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三年生編 第98話(8) [小説]

それにしても。

「少子化だなんだって言ってる割には、僕らの周りは出産
ラッシュで賑やかだよなあ」

「へー?」

先輩がひょこっと首を傾げた。

「そうなん?」

「今年に入ってから、五条さん、会長、宇戸野さん、先輩
のとこ、光輪さん……立て続けですから」

「知らん人がいるなあ」

「光輪さんでしょ?」

「うん」

「モヒカン山の向こう側に設楽寺ってのがあって、そこの
住職さんです」

「へえー、なんでまた」

「去年しゃらともめてどつぼってた時に、ずいぶんサポし
てもらったんですよ」

しゃらが、ひっそり顔を伏せた。

「工藤くんが宗教系かぶるとは思わなかったけどなー」

先輩が不思議がる。

「いやあ、お坊さんですけど、ちっともそう見えないです。
うーん、そうだなあ。ぽんぽこたぬきみたいな人ですね」

爆笑しそうになった先輩としゃらが、慌てて口を押さえた。

「うぷ」

「お坊さんだからサポできたってことじゃないですね。そ
のお坊さんも泥沼の中にいた。だからじゃないかなー」

「泥沼……か」

「お坊さんと奥さん。二人とも元ヤンで、生き様壮絶です
から。今でも過去ををずっしり背負ってる。それを見せて
くれたから、僕は光輪さんの説教を受け入れられた……そ
う思ってます」

「がみがみ言う人なの?」

先輩のお母さんが、心配そう。
しゃらと顔を見合わせて、苦笑する。

「いいえー、すっごくいい加減な人ですー」

うぷぷ。

「今安定してる人は、光輪さんのこっそり混ぜてる説教に
は気付かない……そういう話し方をするんです」

「そっか。おもしろそうだなー」

「おもしろいですよ。保証します。僕は、こうなんか行き
詰まっちゃった時に、光輪さんとこにふらっと行ってたん
ですよ。答えは教えてくれないけど、荷物はちょこっと置
かせてもらえる感じで」

「あ、そう。そうなの」

うんうんと、しゃらが頷いた。

「業はちゃんと現世に捨ててけよ。そういう言い方してく
れるの。ほっとします」

「んだんだ」

僕は、ふっと去年のことを思い返す。

「高校に入って、先輩も含めていろんな人からいろんなア
ドバイスをもらいました」

「うん」

「そのアドバイスをくれた人。ほとんどが、ものすごく一
生懸命に生きてる人なんです、会長を始めとして、五条さ
ん、菊田さん、尾花沢さん……みんなそう。全力で生きて
る人の言葉だからすっごく重い」

「そうだな」

「でも、重い分、僕らには逃げ場がない」

「……うん」

しゃらが、ゆっくりと、でも大きく頷いた。

「わたしも、そう思う。そう感じる」

「でしょ? その中で、光輪さんだけは全力感がない。脱
力系なんです。生き様と今の姿がリンクしてない」

「うーん。それはすごいな」

「ほんとにすごいですよー。僕が一番どつぼってる時に、
スイカ持って家に様子見に来てくれたんです」

「え? そうだったの?」

「そう。しゃらがまだ入院してた時さ」

「ふうん……」

「光輪さんね、自分が持ってきたスイカをほとんど自分で
食べて、なんも言わないで帰ってった」

その瞬間。
もう我慢できなくなったんだろう。しゃらと先輩、お母さ
ん。ついでに僕もリビングを走り出て、外で大爆笑した。

ぎゃはははははっ!!


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