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三年生編 第104話(7) [小説]

うん。レンさんが言った大丈夫。
僕も、その言葉にどれくらい励まされ、助けられてきただ
ろう。

「良かった時に戻そうとする。マイナスを小さくしようと
するって考えるんじゃなく、一番悪い時からどれだけ良く
なったかっていうプラスを評価する。積み増しできた分を
喜ぶ。リハビリに付き合うには、絶対にその考え方が必要
なんです」

「分かります。それも、リハビリの時にずいぶん言われま
した」

「ね? 今まどんで底に落ちきっていなかったんですか
ら、もっと落ちていいよ。汚い息は最後まで吐き切った方
がいいよ。いつまでどれだけっていう期限や枠は、一切考
えなくていいよ。今はそれしかないはずです。私もそうで
したから」

うん。レンさんて、やっぱ優しいよなあ。

「まあ、私も少し時間に余裕が出来るようになるから、ま
たお見舞いします」

え? それ、どゆこと?

「あの……仕事が変わったんですか?」

「ええ。看護師は夜勤があるし、シフト制で勤務時間がこ
ろころ動きます。婚活にはちょっと……」

どてっ。
そっかあ。

「理学療法士の資格が取れたので、院長に頼み込んでそっ
ちでの雇用に切り替えてもらったんです」

「わあお!」

「お給料は下がりますけど、勤務日や勤務時間が固定にな
りますから、私は楽になりますね」

「じゃあ、看護師としてはもう働かないってことですか?」

「資格がなくなるわけではないので緊急時の患者対応はこ
なしますけど、そっちがメインではなくなります」

そっかあ。

「いえね、私も穂積さんのことなんか言えないんですよ」

「しんどかった……ですか?」

「はんぱなくしんどかったですね」

携帯から、はあっと大きな溜息が漏れてきた。

「ご隠居の屋敷を追い出されていきなり一人暮らし。ハー
ドな勤務をこなして、弥生のケアや臨終に立ち会って。確
かに弱ってた足腰を鍛えるってことでは良かったんですけ
ど、心が休まる暇がなかった」

「うわ……」

「さすがにちょっと休みを入れないとね。心身が保たない
です」

「なるほどなあ」

「だから穂積さんがどうのこうのという以前に、私がぼ
けっとするためにお見舞いに伺うことにしますよ。わは
はっ!」

どてっ!

こう、なんちゅうか。
行長さんのおとぼけは、芯の頑固さや我の強さを隠すため
のデコレーションみたいなところがあったけど、レンさん
のは違うんだよね。

いいやん。僕は弱いんだから。寂しいんだから。
そういうナマがストレートに見えるんだ。
藤崎先生が生きてた時の張り詰めてた感じがだいぶゆるん
で、なんか楽になったっていうか。

おちゃめに見えて中身鋼鉄の行長さんとは逆で、ごついデ
コレーション取ったら中身がすっごいおちゃめだった……
そんな感じ。
こやって話してても、ほっとするんだよね。

レンさんのそういうゆるさ。人間としての弱さ。
それが、いつかきっと穂積さんの気持ちを楽にしてくれる
んじゃないかな。

いいやん、それで。
大丈夫、なんとかなるさって。

「そんなことで。ご報告まで」

「はあい。ありがとうございましたー」

ぷつ。


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