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三年生編 第105話(12) [小説]

結局、会場に最後まで残っていたのは僕らだけ。
他の受賞校の生徒や先生は、いつの間にかみんな会場を離
れていた。
不愉快だったってこともあっただろうし、居心地が悪かっ
たのかもしれないし。

まあ、部員全員でわいわい話できる機会はそうそうないか
ら、残ったメンバーでそのまま今後のことをざっくばらん
に話をして。
最後に庭を見に来てくれた審査員の人にも入ってもらって
記念撮影をし、それで終わりにした。

ぞろぞろと会場を出るみんなの一番後ろにいたんだけど、
僕の後ろで扉が閉まると同時に、中庭審査に来てくれた滝
本さんに呼び止められた。

「ああ、工藤さん」

「はい?」

「滝本です。覚えてる?」

「もちろん! 後輩がいろいろお世話になりました」

「あはは。お世話なんか何もしてないわよ」

滝本さんが、やれやれっていう表情で、閉まった扉をじっ
と見つめる。

「小熊さんは元教育者だから、精神論を全面に出して爆弾
落としちゃったけど、あれが審査委員の総意じゃないって
ことは理解してくれるとうれしいな」

「そうなんですか?」

「私は形なんかどうでもいいのよ。庭造りを通じて、若い
うちから花と緑に親しんで欲しい。業界側の私たちは、そ
れ以上のことは望んでいないの」

「はあ……」

なんとも、コメントしにくいなあ。
僕の変顔の中身を理解してくれたんだろう。
滝本さんが、説明を足してくれる。

「小熊さんが全部手弁当でコンテストをしてるなら別よ。
スポンサーの私たちの意向をつらっと無視して、無神経な
言動を一方的にぶちかまされるのは、本当に困る」

うわ。きっつぅ。
滝本さんの表情が、一気に険しくなった。

「あれが……教育者として王様になってしまった人の欠点
ね。まあ今期で事務局を退任する人だから、もう文句の言
いようがないんだけど。残される委員のことも考えて欲し
かったな」

そっか……。

滝本さんが、手にしていた何かの花を僕の目の前に掲げ
た。
ぱっと見には色の濃いライラックのような、房咲きの赤紫
色の花。わずかに甘い匂いが漂ってくる。

「工藤さん、これがなにか分かります?」

「ブッドレア……でしたっけ」

「素晴らしい! さすがね」

「確か、バタフライフラワーとも言うんですよね?」

「そう。よく調べているわね」

「中庭にまだ大きな木があった時に、顧問の桧口先生と木
を植える意味について話をしたことがあるんです」

「ええ」

「木が茂ると庭がすごく暗くなっちゃうけど、木が虫や鳥
を呼んで生態系としては充実する。いいこともわるいこと
もあるって」

「桧口先生は、生物の先生でしたっけ?」

「はい、そうです」

「さすがだなあ」

「木をどかしてしまったんで、そういう虫や鳥を呼ぶ草花
を積極的に導入するのもいいかなーと思ったんです。ブッ
ドレアもその候補にしたので」

「植えたの?」

「まだ検討中です。花だけで見ると地味なので、組み合わ
せをいろいろ考えないとならないし」

「そう。地味。工藤さんたちの庭もそうよ。決して見る人
をあっと驚かせる庭じゃない。でも……」

滝本さんが、にっこり笑った。

「蝶を呼ぶでしょ」

「そうかあ」

「受賞はあくまでもきっかけに過ぎないの。これからも、
蝶を呼び続けられる庭にして欲しいな。期待してるよ」

「あはは。ありがとうございます。後輩たちに、そう言っ
ておきます」

「じゃあね。波斗さんにもよろしくお伝えください」

ぱちんとウインクした滝本さんが、ぱたぱたと駆け出して
いった。

おっと、僕もみんなに追いつかないと。


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