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三年生編 第111話(2) [小説]

学園祭が近いから中庭を見ておきたかったけど、今日は
しょうがない。
日が落ちるのが早くなって来たなあと思いながら、ちゃり
をこぐ。

「ん?」

植え込みになにかぼやっとした気配を感じて、慌てて振り
返った。
目に入ったのはもやっと地味な花を上げている草。
一本だけじゃなくて、植え込みの合間にいくつも生えてる。
でも……それがなんだったか、ぱっと思い出せない。

「おっと、急がなきゃ」

記憶の端っこに花が映り込む。
しがみつくというより、映り込む。
それが気持ち悪いなあと思いながら、少し強めにペダルを
踏んだ。


◇ ◇ ◇


理髪店の方はまだ営業してるから、そっちから入るわけに
はいかない。
店舗の裏の勝手口に回って、インターホンのボタンを押す。

「うーい、しゃらー。大丈夫かあ」

ちょっと間を置いて、しゃらの返事が聞こえた。

「今、行く」

少なくとも、調子が悪いって感じの芯のない返事ではなかっ
た。いつも通りだ。つーことは……。

がちゃっと内鍵が外れる音がして、猛烈にぶすくれた顔の
しゃらがぐいっと顔を突き出した。

「やっぱりかあ……」

「なにが?」

「いや、しゃらが体調を崩したってえびちゃんが言ってた
けど、体調崩したのはお母さんの方だろ?」

「あたり」

しゃらが元気なのを確認してプリントを渡せば、僕の役割
は終わりだ。
でも、しゃらは猛烈なストレスを抱えている感じ。
それは吐き出させないとまずいだろう。

「何かあった?」

「あった」

「僕が聞いた方がいいかな」

「そうしてくれると助かる」

ご機嫌斜めなんて生易しいもんじゃない。直角だ。
覚悟しよう。

怒っているというより、頭から湯気を吹き出す勢いで、僕
の手首を掴んだしゃらがどすどすと二階に上がる。
僕を部屋に引きずりこんだしゃらは、しばらくベッドに腰
掛けたまま黙り込んだ。相当激しい怒りなんだろう。

しばらく怒りモード爆裂のしゃらを見ていなかったから、
思わず苦笑してしまう。

「何がおかしいの!」

「いや、しゃらが気持ちを抑え込めないくらいのことだか
ら、相当ヤバいことなんだろなあと思ってさ」

「激ヤバよっ!」

ぷっつん!
冷静に話をしようと思って我慢していたしゃらの堪忍袋の
緒が切れたらしい。

「おにいちゃんのばかたええええっ!!」

しゃらの絶叫が部屋にみっちり充満した。
やっぱりなあ。そうじゃないかと思ったんだ。

「お兄さん、何かやらかしたん?」

怒りで真っ赤になっているしゃらは、ぎりぎり歯を噛み鳴
らしてる。相当アタマに来たんだろう。
そのあと、巨大ダムが決壊したみたいな勢いで、どうしよ
うもなく情けないトラブルを一切合切何も隠さずぶちまか
した。



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