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三年生編 第69話(5) [小説]

しばらくじっと考え込んでるような間があって。
しゃらが、声を絞った。

「わたしも……そうなのかな」

「さあ。それは僕には分からない。僕には、しゃらがもうちゃ
んと目標に向かって走り出してるように見える。それが本当
か、そうでないのか、僕には分からない。しゃらにしか……
分かんない」

「そうだね」

夏期講習の予定表を手にとって、それをもう一度見回した。

「長い……夏休みになりそうだ」

「うん」

「でもさ」

「うん?」

「それでも、もうこの夏休みは戻ってこないよ。過ぎたら二
度と戻ってない。だから。高三の夏休みを僕らがどう使った
か。それに……後悔を残したくないんだ」

「うん」

「去年の夏みたいにね」

ふっ。
小さく息を抜いたしゃらが、返事に力を込めた。

「うん!」

「乗り切ろう。二人で、じゃなく。僕らそれぞれの力で。そ
れが、僕らの夏休みの宿題かなと思う」

まだ涙が混じってるような口調だったけど。
しゃらは、それにしっかり返事した。

「分かった。がんばる」

「お盆過ぎたら、通常モードさ。二人で勉強出来る。それま
での辛抱って考えようよ」

「うん……うん」

まるで生まれた時からずっと一緒だったみたいに。
僕としゃらは出会って二年の間、毎日のように顔を合わせ、
電話で声を聞き、メールをやり取りしてきた。
それが当たり前のようになっていた。

恋人同士っていうよりも、一心同体に近かったんだ。
それは……必ずしもいいことばかりじゃない。
離れた途端に崩れてしまうようなら、依存癖が強いばんこの
母親や穂積さんのことなんか偉そうに言えなくなる。

二人で一人前じゃなく。
一人と一人で二人以上にバージョンアップ出来るように。
僕もしゃらも、もっと心を鍛えなければならないんだろう。
一人であってもぐらつかないくらいには。

「じゃあね」

「あ」

「うん?」

「講習から戻ってきたら電話くれる?」

「ああ、いつものように」

「楽しみにしてる」

「しゃらもちゃんと追い込めよ。僕のせいにはさせんぞ」

「うう、そうだよね……」

「本番は、もっと後だからな」

「うん」

「じゃあ、おやすみ」

「……おやすみ」

名残惜しそうに、しゃらが引っ張った。

「おやすみ、いっき」

「ほい」

ぷつ。僕の方から先に切った。
どこかで現状にピリオドを打たないと、僕らはいつまで経っ
ても先に進めない。

去年とは違う。今年のは、僕らが自分で設定した試練だ。
それすら乗り越えられないようじゃ、先が知れてる。

ここで……踏ん張らないとね。


           −=*=−


いつもより早くにベッドに入ったけど、僕はなかなか眠つけ
なかった。

「猫を被る……かあ」

自分を、実態以上によく見せようと思ったわけじゃない。
僕の言葉や態度に出たことを悪く悪く勘ぐられて、攻撃の的
になってしまうのが嫌だっただけだ。
それはあくまでも自衛であって。そんなのがいいって思って
たわけじゃない。

でも、そうこうしているうちに、猫は僕にべったり張り付い
て取れなくなってしまった。

辛いことも悲しいことも、表情に出さずにその下に押し隠し
てしまう悪い癖。
高校に入ってから、僕に張り付いてた猫はだいぶ退けてくれ
るようになったと思う。思うけど……。

それはまだ、僕から出て行ってくれない。

付き合いの長い親や、ずっと僕を見ていてくれるしゃらが、
僕の真意を見抜くのは当たり前じゃない。
親やしゃらだからそう出来るんだし、親やしゃらも僕の全て
は見抜けていない。

そんなのを……期待しちゃだめなんだ。

親やしゃらから離れて過ごすこれからの二週間。
自分の弱さ、汚さ、情けなさから目を離さないで、ちゃんと
それを制御し、講習に集中すること。
その中から、僕にとっての真の道筋、活路を見出すこと。

たかが夏期講習。
でも、それは僕にとっては間違いなく修行であり、冒険の旅
になるんだろう。

僕が自分と向き合ってる間は、猫は何も役に立たない。
そんなものは要らない。
ポーカーフェイスの取り澄ました猫には、出て行ってもらお
う。

どうせ……その期間が終われば、猫は何事もなかったかのよ
うに戻ってくるんだろうけど。

でも、無表情に見える猫も尻尾で感情を表現する。
尻尾が、僕の目の前でぱたぱたと振られ続けてる。

赤い、もふもふの尻尾。

意味? そんなん決まってるじゃん。

「夏期講習……やだなあ」




cattail.jpg
今日の花:キャッツテールAcalypha reptans




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