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三年生編 第96話(1) [小説]

9月12日(土曜日)

「行ってきもあーす」

「おきばりやす!」

「へいへい」

いきなり関西弁に凝りだした母さんが、妙ちくりんな激励
を口にした。
思い切り突っ込み入れたいところだけど、残念ながら時間
がない。

「今日は、どっち?」

「記述式の方。しんどい」

「しっかりやんなさいな」

「うす」

天気は上々。湿度が下がって、からっとした晴天だ。
外で体を動かしたい時に模試ってのは、なんか残念な気が
するけどしゃあないね。

蛇腹ゲートを出る時に、視界の端にちらっと会長の姿が入っ
た。

「少し落ち着いたのかな? おっと、急がなきゃ」


 ◇ ◇ ◇


「ぎ……ぎづい」

午後三時過ぎに模試の会場を出た僕は、完全によれよれ。

本番が近付くにしたがって、どんどんハードルが高くなっ
ていく。はんぱねー。
こりゃあ、センター試験の持ち点配分高いとこじゃないと
絶対に無理だわ。

追い込めばレベルの高いところも狙えるかもっていう欲
を、今のうちに完全に消しておこう。
それは安全策でも守りでもない。僕が手に入れたい未来を
確実に取りに行く作戦。
だって、うちの家計じゃ逆立ちしても浪人は無理だから。

いや、お金のことだけじゃない。
予備校通うにしても宅浪にしても、僕の性格だとすぐに考
え過ぎて行き詰るだろう。
医大受験に失敗して引きこもっちゃった長岡さんのお兄さ
んのことなんか、何も笑えなくなると思う。

そういや、あのへたれたお兄さんもどうなったんだか……。

「ふう」

受験ていう大きなハードルが目の前にどででんとあると。
人のことをえらっそうに言ってた自分がいかにクソ生意気
だったか、よーく分かる。

きれいごとじゃないね。
突きつけられたゲンジツは、好き嫌いや善悪には一切関係
ないんだ。
それをこなせたかこなせなかったかっていう事実だけが冷
酷に残る。

こなせないならあきらめなさい。
そういう『結果』が出るだけなんだ。
論評するってこと自体がナンセンス。

長岡さんのお兄さん、しゃらのお兄さん、元原……。
なんだかなあと思ってしまうよわよわな人たちがいて、そ
れを冷ややかに見てる僕がいて。
でも、それって僕が、あいつらよりはマシだよなっていう
安心材料にしてただけなんだ。
そっち側をいくら見ても、僕にはなんのメリットもない。

受験ていうごまかしようがないでかい試練に向き合うと、
意識を研ぐっていうことの難しさを強く感じる。

挑んで力を注いだことに、見合った結果を出す。
僕はそれにきちんと集中しないとならないし、誰かと比べ
て安心してるようじゃ、まだまだ……。

そんなことをもんもんと考えながらちゃりをこいでた僕
は、ものすごく不機嫌そうに見えたのかもしれない。



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