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三年生編 第104話(6) [小説]

「ご両親が揃ってパワフルですし、優しいお祖父様と言っ
ても血の繋がりがあるわけではなく、しかも頑固者だと
伺ってます」

「はい」

「お兄さんにしても、とても芯の強い方ですよ。決して穂
積さんを丸抱えしてたわけではなく、ずっと距離を置いて
いたんでしょう」

そっか……。

「その中で、誰にもきっちり心を預けられないまま二十年
以上緊張し続けてきて、その糸がぷつっと切れた。そりゃ
あ、何も出来なくなりますよ」

なるほどなあ。

「私はお医者さんではないので診断や治療にはタッチでき
ませんけど、受けた印象はそんな感じでした」

優しいレンさんでも、氷は溶かせなかったってことか。
はあっ。

僕の溜息の音が聞こえたんだろう。
レンさんが苦笑混じりに話を続けた。

「みんな、急ぎすぎ。私はそう考えてます。いいんですよ。
今のままで五年くらいぼーっとしてても」

「はあ?」

いいの?
ちょっと、びっくり。

「私は、ご隠居に拾ってもらってから十年以上屋敷に引き
こもってたんです。荒んでた気持ちがまともになるまで、
それだけかかったんですよ」

あっ!

「確かに、弥生とのことは自立の決定的きっかけにはなり
ましたけど、それは結果論。もしわたしが中高生の時に弥
生に出会っていたとしても、私は変わらなかったと思いま
す」

「そっかあ……」

「自分が望んだって、変化ってのはなかなか来ないんで
す。それなのに、本人が望んでもいない変化を外から押し
付けられたって、受け入れられませんよ」

そっか。確かにそうだよなあ。

「まあ、あんまり深刻に考えないで、何年か食っちゃ寝し
てたらいいんじゃないかって。そう言っておきました」

うわ……。

「それって、穂積さんのご両親が聞いて怒りませんでし
た?」

「呆れてましたね。でもケアする方も、それくらいで考え
とかないと保たないです」

「あっ! そっかあ!」

「でしょう?」

「僕も、膝のリハビリの時にお医者さんに言われました。
焦るなって」

「そうなんです。リハビリの経験がある人は、焦りも、そ
れが回復の役に立たないことも、ちゃんと分かる。ご両親
に足りないのはその経験だけです」

「なるほどなあ」

「あとは、愛情もやる気も根気もあるんですから。大丈夫
ですよ」



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