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三年生編 第94話(2) [小説]

でも。
校長は、すぐにぴしりと突き放した。

「プロジェクト側からの提案を受けて、学校側はダメを出
します。決して丸呑みにはしていません」

「つまり、どうやったら一番いい庭が出来るか、その真剣
度を学校側がいつも量っているんです。そのレベルが水準
を割ったら、それ以降プロジェクトの活動は認めません。
庭の管理は、本来は学校側の専任事項ですから」

さっきまで沸き立っていた生徒が、今度は水を打ったよう
に静まった。

「いいですか? それは今私が言い出したことではなく、
最初にプロジェクトが出来た時から一貫して言い続けてい
ること。私だけではなく、前校長の沢渡さんも、です」

校長が、厳しい表情で僕らを見回した。

「受賞するまでの三年間。プロジェクトに携わった部員た
ちが、その原則をきちんと肝に据えてこれまで全力で努力
してきたこと。その不断の努力あってこそ、この賞に結び
ついたのだと。私は確信しております」

校長が、壇の後ろから出てステージの前に移動した。

「来年度から、部活動の方針を転換します。基本は既得権
の廃止です。惰性で続けられる部活には意味がありません」

「楽しみたいでも、鍛えたいでも、友達を作りたいでも。
動機はなんでも構いません。でも、部活には熱意をもって
取り組んでほしい。そうでないと部活が楽しくありません。
そうでしょう?」

そりゃそうだ。
多くの生徒がうなずいた。

「来年度から、部は年ごとに新設していただきます。今あ
る部が来年無条件に続くということはありません。それが、
どんなに大きな部であっても、です」

ええーっ!?
大きな悲鳴があちこちで上がった。

「そうすることで、本当にやりたいという子が集まった部
に人と資源を集めることができます。もう一つ、それに
よって組織をしっかり固められます。部活が形だけで、中
で何が行われているか分からないという事態を作らなくて
済む」

「やる気があって組織化さえ出来れば、これまでの三年
ルールの縛りがなくなりますので、新しい活動を試したい
というチャレンジが生まれます。私はそれを期待します」

校長がにこっと笑った。

「プロジェクトが担ってきたのは、まさにそのテストケー
スなんです。一人が起点になって、なんかやろうよと仲間
を集めて組織し、活動方針を決めて学校や生徒会と交渉
し、出来ることを充実させてきた。もしプロジェクトが数
人のままだったら、コンテストへの応募などとてもかなわ
なかったでしょう」

「プロジェクトに負けないよう、みなさんの新たな取り組
みが沸き起こることを心から期待します」

「いいですか? みなさん!」

校長が、大きな声を張り上げる。

「受賞という結果を見てはいけません。私に言わせれば、
受賞するのは当然なんです。それだけのクオリティがプロ
ジェクトにあるんですから。それよりも、なぜプロジェク
トがそこまで成長出来たのか。その理由をみなさんそれぞ
れに考えていただきたい!」

さすがだなあ……。
プロジェクトを持ち上げるんじゃなくて、おまえら負ける
なと競争意識をあおった。
来年の部活制度の変更のアナウンスをそこに持ってきた。
妖怪の安楽先生らしいな。


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三年生編 第94話(1) [小説]

9月7日(月曜日)

まあ……身内のこともプロジェクトでもいろいろあるけど。
リカバリー出来ないことではないし、これ以上事態が悪化
するってこともないだろう。

せっかくフォルサで暴れてすっきりしたことだし、集中力
を取り戻してアゲアゲで行こう。

「うーっす!」

「おっはー」

しゃらも表情が明るい。
今の仮暮らしも残り一ヶ月を切って、新しい家での生活が
始まるのが楽しみなんだろう。

ただ……朝礼がなあ。
各月最初の定例朝礼だけど、処分の発表直後だし、校長か
らかなりきついお達しが出そうな気がする。
残念ながら、完全に視界良好ってわけには行かないね。

「さて、朝礼に行くかー」

「かったるー」

みんなも、あまりいいことは待ってないだろなーっていう
感じで、だるそうに教室を出ていく。

ぞろぞろぞろ……。


           −=*=−


体育館に生徒と先生たちが全員揃って、整列。
静まり返った体育館に、大高先生の大きな声が響いた。

「校長挨拶!」

いつもと変わらない表情で、すたすたとステージの真ん中
に出た校長は、マイクを外して手に持った。
特に厳しいことを言いだしそうな感じではないけど……ど
うかな?

「おはようございます!」

おはようございまーす。
生徒の声のトーンもなんとなくどよっている。

「本日の朝礼ですが、一番最初にとても嬉しいニュースを
みなさんに報告します」

お? なんだろ?

てっきり処分関係の話が出るかと思ったら。
おやー?

「本校の部活動は近年全体的に低調で、個人部門での入賞
者は輩出しても、部として高い成績を収めることがありま
せんでした。ですが……」

ああっ!
もしかして!

体育館の中が、大きなざわめきで満たされた。

「静粛に!」

大高先生のでかい声で、警告。
体育館内が再び静まる。

「本校が誇るプロジェクト。ハートガーデンプロジェクト
が応募した高校ガーデニングコンテストで、本校は入賞の
みならず、審査員特別賞を受賞するという栄誉を獲得しま
した!」

どおおおっ!!

各クラスの部員が、一斉に弾けた。

奇声をあげる子。
ぴょんぴょん飛び跳ねる子。
拳を突き上げる子。
部員どうしで抱き合う子。

いつもならすぐに制止の声を上げる校長が、少し間を置い
た。

「お静かに」

まだ余熱とざわつきを残しながら、体育館の中が徐々に落
ち着きを取り戻す。

「まだ活動歴の浅いプロジェクト。庭作りのノウハウや完
成度は、上位校のレベルには達していません」

し……ん。

「しかしプロジェクトは学校主導ではなく、生徒主導の活
動です。学校は一切後押しをしていません。審査員特別賞
をいただいた中身は、まさにその自主性の部分なんです」

どおおっ!
体育館の中の熱気が一気に弾けた。



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三年生編 第93話(9) [小説]

僕がにまにましながら数学の問題集を開いたら、机の上の
携帯が鳴った。

「ほん?」

誰だろ? 知らない番号だけど。

「はい? 工藤ですー」

「ああ、済まんね。宇津木です」

どてっ。
思わずぶっこけた。

「宇津木先生! どうしてまた」

「後野と会ったんだろ?」

「はい、さっきフォルサで偶然」

「荒れてただろ」

「仕方ないですよー」

「ああ、あいつ、事情を話したんだな」

「ええ。うちのプロジェクトでも処分者が出たので」

「あたた……」

「二人して、愚痴りあってました」

「ははは。あいつ、どうだった?」

「半端なく荒れてましたよ。でも、これからの方が大事で
す」

「うん」

「後野さんの後継、女の子だって聞いたんで、サポ固めた
方がいいよってアドバイスしました」

「助かる」

「うちもトップが鈴木さんなんで、事情が似てますから」

「そうだな。気持ちを立て直せたってことか……」

「そりゃそうですよー。僕らはもう受験目前です。そろそ
ろ意識をそっちに集中させていかないと」

「ああ。あいつもそう切り替えてくれればいいんだがな」

「大丈夫じゃないすか。しっかりビジョン持ってるし」

「そうだな」

「その分、フォルサのサンドバッグがとばっちり食ってま
したけど」

「そっちに行ったか」

「後野さんと二人で、めいっぱいどつき回しました」

「くっくっく。君も大変だな」

「でも、そろそろ完全引退です。いつまでも僕が前に出て
ると後輩が育たないんで」

「そうだな。あいつにもそう言っておこう」

「また後輩が見学でお邪魔すると思いますので、よろしく
お願いいたします」

「そうだね。私たちも勉強させて欲しい。突然済まんね」

「はあい」

ぷつ。

「ふう……」

宇津木先生は心配だったんだろうな。
せっかくどん底からてっぺん近くまで這い上がった後野さ
んが、小さな傷から壊れてしまわないかって。

後野さんにとっては、切り盛りしてきた植物工場は自分の
全エネルギーとプライドを注ぎ込んできた努力の結晶。
それを大事にしたいっていう気持ちはよーく分かる。

ただ……。
その思い込みが強すぎると、後輩の気持ちとの落差が埋ま
らないんだ。

後輩の裏切りに頭が煮えるのは当然だけど、その原因がも
しかしたら自分にもあるかもしれないってことを考えとか
ないとだめなんだよね。

去年なら、きっと藤原さんがそれに気付いただろう。
でも、今の赤井部長にはそこまでの余裕がない。
僕らの同期で言えば、かっちんやしのやんみたいに僕に厳
しい突っ込みを入れられる役。
それが……同じ部にいなかったんちゃうかなあと。

でも。
後野さんは、なにがなんでも俺が俺がっていうタイプじゃ
ない。よーく状況を見てるんだ。

僕の志望の裏まで読み取ったのは、後野さん一人だけさ。
それは、僕の親やしゃらにすら出来なかったこと。
恐ろしいくらいに人を読むんだよね。

その能力を悪事に使われたらとんでもないことになるんだ
ろうけど、後野さんの目標はそんなちんけなところに置か
れてない。
部に入れ込んでた分だけ、自分を冷静に読むってところが
少し弱くなってた。それだけだと思う。

そして。
これからは部を離れるしかない。
自分自身をプロデュースするしか、気持ちを切り替えるし
かないんだ。

だから、後野さんなりにアグリ部での自分に落とし前をつ
けると思う。
僕は何も心配してない。

僕は……つくづく思う。

自慢できるのは、出来上がった庭じゃない。
その庭を作り上げるまでに、どれだけ自分をぶち込めたか。
そこなんだ。

そして僕も後野さんも。
そこだけは思い切り胸を張れるよ。

猫がひげをぴーんと張るみたいにね。




nekohige.jpg
今日の花:ネコノヒゲOrthosiphon aristatus



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三年生編 第93話(8) [小説]

うん。
不思議だよなあ。

もし。もしも、だよ。
高校入ったばっかの時に街中で後野さんと出くわしていた
ら、僕らは敵対していたかもしれない。
あの双子と鉢合わせた時みたいに、敵意剥き出しでしょう
もない削り合いをして。
せっかくの高校生活を、台無しにしていたかもしれない。

でも僕らが出会うまでの間にたくさんの出来事があって。
その間に僕も後野さんも変わった。
だから、ああいう建設的な話につなげられるんだよね。

僕らが過去を全部清算したなんて、とっても言えないよ。
まだ、いっぱいガラクタを背負ったままさ。
だからやり場のない怒りが処理できなくて、サンドバッグ
にぼかあんと出た。

でも、怒りをぶつける相手が人じゃなくてサンドバッグ
だったのは……僕らが少しマシになったってことなんだろ
う。

信用とか信頼を裏切られたことには、すごく腹が立つ。

でもさ。
じゃあ、僕らは偉そうに言えるような過ごし方をしてきた
かっていうと……微妙。

なんでも許すわけにはいかないけど、でも僕らに裁く権利
があるわけでもない。
中沢先生が、部員同士で責め合ったらだめだよって言った
意味。そこなんだ。

たとえ部長だろうがマネージャーだろうが、学生としての
立場には何も差がない。それなのに上下関係の押し付けを
やってしまったら、ゆるさが売りのプロジェクトが壊れて
しまう。

マネージャーの四方くんに与えている部員排除の権限。
それはあくまでも最後の手段であって、最終兵器が一度も
使われないってことが一番望ましい。
単なる抑止力で終わって欲しいんだよね。

まあ、そこらへんは中沢先生がよく分かってるでしょ。

「やっぱ、フォルサ行ってよかったなー」

体をしっかり動かせたってだけじゃない。
大場さんと試合して、後野さんとぐちりあって。
そこに人の気配があること。心の交流があること。

ずっと机に向かっているだけじゃ絶対に手に入らない栄養
がもらえること。そこがいいんだよね。



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三年生編 第93話(7) [小説]

「で、そいつの後釜はどうすることにしたの?」

後野さんが、底なしの馬力で盛り立てて来た野菜工場部門。
誰でも跡を継げるってわけじゃないと思う。

「……」

しばらく厳しい表情のまま黙り込んでいた後野さんが、覚
悟したように言葉を絞り出した。

「一年の……女の子っす」

ずっどおおおおん!
今度は、僕がずっこけた。

「うっそおおおおっ!?」

「いや、すごい優秀な子っす。もっと上の高校に行けるの
にアグリ部に入りたいからってうち受けた子っすから」

「すげえ……」

「ただ植物工場部門は、アタマでは出来ないっす。カラダ
張らないと」

「だよなー」

ふう……心配なんだろなあ。
女の子はまだまだ少数派だ。
男の子に囲まれると、言いたいことが言えなくなるだろう
し。

「そしたら、おみこし担ぐしかないと思う」

「おみこし、すか?」

「そう。うちも部長が女の子。いくら突破力がある子だっ
て言っても、大所帯だからプレッシャーがはんぱない」

「……うん」

「んで、部長以外のサポメン、全部男で固めたの。僕が指
導したわけじゃないよ。自然にそうなったんだ」

「おっ! そうかあ」

「そうやって負荷分散しないと、保たないわ」

「いいアイデアっすね。トオルと相談して、急いでケア考
えるっす」

「うん。特定のところに負荷が集中しないように、バラし
たらいいよ。うちも一時マネージャーの四方くんに全負荷
がかかって、彼が潰れそうになっちゃってさー」

「げ」

「で、一年からもサブマネ出させて分散させたんだ」

「すげえ……うまいことやってるなー」

「苦労したけどね。プレッシャーで、二年生何人か泣かせ
ちゃった。でかい反省点だあ……」

うちもアグリ部もそうだと思うけど、やっぱこれで完璧っ
ていうスタイルはないんだよね。
どっかこっかに穴があって、どっかこっか歪んでる。
それを修理しながら形を作ってきて、やれやれと思った
ら、もう次の子たちがどどっと来ちゃう。
そして、僕らはもう退場なんだ。

でも。
そういうプロセスをみんなに体験してもらうのも、きっと
部活での勉強のうちなんだろう。

「それはそうと。受験勉強の方はどう?」

「うー」

後野さんが、微妙な表情。

「なんかー。俺が受験会場にいるって姿が、まだ想像出来
なくて」

「だははははっ!」

思わず馬鹿笑いしちゃった。

「おんなじだー。まだぴんと来ないんだよなー」

「夏休みは合宿行ったんすか?」

「行ったんだけどねー。まだ志望校固めてなくて」

「おわ……」

「予備校の先生に呆れられちゃった」

「……。決めたんすか?」

「決めた。もう動かさない。県立大生物。合格したらバイ
オをやるつもり」

「えっ?」

後野さんが絶句した。

「なんか……イメージが」

「ちぇー。みんなにそう言われるんだよなー」

でも後野さんは、これまでの人と違って僕がなぜそうする
のかをじっくり考えてるみたいだ。

「工藤さんの好きなこと……じゃないすよね?」

「嫌いでも好きでもないかなー。まだなんとも」

「あ、なるほど」

後野さんがぽんと手を打つ。

「それなら分かるっす。ゼロからやりたいってことじゃな
いすか?」

お!

「当てたのは後野さんが初めてだなー」

「それって、プロジェクトを手作りした時と同じプロセス
じゃないすか」

わあお!

「うん。ぴったり。でも、プロジェクトは仲間とやったで
しょ?」

「そっか。今度は一人でじっくりってことすね?」

「そうなの。急かされたくない。僕は……元々はのんびり
なんだよね。みんなとわいわいもいいけど、それはオフで
やりたい」

ぐん!
後野さんが、強くうなずいた。

「俺と逆だ。俺はどうしても組織したい。俺が頭をやりた
い」

「うん。そこが、それぞれの個性になるんじゃないかなー」

「はあ……やっぱ、進路って面白いっすね」

さっきまでものすごくいらいらしていたはずの後野さんか
ら、完全に毒々しさが抜けた。
いつもの、のほーんとした後野さんの雰囲気に戻った。

それは……僕らが部活にこれ以上関われないからだ。
学校を卒業するまではもう少しあるけど、部活からは一足
先に卒業なんだよね。
それなら僕らは、部活でもらった財産をどう活かすか考え
ないとならない。その財産を無駄にしたくない。

「おっと。そろそろ帰らなきゃ。赤井さんにもよろしくお
伝えください」

「うーっす」

「最後に一発気合い入れてっかあ」

でかいサンドバッグの前に立って、思い切りハイキックを
見舞った。

どばあん! ぎしっ! ぎしっ。

「すげえ。工藤さん、素人の蹴りじゃないっすよ」

「わははっ! それはお互いさまということで」

後野さんも、最後にもういっちょと思ったんだろう。
渾身のミドルをサンドバッグにぶち込んだ。

ずしーん! ぎしっ! ぎしっ! ぎしっ。

「ふう……」

「ほいじゃ、またー。後輩が見学でお邪魔すると思うの
で、よろしくですー」

「ほーい。待ってますー」



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