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三年生編 第107話(7) [小説]

「それなら、本番で絶対失敗しないはずです」

「失敗、かあ」

「講師依頼した人を放置してしまう。それは、招いた側の
態度としては最悪ですから」

リョウさんが、ぐんと頷いた。

「さすがだね。菊田さんも、そこを危惧したってことか」

「リョウさんはグリーンフィンガーズクラブのメンバー
で、僕や実生、鈴ちゃん……関係者がいっぱいいます。放
置はありえないです。でも、リョウさんと松田さんへの対
応に温度差が出来るのは、ものすごくまずいんですよ」

「なるほど。講師を区別しないで、包括的にケアしてくれ
ということね」

「はい。黒ちゃんが総責任者ですから、これで肝が据わっ
たんじゃないかな」

「相変わらず、菊田さんの読みは深いなあ……」

リョウさんは、視線を逸らして高くなりつつある空を見上
げた。

もうすぐ。菊田さんは次のステージに向かって旅立つ。
今菊田さんが背負っている責任を、今度はリョウさんが背
負わないとならない。

「ねえ、リョウさん」

「うん?」

「菊田さんが、今回松田さんの呼び戻しに踏み切ったの
は、リョウさんのサポを考えてだと思いますよ」

「なるほど……」

「寺島さんも介護を抱えてるし、現場をよく知っているパー
トさんが突然抜けてしんどくなる危険は常にある。松田さ
んが復帰すれば、リスクを軽減できますから」

「確かにね」

「それに、松田さんはすごくプライドの高い人です。仕事
に対する姿勢が菊田さん並みに厳しい。だから、いくら
リョウさんの立場が上であっても、指示を丸呑みすること
はないと思います」

ぎりっ。
リョウさんの眉がつり上がった。

「そういう立ち位置で、これからどう動けばいいかを工夫
しなさい。そういうことじゃないかな」

はあっ。
でかい溜息を漏らしたリョウさんが、両手を腰に当てても
う一度空を見上げた。

「変化に飲まれるんじゃなく、変化に挑めってことだな」

「そうです。僕もしゃらも実生も。みんなそう。日々チャ
レンジの連続だし、そこでうまくいっても失敗しても、経
験を活かすしかないっすね」

「だな」

にやっと笑ったリョウさんは、足元に置いてあった紙袋を
僕に向かってひょいと突き出した。

「さっき来てくれた子たちが、おみやげですって置いてっ
てくれたんだけどさ。わたし一人なのに、こんな洋菓子の
詰め合わせ置いてかれても困る。余しちゃう」

あーあ……。
僕はあきれちゃった。
黒ちゃんたちに対してではなく、リョウさんに対してね。

「ねえ、リョウさん」

「うん?」

「リョウさんの一匹狼体質。あんまり変わってませんね」

「は?」

リョウさんが、ぽけらった。

「うちの母さんがリョウさんの立場なら、これはすぐ職場
に持って行きますよ。休憩時間にみんなで食べるためにね」

「うっ」

「チームを増強するためのチャンスは、しっかり活かさな
いと」

最後に僕からきつい逆襲を食らったリョウさんは、お菓子
を持ってとぼとぼと帰っていった。

「まあ……そういうところも松田さんからしっかり指導が
入るんじゃないかな。ははは」

リョウさんの見送りがてら、家の周りをぐるっと散歩する。

道端で長い間咲き続けていたムラサキツユクサが、そろそ
ろ花期の終わりを迎えていた。

ずっと咲いてたように見えても、咲き始めがあって、盛り
があって、咲き終わりがある。
それは、僕らの学生生活にちょっと似ているなあと思う。

僕やしゃらの花は、高校生としてはそろそろ咲き終わり。
来年咲く時には、違った場所で違った咲き方をするんだろ
う。それはどうにも寂しいけれど。
さっきリョウさんが言ったのと同じで、僕らも変化に挑ま
ないとならない。

そうしないと、もう花を着けることができなくなるからね。


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