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三年生編 第67話(6) [小説]

「そうだな」

「僕は逆で、我が強いくせに何でも飲み込んでしまおうとす
る。選ぶのも苦手で、人の渦に埋まっちゃう」

「わはははははっ!」

先生としのやんが大笑いした。

「でも、彼は僕と先生の悪いところがセットになってるんで
すよ」

「あっ!」

それで、先生にも分かったんだろう。

「そうか! そういうことか!」

「でしょ?」

「ああ。感情的なやり取りが苦手な癖に、選ばないで丸呑み
しようとするってことだな?」

「そうです。しかも僕以上に我が強い」

「見るからに……だもんなあ」

「自分を下げてバカをやらないと、丸呑みは無理っすよ。で
も、それが分からないんじゃなくて、出来ない。どうしても
出来ない。でも、友達は欲しいんです。それがああいう極端
な言動に化けちゃう」

「うーん」

「自分を下げるか、孤立を受け入れるか、どっちかを選ばな
いとならないと思うんだけど、どっちも嫌、じゃあねえ……」

しばらく考え込んでいた先生は、ひょいと顔を上げて僕に聞
いた。

「で、工藤くんは、彼をイジるの?」

「まーさーかー。僕がまだ一年なら考えますけど。受験生で
すから」

「そうだよねえ」

「それに、半端に関わって大失敗したことがあるので、僕は
関わりません」

「誰? まさか御園さんじゃないよね?」

どて。

「ちゃいますがな。先生の知らない人です。去年僕がバイト
してたとこの関係者。女子大生」

「ふうん。それは御園さんは?」

「知ってますよ。しゃらと二人でどやしたから」

「ど、どやしたあ!?」

「そう。ストーキングされたんです。半年以上つきまとわれ
ましたからねー。ひどかったっす」

しのやんが、興味深そうに首を突っ込んできた。

「なんでまた」

「さっきの彼と同じさ。友達は欲しいけど、自分は絶対に下
げない」

「なるほどね」

先生が納得したみたいだ。

「僕の前にも、いろんな男子学生に付きまとって彼らを壊し
てきたんですよ」

「ぐげえ」

「館長さんとちゅんさんから、最初にがっつり警告されたん
で、僕は徹底的に無視しましたけどね」

「へー。桂坂にそんなのがいたんだ。知らんかった」

「たまんないっすよ」

「でも、さっき大失敗って言ったじゃない?」

「ええ。最後まで徹底的に無視すりゃ良かったんですけど、
うっかり情けをかけて、本気でどやしちゃったんです」

「ははん。いい加減にしろだけじゃなくて、何かアイデアを
出したのか」

「そうです。善意のアドバイスのつもりだったんですけど、
彼女には中途半端な情けに思えたんでしょうね」

「どうなったの?」

頭の上に手を伸ばして首を吊るまねをする。
白目を剥いて、ベロを出す。
先生はそれで理解した。

「ひでえ……」

「未遂で終わったのがせめてもの幸いです」

「たまらんね」

「そうなんです。だから、さっきの彼にも関わりたくないん
ですよ」

「分かる。関わるなら徹底的に関わる覚悟がないと、どっち
も壊れるってことだな」

「はい」

「厄介だなあ……」

三人でなんだかなあと脱力していたら、ドアがノックされた。

「はい?」

「こっちにいると聞いたんだが、工藤くんいるかい?」

あ、校長だ。
さっと席を立って、校長を招き入れた。

「二年生の滝沢くんという子がそちらに行きませんでした?」

「来たよ。私のところに行けって言ったのかい?」

思わず苦笑する。

「まーさーかー。プロジェクトを好きにさせろっていうトン
デモな理由で入部希望を出してきたんで、やりたきゃ自分一
人で最初からやれって突き放しただけです」

「ああ、そうか。それでか」

校長が、納得したらしい。



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三年生編 第67話(5) [小説]

「うわ……」

「ちょ、いっき。校長はなんて言うんだ?」

「決まってる。君は、なぜ中庭をいじらせろと言うんだ?」

「まあ、そうだよな」

「きっと、滝沢くんはこう答えるよ。中庭を僕の好きにした
い」

「言っちゃう? それ言っちゃう?」

「言うね。間違いなく」

中沢先生が、呆れ顔でぽんぽんと椅子の背を叩いた。

「校長がそれでうんと言うわけないよ」

「もちろんです。でも、それだけじゃ済まさないと思う」

「え? どういうこと?」

「中庭は学校のものであって、君のものじゃない。その理由
では君にいじらせることは出来ない。私を納得させられる理
由を考えなさい。最初に僕に言ったのと同じ」

「無理だろさ。あの俺様じゃ」

「無理ですよ。でも校長は、その後の彼の返事や行動次第で
彼に監視を付けますね」

「あっ!」

中沢先生としのやんが顔を見合わせた。

「滝沢くんの極端な態度が、単なる性格の偏りから来てるの
か、それとも病的なものか。行動がエスカレートするような
ら、親を通して警告を出すんじゃないかな」

「ううー。絶対に、そんなやつを入れたくないね」

「まあね。でも、異常性のところはまだなんとも言えない。
極端な自分勝手なら、なんでプロジェクトにこだわるの? 
それこそ、ごちゃごちゃ言わないですぐに一人で中庭に穴掘
り始めるでしょ」

「む……確かにそうだね。俺様なのに、プロジェクトにこだ
わってるのは変だな」

中沢先生が、腕組みして首を傾げた。

「彼が本当に王様になろうと企んでいるのなら、最初は猫を
被りますよ。俺は何でもやりますって」

「ああ」

「それが出来ない。つまり王様になりたいってわざと誇示す
るのは、僕はサインだと思う」

しのやんが頷いた。

「そうか。確かにな」

「何のサイン?」

うーん……中沢先生には分からないのかあ。
ってことは、中沢先生がまだぼっち体質を引きずってるって
ことなんだよね。

『わたしは独りでいい。ほっといて』

そういうネガな部分をかんちゃんにぶつけないように、注意
しないと。
結婚したら、かんちゃんはきっと先生にべったり引っ付くよ
うになるよ。かんちゃんは、独りにされるのが寂しくて寂し
くてしょうがないんだから。
それを、甘く見ないようにしないと。

引っ付き虫のしゃらがいるから、僕にはよーく分かる。
中沢先生とかんちゃんは、ちょうど僕としゃらの男女逆パター
ンになってるんだよな。

僕がそんなことを考えてちょっと黙ってたら、しのやんが代
わりに答えてくれた。

「先生、トモダチガホシイ、ですよ」

「へっ? ありえんだろ?」

「いえ、間違いなくそうです」

しのやんも、中沢先生の悪癖には気付いてる。
意識が自分自身に向いていると、生徒の微妙な心の動きを見
逃す。見抜けない。

鈴ちゃんのフォローを先生だけにお願いしなかったのは、そ
ういう背景があるから。
先生自身が悩みや不調を抱えていると、そこから全然目が動
かなくなるんだ。僕らの方をまるっきり見なくなる。
それが怖くて怖くてしょうがない。

だから、会長で保険をかけたんだ。

今回もそうなんだよね。
最初に会った頃の先生なら、滝沢くんの抱えている心のひず
みはちゃんと見抜けたと思う。

先生は今上昇期。沢渡先生絡みのごたごたもすっきり片付い
て、プロジェクトでもきちんと監督役として機能し始めた。
そして何より、かんちゃんとのゴールインで達成感がある。
前よりずっと余裕が出来たと思う。

それでも、生活はこれまでとがらっと変わるよ。
私生活が忙しくなってきたら、意識は僕らにじゃなくて自分
自身に向けられる。事実そうなりつつある。
その分、猫拾いをしてた先生のアンテナの感度がどんどん下
がってるんだ。

ふうっ……。

「せんせー。もし先生が知らない環境にぽんと置かれたら、
自分から新しい人間関係を作りに行きます?」

「うーん」

考え込んじゃう先生。

「誰かがアクセスするまで待ってる方じゃないすか?」

「あたた、確かにそうかも」

「てか、先生の人脈を見ればすぐ分かりますよ。すっごい狭
いもん。先生がアプローチを慎重に選んで、いいと思ったも
のだけ受け入れてきた。いつも受け身」

「う……」

「つまり先生は、人との感情的なやり取りが疲れる。しんど
い。そこを出来るだけシンプルに、すっきりさせておきたい。
だから友達層がすっごい薄い」

「ううう、当たってるなあ」

「でも、それはスタイルの問題なんで、いい悪いじゃないっ
すよね?」

ほっとしたように、先生が頷いた。




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