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三年生編 第105話(8) [小説]

僕はしのやんとみのんを手招きして呼んだ。

「プロジェクトをしっかり組み上げる調整役を務めてくれ
た篠崎くん。庭の実務を先頭に立って黙々と引っ張ってく
れたマイアーくん。他にも、手伝ってくれた友達がいっぱ
いいます。僕は、本当に友達に恵まれたんですよ」

ぱん!
ぱん!
手を掲げて、ハイタッチする。

「小熊さん」

「うん?」

「僕らのプロジェクト。男が多いと思いませんでした?」

「ああ。確かに」

「男でガーデニングに興味を持つ子は、今でもそんなに多
くないと思います」

「……ああ」

「僕らの多くは、ガーデニングをしたくてプロジェクトを
始めたんじゃないんです。中庭っていうキャンヴァスに何
か描けるかなあと思った表現手段が、たまたまガーデニン
グだった。そこには、最初から固定概念がなかったんです」

「固定概念か」

「ええ。みんなでなんかやろうぜって、そういうモチベー
ションが活かせるならなんでもよかった。だから、男も
いっぱいいるんですよ」

「ふうん」

「それは僕らの次の代、二年生までは受け継がれましたけ
ど、今の一年生たちは圧倒的に女の子ばかりになった」

小熊さんが、賑やかにぴーちくぱーちくやってる一年生た
ちをじっと見ている。

「そういう子たちには、また別のモチベーションが生まれ
るでしょう。僕は、それはそれでいいと思っています」

「なるほどな……」

「正直に言って」

「うむ」

「僕は、鈴ちゃんたちがコンテストに応募するって言った
時に、おやあっと思ったんですよね」

「どうしてだい?」

「中庭は、僕らぽんいちの生徒や先生のものですよ。外の
人に見せるためにあるわけじゃないです。少なくとも、僕
はそう考えてた。安楽校長にも最初に釘を刺されましたし」

「釘、か」

「はい。学校の中庭は学校のものであって、君が勝手にい
じれるものじゃない。それを勘違いしないで欲しいって」

「厳しいね」

「最初は僕一人でしたから、しょうがないです。でも、手
伝ってくれる友達が増えるに従って、庭でできることはど
んどん大きくなっていきました。それなのに僕らが暴走し
たら、中庭に手を入れる意味がなくなります」

「うん」

「みんなのため、と、僕らのため。そのバランスをどう
取っていくか。すっごく難しいです。だから、少なくとも
僕には外の目を意識する余裕はなかったですね」

しのやんとみのんが、揃って頷いた。

「そうだよな」

「うん」

「だけど、プロジェクトの形や活動内容には最初から枠が
はまっていません」

「ああ、それは紹介ビデオを見せてもらった時にすごいな
あと思ったんだよね」

「ありがとうございます。最初ボランティアで始めた活動
をきちんと部活に固める時、歴史がないんだから試行錯誤
でやろうって、そういうことにしたんですよ」

「なるほど」

「僕らの代がバージョンワンなら、鈴ちゃんたちの代が
バージョンツー。そうやって、今主役の子が一番がんばれ
る形を作っていけばいいかなって」

「ははは。おもしろいね」

「だから、鈴ちゃんたちがコンテストをバネにしてがんば
れるっていうなら、それはそれでいいんじゃない? そう
いう感じでした。そこも、固定概念に当てはめなかったん
です」

「そこも、か」

「はい」


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三年生編 第105話(7) [小説]

無事に授賞式が終わって、そのあと残れる人だけでレセプ
ションということになった。
参加費は一人千円だけど、校長がまとめて払ってくれたの
で、タダ。
もっとも食べるものとかはあまりなくて、ほとんど交歓会
の雰囲気だ。
そう、三校合同交流会のあの雰囲気だ。
懐かしいなあ。

僕がしみじみしていたら、小熊さんがいつの間にか隣に来
ていた。

「あ、こんにちはー」

「君が、プロジェクト創設者の工藤くんかい?」

「あはは。創設者って言っても、一人で何もかもやったわ
けじゃないので」

「ふうん」

「僕ら一期生が蒔いた種を、鈴ちゃんたちや一年生が立派
に育ててくれて、本当によかったです」

「安楽さんに聞いたんだが、いろいろあったそうだね」

「ありました。楽しいことも、悲しいことも、辛いことも、
頭に来ることも、お腹いっぱい」

「はっはっは!」

「でも僕だけでなくて、プロジェクトにいるみんながそれ
をライブで体感してきたんで、いろいろあった方がよかっ
たかなあと思ってます」

「タフだなあ……」

「いや、たくさんの人に手伝ってもらいましたから。とて
も僕らだけではこなせませんよ。校長にもずいぶんヒント
をいただきました」

「なるほどね」

そのあとしばらく黙っていた小熊さんが、こっそり探りを
入れてきた。

「なあ、工藤くん」

「はい?」

「君が助力を受けた人の中に、プロはいなかったのかい?」

ああ、そういうことか。
本当に僕らだけでやったのかどうかを疑っているんだろう。

「プロという言い方が合ってるかどうかは分かりませんけ
ど、最初の頃は何人かの方に助言をもらいました」

「……だれだい?」

「庭造りの基本。精神的なところ。そこは、グリーンアド
バイザーの波斗聡子さんにアドバイスをもらっています」

「!!」

小熊さんが、のけぞって驚いてる。

「うちの、隣家のおばさんなので」

「う……わ」

「僕は会長って呼んでますけどね。会長は、アドバイスは
くれるけど、僕らを突き放してる。君らで考えなさいっ
て。だから中庭の運営とかには、一切口を出さない……て
か、最初から君らの好きなようにやりなさいですね」

「ううむ」

「技術的なことは、尾花沢造園の親方と宇戸野ガーデン
アーキテクツさんに助言をもらってます」

「どっちも有名どころじゃないか」

「親方は、学校から植栽の剪定とかを受注してますし、宇
戸野さんは開学五十周年記念の庭造りを請け負ったうちの
オービーなので」

「ふうん」

「でも、親方も宇戸野さんも忙しい人ですよ。中庭にどっ
ぷり関わる暇なんかありません。アドバイスっていって
も、せいぜい一言二言。あとは、間違いなく僕らの自力活
動です」

「うーん……」

「信じられませんか?」

「有名どころをずらっと並べられてしまうとなあ」

「あはは。会長にしても、親方や宇戸野さんにしても、ア
ドバイスしてくれたのは最初だけですよ。まだ僕が一人で
ばたばたしていた時だけ」


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三年生編 第105話(6) [小説]

「今私が列記した問題点や改善案は、昨日今日ぽっと出て
きたものではなく、実はコンテストを始めた当初から懸念
されていたことだったんです」

え?
僕らは、あっけにとられる。
ぽっかあん。

「それが分かっていながら、なぜ今までそのまま引っ張っ
てきたか。それは高校でのガーデニング、作庭というのが
極めて地味な活動だからです」

あっ!

「甲子園での高校野球優勝校は全国にその名が轟きます
が、当コンテストで優勝しても、なんだそれと言われるだ
けかもしれません」

どてえっ!
僕らだけではなく、会場の全員がぶっこけたと思う。

「優劣を競うよりも、学校における庭の設営、管理がどれ
ほど重要か。そこでどれほどのことが学べるか。私たち
は、コンテストという機会を提供することで、みなさんに
新たな気付きや学びを得てもらうことを最重視しました。
啓蒙の意味合いが最も強いんです」

「つまり、ある目標に向かってみんなで知恵を出し合い、
理想形に近付けようとたゆまず手を動かす重要性を学んで
欲しい。それを、コンテストという機会がかなえてくれれ
ばいいなと。ですから、応募要項の歪みにはあえて目をつ
ぶってきました」

「しかし回を重ねて規模が大きくなるに従い、私たちが望
んでいたことと現実とが大きくかけ離れてきたんです」

ふっと大きく息を吐いた小熊さんが、声を張り上げた。

「そもそも、なぜ庭を作るのか。なぜ庭が必要か。最も肝
心なその原点が、いつの間にか置き去りにされてしまいま
した。どんな庭を作るかだけに、応募者の視点が固定され
てしまいました」

小熊さんがぐんと手を伸ばして、僕らを指差した。

「審査員特別賞を受賞された、田貫第一高校のハートガー
デンプロジェクトのみなさん。全ての応募校の中で、唯一
その原点が企画書およびプレゼンの両方にしっかり盛り込
まれていたんです。受賞理由は、端的に言えばその一点で
す」

「一人の生徒さんが手入れの行き届かない荒れた庭はかわ
いそうだと感じ、庭を元気にすればみんなも元気にできる
と考えた。時には学校に喧嘩を売ってまで真摯に庭の意味
と価値を考え、学友を組織し、わずか二年の間に全国に誇
れる庭作りのシステムを築き上げた。お見事です」

「原点が揺るがない活動は、必ず実を結びますね。私たち
もコンテストのあり方を見直す重要なきっかけを頂戴しま
した。田貫第一高校のみなさんには、この場を借りてあつ
くお礼申し上げます」

うわあ……こっ恥ずかしい。
壇上の桧口先生も苦笑いしてるよ。

「降壇の前に、もう一度言わせてください。庭を作ること
は、絵を描くことによく似ています。どういう絵柄でどう
いう色を塗るか。それはもちろん大切なことなんですが、
そもそもなぜ自分は絵を描こうとするのか。そこを置き去
りにして欲しくないんです」

「庭というキャンヴァスに色を塗る前に、まず自分の心の
真っ白なキャンヴァスを見つめる。自分の表現方法がなぜ
庭なのか。そこまで戻って活動を再考していただきたいと
思っています」

小熊さんは、すうっと会釈をしてからぼりぼりと頭を掻い
た。

「いやあ、だめだね。じいさんはしゃべりすぎて」

わははははっ!


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三年生編 第105話(5) [小説]

小熊さんが、礼服の胸ポケットから折りたたまれた紙片を
出して、それを広げた。

「まず。現時点での大きな問題点を申し上げます」

「ご応募いただいた各学校において、その応募主体が生徒
なのか学校なのか、区別が付かないのです」

あ……。

「ほとんどの応募校におかれましては、庭は学校の施設設
備でしょう。つまり、そもそもから生徒主体の応募にはな
りえないんです。それが園芸部のような部活であっても、
学校側の指導要項の一部として活動を展開し、成果をア
ピールする形での応募になりがちです」

「その是非を問うつもりはありませんよ。応募規定の中に
は、こうしなさいという制限はなにもないわけですから。
しかし学校が応募主体になると、財力、指導力、組織力、
そういう庭とは直接関係のない因子が審査結果を強く引っ
張ってしまうんです」

小熊さんが、表情を引き締めて会場をぐるっと見回す。

「もちろん、お金さえかければいい庭ができるというわけ
ではありませんよ。でも、広大な敷地に惜しみなくお金と
手間をかけている学校と、一万に満たない部費で猫の額ほ
どの花壇を作ろうとしている学校を並べて比較するのは、
ものすごく無理があるんです」

やっぱりなあ……。
僕もそれがすごく気になってたんだ。

「ですので、区切りのいい二十回めのコンテストでは、面
積と予算に上限を設けます。学校の直接指導を否定するこ
とはできませんが、あくまでも応募主体が生徒さんである
ことを求めようと思っています」

おっしゃあ!

「当然ですが、こっそりお金を使っていいものをという不
正を防ぐために、苗や機材の購入を証明できるものを揃え
て応募していただきます」

うわ……それは大規模にやってきたところだときついだろ
なあ。

「これまで学校単位で素晴らしい庭を見せてくださった優
秀な学校さんには、各種制限のない機関部門に応募してい
ただければと思います」

なるほど。部門を分けるってことか。
例えば聖メリアみたいなところは学校主体で庭造りをやっ
てるから、機関で応募してねってことね。

「もう一つ、大きな変更点があります。それは、我々審査
員による審査方法の変更です」

お! なんだろ?

「これまでの審査では、造営された庭の写真もしくは動
画、その庭のコンセプトが書かれた企画書、出来上がった
庭をアピールするプレゼン文書を提出していただき、それ
を審査して参りました」

「本来であれば、応募してくださったそれぞれの学校にお
邪魔して実査を行いたいのですが、限られた運営費でコン
テストをまかなっている以上、審査が大掛かりになるとこ
ちらの財源が保ちません。苦肉の索で、予備審査を実施し
てきたという実態がございます」

「しかし、その場合どうしても実際の庭とは別個にプレゼ
ンの優劣で評価されてしまうきらいがあり、公平性を確保
できないのではないかという懸念が多数の委員から寄せら
れました」

「ですので、一次審査をクリアできた応募校については、
二次審査に向けて追加のプレゼンをしていただこうと考え
ております。同時に、実査についても可能な限り伺える学
校数を増やすつもりでおります」

す、すげえ……。
応募しっぱなしじゃなくて、ちゃんとプレゼンを用意しと
いてねってことだ。そりゃあ、モチベーションが上がるわ。

こそっと一年生を見ると……みんな気合い入ってる。
いひひ。

「まとめます。来年度のコンテスト開催に向けて、一般部
門と機関部門とに分割し、一般部門においては学生主体の
参加を促進するために総費用及び庭面積に上限を設ける。
審査方法を大幅に改定し、応募者による庭のアピールおよ
び審査員による実査の機会を増やす。以上二点が大きな変
更点になります」

「さて」

そこで笑顔に戻った小熊さんが、会場をぐるっと見回した。


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三年生編 第105話(4) [小説]

「続いて、審査委員長の小熊より今回のコンテストについ
ての総評を述べさせていただきます」

いよいよだ。

「授賞されたみなさん。本当におめでとうございます。
我々審査員が栄誉を獲得されたみなさんの庭のどこに着目
し、評価させていただいたかについては、コンテストサイ
ト上ですでに記載させていただきました。ここでそれをた
だ繰り返し述べても意味がありませんので、少しばかり年
寄りの与太話にお付き合いください」

しのやんだけでなくて、何人かの部員がノートやメモ帳を
出して筆記の態勢に入った。
そして……そんなことをしているのは、ぽんいちの生徒だ
けだったと思う。
僕は、それにものすごく強い違和感を感じたんだ。

「……」

小熊さんは僕らの方をちらっと見て、それから静かに話し
始めた。

「私は、HGCCすなわち、ハイスクールガーデニングコ
ンテスト事務局の創始者の一人であり、この大会の創設か
ら現在にいたるまでをずっと見つめてきました」

「スポーツや音楽、演劇のような分野と違い、園芸という
のは、比べる競わせるというのが極めて難しいんです。そ
れは美術作品の比較以上に個人個人の主観や価値観に左右
されるものだからです」

「それをあえてコンテストという形にしたのは、若い方々
が作庭を通じて様々な気付きと感動を得る、そういう機会
を増やしたいからです。単なる美化や清掃の延長として学
校の庭の造営や管理をするだけでは、庭の良さや価値を理
解できないだろう。そういう動機だったのです」

「全国校長会で、庭いじりの好きな何人かでそういう茶飲
み話をし。いっちょやってみるかと、私たちオービーが音
頭を取る形でこのコンテストを立ち上げました」

「完全手作りの小さなコンテストですから最初は応募がほ
とんどなくて、こりゃあ失敗だったかもなと苦笑いしたん
ですよ」

くすくすくす。
会場のあちこちから小さな笑い声が漏れた。

「でもね、ガーデニングブームの高まりとともに応募して
くださる学校が増え続け、今では応募総数が四百校に届こ
うかという規模になりました。相変わらず地味ではありま
すが、コンテストとしてもだいぶ世間様に認知されたかな
と自負しております。ただ……」

小熊さんがそこで発言を止めて、しっかり間を取った。

「最初の手作りコンテストの頃と今とを比べると、コンテ
ストの意義は変わらないものの、応募のあり方が変わって
しまったかなと思っています。事務局としては、そこが大
きな反省点です」

そら来たっ!
部員が一斉にペンを走らせる。
それは……他校の生徒や先生にとって異様な姿だったかも
しれない。

「今回受賞された六校のうち、審査員特別賞を受賞された
田貫第一高校さんを除く五校は、いずれもレベルが図抜け
ているんです。審査委員の中にはプロのガーデンデザー
ナーさんもおられますが、彼らが息を飲むほどの出来栄え
です」

うん。
悔しいけどその通りだった。ぐうの音も出ない。

「そうするとね、残りの応募校が全部咬ませ犬になってし
まうんですよ。それではコンテストになりません。受賞校
が常に特定の学校に偏るようでは、出来レースと言われて
も仕方ないんです」

ざわざわざわっ!
小熊さんの物騒な発言で会場が激しくざわついた。

「それは、今回受賞されたみなさんのせいではなく、我々
事務局の応募要項の不備が原因です。手作り大会時代の古
い考え方をどうしても払拭できなくて、それが大会の形を
歪めてしまっていた。これまでも度々委員の間で問題視さ
れていた部分が、コンテストの規定を変えないとならない
くらい大きくなってしまった」

「コンテストという形式を今後も維持していくためには、
そろそろ公平性を確保できる応募規定に変える必要があ
る。そういう判断をいたしました」

「コンテストサイトには応募要項の変更をはっきり明示す
る予定ですが、その前に旧来方式廃止の理由を明確にする
必要があるため、この場をお借りしての宣言とさせていた
だきます」


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三年生編 第105話(3) [小説]

「あのー」

一年の高橋くんが、こそっと校長に聞く。

「どうして、僕ら見られているんですか?」

「人数が多いからだよ。それだけさ」

「あ、そうか」

校長の説明で一安心。
確かに、部員総勢で七十人超すもんな。
ほとんど全員来てるし。

「ほら、もう少しで始まるぞ」

「あれ? 校長は前には……」

「行かないよ。学校側の代表責任者は顧問の桧口くんだ」

そっか……。

「今回の受賞は、彼女のキャリアにとっても非常に大きな
箔になる。顧問はお飾りなんかじゃないよ。大勢の生徒を
預かり、指導し、その資質と能力を高めるための重要な触
媒だ。真剣勝負で成長したのは工藤くんだけじゃない。彼
女もまた、いろいろなことをこなして、教師として一回り
器を大きくした」

うん。

「その晴れ舞台だよ。大いに胸を張っていい」

校長が、嬉しそうに目を細めた。

会場の明かりが少し薄暗くなり、壇と来賓席のある前の方
がライトアップされた。

会場のざわめきが落ち着くのを待っていたかのように、女
性の声でアナウンスが流れた。

「お待たせいたしました。これよりHGCC主催第十九回
全国高校ガーデニングコンテストの総合結果発表及び授賞
式を行います」

「開会に先立ちまして、会場のみなさまにお願いがござい
ます。会場内では携帯電話、スマートフォンの電源をお切
りください。また、式典中の入出場は極力お避けください
ますようご協力をお願いいたします」

慌てて、みんな携帯の電源を切った。

「最初に、大会審査委員長、小熊忠之(おぐま ただゆ
き)よりご参集のみなさまに一言ご挨拶申し上げ、引き続
き審査結果を発表させていただきます。なお、本コンテス
トの最終審査結果についてはすでにコンテストサイトで公
表してございますので、アナウンスのみにとどめさせてい
ただきます」

アナウンスが終わると同時に貴賓席の一番壇に近い席に
座っていたおじいさんが立ち上がって、しっかりした足取
りで壇に登った。

「大会審査委員長を務めさせていただきました、小熊忠之
と申します。高校ガーデニングコンテストも、回を重ねて
十九回となりました。おかげさまで多くのみなさんにご応
募いただけるようになり、手作りの大会を盛り上げようと
奮闘してきた我々HGCCの初期メンバーは大変嬉しく思っ
ております」

「受賞された六校のみなさんだけでなく、応募してくだ
さった全国各地の高校でみなさんの創意工夫が盛り込まれ
た素晴らしい庭が造営されたことを、審査員一同とても心
強く思っております。今後ますますの活動発展を望んで止
みません」

うん。
特別変わったところはないと思う。
発言を書き取っているしのやんの表情にも、大きな変化は
ない。

「それでは、これより結果発表および表彰に移ります」

最初のアナウンスと同じ女性が、淡々と結果を読み上げて
いく。グランプリ、準グランプリ、そして優秀賞三校。
最後に審査員特別賞としてぽんいちがアナウンスされた。

コンテストサイトを見た時にもそうだろなあと思ったんだ
けど、うち以外は全部私立校で女子校だ。
うちは、異色中の異色だってことになる。

結果発表のあとで賞状と記念品目録の授与があって、鈴
ちゃんは緊張していたみたいだけど、ちゃんとこなした。
ここまでは、まあこんな感じかなという淡々とした進行。

でも……。


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三年生編 第105話(2) [小説]

一時間ちょっとかかって、授賞式の会場になっているホテ
ルに到着。
地味なのかなあと思ってたんだけど、予想以上に立派なホ
テルで、やっぱりびびる。

大広間に向かう廊下の絨毯の上を、部員全員こそ泥のよう
にこそこそ歩いていった。

「どわあ!」

「ひええ!」

ひ、広い!
何百人かは座れるんじゃないかって感じで、ぎっしり椅子
が並べられていて、一番奥に僕らと向かい合わせになるよ
うに来賓席と壇がしつらえてある。

「校長先生、こんなに来るんですか?」

鈴ちゃんの足が震えてる。

「わははっ! 親とかも見に来るのさ。だから席は多い」

「あ、そうかー」

「コンテスト自体がものすごく大掛かりな音楽系や演劇な
んか、もっとすごいよ。全国大会の授賞式にしてはこじん
まりの方だろ」

うーん……僕は賞とかそういうのにはこれまで全く縁がな
いから、この規模だって十分びびっちゃうけど。

一応、事前に参加人数を事務局に伝えてあったらしくて、
会場係員さんが僕らを席に案内してくれた。部長の鈴ちゃ
んとマネージャーの四方くんは、壇の上。

学校が授賞式会場に近い僕らは一番乗りだったみたいで、
僕らの着席後に続々と他校の生徒さんが会場に入ってきた。
それがまた、見事に女の子ばっか……。

その様子を鼻の下を伸ばしながら見ていたかっちんは、
なっつにがっつり尻をつねられていた。わははっ!

「そっかー。やっぱ、そうなっちゃうんですねー」

菅生くんと高屋敷くんが、顔を見合わせて複雑な表情。
校長がすかさずフォローする。

「まあな。うちの男女比は異例中の異例だよ。だからこそ
の審査員特別賞さ」

「そうっすよね!」

生徒だけでなくて、先生や保護者も続々入場して千近い席
はほとんど埋まった。

「うーん、壮観だなあ……」

ぐるっと見回したしのやんが、うなってる。

「予想以上に規模が」

「うん。もっと地味かと思ったけど」

黒ちゃんとみぽりんがひそひそ。

でも、きょろきょろしている田舎者の僕ら自体が、他の人
たちからものすごく見られていることに、みんながだんだ
ん気付き始めた。

どうしても、その視線が気になって小さくなっちゃう。
とほほ。


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三年生編 第105話(1) [小説]

9月27日(日曜日)

プロジェクトの創始者でありながら、今はお客さんになっ
てしまったもやもや感。
僕の中でそれが完全に払拭されたわけじゃないけど、全力
でがんばった後輩たちの晴れ舞台だ。
中途半端な顔を見せるわけにはいかない。

今日は、しっかり受賞式を楽しんでこよう。

日曜だけど、扱いとしては学校の公式行事と同じ扱いにな
る。
参加するプロジェクトメンバーは全員制服着用で、安楽校
長と顧問の桧口先生が指導教員として僕らを引率する。

授賞式の行われる東京の会場は、公立の文化会館とかじゃ
なくて、でかいホテルの大広間だそうだ。
なんか……緊張するね。

早朝田貫駅前に集合した部員たちは、僕やしゃらも含めて
ものすごく緊張していた。

「なんかさあ、受賞が決まった時にはわあいって感じだっ
たけど、いざ授賞式ってなると……」

「うん、こうなんつーか。場違い感出ちゃわないかなあと
か」

「なんだなんだ。心臓に毛がふさふさ生えてる君らしくな
いぞ」

安楽校長が、僕にえげつない突っ込みを入れてきて。
部員が揃って大笑いした。

ぎゃははははっ!

笑ってないのは、鈴ちゃんだ。
見るからにかちんこちんになってる。

まあ、今まで全校生徒の前で話すことはあっても、知らな
い大勢のお客さんの前に出てっていうのは経験ないだろう
からなあ。

やれやれって顔で鈴ちゃんの近くに歩み寄った校長が、に
やっと笑った。

「大丈夫だって。授賞式って言っても、ほとんどが審査員
の挨拶と講評なんだよ。君になにか話してくれってことは
ないさ」

「そ、そそそ、そうですか」

「まあ、受賞おめでとうございます。感想を一言……って
なとこだろ」

「うう、そ、その感想っていうのが」

「ありがとうございます、うれしいですだけでいいだろ? 
どこもそんなもんだ」

まあ、そうだよな。

「それよりな」

僕たちをぐるっと見回した校長から、意外なアナウンスが
あった。

「今日の審査委員長の話は、すごく長くなるはずだ。寝な
いように」

それを、安楽校長がにやにやしながら言ったのなら、僕ら
はどっと笑っただろう。
でも校長はにこりともしないで、きっぱり言い切った。

「あの……何か大事な話があるってことですか?」

鈴ちゃんが、不安げに校長に聞き返した。

「ある。君らのチャレンジが今年一年きりなら黙っていた
が、来年もまたチャレンジするんだろ?」

一年生たちが、揃って大きく頷いた。

「それなら、今日の審査委員長の話は一言一句聞き漏らさ
ない方がいい」

「校長」

桧口先生が、すかさず突っ込んだ。

「レギュレーションの変更ですか?」

「それもある」

「それも……か」

「今回のコンテストに関する総評はネット上で公開され、
参加した各校の校長あてにも送付されてる。でも、それは
あくまでも今回のコンテストで完結するもの。次回は次回
で、開催するかどうかも含めて今まさに事務局で検討中だ
ろう」

「ええ」

「それが例年通りなら、何も追加アクションはない。だ
が、校長宛の文書には、コンテストを衣替えする旨の予告
が盛り込まれていたんだ」

「そうか。その変更ポイントが、受賞式の時に事務局から
示されるかも。そういうことですね」

「そう。小幅な変更ならアナウンスなんかしないよ。次回
の募集要項の中に注意書き付きで掲載されるだけさ。わざ
わざアナウンスしてきたということは、大規模なリニュー
アルになるということ。どこが変わるのか、絶対に聞き逃
さないようにな!」

校長が絶対と強く言ったこと。
多くの部員が、それに反射的にうなずいた。

「さて。行こうか」



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自分にケーキを


誕生日にはケーキだよね



koke.jpg



いや
そんな得体の知れないケーキなんか食えないし






 歯ぁが折れますがな。(^^;;

 つーことで。暦がひとまわりしてからちょうど一年経過しました。
 自分のポジションも、仕事も、社会のあり方も、その一年の間にかなり急ピッチで変わっているんですが。
 その割には、自分というものはあんまり変わらんなあと思ったり。

 身体だけは律儀に老化していきますね。
 少しずつ増えていく薬の量を見て、こっそりため息をついています。
 まあ、薬でコントロールできているうちはまだマシなんでしょう。

 ばたばた走っても一年。立ち止まっていても一年。
 世界中のコーヒーをえっちらおっちら飲み散らかしながら、また明日の夢を見て行くことにします。





  傘が欲しい時には傘がなく
  傘を持っている時には雨が降らない

  それはたまたまだよ
  腹を立ててもしょうがないさ

  そう言い聞かせながら
  降りそうで降らない空と自分を
  傘で隔てる


tg.jpg
(カバイロツルタケ)







Happy Birthday To Me by KOKIA



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ちょっといっぷく その206 [付記]

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 てぃくるを三つほど続けたあとで、本編を一話だけ進めます。少し長いです。

 ◇ ◇ ◇

 新型コロナ絡みの変則勤務がどうやら一段落しそうですが、感染拡大の状況次第なので、先が読めません。

 自力ではどうしようもない事態なので、文句を言ったところで始まりません。何かと急ぎ足になっている社会全体に、何かが「まあまあ一服せえ」とブレーキをかけているような気もして。それもそうやなと苦笑している自分がいます。

 まあ……仕方ありませんね。
 昨日までの日常と明日からの日常は一致しない。
 そう割り切って、また筆を執ることにしましょう。

 えっちらおっちら。

 ◇ ◇ ◇

 次の第百五話は、いっきの始めたハートガーデンプロジェクトにとって初の、しかも輝かしい晴れの舞台になります。どちらかと言えば地味で華のない活動だったプロジェクトがコンテストで入賞したことは、プロジェクトメンバー全員誇らしく思っているんですが。

 実は、最高の名誉を吹っ飛ばしてしまうような舞台裏を見てしまうんです。

 本作はフィクションではありますが、ご都合主義の理想論を展開させるつもりはありません。いじめという形で現実の苦さをこれでもかと思い知っているいっきに、別な形での現実の苦さを印象付ける回になると思います。

 ◇ ◇ ◇

 定番化させるつもりでコマーシャル。(笑

 アメブロの本館で十年以上にわたって書き続けて来た掌編シリーズ『えとわ』を電子書籍にして、アマゾンで公開しました。第1集だけ300円。残りは一集400円です。最新の第25集も刊行しました。kindke unlimitedを契約されている方は、全集無料でご覧いただけます。







 ◇ ◇ ◇


 ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽にコメントしてくださいませ。

 でわでわ。(^^)/




temps.jpg


「こそこそする必要はないんだけど、どうもこういう薄暗いところに惹かれちゃうんだよなー」


(^^;;



 トンボエダシャクでしょうか。
 蛾の仲間は夜飛ぶイメージが強いんですが、彼のように昼間飛ぶ蛾も結構いるんですよね。




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