僕らは触れませんから。校長先生、そうですよ
ね?」

「そうだ。もう一度繰り返しておく」

安楽校長が立ち上がって、最初に整理した議事録をぱらぱ
らとめくって読み上げた。

「風紀委員会には一切の裁量権を与えない。模擬的な議論
を通じて君らの感情を組み上げ、それを指導要領に反映さ
せることで実効ある風紀指導につなげる。一種のオンブズ
マンに近い」

「僕らが議論を持ち帰って、クラスで議論することは?」

「望ましいが、義務ではない。また、その結果を陳情とし
て個々に学校側に持ち込むことは厳に謹んで欲しい。それ
は受け付けない」

「ありがとうございます」

僕は校長に一礼して、大高先生に向き直った。

「先生が、僕らの怠慢や緩みを強く危惧していることはよ
く分かります。僕らがそれに文句を言う筋合いではありま
せん。でも……」

ぎっ!

全力で睨みつけた。

「沢渡先生の撒き散らした地雷が、まだあちこちに隠れて
るんです。それを掘り起こして僕らの目の前で爆発させる
のは勘弁してください!」

「どういう意味だ?」

恥をかかされたと思ったんだろう。
大高先生の口調は、どうしようもなく棘まみれだった。

「二十三件で済んで、よかったねってことです」

「なにぃ!?」

「僕らもアタマに来てますよ。これだけまじめに議論し
て、クラスメートと担任の先生に還元して、口すっぱく警
告を出し続けているのに、それをぺろっと無視するやつが
まだいるんですから」

「ああ」

「でもね、今まではみんな潜ってただけ。入学してからこ
れまで、校則を一度も破ったことのない生徒なんか一人も
いない。僕はそう思ってます。どう?」

後ろを振り返って確かめる。
表情はいろいろだけど、俺はあたしは絶対違うと言い張る
子は一人もいなかった。

「昔からずっと続いてた、見つからなきゃ何やってもい
いっていう緩い空気が、まだ結構残ってるってことです」

し……ん。

「新校則になってから、警察だけでなく学校も厳罰主義に
変わりました。それなのに、処分される危険を冒してまで
わざと何かやらかす意味って、なんかあります?」

みんな、ぷるぷると首を振る。

「だよねー。学校側が校則を改訂した効果はちゃんと出て
る。僕はそう思ってます。問題は……」

全員をぐるっと見回す。

「委員である僕らの感じてる危機感が、まだ生徒全員には
浸透してない。かなりばらつきがある。それをどうする
か、です」

大高先生は、むすっと黙り込んだ。
ここで先生を吊るし上げたって、何のメリットもない。

それより、具体的にこれからどうするか。
そういう議論に持って行って欲しい。


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