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三年生編 第69話(4) [小説]

武田さんと夏期講習での健闘を誓い合って、その後まっすぐ
帰宅した。
自分の部屋で、夏期講習の予定表を見ながら何度も首を傾げ
る。

「明日から、もう合宿生活スタートかあ……」

自分自身のことなのに、まるっきり実感が湧かない。どうに
も現実感がない。
そんなんで……大丈夫なんだろうか?

修学旅行や家族旅行みたいに、誰かがお膳立てをしてくれて
るわけじゃないんだ。
自分のことは自分で全部始末しないといけない。

それは……なんだかんだ言って家にべったり寄りかかってい
た僕にとっては、初めての経験だ。

楽しいことなら。わくわくすることなら。
家を離れる期間がもっと長くても、そんなにプレッシャーに
感じないだろう。

でも。
僕はもううんざりしていた。

高校の中庭を見回りに行くことも出来ない。
しゃらと遊ぶどころか、話をすることすら出来ない。
もちろん、親や実生とも会話出来ない。

出来ないことばかりをずらっと突き付けられて。
それで本当に二週間集中出来るんだろうか、試練を乗り切れ
るんだろうか、と。

「ふうっ……」

乗り切れるだろうか……じゃないよ。
乗り切らないといけないんだ。

夏期講習の二週間が終われば、僕は家に帰れる。
でも、家に帰れる期間自体が……もう限られているんだ。

僕は家族に、自宅から通える大学には進まないとすでに宣言
してる。
それは親や先生に強いられたことじゃない。
僕自身が考えて、そうすることにしたんだ。

家から飛び出す力が弱くて離陸に失敗してしまうのは、恥ず
かしいとかだらしない以前に僕が耐えられない。
たった二週間のお試し期間すら乗り切れないんじゃ、その後
にずっと続く下宿生活をクリア出来るはずがないから……。

僕の悪い癖。
改善しないとならないことがあっても、先送りしてしまうこ
と。

試験とか部活のこととか、すぐに動いて解決出来ることなら
ちゃっちゃっとやってきた。
でも……将来何を目指すか、大学で何を学ぶか、しゃらとの
ことをどうするか。
すぐに答えが出ないことを、いつも中途半端に放り出したま
まここまで来ちゃった。

自分自身が、そういう宙ぶらりんの状態をすごく気持ち悪い
と思っているのに、どうしても踏ん切りが付かない。

それは、僕が慎重だから、まじめだから、中途半端が嫌だか
らっていう理由じゃない。
そういうのは、いつまでたっても答えを出せない情けない僕
が自分をごまかす言い訳に使ってたんだ。

単に決める勇気がないだけ。それだけ。

そして。
僕の親や友達、先生たちは、僕の外見だけを見て、僕がちゃ
んと先を考えてると思ってしまってる。

違う。違うよ。
僕は、きちんと考えてない。まだ何も考えられていない。
たちの悪いモラトリアム……。

そして、僕に与えられている猶予の時間は刻一刻と削られて
いく。
僕自身何一つ分からない白紙の未来へ、ぽとりぽとりと落と
し込まれるように。

「ふう……」

去年の夏に覚えていた焦燥感、不安感の方がまだましだった
かも知れない。
あの時はまだ、不安だ不安だって言ってるだけでよかった。
僕にはまだ不安を抱えていられる猶予があったんだ。

それは、どんどん取り上げられてきている。

不安だったら、それを解消するプランを立てて実行に移しな
さい。
誰に相談したところで、同じ答えしか返ってこないだろう。
そして、プランは僕自身にしか立てられない。

今まで忙しさの中に紛れ込ませて、いつまでも先送りにして
きた僕の致命的な弱点。
それをこれからもそのままにしていたら……僕がどういう進
路を選択したとしても、必ず僕の足を引っ張るだろう。
そして、とばっちりがしゃらにまで行っちゃうことになる。

「……」

何をするでもなく。
腕組みしたまま机の上に目を落としていたら、携帯が鳴った。
しゃらだな。

「いっきぃ?」

「うーす」

「どうだった?」

「ああ、模試?」

「うん」

「まあまあかな。出足としてはいいかも」

「そっか……」

「はーあ」

思わず溜息が漏れる。

「明日から、でしょ?」

「そう。めんどくせー」

「……」

しゃらの声のトーンが急に落ちて、泣き声が混じった。

「寂しいよう」

「僕もさ」

「……う……う」

「でも」

「……うん」

「乗り切らないと。明日からのが本番じゃないから」

「そ……だね」

「携帯持っていけないから、緊急連絡は母さん通して」

「……。わたしが直接かけたらだめなの?」

「家族の緊急連絡以外の電話利用は、住職さんが認めてくれ
ないの。間違いなく修行なんだ」

「……」

そうなんだよな。
僕は、今回の上京の目的をきちんと分けて考えないとならな
かったんだ。

一つは夏期講習。その目的はもちろん学力を上げるため。
でも、泊まり込んで勉強する目的は、それとは違う。
瞬ちゃんや住職さんが『修行』という言葉を使うのには、
ちゃんと意味があったんだ。

僕は、やっとそれに気付いたの。

「修行の目的は、学力を上げることじゃない」

「え?」

しゃらには、それが意外だったんだろう?

「どういう……こと?」

「離陸の準備だよ。離陸するなら、自分で滑走路を作らない
となんない」

「あ……」

「その……地盤作りさ。僕が今までずーっと後回しにしてき
たこと」

「そうなの?」

「そう。もししゃらから見て僕がそう見えてなかったら、僕
はまだ猫を被ってたってこと」

「……」

「情けないよ」


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三年生編 第69話(3) [小説]

「うーん……大丈夫かなあ」

「上がってないん?」

「いや、そうじゃないと思うんだよね」

「ほ?」

「あいつ、不器用なんだよね。どっか一点に突っ込んだり、
引っかかったりすると、そこで時間浪費しちゃう」

「ああー、学力以前じゃん。それって」

「そうなん。融通利かないとこは、前よりはだいぶマシになっ
たと思うんだけど、センター系みたいに設問多くて時間配分
が重要なやつは元々苦手なんだろなー」

「なるほどなー」

「僕から見たら、センター試験を足切りに使わない、筆記に
しっかり突っ込める私大の理工系の方がいいと思うんだけど
ね」

「それ、やつに言ってないの?」

「あいつの頭の中は、とんぺいの理学部一本なんだ」

「なんでまた」

「たぶん……たぶんだよ」

「ああ」

「そこに、あいつがものすごくこだわるものがあるから、じゃ
ないかな」

「技術とか、分野とか?」

「いや……」

「うん」

「人だと思う」

何度考えても、僕には立水がそこまでとんぺいにこだわる理
由が他に思い付かなかったんだ。

同じこだわりでも、関口のは専門分野へのこだわりだ。
自分のやりたいことが学べる中から、一番レベルが合ったと
ころをチョイスするんだろう。
その中には、一般入試を回避するという選択肢も入ってる。

関口の執着や粘着。
あれは、何にでも全部、じゃないんだよね。

どうしても欲しい。どうしても許せない。そういうものにと
ことんこだわる。

逆にそこまでこだわるためには、こだわる優先度の低いもの
は捨てないとならない。
あいつは、それがよーく分かってるんだ。
だからこそ進路の方針が固まった後で、それまで突っ込んで
た大学情報のファイルをあっさり放り出してる。

こだわりの効率がものすごーくいい。

その正反対が立水だ。
こだわってこだわって、頭からぷしーぷしーと湯気を立てま
くってる割には、遅々として前に進んでいかない。

最初僕は、それが二人の性格の違いから来るのかなーと思っ
てた。

でも、違うね。
そうじゃない。

立水のこだわりが、自分の将来に向いてない。
僕は、あいつの熱気の中からそれを見つけることが出来ない
んだ。
まるで熱にうなされてるみたいに、しゃにむにとんぺいを目
指す意味がちっとも分からない。

分野じゃなく、『その場所』に入り込むのが目的。
それが自分の興味や得意不得意と関係がないから、ものすご
く効率が悪い。

なんで、そこに行く必要があるわけ?

学校のステータスでも学問への興味でもなかったら、それは
人しかありえないじゃん。

もちろん、僕は立水に余計なおせっかいをするつもりはない。
立水が何も話さない以上、それは立水にとってのトップシー
クレットであり、外野が無神経に秘密をほじくり出そうとし
たらそれこそ袋叩きに遭うだろう。

それに僕は今、自分のことだけで精一杯だ。
そんなゴシップ紛いのネタに気を散らしてる場合じゃない。

ただ……。
あいつが、抱え込んでるものを自力で処理出来なくなる時が
来なければいいなと。
それだけ、ちょっと心配なんだよね。



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