SSブログ

三年生編 第67話(7) [小説]

「まあ、これだけ生徒がいるんだから変わり者も何人かはい
るんだろうが。困ったもんだ」

「そうですよねえ。校長は、どう返事されたんですか?」

「くだらんことをほざく前に、ちゃんと勉強しろと言い渡し
た」

おっと。門前払い?

「『勉強』の中身を考えてくれると嬉しいんだが、あれじゃ
望み薄だなあ……」

いや、さすがは安楽校長だ。
ちゃんと勉強という意味を膨らませてある。

成績がどうのってことじゃない。
なぜ今のプロジェクトがあるのか、その成立過程をきちん
と学びなさい、そういう意味での勉強も含めてあるんだ。
でも、彼がその意図を汲めるとはとても思えないんだよね。

「しばらく用心するしかないですね」

「まあな。勝手にいじるなという警告は出したんだろ?」

「出しました。中庭の整備は学校からの委託事業ですから」

「そうだ。まず、そこからなんだよ。それが理解出来ん間は
何も認められん」

「彼……大丈夫ですかね?」

「クラスでも孤立してるようだな。その対応は担任と詰める
よ」

うん。それなら、僕らも安心出来る。

「すいません。厄介ごとを増やしちゃって」

「いや、そういう問題を抱えた子がいるという情報は貴重な
んだよ。あらかじめ分かっていれば、トラブルが起こる前に
いろいろ対応策を考えられるからな」

安楽校長のように考えてくれるのは、本当に助かる。

「追加情報があれば、また教えてくれ」

「はい!」


           −=*=−


人と人が繋がる。
それは、ものすごく簡単で、ものすごく難しい。

人が二人いて互いに繋がろうと思えば、それはあっけなく実
現する。何の苦労も努力も要らない。
でも片方がそれを拒否すれば、何をどうやっても繋がらなく
なる。

アプローチする方がいくら工夫を凝らしても、受け入れ側の
ドアが一度閉ざされてしまうと、それはおそろしく堅く、重
くなってしまう。
ドアを開ける努力をするのがばからしく思えるほどに。

ましてやアプローチが雑で無神経だと、開くはずのドアすら
全部閉ざされてしまうんだ。

「ふう……」

なんだかなあという面接を終えて帰宅した僕は、帰る途中で
見つけて撮った奇妙な画像をじっと見つめていた。
それは、ほとんど手入れされていない古い家の庭に、一面に
はびこっていた草の画像。
最初ツユクサかなと思ったんだけど、花が白かったんだよね。

「ミドリハカタカラクサ……かあ」

通称トキワツユクサ。
元々は園芸植物だったのが逃げ出して、野生化したらしい。
それは全然珍しくないんだけど……。
タネが出来ない植物なのにどうして雑草として広がれるのか、
とても不思議だ。

ちぎれた茎の破片からでも芽と根を出して増えることが出来
るから……ってことなんだろう。
ものすごい生命力だよな。

庭一面にびっしり広がって白い花を上げている光景を見て、
ふと思ったんだ。
プロジェクトっていうのもそれに似てるなーと。

いろいろ危機はあったけど、プロジェクトのメンバーが団結
し、知恵を寄せ合って乗り越えてきた。
本当にしぶとくて、打たれ強い。タフだと思う。

滝沢くんの中では、プロジェクトのメンバーが一面に咲き広
がっているミドリハカタカラクサの花に見えているんだろう
か?

花の一つ一つは、地味な目立たない白い花だ。
どれかが突出しているっていうわけじゃない。
それが無数に咲き揃うと、淡くふわりと地面を彩ってプロ
ジェクトという景色を作る。

彼はそれを見て思ってしまうわけだ。
こんだけ人数がいるんだから、そんなちんけな花じゃなく
て、もっと派手にばあんと咲けよ!
……ってね。

まあ、彼の言う理屈にも一理あるんだ。
プロジェクトの独自性や個性をもっと強く打ち出せないの
かっていう意見は、僕らの中でもあったからね。

でも、咲かせる花はやっぱりプロジェクトとしての花でない
と意味がない。
みんなが白い小さな花を咲かせようとしているところに、一
本だけヒマワリをどかんと生やしたって、浮くだけさ。
枯れ果てた庭の真ん中で、一本だけヒマワリが咲いていたら。
ものすごくみじめじゃないか。

一本だけで咲くことを選択した須山先輩みたいに、孤立する
ことをきっぱり受け入れてしまえば、周りのひんしゅくは買
うかもしれないけど、それはそれでありだと思う。
でも、ヒマワリ畑にしたいからヒマワリのままで俺を受け入
れろっていうのは、どうしたって無理だよ。

僕的には、見せる花の形なんかどうでもいい。
見事な全景を作るためには、一人一人が踏ん張って生き残ら
ないと意味がないんだ。
そして、一回咲いてそれで終わりじゃなくて、ずっと咲き継
いでかないと意味ないじゃん。

滝沢くんには、花が咲いている景色よりも、それが咲くまで
の過程に目を向けて欲しいんだけどね。

「まあ、いいや」

あの極論を取り下げない限り、彼をプロジェクトに受け入れ
ることは絶対に出来ない。

来年卒業していなくなる僕らの心象はともかく、顧問の中沢
先生の心象をすごく悪くしちゃったのは致命的だったんだ。
あれじゃあどんな手段で再アプローチを試みても、先生の方
でぎっちりブロックしてしまうだろう。
役員交替に乗じて入り込んで牛耳ろうっていう目も、もうな
くなったと思う。

もっとも、彼のは明らかなSOSだ。
それを誰がどんな風に汲むのか。汲めるのか。
僕には全く予想出来ない。

派手だけど、花が終われば枯れてしまうヒマワリの危うさ。
一年草の悲しさが。

じわりと意識の下に忍び込んでくる。

「……ったく」




tokiwat.jpg
今日の花:ミドリハカタカラクサTradescantia fluminensis 'Viridis')



nice!(77)  コメント(4) 
共通テーマ:趣味・カルチャー