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三年生編 第68話(5) [小説]

帰り道。
しゃらは、いつも以上におしゃべりだった。
しばらく僕がいなくなる不安を、しゃべり倒して振り払おう
とするかのように。

ちゃり押しながらのゆっくり歩きでも、分岐点には到達して
しまう。
いつものように、そこで僕としゃらの道は分かれる。

坂口の商店街の入り口。
不安げな表情を隠そうともせず、しばらく僕の腕を抱え込ん
でいたしゃらは、諦めたように腕を離してひらひらと手を
振った。

「夜に電話する」

「ああ、またね」

「うん!」

何度か振り返りながら、しゃらが商店街の中を駆け抜けて
いった。
僕も、いつもならすぐ坂を登るんだけど、しゃらの背中が見
えなくなるまで見送った。

もちろん、これが最後なんかじゃないよ。
いつものお別れさ。

でも、明日も会えるとは……言えない。
もう……言えない。

変化が来る。
僕やしゃらが望む、望まないに関係なく、変化は来てしまう。

「ふうっ……」

カバンを肩に担ぎ上げ、夏空を見上げる。

いつもの夏。
でも、これまでとは違う夏。

夏は、いつでも、どこでも夏だ。
変わらない。

変わっているのは。
変わっていくのは僕たちだ。

僕やしゃらがいつまでも高校生でいられないように。
時は容赦なく僕らを急き立てて、今から追い払っていく。

そして。
今朝の実生。
さっきのしゃら。
今の僕。

誰もが変わることを不安に感じてる。
このまま。安定した今がずっと続けばいいのにと願ってる。
そんなことは出来っこない。ありっこない。
それを、分かっていても、なお。

「おりゃあ!」

地面にがっちり張り付いていた足を引き剥がすようにして、
僕は商店街に背を向けた。
そして、のしのしと足を進めた。

残念だけど、もう立ち止まっている暇はないんだ。
立ち止まっていても、何も出来ないから。

そうさ。変わることをいたずらに恐れたくない。
だって、黙っていても僕らは変わってしまうのだから。

サネカズラの地味な花が、いつの間にか真っ赤なルビーの集
まりみたいな果実になるのと同じ。

変化は……来る。必ず来るんだ。

どうせ何もかもが変化するのなら。
僕はそこに実りを乗せたいと思う。実りを残したいと思う。
変化に挑んだ、自分自身へのご褒美として。

「まず、明日の模試だな」

楽しめる夏休みにはならないよ。
でも、まだいっぱいガラクタを抱えている僕が、初めて自分
の力で自分を意識して修理し、鍛え上げる時が来たんだ。
いじめられるのはまっぴらだけど、自分をいじめ抜くことが
必要な時もあるんだ。

僕は……立水には負けたくない。
いや立水だけじゃなくて、自分の目標を定めて死に物狂いで
追い込んでくる全国の受験生には絶対に負けたくない。

去年の夏、しゃらと揉めた後でしゃらに言った言葉を思い出
す。

『独りが嫌なら、独りでなくするってことだけじゃなくて、
独りに耐えるってことも必要』

「……」

ぐっと両拳を握りしめる。

今こそ、その時だ。その時が来た。

この夏。
自分を勉強で追い込むだけじゃない。
家族や理解者に囲まれてぬくぬくと過ごして来た、たるんだ
自分をきっちりリセットしよう。心をハードに鍛え直そう。

伐られても伐られても再生するサネカズラになんか、負けて
たまるかあっ!!

「うおっしゃああああっ!!」




sanek.jpg
今日の花:サネカズラKadsura japonica


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