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三年生編 第102話(10) [小説]

いろんなことが変わっていく。
その中には、少しずつよくなるものも悪化するものもある。

みんな、よくなってくれればいいなあと願いつつ暮らして
いるけど、その願い通りになるとは限らない。
でもいい変化を望まない限り、その変化は来ない。

素美さんのこと。弓削さんのこと。
伯母さんは、これまでとは少し違った形で変化をもたらそ
うとした。
正面突破の力業じゃなく、少し引いて。逃げ場や猶予を
作って。

それは、変えようとしている事態の選択肢を増やすってい
うことに繋がるんだろなあと。そう思ったりする。

自分のあやふやさに不安を感じていた僕だけど、アバウト
なところがあるから選択肢を増やせる……そういう逆転の
発想も必要なのかもしれない。
自分のキャパが足りない、足りない、足りないってぶくぶ
く劣等感を膨らませるんじゃなくて、ね。

会長が切り花で持ってきてくれたヤグルマハッカの花。
香りは、ベルガモットって言ったっけ。
ハッカっていう名前はついてるけど、ああいうすーすーし
た感じじゃなくて、オレンジっぽい甘い香りだ。

それって、ちょっと伯母さんに似てるかなあと思った。
ハッカっていう名前で損しているところがね。

伯母さんがここに越してきた時。
でっかい会社の総帥だった時の重圧はもう外れていたの
に、伯母さんはどこまでも総帥のままだった。

曲がったことが大嫌いで、自分にも人にも厳しい。
自分を少しでもましにしようとして努力を重ねる人が大好
きで、そういう人たちは全力で応援してくれる。
でも、ちゃらけたやつやすぐにへたるやつに対しては、最
初からまるっきりマイナス評価だったんだ。

まあ、その気持ちは分かる。
ぶつぶつ文句言うだけでまるっきり動かないやつとか、口
先ばっかで何もしないやつは僕も嫌いだよ。
でも、伯母さんの基準は異様に厳しすぎるんだ。

伯母さんは、ちゃんと努力してるしゃらまでばっさり袈裟
斬りにした。
どうでもいいことに、いつまでぐちぐちこだわってるの
よって。

同じように、自力で動かなかった穂積さんを触り損ねて放
置した。
自分の真っ当な態度が穂積さんを追い詰めているとは、
思ってもみなかったんだろう。

伯母さんは優しいよ。ものすごく優しい。
でも、その優しさが厳しさの鎧に隠れて見えなくなること
があったんだ。

それは……もったいないを通り越して、危ないなあと思っ
てた。
だって厳しさの奥にある優しさに気付けるのは、心に余裕
のある人だけだもん。

でも。
自力では何もできない弓削さんのケアに付き合ってきたこ
とで、伯母さんの厳しさの鎧がだいぶ緩んできたんじゃな
いかなあと思う。

僕が時々口にする、しゃあないじゃんという開き直り。
伯母さんも、しゃあないもんはしゃあないって、少しだけ
開き直れるようになったんだろう。
その分、伯母さんの優しさがはっきり見えるようになって
きた。伯母さんの感情表現込みでね。

それは……すっごくいいことだと思う。

「そっか。会長と伯母さんて、逆方向に動いてるんだな」

会長は。ものすごく優しく見えたけど、その下に恐ろしい
くらいの厳しさを隠し持っていた。

伯母さんは、妥協を許さない厳しさで自分や他人をいつも
見通していたけど、その下には誰も真似できないくらいの
優しさが詰まってた。

そのどっちかが真実で、どっちかが間違ってるなんてこと
はないんだろう。
それぞれの生き方が、会長と伯母さんの性格を形作ってい
て、どっちもよく香る。
そういうことなんだろうな。

「よ……っと」

ヤグルマハッカの花を花瓶にわさっと生けて、ダイニング
テーブルの真ん中に置く。

もうそろそろ母さんがパートから帰ってくる時間だ。
きっと部屋の中に漂う甘い匂いを嗅いで、ほっこりするだ
ろう。
その嬉しそうな顔を見てから、今日いろいろあった話を切
り出せばいいかな。

「まあ、全体としてはいい話だったよね。それでいいよ
な」



monard.jpg
今日の花:ヤグルマハッカMonarda fistulosa



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