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ちょっといっぷく その211 [付記]

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 本編を二話だけ進めました。
 このあとしばらく本編を止めますので、二話の要点を総括しておきます。

◇ ◇ ◇

 第106話。学内の雰囲気が学園祭に向かって一斉に走り出していく中、プロジェクトの企画が頓挫してしまいます。

 いっきが先頭に立って引っ張っていた間は、彼が提案をし、お祭り好きのサポーターがそれをがんがん盛り上げるという形で実にうまく行ってたんです。でも、いっきたち一期生が裏方に回った以上、その方式が使えません。後輩たちに舵取りを任せることにしたのですから。
 でも、ゼロからこつこつプロジェクトを組み上げてきた一期生と、受け皿が最初からあった後輩たちの間には、背景にものすごく落差があるんです。プロジェクトがとんでもない大所帯になってしまいましたし。案の定、プランニングの段階でもうスタックしてしまいました。

 いっきが後輩たちに知恵をつけるのは簡単なんですよ。でも、かつてのリーダーが出しゃばれば、いっきの卒業と同時にプロジェクトがぽしゃってしまう……そう心配しているいっきは、どうしても前に出られません。
 本当は、後輩たちの間だけでなんとかけりをつけて欲しかったんですよね。でも結局助け舟を出したのは、一期生の中でもとびきりのお祭り男であるじょいなーでした。

 じょいなーはいっきの心配についてはもちろんわかってます。でも、最後のお祭りをお通夜にはしたくないんですよ。どうしても。だから、ヒントだけを示しました。いっきとしては、そこも含めて後輩たちの中だけで解決して欲しかったんでしょうけどね。仕方ありません。

 突き放しにかかっているいっきは、菊田さんのラインを通じてかつてトレマホームセンターの売り場を仕切っていたパートの松田さんに後輩たちをつなげました。ええ、つなげただけ、です。あとは君たちでしっかり交渉しなさい、ですね。


 第107話。いっきの紹介に飛びついた後輩たちは、ガーデニング相談コーナーの講師として招くべく松田さんとリョウさんにアクセスするものの見事に玉砕。

 当たり前ですが、いっきはそうなることを最初から織り込んでいます。実社会は、「○○さんの紹介だから」で話が済むようなヤワな世界ではありません。正式な仕事の依頼ですからね。
 ガクセイという立場の甘っちょろさを会長や尾花沢さん、菊田さんにどやされ続け、「人に何かをお願いする時には、誠意を込めて必死に」を心に刻んだいっきです。後輩たちには一度は必ず失敗してほしかったんですよ。だって、コンテストが当たってしまいましたから。

 コンテストで選に漏れたならば、後輩たちは「次こそは」で奮い立ったでしょう。でも、最初に成功体験をしてしまうとどうしても緩みにつながってしまいがち。だからこそ、話し合いがまるっきりうまく行かなかったんですから。

 まだ柵で守られているガクセイの世界を堪能するだけでなく、柵から外に出なければならない自分たちの未来を意識する。いっき自身がたった今も取り組んでいることに、後輩たちもこれから挑まなければならないんです。
 チャレンジの成否に身内であるなしは一切関係ありません。いっきは妹の実生を容赦無くどやしましたし、返す刀でリョウさんの甘さもばっさり袈裟斬りにしました。

 自ら身をもって体験したことしか、心に刻めない。その提言は、これまで数々のイベントとアクシデントを乗り越えてきたいっきのプライドと自負の結晶と言ってもいいかもしれません。


 このあと、いっきやしゃらにとっての最後の学園祭にどっとなだれこむ予定なんですが、全然書けてません。(^^;;
 十月前半部分の話に目処が立つまで、長いお弁当休暇をいただくことになりそうです。

 ◇ ◇ ◇

 定番化させるつもりでコマーシャル。(笑

 アメブロの本館で十年以上にわたって書き続けて来た掌編シリーズ『えとわ』を電子書籍にして、アマゾンで公開しました。第1集だけ300円。残りは一集400円です。最新作は第25集で、第26集も近々刊行予定です。
 kindke unlimitedを契約されている方は、全集無料でご覧いただけます。







 ◇ ◇ ◇

 さて、このあとてぃくるでつなぎます。
 クリスマスには掌編をお届けする予定ですが、内容については次のいっぷくでご紹介しますね。


 ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽にコメントしてくださいませ。

 でわでわ。(^^)/



yr.jpg




「枯れていく姿を愛でられるのは嬉しくないね」
「自らの枯れる姿は絶対に認めたくないくせになあ」


 紅葉は滅びの一歩手前。
 彼らはそれをよく知っていて、我々は知っていることから目を逸らす。

 理不尽な秋の一コマ。



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三年生編 第107話(8) [小説]

夕方、安堵と疲れを顔に浮かべて、実生が帰って来た。

「うまくいった?」

「うん。なんとか引き受けてくれた」

「喜んで、ではないわけね」

「最初にどじっちゃったから」

「どじった……か」

実生が主たる交渉者だろう。
いくらプレッシャーがかかってるって言っても、慎重な実
生が、失礼なことを言うわけはない。
実生たちの言動に問題があったわけじゃなくて、松田さん
の方から投げかけられた疑問や質問に実生たちがきちんと
答えられなかった……そういうことじゃないかと思う。

「お兄ちゃん、何かわかるの?」

「わかるわけないだろ。テレパシー使える宇宙人じゃない
んだから。ただ」

「うん」

「松田さんの性格なら、どうしてわたしなのってところを
しっかり説明してほしいと思うはず」

「うん。やっぱり」

「そこが浅かったんだろ?」

「そう。菊田さんからの紹介を受けてってことだけじゃ……」

「そらあ、論外だよ」

思わず顔をしかめた。

「備えが甘いなあ。でも、それも経験だからね」

「最初からちゃんと教えてくれればいいのに」

ぶーっと実生がむくれた。

「教えないよ。そういうのは、失敗したことでしか心に刻
めない。うまく行ったことなんかすぐ忘れるよ」

「むー」

不服そうな実生に、宿題を出す。

「なあ、実生」

「うん?」

「松田さんの試験は、本番が終わるまでずっと続くんだ。
実生たちはずっと評価されてるのさ。依頼を引き受けてく
れたのは、単なる試験の始まり。甘く見るなよ」

「うう。なんかしんどい」

こういう苦労は今日一日でいいと思ってたんだろ。
実生が、ぐったりしおれた。

「何言ってんだよ。社会に出たら毎日そうだろ。その人を
信頼できるか。自分を信頼してもらえるか。誰からも試さ
れ、自分も人を試す。そんなの当たり前だと思うけど」

これまで友達との人間関係調整に苦労してきた実生は、自
分を切り詰めることで軋轢を減らしてきた。
でもこれからは、それじゃあ保たない。

自分と他人との距離を上手に調整すること。
今回みたいな機会を無駄にしないで、しっかり練習してほ
しいなと思う。

「まあ、ともかくお疲れさん。一山超えたな」

「わたしの方は……。黒田先輩はどうだったのかな?」

「リョウさんが直接来た。引き受けたって言ってたよ」

「わ! よかったー!」

「これで、安心して本番に臨めるな」

「うん!」

大役を果たしてほっとしたんだろう。
立ち上がった実生が両手を突き上げ、ぐいっと伸びをした。

「はああ。お腹空いたー」



mutks.jpg
今日の花:ムラサキツユクサTradescantia × andersoniana


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三年生編 第107話(7) [小説]

「それなら、本番で絶対失敗しないはずです」

「失敗、かあ」

「講師依頼した人を放置してしまう。それは、招いた側の
態度としては最悪ですから」

リョウさんが、ぐんと頷いた。

「さすがだね。菊田さんも、そこを危惧したってことか」

「リョウさんはグリーンフィンガーズクラブのメンバー
で、僕や実生、鈴ちゃん……関係者がいっぱいいます。放
置はありえないです。でも、リョウさんと松田さんへの対
応に温度差が出来るのは、ものすごくまずいんですよ」

「なるほど。講師を区別しないで、包括的にケアしてくれ
ということね」

「はい。黒ちゃんが総責任者ですから、これで肝が据わっ
たんじゃないかな」

「相変わらず、菊田さんの読みは深いなあ……」

リョウさんは、視線を逸らして高くなりつつある空を見上
げた。

もうすぐ。菊田さんは次のステージに向かって旅立つ。
今菊田さんが背負っている責任を、今度はリョウさんが背
負わないとならない。

「ねえ、リョウさん」

「うん?」

「菊田さんが、今回松田さんの呼び戻しに踏み切ったの
は、リョウさんのサポを考えてだと思いますよ」

「なるほど……」

「寺島さんも介護を抱えてるし、現場をよく知っているパー
トさんが突然抜けてしんどくなる危険は常にある。松田さ
んが復帰すれば、リスクを軽減できますから」

「確かにね」

「それに、松田さんはすごくプライドの高い人です。仕事
に対する姿勢が菊田さん並みに厳しい。だから、いくら
リョウさんの立場が上であっても、指示を丸呑みすること
はないと思います」

ぎりっ。
リョウさんの眉がつり上がった。

「そういう立ち位置で、これからどう動けばいいかを工夫
しなさい。そういうことじゃないかな」

はあっ。
でかい溜息を漏らしたリョウさんが、両手を腰に当てても
う一度空を見上げた。

「変化に飲まれるんじゃなく、変化に挑めってことだな」

「そうです。僕もしゃらも実生も。みんなそう。日々チャ
レンジの連続だし、そこでうまくいっても失敗しても、経
験を活かすしかないっすね」

「だな」

にやっと笑ったリョウさんは、足元に置いてあった紙袋を
僕に向かってひょいと突き出した。

「さっき来てくれた子たちが、おみやげですって置いてっ
てくれたんだけどさ。わたし一人なのに、こんな洋菓子の
詰め合わせ置いてかれても困る。余しちゃう」

あーあ……。
僕はあきれちゃった。
黒ちゃんたちに対してではなく、リョウさんに対してね。

「ねえ、リョウさん」

「うん?」

「リョウさんの一匹狼体質。あんまり変わってませんね」

「は?」

リョウさんが、ぽけらった。

「うちの母さんがリョウさんの立場なら、これはすぐ職場
に持って行きますよ。休憩時間にみんなで食べるためにね」

「うっ」

「チームを増強するためのチャンスは、しっかり活かさな
いと」

最後に僕からきつい逆襲を食らったリョウさんは、お菓子
を持ってとぼとぼと帰っていった。

「まあ……そういうところも松田さんからしっかり指導が
入るんじゃないかな。ははは」

リョウさんの見送りがてら、家の周りをぐるっと散歩する。

道端で長い間咲き続けていたムラサキツユクサが、そろそ
ろ花期の終わりを迎えていた。

ずっと咲いてたように見えても、咲き始めがあって、盛り
があって、咲き終わりがある。
それは、僕らの学生生活にちょっと似ているなあと思う。

僕やしゃらの花は、高校生としてはそろそろ咲き終わり。
来年咲く時には、違った場所で違った咲き方をするんだろ
う。それはどうにも寂しいけれど。
さっきリョウさんが言ったのと同じで、僕らも変化に挑ま
ないとならない。

そうしないと、もう花を着けることができなくなるからね。


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三年生編 第107話(6) [小説]

お昼ご飯は、一人わびしくカップラーメン。
まあ、しゃあないね。

一度外に出て気晴らししたかったけど、実生や黒ちゃんと
鉢合わせたら、交渉に巻き込まれちゃうかもしれない。
交渉の目処がつくまでは缶詰に耐えないとな。

部屋に戻って英語の問題集をこなしていたら、呼び鈴が
鳴った。

「お? 誰だろ?」

急いで下に降りたら、窓から見えたのはリョウさんの姿
だった。
なんとも言えない、苦笑いを浮かべてる。

急いで玄関ドアを開けた。

「ちわーす。どうしたんすか?」

「いや、例の話さ」

「すみません。黒ちゃんがどじったんでしょ?」

「いや、プロジェクトの子たちはみんなまじめだったよ。
失礼なところはなかったし、段取りもしっかりしてた。わ
たしは、とても断れる雰囲気じゃなかったんだけどさ」

「あはは。菊田さんに、最初は絶対に断れって言われてた
んですよね」

リョウさんの視線が探りに変わった。

「菊田さんから何か言われてたの?」

「いいえー。僕が一番最初にトレマにバイトに行く時。会
長にがっつり脅されてたんですよ。菊田さんはものすごく
厳しい人だからねって。菊田さんが出どころなら、無条件
で引き受けろなんて絶対に言わないでしょ」

「そっか」

「僕の時に比べたら、今回の試練なんか甘々ですよ」

「え? そうなん?」

「そりゃそうっすよ。基準に届いてないからダメっていう
のは、ダメ出しされた方にはすごくわかりやすいもん。菊
田さんが設定したハードルとしては一番低いです」

「ふふふ。そうだよね」

「最初は無条件で断れっていうのは、依頼する方に姿勢を
再点検させる必要があるから。一回目よりも二回目の依頼
の方が絶対によくなるはず。それが菊田さんの狙いじゃな
いかなあと」

「うん。それでぴったりだと思う」

「二回目はどこがよくなったんですか?」

にやっと笑ったリョウさんが、胸の前でぐっと拳を固めた。

「熱意が見えたね。本気になった」

「やっぱり!」

「練習したセリフをすらすら言われたって、熱意は届かな
いよ。ナマが聞きたい」

「うす。黒ちゃん、喜んだでしょ?」

「泣いてたよ。若いなあ」

いや、それを若いリョウさんに言われましても。



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三年生編 第107話(5) [小説]

「そう。まだほやほやの情報だよ。昨日アドバイザー確保
の件であてがないか打診した時に聞かされたの。菊田さ
ん、副店長昇格だってさ」

「うわ……すごいなー」

「大抜擢だよね。でも、他店に異動しちゃうんだ。リョウ
さんは今の菊田さんのポジションに横滑りするから、ヒラ
から主任になる」

「そっか。プレッシャー、半端ないってことなんだー」

「うん。そういうところに配慮がいるの」

「なんで黒ちゃんに教えてあげなかったの?」

「逃げるからだよ」

「あ……」

「できませーんてね」

「わかるー。そっかあ」

「体当たりでないとこなせないこともあるさ。なんでも下
調べして備えりゃいいってわけでもないよ」

しゃらの苦笑がじわりと漏れて来る。

「黒ちゃんにあまり知恵つけないようにね。逃げるなって
どやすだけにしといて」

「わかったー。実生ちゃんの方は?」

「さっき直にどやした」

「やっぱり失敗?」

「そう。たぶん、菊田さんの差し金だと思うよ」

「え? 差し金……って」

「学生が何か頼みに来るけど、絶対に一回でオッケー出す
なってね」

「ええーっ!?」

しゃら、絶句。あはは。

「そりゃそうさ。頼む方の態度がでかかったら、本番に不
満しか残らないでしょ?」

「なるほどなあ。ちゃんと、学生側の姿勢とか熱意とかを
査定して、それが基準に届いてなかったら遠慮なく断って
ねってことかー」

「んだ」

「厳しいなあ」

「当然だよ。松田さんはともかく、リョウさんは、明日は
我が身だもん」

「え? どゆこと?」

「今までは使われる立場だったでしょ? でも、これから
は自分がパートさんたちを仕切らないとならない。雇用責
任者みたいな立場になるの」

「そうか……」

「上から言われたことをこなすだけじゃなくて、アルバイ
トの採否を決めたり、上司として指示を出したり、上の立
場として考えたりこなしたりが必要になるんだ。きっと、
その練習だと思うよ」

「菊田さんの置き土産かあ」

「厳しいよね。菊田さんも通ってきた道なんだろうけど」

正直言って、僕らがその立場になることなんか想像できな
い。
長の責任感がどうたらって言っても期間限定だし、しょせ
んガクセイだもん。
でも、働き出したらそういう逃げが打てない。
怖い世界だなあと思う。

だからこそ、責任が軽い今のうちにしっかりシミュレーショ
ンをこなしておこうってことだよね。

「じゃあ黒ちゃんには、すぐあきらめないで再交渉してっ
て言っとくね」

それも、十分おせっかいではあるんだけど。
僕も実生にいろいろ吹き込んだからおあいこか。

「よろしくー」

「んじゃー」

ぷつ。

閉じた携帯を机の上に置いて、しみじみ思い返す。

実生も黒ちゃんも、えらいことになっちゃったってしょげ
てるだろうな。
でも、一回でもいいから失敗を経験しとかないと、それ以
上の危機が来た時に乗り越えられない。

今回のなんか、菊田さんががちがちに安全柵を設置した中
での試練だもん。試練としてはまだ小物なんだ。
大したことないよ。

「実生も黒ちゃんもチームで動いてるんだし。なんとかな
るでしょ」



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三年生編 第107話(4) [小説]

リビングで実生が電話をしてた気配があったから、実生は
まだ諦めていないんだろう。
うん、少しはタフになったかな。

リョウさんの方に当たってる黒ちゃんからも、きっと失敗
報告が来るだろう。
実生と同じで、勝負決着は早かったはずだ。

机の上に置いた携帯を腕組みして見下ろしていたら、携帯
がぶるった。

「黒ちゃんじゃなく、しゃらか」

気後れして、僕に直ではなく一枚かましたってことだろな。
苦笑しながら電話に出る。

「うーい」

「あ、いっき?」

「黒ちゃんだろ?」

「そう。失敗って……」

「そりゃそうだよ。リョウさんが一回でうんと言うもんか」

「はあ!?」

しゃらがぎょっとしてる。

「そ、そうなの?」

「ったりまえだよ。リョウさんがトレマの見習いで働き始
めた時のことを思い返してみりゃいいじゃん」

「あ!」

そう。
あの頃リョウさんは肩にかっちかちに力が入っていて、客
あしらいが全然出来なかった。
でも、その欠点を誰も「言葉で」指摘しなかったんだ。

菊田さんも、松田さんや寺島さんも、大事なことには自分
で気づくしかないって突き放したんだよね。
それなのに僕や会長が余計なちょっかい出しちゃって、後
で小言を言われたんだ。それじゃなんにもならないって。

今回も全く同じだよ。
僕もしゃらも、もうすぐ卒業なんだ。
学校からもプロジェクトからもね。
それなのに僕らがいつまでも後輩のしんどいところを肩代
わりしてたら、ちっとも彼らの勉強にならない。

教わって覚えることと、自分で体験して気づくこと。
どっちが欠けてもうまくいかないけど、僕らが手を出せる
のは教えてなんとかなる方だけさ。
今回の課題は、実生や黒ちゃんが自力でもがいてクリアし
てほしい。

僕の勉強じゃないんだ。
実生や黒ちゃんの勉強だからね。

しゃらにも釘を刺しておく。

「わかってると思うけど、手出し無用だよ」

「ううう、交渉役はしんどそう」

「しんどいのは、実生や黒ちゃんだけじゃないよ。松田さ
んもリョウさんもしんどいんだ」

「え? どして?」

「松田さんは、お子さんを亡くしてる。同じくらいの年の
実生たちを見るのは辛いはずだよ」

「あ……そ……か」

「リョウさんは、菊田さんの栄転でものすごく不安を抱え
てるはずさ」

「ええっ!? えいてーん!?」

ああ、しゃらにはまだ話してなかったか。



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三年生編 第107話(3) [小説]

「敵は松田さんじゃない。実生たち一年生の寄っかかり体
質なんだよ。そこが解消しない限り、何回交渉しても無駄
さ」

「どしてっ?」

「今のままなら、本番で松田さんとリョウさんに現場を丸
投げしちゃうから。あとはよろしくお願いしますってね」

「あ……」

真っ赤だった実生は、今度は真っ青になった。

「自分がそうされてみ? 我慢できるか? 失礼以外のな
にものでもないよ」

「う……う」

「自分が引き受けるならともかく、人に何かをお願いす
るっていうのはすごく大変なんだよ」

「でも、お兄ちゃんは会長にいっぱい頼んでるでしょ?」

「頼んでるよ。でも、僕が頼む時は断られることが前提。
最初から引き受けてもらえる前提にはしてないの」

「……」

「ダメならダメでどうするか。いろいろなケースを想定し
て交渉に当たるし、お願いした人に絶対断られたくない時
にはこれでもかと対策を練って、何度でも粘る。作戦と覚
悟がいるんだ」

実生たちは、そのどっちも中途半端だったんだろう。
それは仕方ないさ。

「まあ、なぜ松田さんに断られたか。そこをもう一度考え
直して、作戦立て直したら? 実生一人じゃなく、担当者
全員でね」

「……うん」

「それを実生が仕切れないなら、二度と責任者なんかやら
ない方がいい。高橋くんも江口さんもそうだけど、前へ出
る人は、向かい風が当たることを覚悟してその位置にいる
んだ。責任者を引き受けたなら、逆風がぶち当たる覚悟を
しとかないとさ」

ふうっ。

「たぶん、黒ちゃんも撃沈だろなあ」

「う……ん」

「それが勉強だよ」

「お兄ちゃんも失敗したの?」

「したよ。二年の学祭の時に、うちの弱小茶華道部じゃ単
独展示できないから市商……今は紫水の華道部との共同展
示を糸井先生に持ちかけたんだ。華道部の顧問をされてた
からね。その時に、すっごい怒られたんだ」

「へえー……」

「他校の部活にはうかつに手を出せない。それぞれの学校
で決まりや流儀があるからね。顧問の先生同士でしっかり
打ち合わせしないとならないし、費用負担や事前準備をど
うするかを取り切めておかないとならない。それは生徒の
領域じゃないんだ」

「あ、そうか」

「それを、僕がノリでひょいっと持ちかけちゃったもんだ
から、全力でどやされたの。工藤さんはもっとしっかりし
てると思ったのにって。当然だよなー」

「うわ」

実生がのけぞって驚いてる。

僕のお願いは、図々しいもいいとこだったんだ。
恥ずかしいったらありゃしない。
その頃の自分自身に、思わず舌打ちしちゃった。

「こんなのも勉強さあ。他にも尾花沢さんにどやされ、菊
田さんにどやされ、榎木さんにどやされ。プロとしてプラ
イドを持って働いてる人たちから、そのプライドの価値と
重要性をたっくさん勉強させてもらった。学校じゃなかな
か教えてくれないからね」

「うん」

「なあ、実生」

「うん」

「松田さんは、娘さんを病気で亡くしてる。本当なら、実
生たちを見るのは辛いんだ」

「……」

「それなら、亡くなった娘さんの分までがんばらないとだ
めですよって、松田さんをどつかないとならない。よろし
くお願いしますだけじゃ全然足らないんだよ」

松田さんの予想外の拒絶と仲間から責められたショックで
どっぷり落ち込んでいた実生の顔が、ふっと上がった。

「もう一度言う。責任者なら、もう一度メンバーを招集し
て作戦を練ったら? ここで諦めるんなら、責任者から降
りた方がいいと思う」

それだけ言い渡して、自分の部屋に戻った。





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三年生編 第107話(2) [小説]

実生を送り出した母さんはそのままトレマのパートに行き、
家にいるのは僕一人になった。
そして、僕は完全集中で数学の問題集と取っ組み合いをし
ていた。

無音のはずのリビングで音がして、はっと我に返った。
時計を確認する。

「まだ十時半か。予想通り玉砕だったなー」

ぱたぱたと机の上を片付けてリビングに降りたら、目を
真っ赤に泣き腫らした実生が床にへたり込んで意気消沈し
ていた。

「やっぱかあ……」

「……」

ソファーにどすんと体を投げ出し、苦笑を一つ。

「断られたんだろ?」

「……うん」

「そりゃそうさ」

「え?」

実生が非難混じりに視線を僕に投げ返す。
わかってたら、どうして教えてくれなかったのってね。

「あのな、実生。僕は、松田さんとのコンタクトラインを
確保しただけなの。リョウさんもそう。話は聞いてあげる
よってだけで、最初から引き受けてくれること前提じゃな
い」

「わかってるよ!」

「わかってない」

ぴしりと釘を刺す。

「実生一人がわかっててもダメなんだって。他のメンバー
は、みんな松田さんの怖さを知らないだろ」

「あ……」

「ほら。もう一人で抱えちゃってる。全然進歩してない」

悔しそうに、実生がぐっと唇を噛んだ。

「交渉責任者ってのは、そいつが一人で全部やるってこと
じゃないんだ。全員で進行をどうするか打ち合わせ、役割
分担を決めて交渉に当たる、その仕切り役」

「ちゃんとやったよ!」

「やったなら、失敗してとぼとぼ返ってくるなんてことに
はならない」

「う」

「で、兄貴が段取りつけてくれてるはずなのに話が違うっ
て、他のメンバーに責められたんだろ?」

実生が、顔を真っ赤にして悔し涙をこぼし始めた。



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三年生編 第107話(1) [小説]

9月30日(水曜日)

「げー」

起き抜けにカレンダーを見て、がっくり来る。
この前夏休みが終わったと思ったばかりなのに、夏休みど
ころか九月がもう終わりだ。

「十、十一、十二……残りあと三ヶ月じゃん!」

受験生生活って長いよなあと漠然と思っていた甘さが、あ
ほかあってひっくり返される。
長い? とんでもない!
あっという間にラストスパートだ。

去年惨敗した三年生の焦り。
それが、自分のこととして目前に迫ってくる。

志望校の仮が取れたからまだマシだけど、それが仮置きの
ままだったら悲惨だったろなあ。

実質県立大一本に絞ったことで、プレッシャーのレベルを
下げることはできたけど、受験がなくなったわけじゃない。
センター試験と二次の筆記試験。
どっちかで大コケしたら、楽勝だなんて言ってられなくな
る。

僕が自信家ならいいけど、根は小心者だからなあ。

げんなりしたまま制服に着替えてリビングに降りたら、実
生がぶぁりぶぁりに気合い入ってた。

「んんー? どしたー、実生。そんなにいきんで。ベンピ
かー?」

がつーん!
いきなり手加減なしのパンチが。

「いでえ。なんだよう」

「朝っぱらから、ろくでもないこと言わないでっ!」

「いや、マジでどしたん?」

「ガーデニング相談会の講師依頼」

「なんだ、おまいが責任者になったんか」

「う……」

青くなって、腹押さえてやがる。
相変わらず、肝心な時にびびりになるのう。

「松田さんだろ? 初対面じゃないやん。正月バイトの時
にお世話になってるじゃん」

「そ……だけどさ」

トレマで立ち話風にやるならこなせたんだろなあ。
でも何人かでお宅にお邪魔して、学校側の代表者として依
頼するならプレッシャーが違う。
実生は松田さんの厳しさをよーく知ってるから、なおさら
だ。

「でも、黒ちゃんが交渉責任者やるって連絡受けたけど
なー」

「黒田先輩、リョウさんの方担当なの」

なあるほど。担当を分けたってことだ。
そして、リョウさんだって決して楽な交渉相手じゃない。
菊田さんはリョウさんに、学生たちの申し出を安易に引き
受けるなって言ってる気がするんだ。

上司の命令を受けて動く店員という立場と、パートさんた
ちを指揮しないとならない主任という立場は違う。
別の視点が必要だよ。
今のうちに、両面からしっかりセルフチェックしときなさ
い。菊田さんなら、きっとそう言うだろう。

リョウさんも、菊田さんや松田さんたちに試されたんだ。
黒ちゃんたちも、僕としゃらが最初にトレマの面接に行っ
た時みたいに試されるんじゃないかな。

実生たちは逆だ。
いつもしてもらっている立場から、自分がお願いする立場
になった時にどうすればいいか。

まあ、僕の役割は菊田さん経由でアドバイザーの候補を確
保したところで終わり。
あとは、実生たちにがんばってもらうしかない。

「普通に交渉すればうまくいくでしょ。気楽にやればいい
さ」

「そんなこと言わないでよう」

「さあね。僕はいつも自分一人でやってきたんだ。誰の手
も借りてない。いっつも体当たりライブ。人数いるなら、
その分楽でしょ」

「ぶー」

苦笑しながら、膨れている実生を見下ろす。

予想に過ぎないけど。
たぶん、松田さんもリョウさんも実生や黒ちゃんの依頼を
はねつけるんじゃないかな。

そして実生たちが、僕が思い浮かべたようなマイナスの事
態に備えているとは思えないんだ。
うろたえて、パニックになるかもしれない。

そこからが本当の交渉になると思う。
お互いにね。

それは勉強。学校ではなかなか教えてくれない勉強。
だって、学校なら必ず先生が下地を整えてくれるもの。

そわそわしながら準備を始めた実生の背中に声をかけた。

「……あきらめるなよ」

「え? な、なに?」

実生の問い返しを無視して、僕は二階に上がった。



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三年生編 第106話(8) [小説]

帰宅したら、黒ちゃんからメールが入っていたことに気づ
いた。

『わたしが交渉の責任者になりました。がんばります』

「うーん」

正直言うと、一年生にやってほしかったんだけどな。
でも、三班の責任者でありながら一年生トップの高橋くん
に全部実務を押し付けるのは……そういう気後れがあった
んだろう。
のんびりの黒ちゃんにしては、がんばったと思う。

しゃらのこっそりサポートも入るだろうし、まあいいか。

着替えてリビングに降りたら、見慣れない花が窓際に置い
てあるのが目に入った。

「エキザカム、かあ」

そういや、母さんが会長からもらったって言ってたな。
リンドウの仲間なのに、とてもそんな風には見えない。

葉が小さくてぽってり厚いから乾燥や寒さに強そうに見え
るけど、実際はそうでもないらしい。
花期は長いけど、いい状態を維持して花を咲かせ続けるの
は結構大変だって聞いた。

鉢を持ち上げて、咲きそろっている花をじっくり見つめる。

園芸植物って、もともと日本には自生してない植物が多い
んだよね。
エキザカムだってそうなんだろう。

そういう植物は、最初に生えていたところから外に持ち出
されて迷惑なんだろうか?
それとも、他の土地で増えるチャンスが増えてラッキーだっ
て思うんだろうか?

わからないけど。

でも、勝手に広がって増えるほどタフじゃなく、かと言っ
て温室とかが必要なほどひ弱でもないところは、僕らに
ちょっと似てるかもしれない。

そう、親に守られて一緒に暮らす子供と、外に放り出され
て自分一人で生きなければならない大人の中間。
そして、子供から大人には勝手になっちゃうけど、逆には
もう戻れない。
僕の手元にあるエキザカムが、もともと生えていたところ
にもう戻れないのと同じだ。

だとすれば。

嬉しいと思っても思わなくても、最初にあった場所から外
に出されたことをチャンスと考えないと、ただ枯れるだけ。

自分はもっとできるもっと磨けると思っていても、ステッ
プアップに挑めるチャンスはそう簡単に巡ってこない。
自力で外に取りに行っても、だ。

血のにじむような努力を重ねて自分を築き上げてきた菊田
さんは、今のポジションですら通過点だと考えて、チャン
スに挑むんだろう。

僕もそうだよね。

今まで僕が遭遇したチャンスの数々。
自分にプラスになったことばかりじゃないけど、じっとし
ているだけじゃゲットできなかったのは確かだ。

鉢植えを窓際に戻して、窓の外に目をやる。

「いろんなチャンスが……あるよな」

菊田さんの栄転。リョウさんのステップアップ。松田さん
の復帰。
いいことばかりじゃないかもしれないけど、みんなチャン
スだと思う。

もちろん、今まで自分が知らなかった人たち相手に交渉を
しなければならない一、二年生にとっても、今回のことは
大きなチャンスなんだ。

めんどくさい、やだなあと思ったままなら、そのチャンス
の価値はきっとなくなるだろう。
でも、チャンスを活かせるかどうかすら経験のうちなんだ。
もしそれが失敗に終わっても、経験をしないよりずっとマ
シだと思う。

そう考えたら。
望まなかった変化に押し流されてしまった寝太郎や元原
も、それをピンチだと思わない方がいいんだよな。
環境を変えることで自分を立て直すチャンスが来る……そ
んな風に思考を切り替えられれば、確実に今よりよくなる
はずなんだ。

「ふうっ。人ごとじゃないよな」

たくさんのチャンスを与えられて、僕もしゃらもどん底か
ら今の状態になるまであげあげで来た。
もちろん、あげあげになるよういっぱい努力をしてきたと
思う。

でも、すでにゲットしたお宝に満足してそれにしがみつけ
ば、それ以上に大きなチャンスの到来をみずみず見逃すこ
とになる。
かと言って、現状を全部ぶん投げてリスクを取ることもで
きない。しきねのようなチャレンジは、さすがにね。

どこまで挑み、どこまで守るか。
これからの舵取りはすごく難しくなる。

腕組みしたままずっと考え込んでいたら、いつの間にか部
屋が真っ暗になっていた。
慌ててリビングの明かりを点けて、自分の部屋に戻る。

「日が落ちるのがどんどん早くなるなー。考える時間があ
るなら、行動で使えよってことかあ」




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今日の花:エキザカムExacum affine


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