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三年生編 第93話(9) [小説]

僕がにまにましながら数学の問題集を開いたら、机の上の
携帯が鳴った。

「ほん?」

誰だろ? 知らない番号だけど。

「はい? 工藤ですー」

「ああ、済まんね。宇津木です」

どてっ。
思わずぶっこけた。

「宇津木先生! どうしてまた」

「後野と会ったんだろ?」

「はい、さっきフォルサで偶然」

「荒れてただろ」

「仕方ないですよー」

「ああ、あいつ、事情を話したんだな」

「ええ。うちのプロジェクトでも処分者が出たので」

「あたた……」

「二人して、愚痴りあってました」

「ははは。あいつ、どうだった?」

「半端なく荒れてましたよ。でも、これからの方が大事で
す」

「うん」

「後野さんの後継、女の子だって聞いたんで、サポ固めた
方がいいよってアドバイスしました」

「助かる」

「うちもトップが鈴木さんなんで、事情が似てますから」

「そうだな。気持ちを立て直せたってことか……」

「そりゃそうですよー。僕らはもう受験目前です。そろそ
ろ意識をそっちに集中させていかないと」

「ああ。あいつもそう切り替えてくれればいいんだがな」

「大丈夫じゃないすか。しっかりビジョン持ってるし」

「そうだな」

「その分、フォルサのサンドバッグがとばっちり食ってま
したけど」

「そっちに行ったか」

「後野さんと二人で、めいっぱいどつき回しました」

「くっくっく。君も大変だな」

「でも、そろそろ完全引退です。いつまでも僕が前に出て
ると後輩が育たないんで」

「そうだな。あいつにもそう言っておこう」

「また後輩が見学でお邪魔すると思いますので、よろしく
お願いいたします」

「そうだね。私たちも勉強させて欲しい。突然済まんね」

「はあい」

ぷつ。

「ふう……」

宇津木先生は心配だったんだろうな。
せっかくどん底からてっぺん近くまで這い上がった後野さ
んが、小さな傷から壊れてしまわないかって。

後野さんにとっては、切り盛りしてきた植物工場は自分の
全エネルギーとプライドを注ぎ込んできた努力の結晶。
それを大事にしたいっていう気持ちはよーく分かる。

ただ……。
その思い込みが強すぎると、後輩の気持ちとの落差が埋ま
らないんだ。

後輩の裏切りに頭が煮えるのは当然だけど、その原因がも
しかしたら自分にもあるかもしれないってことを考えとか
ないとだめなんだよね。

去年なら、きっと藤原さんがそれに気付いただろう。
でも、今の赤井部長にはそこまでの余裕がない。
僕らの同期で言えば、かっちんやしのやんみたいに僕に厳
しい突っ込みを入れられる役。
それが……同じ部にいなかったんちゃうかなあと。

でも。
後野さんは、なにがなんでも俺が俺がっていうタイプじゃ
ない。よーく状況を見てるんだ。

僕の志望の裏まで読み取ったのは、後野さん一人だけさ。
それは、僕の親やしゃらにすら出来なかったこと。
恐ろしいくらいに人を読むんだよね。

その能力を悪事に使われたらとんでもないことになるんだ
ろうけど、後野さんの目標はそんなちんけなところに置か
れてない。
部に入れ込んでた分だけ、自分を冷静に読むってところが
少し弱くなってた。それだけだと思う。

そして。
これからは部を離れるしかない。
自分自身をプロデュースするしか、気持ちを切り替えるし
かないんだ。

だから、後野さんなりにアグリ部での自分に落とし前をつ
けると思う。
僕は何も心配してない。

僕は……つくづく思う。

自慢できるのは、出来上がった庭じゃない。
その庭を作り上げるまでに、どれだけ自分をぶち込めたか。
そこなんだ。

そして僕も後野さんも。
そこだけは思い切り胸を張れるよ。

猫がひげをぴーんと張るみたいにね。




nekohige.jpg
今日の花:ネコノヒゲOrthosiphon aristatus



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コメント 2

JUNKO

名前そっくりの姿ですね。
by JUNKO (2019-12-07 14:53) 

水円 岳

>JUNKOさん

コメントありがとうございます。(^^)

見た目通りの猫ひげそっくりで、英名も『猫のひげ』。
これでもうちょい寒さに強いといいんですけどねえ。(^^;;

by 水円 岳 (2019-12-07 23:03) 

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