【SS】 見えないプレゼント (高井 涼) (三) [SS]
これ以上ない棘だらけの口調で、菊田が詰問の口火を切る。
「さて。まず弁明から聞こうか。あんた、うちとは部所が違うよね? 部門主任のあたしに意向確認しないで、なんで勝手に発注出した?」
「いや、菊田さん忙しそうだから代わりにと思って」
こいつ、どうしようもない。そんな風情で、高井が舌打ちしながら顔を背けた。
「じゃあ、聞くよ。あたしは、あんたに似合うと思ってその格好にさせた。あんた、うれしいかい?」
「寒いだけっす」
「だろ?」
高井が大きく頷いた。そうか! さすが菊田さんだ。体に分からせるってはそういうことか、と。だが菊田のお仕置きは、そんな甘いものではなかった。
「あんたは自分の思いつきや感性でしか動かない。人の諌めや警告をまともに聞かない。そういうやつは、組織の駒としてまるっきり使えないんだ。あたしは、あんたにずーっとそう言い続けてきた。あんたが企画を外されたのだって同じ理屈だよ」
声を荒げた菊田が、寒そうに震えている小田沢の鼻先に指を突きつける。
「あんたはここの社員だ。個人事業主じゃないんだよ。企画は自分のアイデア出せばいいってもんじゃない。そんなのはあんたじゃなくても、誰でもできる!」
不満げな表情を浮かべる小田沢。だが、反論の言葉は出てこない。
「企画ってのは、単なる思いつきをちゃんと具体化し、費用対効果を計算し、実施の段取りをつけて、最終的に売り上げにつなげる。それが仕事さ。遊んだらおしまいのお祭りじゃないんだよ。あんたはそれが分かってないから、企画から外されたのさ」
「ええー?」
「上があんたを売り場主任に降ろしたのだって、単なる懲罰じゃないんだよ。管理職をやるなら下でどういう苦労があるのか、今自分に何が足りないかをしっかり勉強してこい……そういう修行であり、チャンスメイクなんだ。でもあんたは、主任に降りたとたんに場当たりがもっとひどくなった。もっと劣化した」
鬼のような形相で、菊田が怒鳴った。
「あんた、それぇ全然分かってないだろっ!」
「俺と全然関係ない菊田さんに、なんでそんなこと言われなきゃならなんすか」
「それ、そっくりあんたに返す。うちに全然関係ないあんたが、なんでうちの仕入れに手を出す?」
「う……」
「な? とんでもなく場当たりだろ? このぼけが」
ここまでならいつもの説教。だが、今日の菊田はそれで済ませるつもりは毛頭なかった。今までの説教が全て無駄骨に終わっている以上、小田沢の改心を待つより被害拡大を防ぐ拘束具を付けた方がいい。それが菊田の判断だったのだ。
「最初に言っとく。あんたが主任に降りてからの業務評価。それには上からだけじゃなく、同僚やパートさんからの評価も加味される。あんたの現時点での評価は、どの評価者であってもD。『使えない』だ」
ここに至って。能天気な小田沢も、さすがに自分の置かれた状況がとことん悪化していることに気付いて慌て出した。
「そんな……俺はまじめにやってますよ」
「やってない。やっていたら、D評価は付かない」
ばっさり切り捨てた菊田が、小田沢の左手首を掴んで持ち上げた。
「あんたはこれまで、店が稼ぎ時の週末によく休暇を取ってるよな?」
「え? あの……」
「権利だと言うならそう言えばいいさ。でも土日に店で働くパートさんは納得しないよ。お客さんが一番たて込む繁忙日に、いつも責任者がいないんだから。それで高評価をもらえると思うか? ぼけが! しかも」
菊田が、小田沢の薬指を指差す。
「薬指だけが、なまっ白(ちろ)い輪っかの跡付き。なあ、リョウ。これってどういう意味か分かるか?」
「いや、結婚指輪を今外してるのかなあと。それくらいしか……」
「他の指は甲がもっと焼けてるだろ? 海でナンパかける時だけ外してる。指輪を見られちゃまずいってことだろさ。休み取って、何しに行ってんだか」
「げえええっ!」
まさかそんな下世話な方向に転がると思っていなかった高井は、呆然。
「こんなちゃらけた男に引っかかるバカな女は、そうそういないと思うけどね。でも、まだ小さなお子さん抱えてる奥さんは絶対に納得しないでしょ」
腕をぽんと放り出した菊田が、にやあっと笑う。
「ねえ」
少し前までまだ菊田に歯向かおうという姿勢を見せていた小田沢は、完全に凍りついてしまった。
「あたしはあんたの上司じゃない。だから、あんたに向かってああしろこうしろとは言えないよ。でも、あたしたちのシマぁ荒らすのだけは絶対に許せん! ただじゃ済まさん!」
小田沢の浴衣の両肩に手を伸ばした菊田は、それを一気に引きずり降ろした。小田沢の裸の上半身がむき出しになる。その半身をひねって後ろを向かせた菊田は、小田沢の背に飛び出している肩甲骨の上に何かを押し当てた。
「いてっ!」
慌てて振り向いた小田沢が、菊田の手にしているものを見て顔色を変えた。
「け、けけけ、剣山んんー?」
「ああ。あんたは、自分が人にどう見られているか全く分かっていない。人の視線、表情、行為。それを自分の見たい時にしか見ない上に、都合のいい解釈しかしない。そのままじゃ、どのポジションに置かれても、誰が何をどう言っても無駄さ。だから、強制的に視線を縫い付ける」
「どういう……意味すか?」
「もんもんしょってもらう。桜吹雪がいいかな」
「げええっ!」
逃げ出そうとした小田沢だが、着慣れない浴衣の裾を踏んで、すぐに転んだ。背後からぶっとい腕を巻いて首を押さえた菊田が、小田沢の耳元で囁く。
「あたしがこの剣山使って直接彫ってもいいんだけどね。さすがにそれは、あんたの奥さん子供に気の毒でしょ。ファッションにできる今はともかく、昔は罪人の証明なんだし」
「ひ……」
「首と手首からもんもんがはっきり見えるように、派手なインスタントタトゥーを貼らしてもらう。耐久性のあるタイプだから、洗ってもこすってもしばらくは落ちないよ」
説明が終わらないうちに、小田沢の背中から首にかけてと二の腕から手首にかけてべったりとタトゥーシールが貼られ、ド派手な桜吹雪が闇に浮かんだ。
「当たり前だけど、それを歓迎する人は誰もいないよ。お客さんもパートさんも上司も、こいつもうどうしようもないなという視線であんたを見るはずさ。その視線を、いやっていうほど感じとけ」
へたり込んでいた小田沢の頭上に、タトゥーシールの裏紙がぱらっと降ってきた。
「そんなもん貼らなくたって、あんたに向けられてる視線はもう真っ黒けなんだよ」
「ううう」
「でも、それがある間は遊びにも行けないだろ? 家庭円満の維持にも役立つし、一石二鳥だ。ああ、それと」
闇の中に、菊田の静かなアナウンスが流れた。
「あんたは、すぐにこそあどで指示を出す。それをやっといて、あれはどうなったんだ……ってね。指示内容を具体的に言えないのは、あんた自身が仕事をまじめに考えてないからだよ。代名詞使用禁止をしっかり意識した方がいい。じゃあね」