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三年生編 第108話(7) [小説]

「じゃあ、また明日なあ」

「おつかれさまー。ありがとねー」

「おう!」

いつものように、じゃれ合いながらなっつとかっちんの後
ろ姿が遠ざかっていく。
さて、僕も帰ろう。

「それじゃ、僕も失礼します。明日、また来ますので」

「お手伝いありがとうございました」

お母さんに深々と頭を下げられて、心配になる。

「明日もばたばたすると思いますから、今日は早めに休ん
で、疲れを取ってくださいね」

「ありがとう。明日は賑やかになるわね」

体のしんどさよりも、店が再生した喜びの方がずっと大き
いんだろう。お母さんの表情は終始明るかった。

「ああ、そうだ」

ごそごそと店舗に入っていったお母さんが、小さな鉢植え
を手に戻ってきた。

「引っ越しを手伝ってくださった方にはお菓子をお配りし
たんだけど、工藤さんならお花の方がいいと思って」

「お、なんですか?」

「初恋草」

「へえー!」

「ふわっと柔らかいイメージで、私は好きなの」

でも。
お母さんの横で、しゃらが渋い表情をしている。

「育てるのが簡単だったらもっといいんだけど」

どてっ。

「なんかー、初恋って実らないもんだよーって言われてる
みたいで」

「ふふふ」

お母さんは、それを知っててのチョイスなんだろなあ。
うちの母さんと同じで、意外にシビアだから。

「恋と愛情は違うよ」

お母さんが、さらっとしゃらを諭す。

「恋は一瞬でできる。でも愛情は育てて築くもの。工藤さ
んがさっき言ってたでしょ? 変化っていう嵐で枯らさな
いようにするには、努力が必要なの。恋は一瞬で消えて
も、しっかり育てた愛情はそんなに弱くないわ」

店舗を振り返ったお母さんが、柔らかく微笑んだ。

「いろいろあったけど。お父さんに付いてきてよかった
と。本当にそう思ってる。あんたも、がんばりなさい」

「えへへ」

しゃらのやつ、いっちょまえに照れてやがる。
いいけどさ。

初恋草は気難しい草。
花は可憐だけど、手入れをとちるとすぐ枯れる。

初めての恋を愛に発展させたいなら、花のない時期にも手
を抜かずに世話をしなさい。
きれいな部分、美しい部分だけに目を向けていたら、あっ
という間に枯れてしまうよ。

恐ろしいくらい、シビアな指摘だなあと思った。

「じゃあ、ありがたくいただきます」

「枯らさないでねー」

しゃらの突っ込みを苦笑混じりに聞き流しながら、商店街
を走り抜け、坂を上がる。
夜空に瞬く星を見上げながら、明日のことを考えた。

僕らが山形からここに越してきた時。
家族の誰もが、それをきっかけにして自分を立て直した。
きっと、しゃらのところもそうなんだろう。

失った自分の家、店、生活、プライド……。
その負債が、明日で一度リセットされる。
一から築き上げるのは大変だけど、逆に言えばそれまでず
るずる引きずっていたものをちゃらに出来る。

あとは……どうやって育てていくか、だよね。
僕としゃらの仲も。
かっちんやなっつとの友情も。

変化という嵐に負けないように。



hatk.jpg
今日の花:ハツコイソウLechenultia spp.)



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