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三年生編 第95話(2) [小説]

カバンの中からノートパソコンを出したえびちゃんは、
ゆーちゅーぶの動画を再生して、僕らに聞かせる。

「トッド・ラングレンていうおじさんが、一人で全部作り
上げたアカペラっていうアルバムがあるの。その中の『ホ
ジャ』って曲ね」

わ! 洋楽か……。

アップテンポの軽快な曲。確かに合唱になってるけど、こ
れってかなり難しいんじゃ……。

みんな、うーん……て感じになっちゃった。

「あはは。楽譜見てパート分けしてって、そんなめんどく
さいこと要らないでしょ。楽しく一緒に歌えば?」

おおーっ!

そんなら出来る。英語の歌詞覚えなくても、ハミングでも
鼻歌でもいいってことだもんね。

練習なしの一発ドンなら、お遊び要素入れよう。

「提案!」

「お、工藤。なんかあんのか?」

「鳴り物足そうぜ。音の出る好きなもの持ってきて、曲と
一緒に鳴らすってのはどう?」

「あ、いいねー」

えびちゃんは、自分の提案が通った時点で満足したみたい
で、僕のオプションを歓迎した。

「それなら簡単だし、アピールできっか」

「いろいろごたごたあったからよ。がっつり鳴らして気晴
らしだ!」

「おーし! どうだ、みんな?」

「いぎなーし」

「おけー」

「やろー」

どおっと盛り上がる感じではなかったけど、ただ歌うより
は賑やかになっていいじゃんて感じで。
すんなり提案が通った。

まあ、どうせステージに立つなら花火上げた方が楽しい。
五分くらいの音の花火をばんばん打ち上げればいいよな。

にやっと笑ったえびちゃんが、余計なことを言い足した。

「あとで、歌詞を配ります。せっかくだから、ちょっとだ
けでも英語の勉強してね」

だああああっ……。


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三年生編 第95話(1) [小説]

9月10日(木曜日)

ざわざわざわざわ……。

ロングホームルームが始まった途端に、教室の中が落ち着
かなくなった。

そりゃそうだ。
進行役の立水が鬼の形相だし、でも話がなにも進んでいっ
てない。

「ちっ! なんかねーのかよっ!」

立水がいらいらするのはよーく分かる。
でも、運動系なら真正面から仕切りにいく立水でも、演し
物の募集の場合は力技を使えない。

学園祭のクラスイベの演し物……かあ。うーん……。

十月の学園祭。僕らにとっては最後の学園祭になる。
いくら受験が目の前にぶら下がっているって言っても、お
祭りはこれが最後。泣いても笑ってもこれで最後。
シラケきった状態でお祭りに参加しても、ちっともおもし
ろくない。

でも、模擬店とか練習が必要なパフォーマンス系とかには
突っ込めない。準備する時間がないもん。
どうしても凝ったことしたいってやつは、部活のルートで
すりゃあいいじゃんかって感じ。

三年は、いつもはだいたい合唱が多かったんだよね。
曲目決めて、楽譜用意して、当日まで各自で練習しとい
てって。それだけ。
あとはステージに上がって一発どん。

まあ、三年のステージは初日の前半にさっさと済ませちゃ
おうって感じになる。
去年2Fでステージのアタマ取ったのは、例外中の例外
だったんだ。
あのお茶目な大村生徒会長が、沢渡校長のごたごたで荒ん
だ気分をすかっとさせようとして慣例を崩したんだよね。

今年は、そこまでガッツのあるクラスは出てこないだろう。
開会式のあとで、三年生がさくさく合唱をこなす形になる
んじゃないかな。

それは僕の予想通りだし、特に驚きも落胆もない。そんな
もんだろなーと。みんなもそうだと思う。

でも。もやもやすんだよね。
イベントはこれで最後の最後なのに、本当にそれでいいの
かなあって。立水が吠えてるのも、だからだろう。

おい、これで最後なんだぜ? それでいいのかよって。

正直、お祭りが好きな僕も、今年は演じる方より見て回る
ことをメインにしたい。
一年の時はゲリラライブの準備でいっぱいいっぱいだった
し、去年は中庭イベントの準備と警備で楽しみ切れなかっ
た。
最後くらいは時間をゆったり使って、お祭りを満喫したい。

だから、アイデアの言い出しっぺにはなりたくないんだ。
提案したやつが仕切れよって話になっちゃうから。
今年は、悪いけど貝にならしてもらう。

立水が何度かなんかねーのかよと吠えたあと、不気味な沈
黙が数分続いた。

教室の中がきな臭くなってきてヤバいなあと思っていた
ら、隅っこに座っていたえびちゃんが、すうっと前に出て
きた。

「合唱でいいけど、曲目がってことなんでしょ?」

おお! 天の助け。

「うす」

むっすり不機嫌な立水が、渋々頷いた。

「ちょっと変わったのをやらない? 今の流行りものな
ら、他のクラスでもやるだろうから」

ざわざわざわ……。
えびちゃんがどんな曲を提案するのか。僕らには全く見当
がつかない。


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ちょっといっぷく その193 [付記]


 いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 身動きできない状況なので、その分執筆に時間が取れそうなものなんですが、なかなか……。
 それでも、三話ほど前に進めます。細切れアップになりますが、そこはご容赦ください。

◇ ◇ ◇

 いっきの夏休みが終わり、受験生はこれからが追い込み本番になる九月。その初旬の話を三つお届けします。

 前話までの流れですが、新学期開始早々に安楽校長から刺激的なアナウンスが二つもたらされました。一つはいっきがこれまで心血を注いできたプロジェクトが高校ガーデニングコンテストで審査員特別賞を受賞するという名誉。プロジェクトメンバーが、喜びで弾けます。
 しかし同時に。夏休みの間に補導者が続出し、大量の処分者が出る事態も同時発生。プロジェクトメンバーにも補導者が出て、いっきと現執行部、顧問の中沢先生はそのフォローに走り回ることになりました。
 悲喜が入り混じる混沌の中、高校生活の残り時間は刻一刻と少なくなっていきます。

 そして、これからの三話。学園祭の話、そしていっきプライベートの部分で、巴伯母さんがケアをしている弓削さんと、どつぼっているいっきのまたいとこ斎藤日和ちゃんに絡んだ話になります。
 一年の時のいっきなら、どちらのケースも体を張って走り回ったでしょう。でも今のいっきは、将来を見越して自分の課題を最優先でこなさなければなりません。その辺りの、いっきの身の置き方に絡んだ微妙な展開になります。

 てぃくるをちょこちょこ挟みながら、一ヶ月ほどかけてお届けしてまいります。

◇ ◇ ◇

 ここに来て、コロナ絡みでまとまった時間が取れるようになりました。新規に執筆するにはぴったりの条件になるんですが、あえて過去作の改稿に踏み出そうと思っています。

 基本的に書いて出しにはしない方針をずっと貫いているんですが、書き終わった直後に何度見直してもなかなかあらが見えてこないんですよね。初期作をゼロから見直すなら、今が一番いいんじゃないかなあと。

 まあ、ぼちぼちやります。こちらの本編の続きを書くのは、ますます遅れそうです。とほほ。

◇ ◇ ◇

 ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽にコメントしてくださいませ。

 でわでわ。(^^)/



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(ヤグルマギク)



花屋の店先だけが花畑になる

私はそんな世界に住みたくないが

都市の花は誇らしげに胸を張るのだ

「咲ける場所があれば、そこが天国よ」



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ちょっといっぷく その192 [付記]

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 お弁当休暇中のいっぷくです。

 ◇ ◇ ◇

 普通の年より一ヶ月早く春が来ている感じですね。スギ花粉による花粉症が割とあっさり過ぎ去ってくれたようで、その代わりにヒノキ花粉が登場。わたしの場合、ヒノキの方がアレルギーが強く出るので辛いんです。早く収まってくれへんかな。(T^T)

 ◇ ◇ ◇

 執筆エネルギーが一巡しました。今は、少しお休み。
 読書の方も短編メインで、さらっと読めるもの中心です。


 加納朋子さんの『モノレールねこ』
 角田光代さんの『All Small Things』『さがしもの』
 谷村志穂さんの『ボルケイノ・ホテル』
 中田永一さんの『百瀬、こっちを向いて。』
 よしもとばななさんの『デッドエンドの思い出』
 原田マハさんの『星がひとつほしいとの祈り』
 小山薫堂さんの『フィルム』
 三崎亜記さんの『バスジャック』
 森絵都さんの『アーモンド入りチョコレートのワルツ』
 朱川湊人さんの『花まんま』
 池澤夏樹さんの『南の島のティオ』

 というあたりを、一気読みせずにぽつぽつ拾い読みしています。

 わたしも、本来は掌編メインの書き手です。なので、短編いいなーとコーヒー片手にまったり。

 ◇ ◇ ◇

 このあと、てぃくるをもう一回り分お届けして、本編を三話ほど進める予定です。



 ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽にコメントしてくださいませ。

 でわでわ。(^^)/



sak.jpg




扇にひとひらの桜

払えば落ちるものをそっと残す

うたかたの春




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