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三年生編 第68話(2) [小説]

終業式のアナウンスが流れて、全校生徒が校庭に集められた。

安楽校長の口からどんな爆弾発言が飛び出すか、みんなはら
はらしていたと思う。
でも僕が入学した時と同じで、校長の挨拶はとても簡素で地
味だった。

夏休みは長いと思っていると、あっという間に過ぎてしまう。
それぞれにきちんと目標を立て、有意義に夏休みを使って欲
しい。それだけ。

ただし、警告はやっぱり出た。

「みなさんご存知のように、今年から校則が強化されていま
す。夏休み中もその制限はしっかりかかりますので、本校生
徒であることを肝に銘じ、校則と生活規範をしっかり守って
過ごしてください」

もう一つ、これまでとは違うことがあった。

去年の終業式では、校長挨拶の後に生活指導の瞬ちゃんが毒
ガスをぶち撒いたんだけど、今年は副校長の大高先生がその
役目をした。

簡素な安楽校長の挨拶と違って、大高先生の僕らへの注文は
はんぱなく厳しかった。

そうか。なるほどね。
ここでも、校長、副校長、先生たちっていう役割分担をはっ
きりさせておこうってことなんだろう。

先生たちは、学校の全体管理には直接タッチしなくてもいい。
その分、勉強を教えること、そして部活やクラスのコントロー
ルをしっかりやってくれっていう線引きをしたんだ。
校長、副校長と僕らとの間でちゃんと調整役をしてくれって
いうことなんだろう。

去年、来たばかりの瞬ちゃんが、なぜ汚れ役をやらざるを得
なかったか。
生活指導にまで直接校長が首を突っ込んだら、最初から大騒
ぎになるからだ。

僕らの引き締め役のように見えて、実は瞬ちゃんのところが
対校長の防波堤になってたってこと。
その異常性が、今になってよーく分かる。

それが、大高先生が来たことで筋に戻せた。
間違いなく厳しくはなるけど、全体としてはこれがあるべき
姿なんだろうな……。

特に大きな波乱なく終業式が終わって、僕らはぞろぞろと教
室に戻った。

ささっとゆいちゃんが寄って来る。

「ねえねえ、くどーくん」

「なに?」

「さっきの大高先生のどやしさあ。どこまで本気?」

「最初から最後まで」

どべっ。

ゆいちゃんだけでなく、ヤスやしゃらもぶっこけた。

「ええー?」

「ひでえ」

「てか、あんくらい言わないと、効かないんだよ」

ゆいちゃんが、シャーペンで手帳をぱんと叩く!

「そっかあ!」

「先生一人一人を僕らの監視役で付けるっていうならともか
く、僕らがみんなプライベートで動く夏休みに、実効性のあ
る網なんかかけられないって」

「そうだよな」

「おまえらには、こんくらいきつく言わないと効かないだ
ろってとこさ。まだおっかなびっくりの一年には効果がある
し、僕ら三年にはあんま関係ない」

「夏期講習組が多いもんなあ」

「そ。あとは、適当にスレてて一番がっつり遊びたい二年
に、最初にちゃんとプレッシャーかけとこうってことで
しょ」

「ふむふむ」

そこに、のそっと立水がやって来た。

「おい、工藤」

「うん?」

「例のとこ。いつ入るんだ?」

「27日。28日から夏期講習が開講だから、前日に入る」

「俺もそうするか」

「おまえんとこは開講は?」

「同じだ。28から」

「いよいよだな」

「死ぬ気でやるぜ!!」

立水の気合いの入れようははんぱじゃなかった。
いや、実際ここで地力を上げておかないと早々に白旗だから
な。

立水の気合いとは裏腹に、しゃらは見るからに元気がなかっ
た。まあ……しょうがないよね。
夏期講習の間は、直接会えないってことだけじゃない。
電話でのやり取りも含めて、一切のアクセスが遮断されてし
まう。

今まで、何かあってもほとんどべったり二人三脚で過ごして
きた僕らにとっては、トラブルもないのに没交渉になる初め
ての期間になるんだ。

家の建て替えや不調のお母さん、先行き不安なお兄さんのこ
とで、しゃらは大きな心労を抱えている。
しゃらにとっては、僕っていうはけ口を取り上げられる辛い
期間になる。
でも……僕はしゃらのいない期間を乗り越えたいし、しゃら
にも乗り越えて欲しい。

先々僕らの道を重ねるためには、今は一人で歩く訓練が絶対
に必要なんだ。

僕らの将来(さき)のこと。
それはユメとかキボウとか、そんなあやふやなものじゃだめ。
具体的にどうするっていうプランを。
僕らが庭の設計をする時みたいに、使える時間と予算、人の
配置を考えるプランを。
これから、しっかり考えていかないとならない。

「わ! えびちゃんが来たっ!」

ゆいちゃんが慌てて手帳を畳み、やべーって感じでみんなが
さっと自分の席に散った。


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三年生編 第68話(1) [小説]

7月24日(金曜日)

一学期が終わる寸前に、プロジェクトやしゃら絡みで小さな
ごたごたがあったけど、どれも一応決着が付いた。
僕としてはほっと一安心だ。

追試を受けた実生は辛うじてそれをクリアして、なんとか明
るい夏休みが送れることになったらしい。
ずっと前からバイトを探していた実生は、結局無難にリドル
のウエイトレスをすることになった。

それまでは行きがかり上しゃらが代行してた部分を、完全に
実生が引き継ぐ形になったわけ。
他の二人のアルバイターとのシフト制だからアルバイト代は
知れてると思うけど、客対を覚えるには手頃だと思う。
マスターは優しいしね。

マスターからアルバイト許可申請用の書類に署名とハンコを
もらってきた実生が、書き落としたところがないかどうかを
何度も確認していた。

「お兄ちゃん、これでいいかなあ」

「どれ」

今日提出して担任から確実におっけーをもらわないと、バイ
ト出来なくなるから、実生は真剣だ。

バイトでやる仕事の内容。
雇用者の名前と印鑑、事業所の所在地、連絡用の電話番号。
勤務時間と期間。時給。

うん。問題なし。
てか、マスターって小此木正伸(おこのぎまさのぶ)ってい
う名前だったのね。
みーんなマスターとしか言わないから、名前知らんかった。
だははっ!

「書類はばっちり。それよか、早稲田先生ってめっちゃいい
加減だから、必ず書類出したその場で許可印もらってね。先
生の後でやっとくは、やらないと同じ。それじゃ、なんか
あった時に困るよ?」

「う……そうだあ」

ぎりぎりになっちゃったからなあ。
追試がなければもう少し余裕持って書類出せたんだろうけど、
しょうがない。
ま、こういうのも経験ということで。

「さて、さっさと行こう」

ひょいとカバンを担いだ僕を見て、実生が慌てて書類をカバ
ンにしまった。

「待ってよう!」

「先行くでー」

「えーん」

妹と肩並べて仲良く登校なんてことはない。ちゃりだからね。
それでも、実生にとっては兄妹で一緒に行動できる数少ない
機会だ。
僕は、後ろで必死にちゃりを漕ぐ実生の姿を振り返って、思
わず苦笑いする。

そうなんだよなあ。

僕が高校に上がってからは、どっちかと言えば僕と一緒の行
動を避けてた実生。
それは、僕にしゃらっていう彼女が出来たから遠慮してって
いうだけじゃないと思う。

こっちに越してきてからは、僕が実生を庇わないとならない
事態が起こらなかった。
実生はそれを、本格的な自立を始めるきっかけにしたんだろ
う。

困った時はお兄ちゃんに頼ればいい。
実生が小さい時には、確かにそういうところがあった。
だけど、僕に頼ったり庇ってもらうのが必ずしも自分にはプ
ラスにならないってことを、少しずつ悟ったんだと思う。
だって、学年が違う僕らはずっと一緒にはいられないもの。

ただ、転校ばっかしてた頃はそれが実生のやせ我慢という形
になっちゃって、すぐ実生の体調に跳ねてしまってた。
結果として、実生が僕を頼り、僕が実生を庇う構図は変えら
れなかったんだよね。

でも。
こっちに来てからいじめの圧力が消えて、実生は無理しない
でのびのびと自分の我を出せるようになった。

自分と僕をいっしょくたに考える必要がなくなったから、自
分の好きなことやりたいことだけに集中出来て、好き嫌い以
前に僕のことを特別意識しないで済んだ。
それだけだと思う。

だけどね。
僕と実生とでは、父さん母さんの中での位置付けが全然違う
んだよね。

僕に対しては、二人とも早くから距離を置いてる。
男の子なんだから、自分のことは自分で決めなさいよって。
そこがものっそドライ。

高校の入学式で分かるでしょ。
僕ん時は、母さん、買い物帰りにジャージ姿で来たんだよ? 
今でも信じられんわ。
それなのに、実生の時にはドレスアップして、フルメイクし
て行ったからね。

でも、それは愛情の差じゃない。心配の差だ。

僕の周りに父さん母さんが立ててくれた防御壁は、もうどん
どん取っ払われてきてる。
そうしないと僕が外海に出られないから。

でも、実生の自立心は父さん母さんに信用されてないんだ。
まだシェルターの中に囲っておかないと、怖くてしょうがな
いって見られてるんだろう。
だから、母さんがちゃんとマンツーマンの対応をしてるんだ。

そして勘のいい実生はそれに気付いてる。
気付いてるだけじゃない。実生自身も自分からシェルターを
出る勇気はまだないんだよね。

高校に入ったばっかなんだから、焦る必要は全然ないと思う
けど、いずれは実生もこの家から出なければならない日が来
るだろう。

それを考えたくない。
ずっとこのまま、居心地のいい『今』を抱きかかえていたい。
本当なら、年頃的に僕との距離がもっと開くはずの実生が最
近妙に絡んでくる背景には……そういう先への恐れみたいな
意識があるんじゃないかなと思う。

その恐れの気持ちは、僕にもあるけどね。

家族としてのスクラムをがっちり組んできた僕らは、それを
解くのに苦労してるんだ。
僕も苦労してるよ。

自立して家を出ることは、家族の間の信頼や愛情の終わりな
んかじゃないよね。
でもそれだからこそ、どこかに遠心力が働かないと家を飛び
出す踏ん切りがつかないんだ。

たぶん。
僕の場合は、しゃらとの今後のことがその遠心力になると思
う。てか、僕はそうするつもりでいる。

それを実生がどう思うか。どう考えるか。

……僕には分からないんだよね。



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