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三年生編 第98話(2) [小説]

「うーす、いっき」

背中からぽんと声をかけられて、振り返る。

「しのやんかー。なんか、寂しくなったなー」

「植え替え時期はそんなもんだよ」

「まあね」

僕が庭のことを言ったと思ったんだろう。
その方がいい。こんな出口の見えない寂しさは、しのやん
には押し付けたくない。

「さすがに部員が増えたから、手入れのグレードが上がっ
たよなあ」

「いひ。そうでもないよ」

にやっと笑ったしのやんが、植え込みの下から何かをぶちっ
とむしり取った。

「へ? まだ雑草が残ってた?」

「これ、スベリヒユじゃん」

「ああ、そうかあ」

納得。

作業の主力部隊は、人数のいる一年生だ。
みんなまじめに作業してくれるけど、まだ知識が足りない。
スベリヒユは、夏花として植えてあったポーチュラカと、
ぱっと見区別がつかないんだ。
だから、取り残されたんだろう。

「花がつけばすぐ分かるけど、外見だけじゃなー」

「それはしゃあないよ。それにしてもこいつらほんとにタ
フだよなー」

「うん。見つけ次第むしってるのに、どこをどうやって生
き延びてるのか、毎年出てくるもんね」

「なあ、いっき。これって一年草だったよな?」

「そ。だから、どっかにタネが潜んでるってことなんだよ
ね」

「黙ってても代替わりできるってのは、得だよなー」

はあっと、しのやんが大きな溜息をついた。
調整をやってる四方くんに全部の荷重がかからないよう、
先輩として配慮する。
アドバイザーの位置に下がったと言っても、しのやんの出
番はまだまだなくならないんだろう。

タネはまだ蒔かれきってないってことだ。
それはしゃあないね。

「まあ。僕らの次世代は、もう芽が出て伸び始めてる。そ
う考えようよ」

「確かにね」

「あ、しのやん」

「うん?」

「スベリヒユは一年草だけど、僕らは違うよ」

「ははは……」

植物はタネを残したら役目が終わる。
でも、僕ら自身はまだタネのままなんだよ。
それはまだ大きく育ってない。花が咲いて実が生るとこま
で行ってない。

うん。そうだよな。
ここを。中庭を発つってことは。その第一歩に過ぎないん
だよね。


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