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三年生編 第109話(5) [小説]

一度口を結んだかんちゃんが、ギャラリーをぐるっと見回
した。

「再出発にあたり、これまでお世話になった大勢のみなさ
んにどうしてもお礼を言いたい」

最初にかんちゃんが頭を下げた方向には、千広ちゃんを抱
いた五条さんと背広が似合わない年配のおじさんがいた。
確か、刑事さんだよな。
えーと……なんていう名前だっけ。

「五条さん、いや今は中塚さんですね。そして穴吹さん。
自暴自棄になっていた私を親身になってどやしてくださっ
たご恩は、一生忘れません」

「御園さんと中塚さんのご一家をはじめ、私をずっと激励
してくれた商店街のみなさんにも、心から感謝いたしま
す。そして」

かんちゃんが僕を見て、ふっと笑った。

「瑞宝との出会いを導いてくれた工藤さんには、重ね重ね
お礼申し上げます」

ううう。そっちかーい!
大勢のギャラリーが一斉にげらげら笑って、場が和んだ。

ふっと一回顔を伏せたかんちゃんが、ゆっくり顔を上げた。
今度は笑顔ではなかった。厳しい表情。

「まだ……後悔も懺悔もいっぱい抱えています。でも、そ
れに今を食われたら。私のあげられるものが何もなくなり
ます。精一杯手を動かし、いっぱい話をすることで、もう
少しましな私にしたい」

「これから、もっともっと精進いたします。どうぞ、よろ
しくお願いいたします!」

最後は、すぱっと芯の入った声だった。
僕らはそれに盛大な拍手で応えた。

かんちゃんは、隣にいた中沢先生の手を一度ぎゅっと握っ
た。
先生は、その手を握り返して。一歩前に出た。

「みなさん、ありがとうございます」

緊張しているのか、セリフが出てこない。

「ええと。なんだっけ」

どおっ! 大爆笑!

「あはは。まあ、そんなこんなで。洋装と和装で二回も結
婚式をしてもらえました。とても幸せです」

先生が、ゆっくりとギャラリーを見回す。

「わたしもかんちゃんも一番近しい人に裏切られ、ひどく
傷ついてきました。でも……」

「その欠けた部分を、もっと大きな、もっと豊かな、もっ
と暖かいもので埋められたことを。一生忘れたくありませ
ん」

先生が、きゅっとかんちゃんの腕を取った。
そしてさっきのかんちゃんと同じように、ギャラリーの中
から誰かを探し出そうとするアクションをした。

「一番わたしが辛かった時に、縁もゆかりもないわたしと
千咲に寄り添ってくれた大野先生。親代わりにわたしの面
倒を見てくれた叔父の利英さん。そして、わたしと同じよ
うに大きな傷を抱えながら、決してわたしを甘やかしてく
れなかった工藤くん」

先生がじっと僕の顔を見据える。

「ありがとう。心から感謝します」


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