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三年生編 第93話(7) [小説]

「で、そいつの後釜はどうすることにしたの?」

後野さんが、底なしの馬力で盛り立てて来た野菜工場部門。
誰でも跡を継げるってわけじゃないと思う。

「……」

しばらく厳しい表情のまま黙り込んでいた後野さんが、覚
悟したように言葉を絞り出した。

「一年の……女の子っす」

ずっどおおおおん!
今度は、僕がずっこけた。

「うっそおおおおっ!?」

「いや、すごい優秀な子っす。もっと上の高校に行けるの
にアグリ部に入りたいからってうち受けた子っすから」

「すげえ……」

「ただ植物工場部門は、アタマでは出来ないっす。カラダ
張らないと」

「だよなー」

ふう……心配なんだろなあ。
女の子はまだまだ少数派だ。
男の子に囲まれると、言いたいことが言えなくなるだろう
し。

「そしたら、おみこし担ぐしかないと思う」

「おみこし、すか?」

「そう。うちも部長が女の子。いくら突破力がある子だっ
て言っても、大所帯だからプレッシャーがはんぱない」

「……うん」

「んで、部長以外のサポメン、全部男で固めたの。僕が指
導したわけじゃないよ。自然にそうなったんだ」

「おっ! そうかあ」

「そうやって負荷分散しないと、保たないわ」

「いいアイデアっすね。トオルと相談して、急いでケア考
えるっす」

「うん。特定のところに負荷が集中しないように、バラし
たらいいよ。うちも一時マネージャーの四方くんに全負荷
がかかって、彼が潰れそうになっちゃってさー」

「げ」

「で、一年からもサブマネ出させて分散させたんだ」

「すげえ……うまいことやってるなー」

「苦労したけどね。プレッシャーで、二年生何人か泣かせ
ちゃった。でかい反省点だあ……」

うちもアグリ部もそうだと思うけど、やっぱこれで完璧っ
ていうスタイルはないんだよね。
どっかこっかに穴があって、どっかこっか歪んでる。
それを修理しながら形を作ってきて、やれやれと思った
ら、もう次の子たちがどどっと来ちゃう。
そして、僕らはもう退場なんだ。

でも。
そういうプロセスをみんなに体験してもらうのも、きっと
部活での勉強のうちなんだろう。

「それはそうと。受験勉強の方はどう?」

「うー」

後野さんが、微妙な表情。

「なんかー。俺が受験会場にいるって姿が、まだ想像出来
なくて」

「だははははっ!」

思わず馬鹿笑いしちゃった。

「おんなじだー。まだぴんと来ないんだよなー」

「夏休みは合宿行ったんすか?」

「行ったんだけどねー。まだ志望校固めてなくて」

「おわ……」

「予備校の先生に呆れられちゃった」

「……。決めたんすか?」

「決めた。もう動かさない。県立大生物。合格したらバイ
オをやるつもり」

「えっ?」

後野さんが絶句した。

「なんか……イメージが」

「ちぇー。みんなにそう言われるんだよなー」

でも後野さんは、これまでの人と違って僕がなぜそうする
のかをじっくり考えてるみたいだ。

「工藤さんの好きなこと……じゃないすよね?」

「嫌いでも好きでもないかなー。まだなんとも」

「あ、なるほど」

後野さんがぽんと手を打つ。

「それなら分かるっす。ゼロからやりたいってことじゃな
いすか?」

お!

「当てたのは後野さんが初めてだなー」

「それって、プロジェクトを手作りした時と同じプロセス
じゃないすか」

わあお!

「うん。ぴったり。でも、プロジェクトは仲間とやったで
しょ?」

「そっか。今度は一人でじっくりってことすね?」

「そうなの。急かされたくない。僕は……元々はのんびり
なんだよね。みんなとわいわいもいいけど、それはオフで
やりたい」

ぐん!
後野さんが、強くうなずいた。

「俺と逆だ。俺はどうしても組織したい。俺が頭をやりた
い」

「うん。そこが、それぞれの個性になるんじゃないかなー」

「はあ……やっぱ、進路って面白いっすね」

さっきまでものすごくいらいらしていたはずの後野さんか
ら、完全に毒々しさが抜けた。
いつもの、のほーんとした後野さんの雰囲気に戻った。

それは……僕らが部活にこれ以上関われないからだ。
学校を卒業するまではもう少しあるけど、部活からは一足
先に卒業なんだよね。
それなら僕らは、部活でもらった財産をどう活かすか考え
ないとならない。その財産を無駄にしたくない。

「おっと。そろそろ帰らなきゃ。赤井さんにもよろしくお
伝えください」

「うーっす」

「最後に一発気合い入れてっかあ」

でかいサンドバッグの前に立って、思い切りハイキックを
見舞った。

どばあん! ぎしっ! ぎしっ。

「すげえ。工藤さん、素人の蹴りじゃないっすよ」

「わははっ! それはお互いさまということで」

後野さんも、最後にもういっちょと思ったんだろう。
渾身のミドルをサンドバッグにぶち込んだ。

ずしーん! ぎしっ! ぎしっ! ぎしっ。

「ふう……」

「ほいじゃ、またー。後輩が見学でお邪魔すると思うの
で、よろしくですー」

「ほーい。待ってますー」



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