SSブログ

三年生編 第66話(9) [小説]

「この花はすごく役に立つ。観賞用になり、染料が取れ、油
も絞れる」

うん。それが?

「でも、それを全部いっぺんには満たせないよ?」

あっ!!

「鑑賞用に育てて、こうやって切り花にしてしまったら、も
う色素や油は取れない」

「色素を取るなら、鑑賞や搾油に使うことは諦めないとなら
ない」

「油を取るなら、花が枯れて種が充実するまで待たないとな
らないから、切り花には出来ないし、色素を取るのも無理」

「でしょ?」

そ……っかあ。

「三役それぞれに、役割がきっちり決まってる。一時的に他
の誰かが仕事を代行出来ても、その責任まで全部負うことは
出来ないの」

「だからこそ、三役で何もかも負うようにしちゃいけないん
だよね。サブマネや班長をどこまで活用出来るか。いや機能
させるか。そこが、これからの課題であり、活動継続の鍵に
なるかもね」

「うーん、なるほどなあ」

四方くんが、書き取ったノートを見てうなった。

「鈴木さんたちの代と違って、今の一年生は人数が多い。組
織の新しい形を、早くから彼らに考えさせておいて。そうし
ないと、顧問の私も制御がしんどいから」

「はい!」

「おっけーっす!」

うん。なるほどな。
先生の言うことは、もっともだ。

一本の花を全部の用途に使うことは出来ない。
それなら育てる畑を区切って、用途別に分けて栽培すればい
い。

畑を区切ることは、これまでも僕らが班としてやってきた。
でも、畑の管理者がその意味をよく理解していなかったんだ。
隣の区画の様子が分からないようじゃ、連携も制御もうまく
行かない。

もちろん、そうならないように班員をシャッフルする試みも
取り入れたけど……興味のない班でやる気をなくされると、
今回四方くんやしゃらがぶち切れたみたいな事態になる。

体験期間が終わったら、きちんと班員を固めて責任を持たせ
る。
他の班やチームとの連携をどうするかについてもアイデアを
出させる。

僕らの代には必要に迫られてから暫定、暫定でやってきた組
織の形を、これからはしっかり自分たちで揉んで決めなさい。
そういうことだよね。

「うーん……」

「いっきぃ、どしたん?」

「いや、企画班さ。名前が良くないよなー」

「え? どして?」

「計画だけ立てて、それで終わりって感じしない?」

先生が即座に同意してくれた。

「ああ。工藤くんの指摘は、私もそう思う。もっと実行する
ことをイメージさせる名前の方がいいよな」

四方くんが、ぽんと手を叩いた。

「じゃあ、イベントに限らずなんですけど、各班でやること
の調整や交渉は、基本そっちでしてもらうと……」

「いいんちゃう?」

しのやんが頷く。

「てか、僕らはそうやってきたんだけど。今までも、実務の
学校との交渉はみのんがやってる。僕はそっちにはタッチし
てない。イベ班だって、基本はそうだよね?」

しゃらも笑顔で同意した。

「そう。許認可のこととか、わたしとちっかで手分けしてやっ
てたよ。しのやんに頼んだことはないかな」

「そこがあいまいになって、全部四方くんに流れ込んじゃっ
たのがそもそもおかしいんだ」

ほっとした四方くんが、やっと笑顔を取り戻した。

「助かるっす。そしたらチームで、プロジェクト全体のお金
とスケジュールの管理、行動予定と進捗状況のチェックをす
ればいいってことすね?」

「んだ。それなら、めちゃめちゃしんどいってことはないと
思うよ」

ふう……。
沢渡校長とのごたごたで、そういうところにも不具合が残っ
たんだ。スケジュールがタイトになって、鈴ちゃんたちへの
引き継ぎが、がさがさになっちゃったんだよね。
そのしわ寄せが、全部四方くんに行っちゃったんだ。

「みのんとちっかから、もう一度高屋敷くんと黒ちゃんへの
引き継ぎ説明を丁寧にやらせるわ。調整の区分けを認識させ
て、何でもマネージャーにやらすなって釘刺さないと」

「あざあっす!」

ふうっ……。
息を漏らした四方くんが、何度もせわしなく肩を揺すった。
ほんとにしんどかったんだろう。

「じゃあ、俺から、旧イベ班とマネージャーチームの新しい
名称募集のアナウンスを出しときます」

「背景説明をきちんとつけてね」

「うっす」

僕らを見回していた先生が、うっすら笑みを浮かべながらベ
ニバナを掲げた。

「末摘花は無骨な花だよ。でも、日本では昔から愛されてき
た。役に立つからってことだけじゃない。魅力があるからさ」

「それと同じ。プロジェクトは決してスマートじゃない。ご
つごつした荒削りだ。でも、それがこのプロジェクトの魅力
なんだよ」

「審査員の先生にも言われたろ? 下手に完成度を追わなく
ていいって。いいんだよ。でこぼこあっても。それがプロジェ
クトなんだから」

ううーっす!




benib.jpg
今日の花:ベニバナCarthamus tinctorius



nice!(75)  コメント(2) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第66話(8) [小説]

まだあれこれ心配なこと、アドバイスしてあげたいことはあ
るんだけど。
それを言えば言うほど、逆に鈴ちゃんたちの足を引っ張るこ
とになる。

僕を育んでくれたプロジェクトという巣。
そこを、そろそろ飛び立つ準備をしないとね。

クラッカーやビスケットをぽりぽりかじりながら、今日の集
会のことをあれこれ話していたら、席を外していた先生が何
本か花を持って戻ってきた。

へー。
ちょっと変わった花だ。
なんだろ?

「せんせー、それはなんすか?」

「ああ、ベニバナさ」

鈴ちゃんとしゃらが、すっ飛んで行った。

「おもしろーい!」

「変な花ー」

「ははは。ユニークだろ? これでもキク科なんだ」

「とっても、キクには見えないー」

「もちろん、日本在来の植物でもない。西アジアの原産だっ
て言われてるね」

「それが日本にあるってことは、栽培されてたってことです
かー?」

「そう。赤の染料として使われてたの。末摘花っていうのが
古名なんだけど」

先生が花弁を一つぷちっとむしって、指先で揉んだ。
でも、出てきた色は赤じゃなくて、黄色。

「赤くないですね」

「この中に、ほんの少し赤い色が混じってる。それだけを取
り出して使うのさ」

「へー」

「花弁の先っぽ、末を摘んで染める。だから末摘花なの」

「すごーい!」

「今でも使われているんですか?」

「使われてるよ。天然素材で安全だから、食品の色付けに使
われてる。加工食品の原材料のところを見てごらん」

おもしろそう。
めも、めも。

「でも、今は染色剤としてより、油の原料の方が君らにはな
じみが深いかもね。サフラワー油」

「えー!? これに油なんかあるんですかー?」

しゃらが花の中に顔を突っ込むんじゃないかってくらいに、
しげしげと見ている。

「種を絞るんだ。種の中身の3〜4割が油なんだってさ」

「そんな風に見えないけどなー」

「はっはっは。そういう風に見えないのは、今日上手に議事
を仕切った菅生くんだね。見事だったよ」

ベニバナの花を一本ひょいと手に取った先生が、それを目の
前に掲げた。

「一年生たちの油を上手に絞った。浮かれてるだけじゃなく、
ちゃんと汗をかかないとだめだぞってね」

わははははっ!

照れる菅生くん。

「今の三役、本当にバランスがいいよ。誰かが突出するって
いうことがない。鈴木さんが引っ張り、四方くんが組み立て、
菅生くんが隙間を丁寧に埋める」

「誰かが全部やらなくても済むから、今日みたいに上手にご
たごたを乗り切れる」

確かになー。

「工藤くんが引っ張ってた時は、どうしても旗振りの工藤く
んにかかる負担だけが極端に大きかったんだ。工藤くんがタ
フだったからこなせたけど、いくら御園さんや篠崎くんの補
佐があっても、線の細い子だと潰れてた」

「……」

「大野さんや校長が最初心配したのはそこさ。工藤くんが潰
れてでかい集団の頭がなくなると、どこへふらついていくか
分からないからね」

「分かります」

「だろ? 今は、その重たい責任がうまいこと分散出来てる。
三役の誰かがその責任を放棄しない限り、必ず誰かが事態を
打開出来る。今日のがいい例だよ」

先生が、鈴ちゃんたちに目を向けた。

「鈴木さんの失敗の後始末と、潰れそうだった四方くんのサ
ポートを、菅生くんが上手にこなした。副部長はお飾りなん
かじゃないってこと。菅生くんが覚悟してそれをきっちり宣
言し、その役目を果たした意義は大きいよ」

「大人数をまとめるなら、恐い先輩っていうのが一人くらい
はどうしても必要になるからね」

ひょいと花を揺らした先生が、四方くんに話を振る。

「これからサブマネを鍛える時にも、それをしっかり意識さ
せてね。長が威張るのはあれだけど、だからって後輩を甘や
かす必要もない」

「責任というのがどれほど大事かは、こういうネガな材料が
出た時にしか実感出来ないから、それを今のうちにがっちり
叩き込んでおいて」

「そうすね」

「三役を機能させるという点では、今回はうまく行ったけど。
けど……ね」

腕を組んだ先生が、じっと考え込んだ。
それから……。

「それでも、バランスを取るっていうのは難しいの」

「どうして、すか?」

四方くんが、首を傾げた。

「この花で考えたら分かりやすいよ」

全員の目が、先生の手にしているバニバナに集まった。



nice!(56)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第66話(7) [小説]

「先輩たちには、万一の時のサポートをお願いすることにし
てますけど、安易に頼らないようにします」

「とは言っても」

鈴ちゃんが、ちらっとみのんを見た。

「お庭が恋人のマイアー先輩は、毎日庭にいると思いますけ
ど」

どっ!
わははははっ!

みのんが頭をかきかき苦笑してる。
まあ、そうだろなあ。

でも、みのんだけじゃない。僕だって中庭には毎日顔を出す
よ。
それはプロジェクトのためじゃない。
僕にとっての日課みたいなものだったからね。

「それじゃ残り二つの議題のうち夏休み中の当番表確定は、
時間が押しちゃったのでマネージャーチームに調整を一任し
ます」

「もう一つ、人数がいないと出来ない方を優先して、今日だ
いたい決めてしまいたいと思います」

「学園祭に向けての秋花壇、その後の冬、春花壇のデザイン。
そして、学園祭に向けたイベントの球出しです」

「イベントの方は、まだ時間があるのであくまでもアイデア
だけ。デザインは時間に余裕がありません。急ぎましょう!」

「テーブルを八つ作りますので、どこかに張り付いてくださ
い」

「展開っ!」

鈴ちゃんの掛け声に弾かれるようにして、ばばっと部員が散っ
て島を八つ作った。
さっきの菅生くんのどやしの効果もあって、部員のぐだぐだ
感が完全に消えてる。

最終的なデザインは実務班で決める。
今話し合いでやるのは、そのための球出しだ。
出来るだけたくさんのアイデアを用意しておかないと、学園
祭のイベント準備で人が駆り出されて、実務が動けなくなっ
ちゃうんだ。

ここで全部決めるってことじゃないから、アイデアはいっぱ
い出せる。
今の段階で、実現出来る形に無理に縮めちゃう必要はない。

イベントもそう。庭のデザインもそう。
夢がいっぱいあって、それを気軽にわいわい話せるうちが一
番楽しい。

でも、それを現実にしていこうとすれば、どんどん身が痩せ
ていっちゃう。そして、苦労だけが後に残る。
ああ、始めはあんなに楽しそうだったのになあ。
そう感じてしまう。

違うよ。
もし、全部の夢を実現させることが出来ても、完成品になっ
てしまった時点で夢は終わっちゃう。
そして、後悔だけが残るんだ。
もっとすごいことが出来たかもしれないのに。どこか物足り
ないって。

発想を変えなきゃ。
今は、みんなの持ち寄った粘土を集めてでっかい塊を作って
るんだ。その塊だけじゃなんの意味もないでしょ?
それをみんなで削って、何かの像をかたどって行く。

最初はただの塊だった粘土が、段々姿形を表して、僕らに微
笑みかけてくれるようになる。
そのプロセスを楽しまないと、プロジェクトにいる意味がな
いんだ。

それは、花壇のデザインも組織のデザインも同じ。
こうすれば百パーセントうまくいく、みんなが満足するなん
ていう正解は、きっとどこにもない。
でも、材料をいっぱい集めてどうすればうまくいくかなーと
いろいろやってみる。
そのプロセスがおもしろいと思ってくれれば。

それでいいんちゃうかなーと思う。


           −=*=−


集会終了の後、新旧三役と中沢先生とで短いご苦労さん会を
やった。
場所は生物準備室。

狭い準備室の中にパイプ椅子がずらっと並んで、なかなか壮
観だ。

中沢先生が乾杯の音頭を取る。
乾杯って言っても、紅茶だけどね。

「みんな、お疲れさん!」

うーす!

「初代メンバーは、これで一息ってとこだね」

「そっすね」

ふう……。

「まあ、今の雰囲気なら、これからそんなにごたつくことは
ないでしょ」

「僕もそう思う」

しのやんも、楽観視していた。

「調整をどう強化するかだけが積み残しだったの。次に四方
くんがぶち切れたら、プロジェクトは終わりだよ。そうなら
ないように、菅生くんがうまいことどやしと提案をセットに
してくれたから、みんな前向きに考えてくれるでしょ」

「イベ班……いや企画班も、もうちょっと厚くして欲しかっ
たなあ……」

しゃらがぼやいた。

「そっちは心配ないよ。入ってきた子の半分は、イベ狙いだ
もん」

「そうなんですよねえ……」

鈴ちゃんも、弱ったなーという表情だ。

「でも、黒ちゃんは今回の審査準備でしゃらたちの苦労を思
い知ったと思う。あんなん一人じゃ出来ないよ。マネージャー
と同じで何人かサブを探すでしょ。三役で、それは補助して
あげてね」

ささっとメモした四方くんが、頷いた。

「うす!」



共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第66話(6) [小説]

どっ!
みんな笑ったけどさ。笑える話じゃないんだよ。

「それが、さっき菅生くんが言ったGMの権限強化なんです。
コックだっていう自覚がなくてお客さんみたいに振舞うん
だったら、さっさとやめてねってこと」

さあっと。笑い声が消えた。

「出来た料理を食べることが目的じゃない。料理を食べたお
客さんが、もーほっぺた落ちそうって喜んでくれる姿を想像
しながらせっせと手を動かす。それがコックさんの仕事です」

「プロジェクトの意味を、みんなでもう一度よーく考え直し
てください」

それにね。
みんなが主人公っていうのは、コックがそれぞれ好き勝手に
料理作って、ほら食えやれ食えっていうことじゃない。

ハートガーデンプロジェクトっていうレストランの名声を高
めるには、コック長だけがすごいんじゃだめで、コック全員
の腕前がよくないとダメってことなの。

だからこその『主人公』なんだ。

腰を下ろした僕を見て、先生が再び口を開いた。

「もう一つ、スパイスを足そうか」

「さっき菅生くんが、オトコだからオンナだからはなしって
言ったよね。それはすごく大事なことだと思う。どうして
か。君らが学生を終えて社会に出ると、そこに歴然と男女格
差があるからなの」

……。

「女の子。君たちは、いずれオトコから理不尽を全部押し付
けられるようになります」

「つまんない仕事や雑用をさせられ、なかなか昇進出来ない。
給料も上がらない。結婚したらさっさと辞めろって言われ、
妊娠、出産するともっと迷惑がられる」

「結婚すりゃあしたで、偉そうなダンナの召使いみたいに家
事と育児を全部押し付けられる。横暴に耐えきれなくて別れ
れば、世の中はシンママにだけものすごーく冷たい」

「男女共同参画なんて言ってるけど、そんなのは掛け声だけ。
きれいごとなんかくそっくらえです。それが世の中の実態な
んですよ」

ぐわ……。
中沢先生、相変わらずだわ。

「女子のみんながそれでもいいやって思うんなら、私は構い
ませんけど。いいの?」

女子が揃ってぶるぶるっと首を横に振った。

「それは、嫌でしょ?」

先生が、身を乗り出してみんなをぐるっと見回した。

「だから、せめてここにいる間だけでもそういう性差別の意
識をなくしましょう。少なくとも、プロジェクトの仕事で男
か女にしか出来ないというものはない。私はそう思ってます。
どう? 工藤くん」

「男女関係ないですよ。女子校の聖メリア園芸部、男子校
だった市工アグリ部。ちゃんと部活を動かしてます。大技か
ら細かいことまでね」

「うん。とてもいい例です」

「オトコに出来ないのは、サプライズの時の先生の着替え手
伝いくらいすかね」

どおおおおおっ!! ぎゃはははははっ!
教室中大笑いになった。

「ごるあああっ!」

真っ赤になった先生がぷっと膨れる。

にこにこしながら僕と先生のやり取りを聞いていた菅生くん
が、議論を元に戻した。

「じゃあ、そういうことで。班の組み替えは三役とサブマネ
で詰めたいと思います。自分も話に混ぜろっていうのは大い
に歓迎っす」

「マネージャーチームの愛称は、みんなで考えといてくださ
い。よろしくー」

三役と平部員、男子対女子、嫌な対立構造が残りそうな微妙
な問題だったんだけど、今でなくてもいつかは表に出てくる
はずのことなんだよね。
ここで全面解決ってことにならなくても、問題提起はあった
方がいい。

少しずつ。少しずつでいいから。
みんなでやることの楽しさだけじゃなくて、そのしんどさも、
全員で共有して欲しいなと思う。

雰囲気が解れたことにほっとしたんだろう。
菅生くんに代わって、鈴ちゃんが議事進行役に戻った。

「すみません。わたしのへまでこんなに時間を食っちゃいま
した。ごめんなさい」

鈴ちゃんが、ぺこぺこと何度か頭を下げて。
それから次の課題に進んだ。

「プリントの2ページめ。さっき、工藤先輩が議論を手伝っ
てくれたみたいな公式サポートが……今日で切れます」

し……ん。

「これから絶対手伝ってくれないってことじゃないです。で
も先輩たち、これから受験対応で忙しくなるんです。部活の
役をこなせないんです」

「庭は生き物です。お世話に来れるかどうか分からないって
いう状態だと当番を頼めません。なので、先輩たちの当番の
義務をここで外します。お願いしてあった副班長も解除しま
す」

「今日みたいな集会の案内は、これからも先輩たちに回しま
すけど、出席義務を外します」

きりっと表情を引き締めた鈴ちゃんが、腹の底から声を出し
た。

「先輩たちは、一年の時から全部自力でやったんです。だか
らわたしたち下級生も、今日から責任を持って全部こなしま
しょう!」

鈴ちゃんは、ごちゃごちゃ言わずに真正面からそう宣言した。
うん。それでいいと思う。

寂しいけど。
新しいプロジェクト、バージョンツーは、今正式に僕らの手
を離れて高々と大空に舞い上がった。

成功も、失敗も、そして自分の中に残る全ての感情が。
これから、ゆっくりと僕らから遠ざかっていく。

僕だけじゃない。
プロジェクトの立ち上げから今まで、一緒に苦労を重ねてき
た三年生はみんな、一抹の寂しさを覚えていたと思う。



nice!(54)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第66話(5) [小説]

話はそれで終わりじゃなかった。

「そしてね」

先生が、むっすり俯いている四方くんと、まだべそをかいて
いる鈴ちゃんを、心配そうに見下ろした。

「ものすごーく当たり前なことなんだけど、君らはまだ高校
生なの。そんな、なんでもかんでも背負えないよ」

うん。

「私が高校生の時なんか、部活の長なんて冗談じゃなかった。
もし強制的に部長なんかやらされてたら、高校やめてたかも。
それくらい、人の上に立つのは絶対に嫌だったの」

「そこまで極端じゃなくても、同じように考えてる子は結構
いると思う。目立ちたくない。面倒なことはイヤ。その他大
勢でいい。それは何もおかしくないよ」

「スーパーリーダーみたいに見られてる工藤くんだって、本
当はそうなの。俺が俺がって前に出てくるタイプじゃないも
の」

うんうん。もちろん、そう。

「彼はすごく責任感が強いけど、でも長っていうのは責任感
だけで出来ることじゃない」

「彼が部長をこなせたのは、とても優秀なサポーターがいっ
ぱい居たからなの。手伝ってあげるよって、いっぱい言って
もらえたから。そうでしょ?」

僕は速攻で答える。

「もちろんです!」

笑顔で一つ頷いた先生は、表情を引き締めて話を続けた。

「だから、工藤くんも私と同じ心配をしてる。一人に責任を
押し付けちゃだめだよ」

「無理に人の上に立てとは言わない。でも、それなら長の付
く人たちの苦労をちゃんと考えてあげよう。誰かが仕切って
くれるのを待つんじゃなくて、自分の方から積極的に手伝う
よって言ってあげよう」

高校生には、初歩的すぎる話だと思う。
でも、そういう話をしないと動かないほど、プロジェクトが
軋んでいたんだよね。

ふうっと一息ついた中沢先生が、しょげきってる黒ちゃん、
しゃら、ちっかを見る。

「イベント班班長の黒木さん。今回、大変だったでしょ?」

黒ちゃんが、消え入りそうな声で答えた。

「はい……」

「それまでイベントを仕切ってた御園さんや千賀さんの苦労
が、よーく分かったでしょ?」

「……はい。すっごく」

「その苦労を知り尽くしてるはずの御園さんや千賀さんです
ら、調整の本当のしんどさは分かってない。だから、こうい
うへまをしちゃう」

そ。

「三役や調整役の子がすっごい優秀だから、その下で動く君
たちは楽が出来るんです。でも、それは当たり前じゃないの。
彼らにはすっごいプレッシャーがかかってる。それをちゃん
と考えてあげよう」

一度話を切って、先生がぐるっと僕らを見回した。

「そうだね。こういうのって、レストランで食べる高級料理
によく似てるかもしれない」

「出てくる料理はすごくきれいでおいしい。みんなは、喜ん
でぱくぱく食べる」

「でも、その料理を作るために、コックさんがどれくらい苦
労しているのかは一々考えないでしょ?」

し……ん。

「お客さんはね、出来上がったものしか、結果しか見ないの。
お客さんには苦労は全然見えないの。苦労は、お客さんに見
せちゃいけないものだからね」

見せちゃいけないもの……か。
納得行かないけど、それが事実なんだよな。

「だって、食べてる横で、げんなりした顔のコックさんに、
それ作るのにどんだけ大変だったかって延々愚痴られたら、
ちっともおいしく思えないじゃない?」

わはははははっ!
いや、笑ったけどさ。笑えない話なんだ。

安楽校長が前に警告したこと。
庭を見る人は、出来上がった庭しか見ない。それを作って維
持するのに、どれだけの苦労があるのかを誰も考えない。
僕らはそれに悩まされるって。

それと、全く同じなんだ。

僕やしのやんには、鈴ちゃんや四方くんの苦労が分かるよ。
僕らも前はコック長の立場だったからね。

でも、今の一、二年生の多くはコックさんじゃない。
まだお客さんだと思ってる。
違うよ。プロジェクトは全員裏方。全員コックさんなの。

「プロジェクトの運営がうまく行ってるのは、鈴木さんや菅
生くん、四方くんていう腕のいいコックさんがいっぱい苦労
してくれてるから。それを当たり前だと思わないでね」

先生がそれで話を終わらせようとしたから、慌てて挙手した。

「先生!」

「え? なに?」

「それじゃあ、まだ味が薄いです。もうちょいスパイス足し
ていいすか?」

わはははははっ!

「どうぞ」

前には出ないで、その場で言った。

「僕らはお客さんじゃない。全員コックです。中庭をキャン
バスに使って自己表現する。それはいいんですけど、作った
料理を食べるのは僕らじゃない。この学校のみんな、なんで
す。それを絶対に忘れないで欲しい」

「もう一度言います。このプロジェクトにはお客さんは一人
もいません。全員コックなんですよ。コックがお客さんに出
すはずの料理を勝手につまみ食いしたら、コック長に叩き出
されます」



共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第66話(4) [小説]

「なんで、英語のコーディネーションを縮めて、コーデ班と
いうのはどうだろうかって案が出てます」

わはは。なんか、服の着合わせみたいだ。
うん。おもろいやん。

「まだあります」

「トオルの補佐は、企画班の班長と班員でする形になってた
んすけど、今回は全然機能しませんでした」

「さっきトオルがぶち切れたみたいに、結局一人でやれよっ
ていう形になってっちゃう。それを防ぐために、サブマネを
新設することにしました。臨時のチームじゃなくって、パー
マネントにマネージャーチームを置こうってことっす」

菅生くんが、一年生たちの方に目を向けた。

「高橋くん、江本さん。その二人に、サブマネをお願いしま
した。二年生も、企画班の班長だったおばやんをサブマネに
振り替えることにします」

「高橋くんと江本さんにお願いしたのは、二人が一年の中で
一番はっきり自分の意見を言ってきたからです」

「調整は、なんでも言うことを聞く人にはこなせないっす。
だって、みんな勝手なこと言うんだもん」

「だあってろ、ぐだぐだ言うな! 俺以上の案があんのか?
あるなら出してみろや! そうずばずば言える人じゃないと、
出来ないんです」

「それに、自分の意見を通そうとするなら、ただ言いっぱじゃ
なくて、人の意見をよく聞いてここがダメって突っ込まない
とうまくいかないすよね? そういうのが出来る二人だから、
やってよってお願いしたんです」

「トオルも、高橋くんや江本さんも、はっきり言います。そ
うしないと何も決まってかないから。だからみんなもマネー
ジャーの調整がおかしいと思ったら、はっきりそう言わない
とだめっすよ」

菅生くんは、はきはきとここまで説明して。
ちょっと間を置いた。

「いいすか? プリントに書いてあるのはまだ案です。こっ
ちの方がいいんじゃないかとか、自分にもサブマネやらせろ
とか、そういう申し出は全然おっけーっす」

「それと、来年誰がトオルの後をやるかは、サブマネの持ち
上がりにしません。俺らの時もそうだったけど、三役をどう
するかは一年の間で話し合って決めてください。まだまだ先っ
す。慌てなくていいっす」

じいっと目をつぶって聞いていたかっちんが、菅生くんの話
をまとめた。

「三役の他に、企画班、コーデ班、実務班、マネージャー
チームを置くということだな」

「ぶっちゃけ、そうっす」

すかさず関口がダメを出した。

「無駄だ。コーデ班は要らん。全部GMにぶら下げろ」

「同意」

僕も、手を挙げた。

「んだな」

「その方がすっきりする」

しのやんとうっちーが頷いた。

菅生くんが、ばりばりと頭を掻いた。

「そうっすよねえ……でも、それじゃトオルがきつくないす
か?」

「いや、サブ置けば、それで仕事割り振れるだろ?」

「あ、そうか」

「しのやんが、うっちーとももちゃんに仕事割り振ってたみ
たいに、そこで調整すればいいんちゃうかな?」

「分かりました」

「じゃあ、マネージャーチームの名前はどうすんのー?」

さとちゃんの突っ込みが入った。

いひ。

「え? 工藤先輩、何かアイデアが?」

「僕が言ったらつまらんじゃん。プロジェクト内で公募すれ
ば?」

おおおっ!

「まあ、それは急ぎじゃないから、夏休みの宿題ってことに
したらいいよ」

菅生くんが、発言をまとめる。

「そしたら、実務班、企画班の二班と、マネージャーチーム
で運営ってことすね」

すかさず、しのやんから指摘が入った。

「いいんじゃないかな。でも、マネージャーに与えられてる
権限は班から切り離して。それは前のままでキープ。マネー
ジャーから手伝えって言われたら断れないようにしないと、
結局統括出来ないよ」

「うっす!」

今度はがっつり権限強化されて、少しだけ溜飲が下がったん
だろう。
硬い表情のままだったけど、四方くんが大きく頷いた。

議論をじーっと聞いていた中沢先生がすっと立って、菅生く
んの横に立った。

「スクラップアンドビルド。壊して、また作る。いい例だね」

にっ。

「マネージャーを独立させたのは、企画班のなり手がいない
と結局班長が一人で仕事させられるっていうことになるから。
そうだったよね?」

「そっすね」

「でもね。四方くんをマネージャーとして独立させた時点で、
企画班班長の仕事がなくなっていたんだ。班長の仕事は補佐
じゃないよ。舵取りさ」

確かになー。僕も、そこまでは目が届かなかった……ってか、
二年生に任せてたからチェックし切れなかったんだ。

「今の班長の小畑さんの責任じゃないよ。私が班長でも、マ
ネージャーいるのに私は何したらいいんだろって思うさ。組
織の形が歪んでたんだ。それが今回ぼかんと出ただけ」

「工藤くんが何度も言ってたと思うけど、やってみてダメだっ
たらすぐ組み替える。部っていう入れ物やしきたりをかちか
ちに考えないで、いつでもさっと動かせるようにしておく。
とても大事なことです」

「学校の決まりは原則として動かせないの。その制約の中で、
どこまで自分たちの頭をゆるゆるにして、動けるようにする
かを考える。スクラップアンドビルドに、しっかりチャレン
ジしてください」



nice!(80)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第66話(3) [小説]

それまでなんとか堪えていた鈴ちゃんが、べそをかき始めた。
見かねて、かっちんがのそっと立った。

「まあまあ、トオル。落ち着けって。班をいじるってのは、
それ絡みだろ?」

ぐんと。
四方くんが頷いた。

「じゃあ、そっちの話にしようぜ。再発防止が先だ」

さすが、かっちん。
感情的なやり取りに突っ込むのを上手に抑えた。

沈没している鈴ちゃん、興奮している四方くんではこなせな
いと思ったのか、代わりに前に出た菅生くんが議事を進めた。

「菅生です。サプライズそのものは、校長から厳重注意が出
ただけで収まってます。でも、イベ班がトオルをスルーした
のはめっちゃまずいっすよ。それじゃ、マネージャーにでっ
かい権限を持たせた意味がないっす」

「調整やってるマネージャーがお飾りになったんじゃ、こん
な大所帯なのに、誰もそれをコントロール出来なくなるんで
す」

プリントを掲げた菅生くんが、それを二枚めくった。

「5ページめ。そこに素案が書いてあるので見てください」

うおっ!

ごくりとつばを飲み込む音が、あちこちから聞こえる。

「トオルにGMを引き受けてもらう時に、そこに強い権限を
付けました。そうしないと誰も動かないっす」

「最初は、それは仕事の割り振りや指揮のことって考えてた
んだけど、まだ足りないと思う。だってトオルが言ったこと
を無視するやつがいたら、どうしようもないから」

「だから、GMにはマネージャーの指示や調整を無視した部
員を強制退部させる権限を持たせます」

し……ん。
教室の中が、水を打ったように静まり返った。

「この前三役で集まった時に、指揮が徹底出来てないのはま
ずいよなって話になって」

菅生くんが、四方くんをじっと見据える。

「その時もトオルはぶち切れてたの。その気持ち、俺もよー
く分かります」

ぐるっとみんなを見回した菅生くん。
温和で、滅多なことじゃ怒りを顔に出さない菅生くんが、珍
しく怒気を剥き出しにした。

「女子! 反省してください。論外です!」

「オトコは少ないよ。でも、俺たちはパシリじゃない! 面
倒なことは男子に押し付ければいい。そう考えてない?」

「だったら、あんたらで全部やってくれや!」

菅生くんの爆弾は、強烈だった。

「いい? プロジェクトの調整役は、これまでみんなオトコ
ばっかなの。篠崎先輩、百瀬先輩、内田先輩。トオル」

「なんで?」

「たまたま、そういうのに向いてる人が男子だっただけ。ま
あ、確かにそうかもね。でも」

びっ!

菅生くんが、伸ばした右手で教室中を指差して回った。

「もう、こんだけ部員がいるんすよ。オトコだからオンナだ
からじゃなくて、やれる人が手ぇ上げてやってよ。部長だっ
て鈴ちゃんがやってんだから」

菅生くんが表情を緩めた。

「まあ、俺も最初はその他大勢だったから、エラそうなこと
は言えないっすけど」

どてっ。

「でも、俺はもう副部長です。鈴ちゃんがへましたら、俺が
立て直さないとなんない。みんなにも、そういう責任ていう
のをしっかり考えて欲しいの」

「そうじゃないと、プロジェクトが動かないっす」

ふうっと一息ついて、菅生くんは話を続けた。

「トオルの口から誰かに向かって、おまえやめろなんて絶対
に言わせたくない。そんなことはあっちゃいけないことっす」

「だから、全ての作業やイベントは必ずトオルがチェック出
来るようにしてください。トオルがノーと言ったことは、誰
がなんと言おうとノーです。トオルに調整出来ないことは、
他の誰にも出来ないんすから」

「どうしてもやりたいなら、プロジェクトを出て自分の責任
でやってください。お願いします」

普段は大人しい、出しゃばらない菅生くんの強く冷徹な宣言。
それは、鈴ちゃんの気合い、四方くんのノリとは違う、恐ろ
しいほどの重さだった。

それで終わりじゃない。
菅生くんの次の提案は、もっと重かった。

「次に。一枚めくって6ページ目。今回学校側にペナルティ
を科せられてしまったイベ班。潰します」

ざわざわざわっ!
教室の中に、悲鳴に近い声がいくつも上がった。

「これは三役の中だけでなく、三年の先輩たち、そして一年
生の中でも大きかった声です。イベントが自分たち主導で出
来ないのに、なんでイベント班なの? おかしいっすよね?」

ああ、そういうことか。なるほどね。納得。
へましたから潰せってことじゃないのがみんなにも分かって、
ざわつきが収まった。

「中庭の利用の仕方を考えるのは大事だと思います。でも、
それは必ずしもイベントって形でなくてもいい。もっといろ
んな使い方を考えたい。だから、イベントという名前を廃止
して、新たに企画班を作ります」

「今ある企画班は、中身は調整っす。名前と仕事が合ってま
せん。じゃあそれは調整班に名前を変えようっていう話も出
たんすけど、どうも……」

菅生くんが手を口元に持って行って、ぷっと吹いた。

「ダサい」

その仕草が、かちかちになっていた空気を緩めた。
うん。うまいなあ……。



共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第66話(2) [小説]

放課後。
視聴覚室を借り切って、夏休み前最後のプロジェクト集会が
行われた。
僕ら三年生部員も、全員出席している。

顧問の中沢先生も、ちゃんと出てる。
かんちゃんと籍を入れてからは、少しはぐだぐだ感が消えた
のかな? はは。まだ分からないか。

鈴ちゃんがのしのしと一番前に出て、大きな声で挨拶をした。

「今日は、夏休み前最後の全体集会になります。そして、話
し合うことや連絡することがいっぱいありますので、プリン
トを配ります。大事なことは、それにメモしてください。お
願いします!」

おおっ! これは初めてのやり方だ。
やるなあ、鈴ちゃん。

四方くんと高屋敷くんが全員にプリントを配って、前に戻っ
た。

うーむ。かなり分厚い。
相当気合いが入ってるね。

「今日の話し合い、一番大きな目的は学園祭に向けた秋花壇
のデザインと作業日程の調整、そして夏休みの間の中庭の
当番の確定です」

「でも、その前にプロジェクトの班の組み替えをします」

!!!

「この前のガーデニングコンテストの審査で、わたしは大失
敗してしまいました」

がっくりと肩を落とす鈴ちゃん。

「ちょっと失敗くらいなら、てへぺろで済ませるんですけど、
最悪プロジェクトが潰れるかもしれないっていう大失敗でし
た」

一年生が、あれーって感じでみんな首を傾げてる。
まあ……まだ分かんないだろなあ。

鈴ちゃんは、そこまで言ったところですうっと席に下がって
しまった。

代わりに前に出て、手を後ろに組んだのは四方くんだった。

「マネージャーの四方です。今日は俺からみんなに大事なお
願いがあります」

四方くんは僕らをぐるっと見回した後で、鈴ちゃんにぴたり
と視線を据えた。
それに観念したように、鈴ちゃん、しゃら、ちっか、黒ちゃ
んの四人が前に出て、四方くんの前で土下座した。

「ごめんなさい」

どおっ!
一斉にどよめく一年生たち。

な、なにがあった? なんかヤバいことがあったの?
思いっくそ動揺している。

床に並んで頭を下げてる四人を見下ろした四方くんは、怒る
んじゃなくて、泣いた。
顔を歪め、制服の袖で何度も目を擦った。

「勘弁してください!」

「お願いです! 俺が調整できないことを、勝手にやらない
でください! 最後に責任を取るのは誰ですか?」

「……」

「それは部長じゃないんです。学校や他の部、委員会との調
整をやってる責任者の俺が全部負わないとならないんです!
それを……それを……」

もう、その後は声にならなかった。
四方くんは、声を上げて泣いた。

中沢先生がすうっと立って、彼の肩を抱いて近くの席に座ら
せた。

「ああ、鈴木さんたちも席に戻りなさい」

完全に意気消沈していた四人も席に戻った。

中沢先生は、わずかに苦笑を浮かべながら僕らを見回した。

「工藤くんなら全力でどやしただろうね。私を木っ端微塵に
するくらいだから、絶対に容赦しなかったと思うよ」

おいおい。

「でも、今回のは本当にまずかったんだ。それにすぐ気付い
て工藤くんが早々に動いてくれた。助かった。ありがとう」

中沢先生が僕に向かって、すっと頭を下げた。
僕も会釈で応える。

「鈴木さんたちが企画してくれたサプライズ。本当に嬉し
かったよ。私は幸せ者だ」

中沢先生がにっこり笑う。

「でもね、工藤くんが言ってた。サプライズとハプニングは
違うってね」

「私もそう思う。ハプニングは防げないの。それは仕方ない。
でもサプライズは計画して行うこと。私にとってはサプライ
ズでも、計画したみんなにとっては予定通りの企画」

「そして、それがプロジェクト企画である以上、中庭でのイ
ベント主催を認められていないんだから、絶対やっちゃいけ
ないことだったの。違う?」

しーん……。

「祝ってもらえた私はすごく嬉しいけど、お客さんを案内し
ていた校長、神経をすり減らして段取りをしてくれたマネー
ジャーの四方くんにとっては、とんでもない裏切り行為なの」

「それがどんなに不愉快なことかは……君たちがその立場に
なってみないときっと分からないと思う」

「数式や年号を覚えるだけが勉強じゃない。こういうのも勉
強です。しっかり覚えてくださいね」

余計な言葉は一切なしで、最小限の言葉で中沢先生がみんな
に警告を出した。

感情のたかぶりを必死に抑えていた四方くんは、まだ目を擦
りながら先生と入れ替わって前に出た。

「じーえむなんて、響きはかっこいいけど結局ただの使いっ
走りじゃん。俺がそう思われていたのは……すっごいショッ
クです」

「やってられません」

ぎゅうっと拳を握った四方くんが、大声でもう一度怒鳴った。

「やってられっかよっ! ばからしいっ!」


nice!(55)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第66話(1) [小説]

7月22日(水曜日)

期末は僕もしゃらも全クリ。
これで、安心して夏休みの講習を受けられる。

昨日はえびちゃんに進路相談に乗ってもらい、前半の落ち込
みはだいぶ取り返せているとお墨付きをもらった。
もっともそれは、僕が仮目標にしている県立大生物がター
ゲットの場合。

もっと上を目指そうとするなら、まだまだ全然足りないよ。
えびちゃんのコメントはがっつり辛口だった。
でも、それは僕自身がよーく分かってる。

そろそろ『仮』を取らないとなんないんだよね。
これから受ける夏期講習だって、ほとんどの子はターゲット
をロックオンしてるんだ。
僕みたいに、何を狙ったらいいかまだ分からんなんてのは論
外なんだろう。

関口ががっつりまとめてた、あれくらいの情報収集をやらな
いとまずいんちゃうかなと思う。
さすがに、えびちゃんは候補になる大学のリストアップまで
はしてくれなかったし、その作業を先生に依存するというの
はおかしいよね。

勉強だけでなく、情報収集でもみんなに遅れを取ってるんだ
と自分に喝を入れないとだめだ。

とりあえず、まだ積み残されてる勉強以外のことは今週中に
全部片を付けなきゃ。
そこで意識をぱちんと切り替えて、完全に受験集中モードに
持って行こうと思う。

今日は、僕を含めたプロジェクト一期生全員にとって、とて
も大事なことを決める集会が放課後にある。
プロジェクトの仕事の義務解除だ。

片桐先輩たちの時には、当番とかの義務解除は学祭が終わっ
た後にした。ずいぶん遅かったんだよね。
プロジェクトには今ほどの人数はまだいなかったし、三人と
も実務班で手慣れてたから。

でもそれは、僕のリードじゃなくて先輩たちの意向だったん
だよね。当番くらいはいいよ、やるよって、早くに手を引く
ことを嫌がったんだ。
三人とも、出来るだけ長くプロジェクトの中にいたいってい
う気持ちが強かったんだと思う。

その気持ちは、僕ら一期生も同じさ。
自分たちで作り上げ、ここまで盛り上げてきたプロジェクト。
そう簡単に卒業したくない。

でも、今年は去年以上に状況が厳しい。
校則も強化されたし、授業も試験もぐんと厳しくなってる。
それに僕らも、去年三年生が大こけした二の舞は絶対にした
くないって警戒してる。

プロジェクトに関わるために必要な時間なんて、大したこと
はないよ。
それは、去年の先輩たちが受験勉強と部活をちゃんと両立さ
せてたからよく分かる。

時間じゃない。
覚悟とか責任感が……だんだん足りなくなってくるんだ。
当番が、本当にただの『当番』になってしまう。
部活の楽しさや充実感が失われて行っちゃう。

それなのに、無理してプロジェクトの中に居続ける意味があ
るの?
一、二年生に模範を示さないとならない最上級生が、てきとー
に当番をするようになったら終わりだよ。

この前鈴ちゃんがゼロからやる、仕切り直すって言った中に
は、僕らも入ってる。
三年生でも、受験のプレッシャーのない子が最後まで楽しく
やりたいって言うのはありだと思う。
でも受験が重荷になってる三年生は多いし、それなら早めに
義務を解除しておかないと管理がうまくいかなくなる。

退部や引退じゃない。あくまでも義務解除なんだ。
一度僕らの立場をゼロに戻して、鈴ちゃんたちが僕らの使い
方を柔軟に考えてくれればいい。
それなら僕らは、自分たちの出来る範囲で無理なく手伝える
から。

そのための義務解除だ。

ただ、それをどううまく説明するか、なんだよね。
鈴ちゃんたち二年生は、一年生よりずっと人数が少ない。
まだ部活に慣れていない一年生をきちんと制御するには、三
年生の僕らが重石で乗っかっててくれた方がいいって考えて
る。

そこらへんがなあ……。
まあ、集会の成り行きを見よう。

僕が、部活用のノートにちょこちょこ書き込みをしてたら、
職員室からしゃらが戻ってきた。

「いっきぃ」

「お。しゃら。どうだったー?」

「うん。えびちゃんに、だいぶ上げたねってほめられたー」

「良かったじゃん!」

「うん。なんかー、ごたごたしてたのがやっと落ち着いて、
集中出来るようになった」

「お母さん、体調は?」

「今は落ち着いてる。でも、お店に出るのはもう完全に諦め
たみたい」

「そっか……」

「お店が新しくなるのが、やめるいいきっかけだって。そう
言ってた」

「……」

机の上にのへっと潰れたしゃらが、大きな溜息をついた。

「はああっ……」

「しゃらんとこも、いろいろあったもんなあ」

「そう。よく付いていけてるなーって思う。でもね」

「うん」

「お父さんの新しいお店。基礎が出来たの」

「おっ! は、はや……」

「十月頭にオープンだから、急ピッチで進めないとさー」

「それって、大丈夫なん?」

「ツーバイフォーっていう建て方なんだって。もう出来てる
部材をぱたぱたっと組み立てるから、普通の建て方よりずっ
と早いみたい」

「ふうん」

きーんこんーんかーんこーん……。

しゃらはもっと話したかったみたいだけど、予鈴が鳴っちゃっ
た。夜に延長戦にすっか。




共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第65話(9) [小説]

「心を折り畳んで生きて来た僕らは、それを一回ぜえんぶ外
に出して、もう一度整理し直さないとならない。当然、へま
もいっぱいやらかします。去年の夏はサイアクでした」

「ああ、ジェニーのことで揉めた時ね」

「そうです。僕としゃらのわがままが正面衝突しましたから」

「うん」

「でも、それは必要なんですよ。僕らがちゃんとわがままを
使えるようにするには」

「わがままを使う、か」

「はい。弓削さんだけでなくて、伯母さんも今それを訓練す
る時期なんじゃないかなーと」

「訓練? わたしが?」

「はい。今まで会社っていう蓋が外れたことがなかったんで
すから、それがなくなったらリミットが分かんない。自己表
現がぎごちなくなるのなんか当たり前だと思います」

「うん。そうかも」

「弓削さんだってそうでしょう。今までずーっと命令者しか
いなかったのに、それが突然全部消えた。あれー? じゃ
あ、わたしどうしたらいいのー? 今の弓削さんには、疑問
符しかないと思う」

「うん」

「そしたら、なーんも余計なことを考えないでライブにやる
しかないです。してあげるも、かわいそうにも、なし。この
子、おもろいやん。それでいいんじゃないのかなあ」

「うーん、なるほどね」

「そういうのは、りんがすっごくうまいんですよ。人をいじ
るっていうのは自分がバカにならないと出来ない。俺様が
やったら、もろにイジメですよ」

「あはは! そっか」

「だから、我の強いばんこともうまくやれる。ばんこは、間
違いなく俺様ですから」

「うん。確かにそうね」

「そのばんこだって、自分の出し方を上手に調整しようとし
て努力してます」

「うん」

伯母さんが、何でも出来るスーパーマンを演じる必要はない
よね。いいじゃん。人間、いろいろあるんだし。
伯母さん自身もそう言ってたじゃん。

失敗や試行錯誤があっても、支えてあげるよっていう気持ち
さえちゃんと弓削さんに伝われば、それはいつかきっと実る
と思う。

あ、そうだ。

「伯母さん」

「なに?」

「魔法の言葉を教えましょうか? いつでもどこでも、どん
な時にも気兼ねなく使えて、必ず弓削さんに喜んでもらえる
魔法の言葉」

「そんなのあるの?」

「わははっ! たぶん万能だと思います」

「ふうん。何?」

「一緒にやろうよ」

「あ!」

伯母さんが、たんとテーブルを叩いた。

「でしょ? 伯母さんが苦労してるのは、弓削さんになんと
か一人でさせようとしてるから。子供に何か教えるなら、親
はまず自分がやって見せて、それから必ず言うはずです。一
緒にやろうよ……って」

うん。
一緒にやるためには、自分がそこまで下がらないといけない
の。

恩納先輩も、りんも、ばんこも、ちゃんと一緒にやろうって
言えてるんだと思う。だから伯母さんほどは苦労してないん
だ。妹尾さんもそう出来ているんだろう。

伯母さんだけが、高いプライドと強過ぎる自我意識が邪魔し
てうまく出来てない。
一緒にやろうって心から言えるかどうか。
それは、伯母さんにとっての訓練になるんだと思う。

「伯母さんが、おじいちゃんが亡くなった後で兄弟を探した
のって、そういうことだと思います。一人は寂しい。ねえ、
一緒にやろうよ」

伯母さんは、顔をこわばらせたまましばらくじっと俯いてた
けど、苦笑いしながら顔を上げた。

「そうだね」


           −=*=−


ジャスミンを出て伯母さんと別れてから、プレミオで焼きた
てのバゲットを二本、タルボットでアップルパイのピースを
二つ買って、その後いつものスーパーに向かった。

カートに籠を乗せてから、母さんの携帯に電話を入れる。

「あ、母さん? 今、スーパーなんだけど」

「助かる! 買い物リスト、メールで送るから、それ見て!」

「らじゃ。あ、母さん」

「なに?」

「伯母さん、今弓削さんのことで頭がいっぱいいっぱいだか
ら、伯母さんへの説教は手加減してね」

「むー」

不服なんだろう。

いっぱいいっぱいは母さんもそうだからなあ。
パートに家事に僕の夏期講習合宿の準備にって、いろいろあ
るから。
でも、そのイライラを伯母さんに真正面からぶつけるのはま
ずいよ。

「タルボットでケーキ買ったから、それで機嫌直して」

「おっ! いっちゃんも、オトメゴコロが分かるようになっ
たじゃない」

母さんのどこがオトメじゃ。ばかたれ。
でも、それを言ったら全部ぱー。スルースルー。

「じゃあ、買い物終わったら直帰するから」

「ほい」

ぷち、と。

伯母さんにとって、僕っていうミントの葉っぱなんかほんの
一瞬の香り付けの意味しかないさ。
人生経験の全然足んない、ケツの青い高校生如きが何を偉そ
うにってね。

それでも。
僕は噛まれれば、つーんと香るよ。
たった一枚ぺらの小さな葉っぱでもね。

伯母さんは、それはきっと分かってくれたと思う。





applemint.jpg
今日の花:アップルミントMentha suaveolens



nice!(72)  コメント(4) 
共通テーマ:趣味・カルチャー