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三年生編 第108話(5) [小説]

「沙良?」

お母さんの穏やかな声がして、ドアがすうっと開いた。

「おばさん、引っ越しで疲れてるんだから休んでないとだ
めだよ」

さっと立ち上がったなっつが、お母さんをたしなめる。
その口調に苦笑したお母さんが、持っていたトレイを床に
下ろした。
トレイの上で、オレンジジュースの入ったグラスが四つ、
うっすら汗をかいていた。
なっつとしゃらが、手際よくグラスを配る。

「手伝ってくれて、ありがとね。本当に助かるわ」

「いよいよ明日ですね」

にんまり笑ったかっちんが、改めてしゃらの部屋をぐるっ
と見回した。

「そうね。いろいろあったけど……。やっとここまでたど
りついたっていう感じ」

「ああ、おばさん座ってください。疲れますよ」

かっちんが、しゃらのベッドを指差した。

「ありがと。じゃあ……」

そろっと入ってきたお母さんが、ベッドに腰を下ろして僕
らを一人一人見つめる。

「あなたたちも、とうとうここまで来たのねえ」

お母さんの感慨深げな言葉に、僕らは思わずうなずいてし
まった。

もちろんお母さんは、僕としゃらの付き合いだけじゃなく
て、かっちんとなっつがまとまったことも知っている。
商店街ってとこは、そういう情報が回るのが早いから。
でも、誰もそれに突っ込まない。

商店街の人たちにとって、最初から規定事実だったみたい
な。
それくらい、かっちんとなっつのコンビは歴史が長かった
んだ。

だけど、二人の関係の微妙な変化は一番近くにいた僕と
しゃらにしかわからない。
お母さんにとっては、いつの間にかまとまったっていう感
じなんだろう。でも、実際はそうじゃないんだ。

三年に満たない時間の中で、ものすごくたくさんの変化が
起きて、僕らはそこを泳ぎ切ってここにいる。
四人でここにいる。
その変化がここで終わりになってくれれば、どれほど嬉し
いだろう

でも。
変化はきっと僕らを再び押し流そうとするだろう。
今のこのつながりをずっと守ろうとするなら、僕らは変化
に挑まないとならないんだ。

昨日と今日とが違うように。
明日は今日と同じにはできない。

僕は思わず口に出していた。

「ここまで……来ましたね。でも、ここから、ですよ」

しゃらもかっちんもなっつも、引きずられるようにうなず
いた。

「僕は、来春大学に合格したら家を出ます」

しゃらにはもう何度も言ってるけど、念のため。
すっと俯いたしゃらが唇を噛んだ。

「同じ校舎で学ぶ時間も残りわずか。プロジェクトの最前
線からも下がりましたし。四人が四人、これから自分の道
を探します」

「そうね」

「僕らがこれから来る変化を乗り切って、笑顔でここにま
た集まれるように。別の意味でここまで来たのねって言っ
てもらえるように」

ぐんと胸を張った。

「御園理髪店は明日からリスタートですけど。僕らは毎日
がリスタート。それくらいの気持ちで行かなきゃなーと」



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