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三年生編 第109話(3) [小説]

まじめなお父さんらしい、おちゃらけ一切なしの挨拶だっ
た。
ギャラリーから一斉に拍手が沸き起こった。

「さて!」

もう一度、お父さんが声を張り上げた。

「本来ならこれで挨拶おしまいなんですが、今日は、こっ
からの方が大事なんです」

なっつが、お母さんにそっと椅子を勧めた。
応じたお母さんが、ほっとしたように腰を下ろす。

「御園理髪店は私がゼロから作り上げてきましたが、則弘
も沙良もここを継ぐことはありません。私もそれは望みま
せん。床屋っていうのは職人商売です。志のないやつが、
床屋をやっちゃいけないんです」

一度口を閉ざしたお父さんが、ぐるりとギャラリーを見回
す。

「でもね。私はついてました。私の代で終わりになるはず
のこの店に、後継者ができたからです」

お父さんが看板を指差した。

「私は腕が落ちたと自覚するまでは、店に立つつもりです。
でもね、先々看板はかんちゃんに譲ります」

おおおっ!
驚きの声が上がった。

「かんちゃんがうちの店に来たばかりの頃、かんちゃんは
うちの店の従業員でした。でも、今は違う。今回の新装
オープンにあたって、かんちゃんは共同経営者になってい
ます。店の上がりだけじゃなく、借金も仲良く半分こなん
ですよ」

「人に使われるんじゃなく、オーナーとしてプライドを
持って店をやろう。そういう覚悟を……二人で確かめまし
た」

「でね。先々私が引退するまでの間に、一緒にやりたいと
いう仲間を探してくれ。かんちゃんには、そう言ってあり
ます」

ぱちぱちぱち!
いつの間にか拍手が起こり、それがみんなに広がった。

「どうか。私らにくださったご厚情を、かんちゃんにも注
いでやってください。よろしくお願いいたします」

ひときわ大きな拍手が響く中、突然かっちんのお父さんが
ダミ声を張り上げ始めた。

「高砂や この浦船に帆を上げて
月もろ共に出汐の
波の淡路の島影や
遠く鳴尾の沖こえて
はや住の江につきにけり
はや住の江につきにけり」

低い地響きのような声は、何人かのおじさんたちの合唱に
なって、あたりを埋め尽くした。

その歌声をかき分けるようにして、和装のかんちゃんと色
打掛を着た中沢先生が緊張の面持ちで歩いて来た。
僕とかっちん、なっつと実生が、それぞれ緋毛氈の布を敷
いて二人を店の前に導く。

うわあ……中庭で即席結婚式をやった時の洋装もきれい
だったけど、和装だと美男美女の取り合わせはひときわ目
立つ。すげえ……。

しゃらのご両親の間に立った二人を、お父さんが改めて紹
介する。

「みなさん。もうご存知だとは思いますが、かんちゃんと
瑞宝さんは、もう籍を入れて一緒に暮らしています。でも
ね、結婚式はしていないし、その余裕もない」

「今は、地味婚どころか式をしないカップルも増えている
そうですから、まあそれでもいいのかとは思いますが……」

「式ってのはけじめです。共に歩くことを簡単に投げ出さ
ない。そういう覚悟をみんなに示す場です。私はそう思っ
ています」

「男女同権と言いますが、私はやっぱり男の甲斐性という
ものを主張したい。責任を持ってきちんと働き、女房子供
を食わせる。その覚悟を示すのが式の一つの役割だと思う
んです」


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