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三年生編 第95話(4) [小説]

「去年が一番分かりやすかったかもしれません」

「ふうん」

「沢渡校長になってからいきなり強いねじが巻かれて、一
番我に返ったのは三年生。やべえって」

「どうして?」

「それまでのぽんいちは、自分が行けるところに行ければ
無理しなくてもいい……だったんです」

「うん。そうね」

「でも、他校に友達がいたら、やっぱ焦りは出てきますよ」

「あ!」

それは、えびちゃんの想定にはまるっきりなかったんだろ
う。
慌てて身を乗り出してきた。

「たとえば、市工。宇津木先生が校長になってから、成績
上位者を優遇して、積極的に学校推薦出したり受験を後押
ししたりしてる。進学先が理工系ばっかだから目立たない
ですけど、合格率や進学実績はもうぽんいちと変わらない
と思ってます」

「……」

「昔みたいな、ヤンキーばっかのクズ校っていう図式はも
う通用しないんです。それは女子校だった市商もそう」

「なるほど……」

「確かに受験の時の合格ラインは、ぽんいちが市工や市商
より高いんですけど、出口のところではもうそんなに差が
ない。郊外の新設校にはすでに負けてますし。そうした
ら、受験生になった途端にものすごく焦っちゃう」

「そっかあ。余裕がなくなるってことね?」

「はい。三年になってからの付け焼き刃でどこまで地力を
上げられるか。みんなそう考えるから、イベントに乗れな
くなる。お祭りはさっさと切り上げて、受験態勢を強化し
たいって思っちゃう」

はあ……。えびちゃんが、弱々しい溜息をついた。

「世知辛いなー」

「しょうがないです。これからの校長先生は、負荷を早く
からかけるようにカリキュラムを調整してくるでしょう
し、受験までの流れが整備されれば後輩たちはそれに慣れ
てくるはず。少し雰囲気が変わるんじゃないかと」

「工藤くんたちのところは、その過渡期ってことね」

「ええ。僕らだけじゃなくて先生たちもそうですよ。昔の
ゆるーいぽんいちでまったり授業をしていた時代はもう過
去の話。今は、きっちり生徒にねじを巻いてくれって言わ
れてるはず。で、実際にそうなさってますよね」

「確かに」

「カリキュラムや校則がかっちりしてくれば、その中に位
置付けられたイベントにもゆるさや華やかさがなくなって
くる。三年だけでなくて、一、二年すらシラけてくるのは
やだなあと思うんですけど、僕にはどうにも……」

「そうよね」

「そこは、生徒会や部活と連携させて新しい方式を探るし
かないんじゃないかなあ」

はあっ!
もう一度大きな溜息をついたえびちゃんが、ぎしっと椅子
を鳴らして立ち上がった。

「そうね。たかが三年間、されど三年間。そういうことか
あ」

うん。


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三年生編 第95話(3) [小説]

放課後、えびちゃんのところに行って英語の勉強の相談を
する。

「うーん、やっぱり伸びてないのね」

「時間も多めに当ててますし、自分では手抜きしてるつも
りはないんすけど」

「効率が悪いってことね?」

「はい。数学や物理みたいに、原理さえわかればなんとか
なるみたいなとこがないので。取りこぼしがどうしても」

「そうなのよねー。これも相性があるから」

えびちゃんは、僕が持ち込んだこれまでの模試の答案用紙
を丁寧に見てくれた。

「英単語や慣用句を徹底的に叩き込む。それで、読解の方
はかなり上げられるわ。こればかりは、かけた時間と成果
が比例する。ぎりぎりまで地道に積んでくしかない」

「やっぱそうかあ」

はあ……。

「それでもね。積み木の絶対数を増やしておけば、組み立
てたり、積み木の構造や種類を理解したりしやすくなる
の。たとえばね」

「はい」

「文脈の中で一つどうしてもわからない単語があったとし
ても、他が分かっていれば類推出来るのよ。あ、こんな感
じの単語じゃないかなあって」

うん。確かにそうだ。ジェニーとやり取りしてる時はその
繰り返しだったもんなあ。
おっと、もう一つ。

「せんせー、ディクテは?」

「てきとーでいい」

「へ?」

「そこは、配点との兼ね合いね。外大目指すとかならあれ
だけど、受験英語では会話術はほとんど求められてないの」

「そっかあ……」

「それより、知識としての英語の地盤をきちんと固める方
が先。地力が出来れば、点数の揺れが小さくなるから、そ
れを目指して」

「はい!」

やっぱ、実力を上げる特効薬っていうのはないってことか。
しゃあない。時間の配分を調整しよう。

「あ、そうそう、工藤くん」

「はい?」

「学園祭のタマ出し。わたしが仕切っちゃったけど、みん
な大丈夫?」

えびちゃんは、せんこーが偉そうにって見られることが心
配なんだろなあ。

「大丈夫だと思いますよ。他のクラスもきっと似たり寄っ
たりじゃないかなあ」

「ふうん……」

「ぽんいちは、ちょっと特殊なのかもしれませんね」

「え? 特殊って?」

「僕は最初からぽんいちなんで、ここのスクールカラーは
ほんとに肌に合うんですけど、転校してうちに来た子は、
極端から極端ていう変化になじめないかも」

「どういうこと?」

「先生は、三年生の担任は初めてですか?」

「そう。初めて」

「それなら分からないかも。体育祭の時もそうだったと思
いますけど、ものすごーくシラけた感じを受けませんでし
た?」

「思った。一番馬力が出る年代なんだから、もっとバカに
なって楽しめばいいのにって」

「ですよね。僕は一、二年の時はものっそ楽しみました
よ。でも三年になってからは無理」

「どして?」

「三年で飛び越さないとなんないハードルが高すぎるから」

「……」


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